カーテンコール、更新です。

 
前回分はこちら。四の五の言わずにとっとといきまっす。
 
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 光が、逃げる。光が、追いかける。
 放つ色はともに桜色。残滓をその軌跡に、飛び散らせながら暗闇の中の追走を繰り返す。
「く……っ!!」
 傷つけられているのは一方的に、前方の大きなひとつだった。
 それを──彼女を。追いかけるもうひとつよりも更に小さく俊敏な、無数の桜の光が取り囲む。
 回避。いや、間に合わない。そして、防御も反撃も出来ない。なぜならばその力が、彼女の周囲には発生しないから。
 理由はわからない。場所か。自分自身に問題があるのか。結論付ける間もなく、桜色の輝き──アクセルシューターは彼女へと殺到し襲い掛かる。
「どう……してっ!?」
 なのはの。エクシードモードのジャケットが弾着の嵐の中に消えていく。爆風が、桜の輝きが間断なく彼女に浴びせかけられ、その身を覆い包み隠していくのだ。
 そして。
「──痛い?」
 それを見下ろすのもまた、『なのは』だった。
 攻撃を受ける彼女とは対照的に、小柄な体躯。それはまさしく九歳当時の、彼女の姿そのもの。一切の攻撃が許されぬなのはによってつけられたものではない、無数の傷跡が走るセイクリッドモードのバリアジャケットからは、ところどころに擦り切れた包帯に覆われたその四肢が覗く。
「でもね、大切なものを奪われた側は──もっと、もっと痛いんだ。……痛かったんだよ」
 その足元に輝く、魔法陣。物言わぬ、一言も発さぬレイジングハートが砲撃形態をとる。
 無論放つはどちらの『なのは』にとっても使い慣れた、アクセルシューターと並ぶ得意技・ディバインバスター。
「あなたの選択が。『わたし』自身の選んだ道が。わたしのすべてを、奪ったんだから」
 赤い宝石の、見下ろす中。
 同一人物であるはずの少女は、成長した自身であるはずの相手をただ、狙い撃ち続ける。
 
   
魔法少女リリカルなのはstrikers 〜Curtain call〜
 
第二十七話 開演の時 
  
 
「や、やめてくれったら!! このくらい、大した怪我じゃないって!! 自分で歩けるよ!!」
 その頬は、自身の赤毛と同じくらいに上気して火照っていた。
「なあ、とーさんってば!! そんな、子供じゃないんだからさぁ!! 恥ずかしいだろ!!」
 目覚めて真っ先に浴びたのは、たいした実力もないくせに一人で何無茶なんかしているんだ、という愛機からの気遣いともつかぬ罵声のような皮肉たっぷりの言葉。
 それと。本来指揮官として自分たちに合流したはずの──頭を撫でてくれる、父の優しい掌で。
「なァに言ってんだ、ほれ、しっかりつかまっとけ。子供は親の言うこと素直に聞くもんだろうが。もうすぐ聖王教会からの公式発表もあることだしな」
「そうじゃなくて……ああもう、とーさん!!」
 そして今、ノーヴェは揺られている。
 義父・ゲンヤのその背中に。ところどころ真新しい包帯で手当てをされたその身体を預けて。
 彼女自身としては大いに不本意ながら、父の背に負ぶさるその姿勢への羞恥に、頬を真っ赤に染めつつ。行きかう基地の職員たちからの好奇の視線に、大いに戸惑って、だ。
 目覚めてすぐに状況を聞かされて。すぐ済むからと患者用の寝間着から制服に着替える間、治療を受け眠っていた部屋から、父に出ていてもらって。
 連れて行ってやるという父に、さあ姉妹たちと合流しなくてはと勇み声をかけてみた結果がごらんの有様である。
 さすがに、父の背に背負われてあちこち出歩く芸当が当たり前の年齢も体格も、ノーヴェはまるでしていない以上、やむをえないとはいってもこれは恥ずかしいこと極まりない、ある種の拷問に等しい移動手段だった。
『Receive father's goodwill obediently. To begin with,You fall if it doesn't make it obediently.(お父上のご好意くらい、素直に受け取ったらどうです。第一暴れると落ちますよ。そのくらい、単純なあなたでもわかるでしょう?)』
「う、うっさいな!! お前は黙ってろよ!! サイクロン!!」
「あー、こら。もう着く。皆が待ってんだ、そろそろ静かにな」
 行き着く先は、停泊する艦。その、短期間でもはや使い慣れたブリーフィングルーム。
「入るぞ、ギンガ」
 スライドドアの向こうに、家族が。姉妹が。仲間たちが、待っている。
 そう──ノーヴェが守るため、戦った。
 その理由の根本的な対象たる、青く短い髪の、血のつながった姉ただひとりを、その場から除いて。
 
*   *   *
 
 結局、随分遅くなってしまった。
 もっとずっと前──ゆりかごを見失ったあの戦いから。なのはさんを奪われたあの戦場から後退した、そのときから、『彼女』は自分を呼んでいたというのに。
「ごめんね、レイジングハート。あたしに話って……なに、かな」
 すべては、ノーヴェを治療室へと送り届けた後。入院着から着替え再び自らへの信頼の証として袖を通した銀色の制服の胸元で、マッハキャリバーが報せてくれたこと。
 情けなくも、自分が塞ぎこんでいる間の出来事を。愛機は教えてくれた。
 師の手から離れた不屈の心が、スバルを呼んでいる。そして、提案したいことがある。一足先にデバイス同士、会話を交わした彼女の伝えたそれらはたしかに、スバルにとって知らねばならないことであった。
『……』
 赤い宝玉はしかし、メンテナンスポッド内部の中空に浮揚したまま黙して語らない。
 スバルがこの場に──今朝、間借りしていた基地のメンテナンスルームから戻されたばかりの、艦内の整備室へと踏み込んで以来。
 愛機と彼女とを導いてきたマリーが、あとは当人たちだけでと席をはずしてからも、ずっと。
「ひょっとして──なのはさんのこと、かな」
 もうすぐ、自分も行かねばならない。その現実に焦ったというわけではないけれど。おずおずとスバルは、黙りこくっているデバイスに言葉を向ける。
 自分が、負傷させた師。自分が助け出せなかった師。その手が振るい握り続けてきた、かのデバイスに。
『……That.(その通りです)』
 彼女の言葉にようやく、そういって赤の宝石は反応を返してきた。薄暗い部屋にちかちかと、電子音声に伴った点滅が光を瞬かせる。
『And──This also has application to you from me.(そしてこれは──私からあなたに対する、懇願でもあります)』
「願い?」
『It is so. Please project that onto the screen.(そうです。……マッハキャリバー。例のものをモニターに)』
「?」
『all right』
 壁面に設けられた、大型画面。そこが、点灯する。
 光を得たその表面に現れたのは、ひと目でスバル自身のものであると判別できる、全身とそれを包むバリアジャケットを平面に簡略化し描き出した模式図。注釈と思しき数値や、文章がところどころに指し示すラインとともに重ねられていく。
「これは……あたしと、マッハキャリバー?」
『yes.and, Revolver Knuckle.』
レイジングハートの留意した、スバルの右腕にあたる箇所。最もなにやら数値の補足が多いのはそこであり、また、その部分だけが線によって輪郭のみを構成されたスバルの四肢の平面図においてほかとは違う色で表示され、軽い点滅を繰り返している。
「どういう……こと? 強化改造案かなにか、なの? これは」
『……』
レイジングハート。マッハキャリバー?」
『……』
 愛機と、師の愛機。図面をスバルに見せたまま、彼女たちはそれきり黙りこむ。再び電子音声を赤い宝石が発するまで、きっかり十秒は間が空いたろう。
『The following battlefield might be an inside of the cradle.(──次の戦いの場はやはり、聖王のゆりかご、その内部が舞台となるでしょう)』
 その言葉とともに、明滅する右腕の図が拡大され画面を埋め尽くす。その脇に表示されるのは、他でもない発声者──レイジングハートの待機状態を表した簡易図。
『There is my master there.(あそこには、私のマスターがいます)』
 それら二つ──レイジングハートリボルバーナックルが、図面上で重なり合う。更に表示色は変化を示し、その直下にはっきりと意味を読み取ることのできる文字列が新たに刻まれる。
その単語が言わんとしているものは、スバルも、知っている。──『Blaster system』。それが理解できずして、なにがエースオブエースの教え子なものか。
『It says in no uncertain terms. Please let me go me.(単刀直入に言います、スバル。私を、マスターを助けるための戦いに……同行させてください)』
 
*   *   *
 
 そして。時間が、やってくる。
 それは一例を挙げるなら、スバルたちの頭上で、間もなくの抜錨を告げる艦内放送が響いた、ちょうどその頃に。
「カリム。そろそろだ、準備はいいかい」
 また、別のもう一例を挙げるなら、ゆりかごが玉座において彼女らとの基地襲撃戦における出来事を反芻し、スバルの言葉を思い起こし。思索に耽っていた聖王へと、その実兄にして家臣たる男が声をかけた、そんな折。
 全世界へと向けられた布告への回答を行うべき瞬間は、訪れる。
「ええ、行きましょうか。──はやては?」
 スバルたちが、戦いへと臨もうとしているように。
 カリム・グラシア。彼女らの行動の保証人が一人である聖王教会騎士もまた、その腰を上げる。
「今は、連絡はかない。いろいろ、駆け回って準備と対策に動いてくれているからね。……こっちにも、大事な彼女たちを回してくれたし。よくやってくれているよ」
 否。そう──否。
 その回答を、聖王が軍勢へと、返すために。
 教会と、管理局と。双方に籍を置くが故選ばれた彼女は、壇上へと向かう。
「僕らが、彼女たちの頑張りに報いる番だ。姉さん」
 弟。ヴェロッサ・アコースの言葉を背に受けて。彼へと、頷いて。
 正装の彼女が、世界中、さまざまな次元へとネットワークされる舞台へと、立つ。
 
 
(つづく)
 
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