けっこうくるもんですね。

 
今回は以前言っていた、冬コミ立命館大学げんしけんさんの本に
寄稿させていただいた話です。
その時のものに、少し加筆をくわえたのでまるきり同じでもないですが。
 
では、どうぞ。
↓↓↓
 
 
 
 
「寂しい?」
 
三人のエースを見送ってから、唐突にシャーリーが言った。
 
何を突然、と思ったけれど。
彼女は全てお見通しだと言わんばかりに、いたずらっぽく笑みを浮かべていた。
 
「八神一尉が行っちゃって。寂しい?」
「……別に、そんな。僕は八神一尉のことでどうこう───」」
「やっぱり。ずっと、はやてさんのほうばかり見てるんだもん」
 
言われてから、ようやく彼は自分が語るに落ちていたということに気付く。
 
「幼馴染を甘くみないで欲しいのですよ」
 
そう。
 
不肖、グリフィス・ロウラン十三歳。
彼は今、恋をしていた。
 
 
魔法少女リリカルなのはA's 外伝 〜恋せよ、少年〜
 
 
それから、数週間後のある日。
 
グリフィスが家に帰ると、珍しく母が先に戻っていた。
とはいってもばたばたしているところを見るに、用があって一時帰宅しただけのようだが。
 
「あ、グリフィス。悪いけどこれ、頼める?リンディに届けて欲しいのだけれど。もう今日は非番よね?」
 
まくしたてる母が差し出した箱を、ひとまず彼は受け取った。けっこう重い。
何これ?という顔をしているのがわかったのであろう、母は説明する。
 
「部下の一人が出張土産にたくさん買ってきたのよ。美味しかったからお裾分けしようかなー、って」
「はあ」
 
でも、だったら本局勤め同士、直接渡せばいいのでは?
そう尋ねたグリフィスに、レティは首を振る。
 
「リンディ、今日はもう帰っちゃってるのよ。それで生ものだし、家に直接持っていってほしいわけ」
 
場所と座標は、そこの紙に書いておいたから。
彼の返事も碌に聞かずに、母は慌しく出ていってしまった。
 
息子は、小さな箱とともにぽつりと取り残された。
 
*   *   *
 
───そんな、こんなで。彼ははやての住む海鳴という街を、はじめて訪れていた。
 
「ご苦労さま。誰もいないけど、ゆっくりしていって」
 
ラオウン家に来訪した彼を出迎えたのは、あろうことか雲の上の存在ともいえるような人物。
以前仕事を共にした女性、フェイト・T・ハラオウン執務官であった。
彼女とは当然、局内での階級差もある。
鳴ったインターホンに対し普通に応対しただけの彼女に、グリフィスは極度の緊張を強いられてしまう。
 
「今、お茶でも……あ、ジュースのほうがいい?」
「ああ、いえ!おかまいなく!そんな、執務官にお茶なんて……」
「へ?なんで?」
 
言ってから。また、言われてから彼は気付いた。
この一家に対して雲の上の存在なんて言っていたら、きりがないということに。
 
母は、後方勤務ながら提督。兄は次元航行艦艦長。そして彼女は執務官だ。
冷静に考えれば、とんでもない一家である。
 
「お互いオフなんだから、素直にお客様として扱わせて欲しいんだけど……ダメ?」
「いえ、そんな!ですが……」
「じゃ、決まり。用意してくるから」
 
引き止めることもできず、彼は普段着姿のフェイトがキッチンへ消えていくのを見送る。
 
溜息をつき、思う。
そうだった。ここでは彼女達もただの少女として生活しているのだと。
自分よりほんの少し年上の、年頃の少女として。
 
(……はやて捜査官も、なんだな。きっと)
 
想像してみて、軽く凹んだ。
 
自分が知っているのは時たま職場で一緒になる、気さくであっても凛々しい、特別捜査官としてのあの人の姿だけ。
時に部下として、サポート役として接する彼女はどう見てもトップエリート、高嶺の花で。
憧れるだけで精一杯の相手である彼女の日常のことなど、自分はなにも知りはしないのだ。
母が直属の上司ということである程度、親しくはさせてもらっているが、それだけのことだ。
 
もう既にこっちの世界に恋人がいるんじゃないかなどと、ついつい勘繰ってしまいたくなる。
 
「お待たせ……あれ。どうかした?」
「あ、いえ。なんでも……ないです」
「そう?」
 
落ち込む彼の前に、
オレンジジュースの入ったコップと、クッキーの載った皿が差し出された。
 
それを出してくれたフェイトのほうへと目をやると、そのイメージは局内やモニターで見る姿とは大分違う。
 
タートルネックの白いセーターに、チャコールグレーのプリーツスカート。
加えて黒いニーソックスという姿は、本人の外見も相まって、すごく魅力的だと思う。
局内での制服姿は黒一色だし、戦闘服はこういった可愛らしさとは無縁のものだから、すごく新鮮だ。
きっとシャーリーあたりが一緒に見ていれば、きゃあきゃあ騒いでいることだろう。
 
「あの」
「ん?」
 
彼女が紅茶を一口すすったのを見て、ふとグリフィスは尋ねた。
 
「八神捜査官って、普段はどんな方なんですか?」
 
普段着の彼女を見たからこそ、聞いてみたくなった。
届かぬ想いだと、半ば以上諦めてはいてもやはり気になる。
彼女と同じ世界に生きる、憧れの女性の日常が。
 
「はやて?うーん……どんなって訊かれても」
 
局でのあのまま、全然変わらないよ。
首を捻った彼女から、ある意味では予想された答えが返ってくる。
 
「あのまま……ですか?」
「うん、あのまま」
 
何故だか安堵する自分と、物足りなく思う自分が同居していた。
 
「グリフィス君?」
「あ、はい、すいません。グリフィスでいいです」
「君、ひょっとして───……」
 
カップを置いたフェイトが、グリフィスに対し探るような、好奇心を持ったような視線を向けていた。
 
彼女が何を言わんとしているのかを予想し、どきりとなるグリフィス。
 
「はやてのこと、好きだったりするの?」
「い、いえ!別にそんな!畏れ多い……」
 
だから、弾かれたように首を振り、慌てて否定した。
 
───したのだが、それすら年上の彼女にはお見通しであったようで。
むしろその態度が全てを物語っていたのかもしれないが。フェイトは微笑を浮かべ呟いた。
 
「……図星か」
「いっ?」
 
肩を竦め、ソファによりかかりやれやれという風に彼女は溜息をつく。
 
「これでも、色々見てきてるからね。わかるよ。例えば───」
 
例えば。
周囲をやきもきさせながらも、互いに未だ幼馴染以上の感情がなく一向に進展しない同い年の男女二人組だとか。
あるいは、さんざん焦らし、家族達からさえも急かされてはじめて、ようやく愛する人との結婚を決意した鈍い男とか。
 
「そういう例を見てるからね。わかるんだ、少しはそういったこと」
「……はあ」
 
なんだかすごく、彼女の実感がこもっていた感じがしたのは気のせいだろうか。
ひょっとすると、その「例えば」はかなり近しい人たちのことなのかもしれない。
おぼろげにグリフィスは、そんな風に思った。
 
「でも、そっか。はやてのことを」
「……はい」
 
お恥ずかしながら、という風に低頭する。どうせバレバレなのだ、今更隠しても仕方がない。
だが気恥ずかしさ満載の彼とは対照的に、金髪の少女のほうは恋する少年を前に思案顔になる。
 
……実に、面白そうに。
 
「まあ、だったら丁度いいか」
「え?」
 
と。
 
来客を告げるチャイムが、応接間を兼ねたリビングへと響く。
ぽん、と手を合わせたフェイトが立ち上がり、壁のインターホンを取り上げて対応した。
 
「お客様ですか?」
 
だったらそろそろ、お暇したほうがいいのではないか。
しかし失礼しようと立ち上がったグリフィスを、ソファに戻ってきたフェイトが座らせる。
 
「いいのいいの。来たの、どうせはやてだし」
「……は?」
 
はやてというと、つまりは今、ちょうど話にのぼっていた。
 
「そう。その八神はやてさんです」
「ええぇっ!」
「任務中に溜まった宿題、一緒にやることになってたんだ。せっかくだしいっぱい話すといいよ」
 
唐突というにも、あまりに唐突すぎる。
あうあうと口を開閉するも、二の句が継げない。
 
「がんばれ」
 
いや、頑張れと言われても。
 
一体、何を言って何を話せばいいのやら、皆目見当もつかない。
むしろ、どうすればいいかもわからない。頭がぐちゃぐちゃの、パニック状態で。
 
だが、現実は無情だった。
今度は家の玄関のチャイムを鳴らして。会いたいような会いたくないような、そんな相手がやってくる。
応対に出て行った金髪のたなびく様を、グリフィスは愕然と右手を伸ばして見送ることしかできない。
 
「おじゃましますー」
 
玄関のほうから聞えた声に、グリフィスは完全に硬直した。
 



 
ちなみにこのあと、あまりの緊張に過呼吸に陥ったり。
心配したはやてに膝枕され、鼻血を噴き出したりして大騒ぎになったり。
後日いつの間にかそのことを知っていた母親に、情けないと平手打ちを食らった少年がいたことは、
本人の名誉のためにも名前は伏せて秘密にしておくべきだろう。
 
 
───ねえ、グリフィス?(フェイト心の声)
 
                             (完)
 
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