頒布予定のコピー本。

 
宣伝を兼ねて冒頭部だけちょこっと。
落とさないよう自分を追い込むためにも。
 
暗いです。カップリング?なにそれ食えるの?
ってな話。もちろんこの形から縦書きに直す過程でちょこちょこ手は加えていきますが。
↓↓↓↓
 
 
 

数年前の、とある秋の日のことだ。
 
時空管理局本局、そして陸上本部の人事課に、併せて三通の休暇願いが時をほぼ同じくして提出された。
 
一通は、次元航行部隊から。
もう一通は、航空武装隊・戦技教導隊から。
最後の一通は、とある陸士部隊から。
 
それぞれの書類・文面に描かれた署名は、オーバーSランク魔導師として名高い、三人の少女たちによるもの。
 
高町なのは一等空尉。フェイト・T・ハラオウン執務官。そして、八神はやて三等陸佐。
ある程度事情に通ずる者には親友同士として知られる彼女たちが、同時に休暇願いを提出し、また休暇に入った理由。更には彼女たちに近しい者たち──守護騎士・ヴォルケンリッターの四人に加え、ハラオウン家の二提督までもが後を追うように職場を一時離れ姿を消した理由は、不思議なことにけっして公にされることはなかった。
尤も、その奇妙な符合に気付いた者さえ少なく、要職にある者が含まれるとはいえ高々十名前後の人間の休暇が重なったことなど、数え切れぬほどの人員の立ち働く時空管理局という巨大な組織においては、瑣末な出来事に過ぎなかったけれども。
 
少女たちが職を一時離れ、向かった先は揃って、同じ場所だった。
それは彼女たちの一部にとっては故郷とも呼ぶべき次元世界、そうでなくとも馴染み深い場所、第九十七管理外世界『地球』。
生まれ育った世界の、その秋の夕陽に暮れる、とある大陸であった。
 
 
魔法少女リリカルなのは A’s to strikers 〜空を、なくす(仮)〜
 
 
「──そう。明日にはこっちにこれるんだね、クロノも母さんも」
 
 樫の木で組まれた古くも頑丈なバルコニーには、主のいない揺り椅子が日光を浴びて置き去りにされていた。
 
「うん、うん。エイミィも……カレルたちを産んだばかりなんだから無理しないで。それじゃあ」
 
やはり、木製の手すり。少女はまったく老朽化を感じさせないそれに身を預け、黒の携帯電話を閉じる。
普段彼女の髪をひとつに結んでいる黒いリボンは、上着の袖口から覗く左の手首に。風に任せ、長い金色が揺られていた。
落ち着いた茶色のジャケットに、ボトム。色素のほとんど感じられない薄水色のYシャツとの組み合わせはボーイッシュかつ、十七歳という彼女の実年齢に比べれば遥かに大人びた服装だった。
そろそろ、冬の足音が近い。精気を失い枯れつつある晩秋の木々の葉たちが舞っていく様に、彼女は目を細めた。
 
「フェイトちゃん」
 
日暮れをぼんやりと眺めていた少女は、親友の声に部屋とこのバルコニーを繋ぐ勝手口に草原から視線を移す。
 
「……エイミィから。クロノと母さんも休暇とれたって」
「そう」
 
ワンピースのロングスカートを風に靡かせ、友は隣に並んだ。何を言うでもなく、ただ静かに。
二人で見つめる先はこれといって定まらず、バルコニーの段差分の高さから疎らに木の生える草原とその先の森を俯瞰する。
 
ここは二人にとって、はじめて訪れる場所だった。
そしておそらくはもう、二度と訪れることのないであろう風景。
けれど散りゆく草葉の風に流れていく姿に物悲しさを感じるのは、そのような些細な感傷によってではない。
 
「うち、近しい親戚少なかったから。こういうの、はじめてなんだ」
 
足元に転がり、かさかさと音をたてた乾いた葉に目を落として、サイドポニーの友が呟いた。
彼女が靴の爪先で弄っていたそれが崩れ風化した様子が、あまりにもあっけなかった。
 
「私も……。母さん以来、かな。こういう形で誰かを、っていうのははじめてかもしれない」
 
少女の言った、「母さん」という単語。親友の少女はその言葉に一瞬、ぴくりと反応し、そして。
 
「……ごめん。変なこと言って、嫌なこと思い出させちゃったね」
「あ、ううん。私こそ。大丈夫、そういう意味で言ったんじゃないから」
 
小さく、頭を下げた。少女にとって親友のその行動は思いもよらないことであったから、慌てて彼女は頭を振り否定の意を示す。
大袈裟な動きは、その一瞬だけ。蝋燭の火が燃え尽きるように、少女たちの間に生まれた刹那の喧騒は、喧騒とも呼べぬほどなりきれぬまま消えていく。
 
「はやて、は?」
 
この地を訪れた、もう一人の親友。彼女の名を、少女は言った。
 
「──リーゼさんたちと一緒に」
 
返した友は、その場にしゃがみこんだ。彼女たちの爪先で、蟻が列を作り冬の仕度をはじめていた。
世代を移し力尽きた秋の蜻蛉が食物連鎖の掟に従い、様々な器官、そのものの塊と化して彼らに運ばれていく。
それは残酷なことでも、なんでもない。生きとし生けるものは皆、移り変わる。この世の全てに、当たり前のようにその理は適用される。
 

 
──老人が、一人。安らかな寝息を立てて眠っていた。
 
頬は痩せこけ、記憶している範囲ではもっとがっしりとしていたはずの体躯も、思った以上に細くなっていて。
少女は、ベッドサイドに置かれた椅子に腰を下ろす。付き従う、銀髪の女の子を横に。
 
「はや、て……かね?」
 
不意に、老人は首を僅かに傾け声を発した。殆どが掠れた、聞き取りにくい声だった。
座った少女の向け続けていた視線に、老眼の進んだ細目をあわせている。そして、笑顔を──口元が動くか動かないかの、注意深い相手でなければ伝わらぬほどの字体どおりの微笑を、自らを見下ろす少女へと贈る。

「気分は、どうですか。グレアムおじさん」
 
プリーツの入ったスカートを椅子から浮かせ、彼女も微笑み返す。
 
「ご無沙汰して、申し訳ありません」
 
銀髪の少女を抱き寄せ、横たわる老人によく見えるようにしながら。今正に去りゆかんとしている彼に己が大切な家族の名前を伝える。
 
「この子が……リインフォースです」
 
不安げな眼(まなこ)の色は、海にも空にも似た、染み入るような青だった。少女の心の広い海原と、夜天の遺した澄んだ青空とが育んだ、深い深い青。
 
「何度も、手紙に書いて。何度も写真に送った……我が家の自慢の、末っ子です」
 
幼い少女は、はやてを見上げた。その仕草にベッド上の老人は細目をさらに柔和に細くし、きれいに剃りそろえられた口髭を動かして表情を穏やかなものにしていく。
銀髪の彼女との対面が彼にとっても、けっして不快でないことの現れであった。
 
「何度も、迷いました。嫌な気持ちにさせてしまうんじゃないか……。けど、今日こうして、一目でも会ってほしかったから」
 
おずおずと少女は歩み出、老人も殆ど皺のなかったシーツから、右手を差し出す。
出入り口の扉両脇に控えていた彼の二人の従者が片方、補助に回ろうと脚を踏み出しかけるが、もう一方の叩いた肩に踏みとどまる。
皺の浮いた老人の掌が、蒼天の少女の頬を撫でた。
 
「立派な、子だ……」
「……はい、っ……」
 
涙の滲んだその声に、少女はハッと主の顔を見上げる。彼女の肩を抱く蒼天の主の瞳は、潤んでいた。真っ赤に充血して……主は必死にそれを堪えていた。
 
こんこん、とノックの音が部屋に木霊した。髪の長い、獣の耳をもった女性が応じ、扉を開ける。
一様に、落ち着いた色合いの服を身に纏い。そこに立っていたのは、遅れて到着した少女たちの家族であった。
 
−以降、コピー本に続く−
 
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