色々やってるときはいいんだけども。

 
ちと私的に色々悶々として鬱になることが家族内にありまして。
作品書いたりして思考に没頭するとそっちに頭が行ってしまう状態が続いてます(汗
てわけで、執筆速度かなり低下してます。もうちょっとこの状態続くかもしれないのでスマソ。
 
んだばカーテンコール三話いきまーっす。
前述の事情により十分に練りこめてない可能性がありますので、自分で読み返しててあ、ここはだめだ、と思ったら差し替える部分が出てくるかもしれないのでそこんとこよろしく。
んじゃれっつごー。
 
 
↓↓↓↓
 
 
 
 
 
 
 
執務室の時計が、ちょうど定時の業務終了時刻を指す。
 
直後軽い電子音が鳴って、青年は向かっていた仕事机から顔をあげた。
 
うーん、とひとつ、凝り固まった肩を解すべく、左右に首を鳴らし。
色あせた緑色のリボンで結ばれた背中の長い髪がそれに合わせて静かに揺れる。
 
木製の重い扉のほうからのノック音に、彼は入室を許可する旨促した。
 
「司書長。いつもの客だ」
 
現れるのは、隻眼の小柄な少女。
 
下は紺色のタイトスカートを穿いてはいるが、上半身はYシャツの上に薄手のセーターを重ねただけという管理局内では比較的砕けた装いだ。
その後ろにさらに一回り小さな、プラチナブロンドを両サイドで特徴的に括った女の子が続く。
──こちらは聖王教会経営の名門校として有名な魔法学院の、その初等科の制服。
 
「ユーノパパ!」
「やあ、ヴィヴィオ
 
似通った髪色の父と子──正確にはもうじき、そうなるはずの青年と少女は、互いの姿をみとめるなりほぼ同時に相好を崩す。
 
幼女の歩幅であっても跳ねるように小走りで駆け寄っていけばその間にある距離は三秒ほどにも満たない。
ぴょん、と彼女が抱きつけば、二人分の長い金色が大きくそよぐ。
 
「すまないね、チンク」
 
娘の頭を撫でながら、青年は銀髪の秘書官のほうへと目を向ける。
後ろ手に扉を閉めた彼女は自分の補佐すべき司書長の次の言葉を待ち、直立不動でその付近に留まっていた。
 
隻眼を眼帯に覆った少女がその彼からの言葉に返すのは、なにを今更、というような表情で。
まったくもっていつものことだというのに、律儀なものだとチンクは口元を軽く歪める。
 
「まあ、司書長の職権乱用と司書長室の私物化は今にはじまったことでもなかろう」
「う」
 
それは、意地の悪い顔だ。数多くの妹をもつ彼女は、人の扱い方というものをよく心得ている。
……実務的な意味でも、相手を弄りまわすという意味においても。この場合には、後者として。
 
言ってみれば恋人の幼い一人娘との私的な待ち合わせ場所に無限書庫を利用するユーノとは第三者たるチンクにとって、恰好の弄り甲斐のある相手というわけだ。
 
「それより、だ。見送りに行かなくてよかったのか? またしばらく高町教導官は他次元への派遣任務でいないのだろう?」
 
しかし今回はあまりからんではこない。比較的あっさりと、チンクは話題を変える。
 
彼女の目は、二人を交互に見ていた。──いや、三人か。彼らに加えヴィヴィオにとっては母。
ユーノにとってもかけがえのない大切な人物である一人の女性の姿を、二人の父子としての様子を通して。
 
空のエースたる彼女に同行するらしい妹から聞いた出発時刻は二時間ほど前、とうに時計の針が通り過ぎていった。
その意味で時間的にいうならば、もう過ぎたことを蒸し返しているだけでしかないのだけれど。
 
「んー。ま、大丈夫だよ。急な話だなとは思ったけど部隊責任者のはやては本局に残ってるから、いつでも様子訊きに行こうと思えば行けるし」
 
よっこらせ。気を回すチンクとは対照的に、少女を抱き上げ青年は朗らに笑う。
 
「……信頼しているのだな、高町教導官のことを。さすがは夫婦というべきか?」
「ははっ。まだ先のことだけどね、それは。信頼……っていうか、なのはが任務や戦いで無茶をして帰ってくることは織り込み済みのことだから」
 
高くなった視界と、間近にある父親役の青年の顔とに少女ははしゃぎ、彼はその喜びように満足したように頷いて、自分が先ほどまで腰掛けて仕事に勤しんでいたデスクの革張りの椅子へと彼女の腰を下ろす。
 
「慣れっこ、ってやつだよ。それに今回は元機動六課の部下が……スバルだったかな。 一緒だって聞いてる。部下がいる手前、そこまで突っ走った無茶もしないだろうし、なのはも」
「ふむ」
 
言葉のとおりの表情を、彼はしていた。おそらくは多少なりと心配はあるのだろうが。それをはるかに超えて、やはり彼は想い人のことを信じている。
 
──こんな関係に、いつか誰かとあやかりたいものだな。……いつか、私たちも。
チンクは軽く瞑目し、父と子の織り成す眼前の光景に軽く、小さく二度ほど頷いた。そして。
 
「さて、お楽しみのところすまんが司書長。そろそろ本日分の書類をまとめていただきたいのだが?」
「わ、ごめんごめん。今終わらせる」
 
仕事を忘れた司書長を、現実の世界へと呼び戻した。
 
 
魔法少女リリカルなのはstrikers 〜Curtain call〜
 
第三話 Lost Lightning
 
 
「え? 主席……だったんですか? あのマイア准尉って人」
 
本来ならば、明け方には到着するはずだった。
エリオたちが消息を絶った次元──『スプールス』へ。
 
しかし、時間はその予定からあまりに経過し、また艦は次元の狭間へと巨体を泳がせたままだ。
老艦ゆえの、些細な噴射装置のトラブル。加えて、航路となるべき空間のはげしい乱れとが、彼女たちの行く手を阻み。
 
ほぼ、丸一日のロス。この間事態は殆ど進展を見せてはいない。
到着した周辺次元駐留部隊からの通信で辛うじて、機能の停止とともに穂先の砕けたストラーダの回収が確認され、地表のゆりかご周囲を群がるようにして舞う夥しい数のガジェットの映像が送られてきたに過ぎない。
対AMF戦闘を想定していない装備・技術しか持たない辺境の部隊にそれらへと手を出すことはままならず、結局は自分たちが向かい敵と対峙することに変わりはない。
ゆりかごの護衛任務が、奪還任務へと移行しただけのことだ。
 
いつ、ゆりかごが動き出すかもしれない。
エリオとキャロは無事なのだろうか。
 
懸念事項は数多くあり、それによって彼女たちは動けぬ自分たちに焦れていた。
不安や心配は、抑えなければ際限なく膨れ上がっていくものだから。
そして焦れているその心境を誤魔化すようにして──会話は、他愛もない雑談が主なものとなる。
もとより、相互に伝え合うべき情報も伝達事項もすべて、その空白となった時間のうちに終わっていたのだ。
追われることがなく、たどり着く場所への道遠い上に時間が限られている。
そうなれば人の心が苛立ちを覚えるのは道理。
 
焦燥から目を逸らすため。必然的に、そうならざるをえなかったともいえる。
 
「うん、そうだよ。わたしと同じ射撃型でね……登録は陸戦だけど飛行も出来る、優秀な人だよ」
「主席ってことは、なのはさんやフェイトさんよりも強かったんですか?」
「うーん、どうだろう? わたしもフェイト執務官も、三ヶ月の短期メニューだったしね。直接模擬戦とかをやったことはないなぁ」
 
そして他愛もない会話の肴となるのは、得てしてその場にいない、かつ目新しい未知の人間についての話題である。
──また。噂をすれば影、という言葉も現実に、よくあることである。
 
「隊長」
「……ああ。ギンガ曹長、マイア准尉。航路の様子はどうですか?」
 
この部隊における次官の立場、副隊長の任につく二人が前方から近づき、敬礼を交わす。
なのはは返礼を、スバルとノーヴェもあわてて背筋を伸ばして。
 
「このまま治まってくれれば一時間後には動けるとのことです。ついてはそのことで艦長が隊長にお話があると、ブリッジに」
「わかりました、向かいましょう。それと二時間後に改めて部隊員たちを集めて最終確認を。皆に通達してください」
「了解です」
 
口を開いたギンガを尻目に、男は細い目の奥に微笑を湛えているだけだった。
資料整理があるからとそのまま連れ立ち歩き出す二人の副隊長は、ほどなく通路の向こうの曲がり角へと消えていった。
ギンガは軽く妹たちへと頷くように。もう一方の准尉殿は、変わらず微笑を三人へ残して。
 
「……ギンガも、副隊長が板についてきてるね」
 
なのはが、穏やかな口調で言った。
もともとよく出来た姉ではあるけれど──スバルも、正直に首肯する。
 
「気にいらねぇ」
「ノーヴェ?」
 
ただ、ノーヴェだけが不服そうだった。
口を尖らせて腕を組み、二人の消えた先を睨みつける。
 
「あたしはあの狐男、気にいらねぇ。副隊長なら、ギン姉だけでいい」
 
心底からの、不快の色で。彼女の声が、通路に小さく木霊した。
 
*   *   *

ギンガもノーヴェ同様、先を行く男の慇懃さがどうしても好きになれなかった。
 
階級上はあちらのほうが上、年齢も今回の臨時編成部隊の指揮官を務める高町一等空尉と同期ということもあり年長。
先のJS事件では陸上本部の守りについていた点などは、敵の手に落ち妹に襲いかかった自分などとは比べるべくもない。
人格的にだって、階級が下の自分に対し同じ副官の立場なのだからと気安く接してくるよう勧めるあたり悪い人間なのではないだろう。
 
だが、どうにも。初対面、この艦内でなのはとともにギンガを迎え入れた際覗かせた狐のような細目が──頭に焼き付いて離れない。
少なくとも人間性的な点においては、相容れない。そう、直感が告げている。
 
「マイア・セドリック准尉」
 
声をかけて立ち止まった男が、振り返る様子を見ながら思う。
自分はひょっとすると、この任務に緊張しているのだろうか。だからその矛先を、第一印象のイメージに向けようとしている。
 
荒唐無稽な論の結びつきも、そう思おうとすればそう思えてくるのだから不思議だ。
男の向けた口元の微笑が鼻持ちならない薄笑いに見えるのも、きっとそのおかげなのだろう。
 
ナンバーズたちとの更正施設での日々が終わり、原隊復帰して。徐々に身体をもとの局員として、「ギンガ・ナカジマ」の生活に戻しながらこの二年間を歩んできた。
その間はどうしても捜査官、事務官としての仕事が中心であったし、もちろん合間合間に鍛錬は怠らぬようにはしていたけれど。
二年前のJS事件以来、大きな事件らしい事件としては久々の実戦。しかも、部隊の副隊長という大任つきだ。
なのはさんや、スバルや。ディエチもノーヴェも一緒だとしても、身体は重圧に知らず知らず気を張っていたのかもしれない。
 
「副隊長の任。経験不足で至らないところばかりだとは思いますが──よろしくお願いします」
 
こちらから、歩み寄るべきなのだろうか。
 
利き手の左手ではなく、右手を差し出し。
握り返されたその感触に、ギンガは微かに身震いをした。
 
人を欺く雌狐のごとき、男性としての性を感じさせない細目の奥の瞳は、やはり好ましからざるものとして、彼女の目には映った。
 
*   *   *
 
獄中の女性は、言った。
 
妹たちの世話をしてくださったこと。ただそのことだけに関しては、感謝します。──と。
 
その、けっして長いとはいえないたった一言の言葉が、沈みがちな気を紛らわせてくれる唯一の成果といってよかった。
冷たい雰囲気を漂わせ、『彼』に一番近い存在とされる『1』の数字をその名に持つ長髪のソバージュの戦闘機人。
彼女のその言葉だけが、微かな救いであったように思う。
同時に、考えてしまうのだ。
 
彼女は、愛する家族のため動くことはままならない。故に思う以外に方法がない。
だが自分は違う。駆けつける事のできる自由がある。にもかかわらず、自分は彼女と同じことをやっている。
 
「ハラオウン執務官、どうぞ」
 
監獄の囚人たちとの面会人のため用意された待機場の椅子へと自分を呼びに来た係官の声に、フェイトは腰を上げる。
 
ティアナやシャーリーからは、何度もスプールスへと向かうことを勧められた。また、そうすることだってやろうと思えば可能だった。
でも、自分はそうしなかった。それはもちろん、エリオやキャロが心配だとか、そういうのではなくて。
 
ひとつには、自分が与えられた職務は、けっして自分以外の者に任せるわけにはいかないものであったから。
シャーリーもティアナも、もちろんディードだって。優秀な能力を持っている部下であり後輩であることには疑う余地はない。
たとえ自分が留守にしたところで、仕事を任せて不安のないことは誰よりも彼女たちを信頼するフェイトが一番良くわかっている。
 
だが、今自分がせねばならぬ仕事は彼女たちには出来ない。
能力上ではなく、執務官という立場上の肩書きがどうしても必要になってくるものだから。
 
はやてやなのはの読みどおり、スプールスに現れたというガジェットドローンの大群。
エリオとキャロの失踪とゆりかごの発見とに大きく関係しているであろうそれらは、その数・映像上から解析された行動データ双方から見て間違いなく、裏で手を引く者が存在する。
 
……数ヶ月前から少しずつ、それでいて確かにその報告件数を増やし始めていた所属不明のガジェットたち。
彼らは古代文明の残滓たる遺跡ばかりに現れては消え、ときに居合わせた調査隊へと被害をもたらしていた。
事態に疑念を抱いたはやてがフェイトに調査を依頼し、そこからガジェットの製作者本人、ジェイル・スカリエッティの口より直接黒幕の存在の可能性の裏を取るまでに一ヶ月。
既に、ナンバーズの最年少──セッテと、最年長・ウーノからの尋問は終えた。
まだふたり。あとふたり、残っている。第一級の危険犯罪者として投獄されている彼女たちへの面会は、執務官という肩書きを持つフェイトでなくてはかなわない。
 
ようやく、黒幕の正体の尻尾が掴めてきつつあるのだ。ここで自分が抜けるわけには、いかない。
使命感がフェイトを職務へと留まらせ、エリオやキャロのもとではなくナンバーズの二番目──トーレの待つこの辺境の荒野に建造された収容施設へと足を向けさせたのだ。
 
「フェイト姉さま」
「ディード」
 
もうひとつには、今自分に声をかけたこの少女や、柔らかい椅子へと腰掛けたままこちらを見上げてくる二人の補佐官たちに対してと同じくらいに、フェイトは信頼をしていたから。
 
エリオを。キャロを。そして彼らの救援に向かったなのはたち、みんなを。
 
二人とも、強い子だ。大丈夫。
回収されたストラーダの再起動が完了すれば状況は彼が記憶しているはずだし、雷光の戦槍なくとも二人にはまだ、ケリュケイオンがついている。
フリードも、ヴォルテールも一緒のはずだ。そこになのはやスバルたちが駆けつけるのだ。自分がひとりでつっぱしるよりも確実に、彼女たちならばエリオたちの助けになる。
そう、言い聞かせていた。言い聞かせていなければ平静を保てない、自分がいた。
 
「あの……っ……」
 
少女は、言い澱む。そこにあったのは逡巡とか、躊躇とか。
一般にそう言い表せれる感情そのもので。
彼女は気付いているだろうか、それもまた自身が苦手としていた感情の明確な発露、そのひとつだということに。
 
「ディード」
「……はい」
 
──わたしも、連れていってほしいです。姉と、話がしたい。
 
彼女の言えなかった言葉が、自然にフェイトの脳裏には木霊した。
寡黙な少女が、自分の意志に戸惑っている。決してそれは悪い傾向ではない。
答えてやることが出来ないのが、ただ残念ではあったけれど。
 
滲み出で、燻り続け。
四度目にして遂に抑えきれずあふれ出た彼女のその気持ちに、フェイトは可能な限りの範囲においては応えてやりたいと思う。
 
「お姉さんに、伝えることはある?」
 
だから、自分に出来ることを言った。
エリオやキャロに対してそのように行動しているのと等しく。
 
「私の権限じゃ、ディードを一緒に連れて行くことは出来ないから。でも、言葉を運ぶくらいは出来る」
「あ……」
 
長髪の少女の頬を、優しく撫でる。そこにあるのは人間となんら変わらない、柔らかく暖かな感触。
戸惑いがちに目を伏せた彼女は、口元を押さえ、そして考えて。やがて静かに──……。
 
「どうか……健勝であってください、と。いつまでも私たちは待っていますから──そう、伝えてください」
 
ためらいがちに、そう言った。
シャーリーが、ティアナが席を立ち彼女の肩を両側から叩いたその光景に、フェイトはいくぶん心が和らぐのを感じる。
 
ああ、そうだ。自分にもこうやってもう一度、肩を支えてやりたいと思う子らがいる。
そのためにも今は自分が出来ることを。集められる限りの情報を集め、助けに向かったなのはたちの元へと届けねば。
それが結局は自分が現在の状況においてエリオとキャロにしてやれる、一番のことなのだ。
 
「わかった、伝える。……それじゃあ、行ってくるね」
 
ぽん、と軽く少女の頭を撫でて、フェイトは待たせていた係官のほうへと向き直る。
IDカードをカードリーダーへと若いその士官は噛ませ、フェイトにも同様の作業を促す。
 
──警報が。耳障りな騒音が鳴り響いたのはまさに、それを受けて胸ポケットへとフェイトが手を伸ばしたそのときであった。
 
係官が指紋認証に伸ばそうとしていた手のひらを止めたように、そこにいた全員が突然の異変に灯った紅い警報ランプへとただ視線を注ぐ。
警報サイレンに重なるように収容所内を満たしていく地響き、そして揺れ。
紅の光以外が完全に天井から消え去るまで、一分となかっただろう。
 
「──あ?」
 
光源の大半を失った収容所は暗かった。──暗く、また黒かった。
 
警報音も点滅する真紅の光をも、飲み込んでしまうがごとく。
一瞬にして黒く染まった。
 
長く、太く彼女たちのいるその場をすっぽりと覆いつくした、その『影』によって。
 
透明な、びりびりと音を立てて揺れる窓に、ひとり、またひとりと視線を注いでいた。
気付いた者から順番に、その向こう側にある『影』を作り出している存在から、目を背けることすら叶わなくなっていたのだ。
それが何であるか知らない者は、恐怖ゆえ。それが何かを知り得る者は、何故という疑問ゆえ。
 
一際大きな揺れに、窓の強化ガラスが砕け散る。
飛び散った破片が頬に作っていった一筋の傷の痛みを感じながらも、フェイトにあったのはこれは夢だ、というおぼろげな現実逃避の意識。
 
夢だ。とびきりの、悪夢だ。
なぜだ、どうしてだなどと考えるのすら、野暮であるように思えた。
 
巨大すぎる顎に幾対もを覗かせる、やはり巨大な牙の群れ。
黒翼はその背に雄々しく、禍々しく大樹の力強き枝のように無数に生え渡っている。
黒き影の主の身体は生み出した影以上に、果てしなく漆黒色に染まっていた。
 
こんなこと、あるはずがない。だってキャロははるか遠くの世界で、なのはの。みんなの助けを、エリオとともに待っているはずなんだもの。
 
だから、いるはずがないのだ。
 
彼女の切り札たる漆黒の真竜がこのようなところに、いるはずが。
 
人ならぬその巨怪の叫びは、人の言葉や単語で形容も擬声も出来ようはずもなく。
黒色巨竜の右の拳は、それ自身との対比としてみるならばあまりにも脆弱すぎる小さき者たちの集うその場所へと、いとも容易く吸い込まれていった。
砕けたのは当然、脆き弱き、建造物のほうであった。
 
竜神──ヴォルテールの雄叫びが、荒野に残響した。
 
 
(つづく)
 
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