年内最終更新でさあ。

 
たぶんね。あと三日しかないし。
てわけで年末らしく年末ネタでなのはssを一本仕上げたのでうpします。
 
ちなみに
 
なのはさんもフェイトさんも八神家もsts組も四期組もだ────れも出てきません。
ある意味カップリングものではあるものの。
 
ちなみにユーノも出ないぞ☆
 
そんなわけで、とっても枯れたお話が読みたい方は続きを読むからどうぞ。
 
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 カセットコンロの火が、ぐつぐつといい具合に土鍋の中に満たされた出汁を、具材をあたため、揺らしている。
 白菜。豆腐。キノコ類に、水菜に、鶏肉のつみれ団子。それらに火が通っていくにつれて、いい匂いが湯気とともに天井へと舞い上がる。
「……美由希は」
 広げた夕刊の、最後のページをめくりながらふと、自分でも言うつもりのなかった言葉をなにげなく、高町士郎は永年連れ添った妻へと向ける。
「美由希は、今のパートナーとは、その。どうなんだ」
 なんとなく、『恋人』とか。『彼氏』とかいう言い回しを口にし辛くて。
 桃子の顔を見ることが出来ず、視線を逸らしつつ訊ねる。
 読み終えた新聞は畳んで、隣の椅子に置いた。
「順調みたいよ。ようやくなのはに追いつけるかもねー、って。今日も出がけに言ってたわ」
 おたまで、妻は灰汁をとっていく。その間に、士郎もまた買い置きの胡麻だれの瓶を振って、中身を撹拌する。
 年の瀬の、寒い夜。なにより鍋料理というものはひと仕事終えて疲れ切った身体に、手軽なうえありがたい。
「そうか」
「そろそろ、うちに連れて来なさいって話もしてるんだけど。彼のほうがまだ恐縮してるみたい」
 
 ──そういうものか。……そういうものなのだろうか?
 
「そりゃあ、そうよ。忍ちゃんやユーノくんみたいな例が特殊なのよ」
 器に、ポン酢と胡麻だれと。軽く注いで、士郎は妻の側に差し出す。自分の皿にも、同じく二種類。
 タラが、ほどよく煮えていた。冬の定番、シンプルな昆布出汁の寄せ鍋は、いつでももう食べられる準備万端だった。
 
  
『年輪』
 
  
 常連になってくれたお客や、初対面の相手に実年齢を明かすと、最近とみに驚かれるようになった。
 妻も、自分も。
 そりゃあ、三十代の頃からも「そうは見えない」と云われ、特になにも──自分なりに若作りなどはしているつもりはなかったから、苦笑することはそれなりにあったのだけれども。
 特にこのところ、そういうリアクションを認識することが多くなった。
「そういえば、忍ちゃんといえば。夕方。あなたが帰ってくる少し前だけれど、電話があったわ」
「ほう、なんて?」
「今年もなんとか帰省できそうです、って」
 
 また──自分でも多少、衰えを感じることがある。
 少なくとも、生涯の伴侶を得て海の向こうの国へと生活の拠点を移していった息子の背中を、妻とともにこの我が家から送り出した頃よりはずっと。
 
 いくら、鍛え上げた……いや、鍛え上げて『いた』肉体とはいえ。それは当たり前のことであると思う。
 同じ年代の一般的な人間よりも、ぜい肉はずっと少なく。喫茶店の親父という肩書きには不釣り合いなくらい、日々鍛えているぶんだけ遥かに筋肉の多い自信はまだまだあるにせよ。
 子どもたちは皆成人し、孫すら既に可愛がる齢となっている自分が下り坂にさしかかっていないはずがないのだ。
 こういう鍋にしたってそう。昔はこれだけで丼に白飯を四、五杯どころじゃなく食べられたものだが。今は普通の茶碗で十分だった。
「それは、よかった。……もう、そんな時期か。お年玉、ちゃんと準備しておかないとな」
「ええ」
 
 あとは、なのはね。
 ぽつりと次女の名を呟く妻は、美しかった。彼女とともに年齢を重ねることができたことは、士郎にとっての人生の僥倖のひとつに違いなかった。
 色々なことのあった最初の三十年にも、そのあとに続く人生にも。
 二度に及ぶ、身近な人間──夫と、娘の再起すら危うかった大怪我にも彼女はけっして折れることなく、家族を支え続けてくれた。
「あの子もいい加減、身を固めたらいいように思うの」
「確かに、な。そろそろ籍くらい入れてもいいだろうに」
 娘と、士郎たちの間にある物理的な距離は今はもう、息子のそれとの比ではなかった。
 海どころか、世界すら隔てた場所にいる。そこで日夜、危険な仕事に就いているという。
 本人に言えば、「そんなことない」と否定するだろう。そんな毎日、命の危機と隣り合わせというわけではないと。たしかに現実にはそうかもしれないけれど。
 だが、時と場合によってはそういう代償を要求される職場であるということは紛れもない事実なのだ。
「はじめは驚いたなぁ」
「ええ。まさか、旦那さんより先に娘を連れて帰ってくるとは思わなかったもの」
 士郎は、自分の若い頃に身を置いていた稼業を思い出す。今考えると、血筋だったのだろうか、とも思う。
 運動音痴だった、あの子が。そういうのは美由希のほうが向いているように昔は、思えたのだけれど。
 あの子が寝たきりを余儀なくされたときには、それを悔いたこともあった。やはりさせるべきではなかったと、殆ど見たこともなかったほど憔悴しきった妻と当人である娘とに、申し訳なくも思った。
 そんなところまで同じ道を歩ませてどうするのだと、娘の選んだ道を止めなかった、父親としての自分が情けなくもあった。
 
「美由希となのは、どっちが先にゴールインするかしらね」
「……さあなあ」
 
 それでも、娘は立ち直ってくれた。そして今も、誰かを守り、教え導く仕事に就いている。心配は未だに尽きはしないけれど、同時にそれは間違いなく立派な仕事だと士郎は思っている。
「やっぱり、恭也のときとは違って、父親としては複雑かしら?」
 つみれをふたつに割って、葱と一緒に箸の先に摘んだとき、妻の微笑が目の前にあった。
「……まったくないわけじゃあないさ、そりゃあ。そういう感情が」
「ふたりとも、私たちの大事な娘だものね」
 微笑を浮かべる妻の口許の隅に、じっと見なければ気付かないくらい小さく、皺があった。それはまるで、果実をたわわに育み、新たな大地の種として散らした、大樹の年輪のように。
 空調と、コンロの火の立てる音だけが部屋にある。
「そろそろ、お餅入れましょうか」
「ああ、そうだな」
 娘たちの情報に先んじていることにしろ、こうやって余裕たっぷりに問いかけてくることにしろ。
 母は強し、という言葉はまさに的を得ているな、と士郎は思った。
 いくら顔見知りとはいえ──いや、顔見知りだからこそ、か──眼鏡をかけた細面の青年が、娘をくれと言ってきたら、士郎はどういう顔をそのときしているか、自信がない。
 だけれど、妻はきっとそのとき、彼の背中を押しながらか、あるいは士郎の隣で微笑んでいることだろう。
 士郎が何を言ったところで、なにかが変わるわけがないことを士郎ただひとりにとって残酷に、突き付けるように。それが母であり、妻である者の仕事だと言わんばかりに、だ。
 
「桃子」
「はい?」
 
 スーパーの、特用の切り餅の袋を破って、ふたつ土鍋の中に入れる。
 大して分厚いものではない、じきに出汁を吸って茹で上がることだろう。
 
「済まないな、いつも」
 
 士郎としては、そうして手の空いた隙に、思ったことを言っただけだった。
 一瞬目を大きく広げた妻が、次にはくすりと笑うことも、なんとなくわかっていた。
「もう。……なんですか、今更」
「まあ、そうなんだが」
 気恥ずかしさを紛らわすように、士郎はおたまで鍋の水面をくるくるとかき回す。
 孫までいる、いい歳の親父が言うことでは、なかっただろうか?
「ただ、そうね。たまには、そんなのもいいですね」
 

 
 居間の、テーブルの片隅へと置いていた携帯電話が、着信を告げていた。
「──恭也?」
 桃子は、回覧板を届けにきたお隣さんに応対している。
 餅はもう引き上げたし、いいか──火を弱めて、士郎は鍋の元を離れる。
 スマートフォンなんてどう使うか、よくわからない。色んな会社の色んな種類があって、どれがどれかすら曖昧だ。だから子どもたちに勧められて購入したその士郎の携帯は二つ折りの、随分型の古いものだった。
 その液晶画面に、息子の名前がある。
 
「もしもし?」
 
 ──ああ。父さん?
 
 前の帰省のとき以来の、息子の声を士郎は耳にした。
「ん……ああ、正月のことだろう? 母さんから聞いているよ」
 携帯を耳元にあてたまま、つい先ほどまで妻とともに囲んでいたダイニングのテーブルを振り返る。
「まあ、気をつけるもなにもないと思うが、飛行機に気をつけて──……?」
 そして、遠目にその風景を見て、思い至る。
 当たり前すぎて、こういう一瞬でもなければ、それは気付きもしないこと。
 不意に言葉を切った自分に、怪訝そうに電話の向こうから呼びかけてくるのを聞きながら。
『父さん?』
 
 土鍋を買い換えたのは、……そう、三、四年前だったか。
 五人家族を前提にした大きさだと、今はもう三人しか暮らしていない高町家には些か、大きくって。
 このくらいがちょうどいいよね、と美由希が言って、桃子ともに買いに行ってくれたのだ。
 子どもたちが三人揃っていて、夫婦のいた食卓の記憶と、俯瞰して眺めるひとまわり小さな鍋の大きさは、間近で見るよりもなんだか、より明確に違っているように思えた。
 誰も座る者のない、士郎も桃子も席を立った無人のテーブルは、賑やかな誤認家族の食卓とは打って変わって、広々と、がらんとして見えた。
 こんなにも、この家と。ここのテーブルは広かったんだな。
 当たり前すぎる。思った自分が、我ながら可笑しかった。
 
「──あなた?」

 回覧板を抱えて、桃子が戻ってきていた。
 きょとんとした顔で、士郎と電話とを見比べている。
「ああ、悪いな。じゃあ、待っているよ」
 ──ん、それじゃ戻った時に。
 息子と言葉を交わし、通話を切って。恭也からだったよ。妻に告げる。
 そうして、再び誰もいないテーブルを見る。妻の肩に手を回し、ともに歩みつつ。
「雑炊、するか」
「あらあら。今日は食いしん坊さんね、なんだか昔みたい」
「そういうこともあるさ」
 
 子どもたちの巣立って行った食卓に戻る。
 まだまだ、老け込んでいるつもりはなかった。老け込むつもりもなかった。
 老夫婦と呼ばれるまでには、まだ時間があるはずだった。
 子どもたちを巣立たせることができた実感。妻と、老夫婦へ歩いていける未来。
 それらすべてに、士郎は満ち足りていた。そのことを、再認識させられた。
 
 多少わがままでもいい、正月にはなのはにも帰省してもらおう。そういうのは、親であり祖父である人間の特権のひとつだろう。
 
 孫たちに会うのが、今から待ち遠しかった。
 
 (了)
 
 
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