てわけで、nocturneアフター二回目。
どうぞ↓↓↓↓
彼女に言葉を向けたのは、九年前。とある放課後のことだった。
「なのは、ちょっといいかな」
おずおず、どきどき。
いつも話している親友に対して口を動かすということがそのときだけは、フェイトにとってひどく勇気のいるものであり。
「何ー?フェイトちゃん」
「えと、あの……ね?ちょっと、お願いがあるんだけ、ど」
慌しく皆が帰る準備を進める中その例に漏れず鞄に荷物を詰めている親友のあどけない顔に、思わず唾を飲み込まざるをえなかった。
「お願い?何?」
「うん、えっと、えと」
なんだろう。そんなに頼みにくいことなのだろうか。なのははきっとそんな風に疑問に思っていたはずだ。
同じ局員といっても、本局付きの航空武装隊員であるなのはと次元航行部隊、更には執務官志望であるフェイトの仕事内容は、はっきりいって別物だ。
手伝ってくれといったところで所属的にも業務内容的にも、そう互いに手助けできるものではない。
また逆に手助けできるものがあるとすれば、明瞭簡潔なしがらみのない、出撃への随行や訓練に関することくらい。
言いよどむほど説明が困難な任務であるなどということはまずないのである。
とにかく。
だからここまでフェイトが仕事関係のことで言うかどうか迷うことがあるとは彼女も思っていないだろう。
しかしかといって管理局がらみ以外だとすると、なのはもこれといってフェイトの頼みごとが何なのかとっさには思いつかないのではないだろうか。
まして、「彼」に関することなどとはけっして。
「どうしたの、フェイトちゃん?そんなにかしこまっちゃって」
「いや、えっと、あの、その……あの、ね……」
「?」
『じゃあなー、フェイトー』
「ああ、うん、またね……って、そうじゃなくて、あの」
何か言いかけたところでクラスメイトの声に振り向き、返事を返す。
ああ、もう。つい性分で律儀に振り向いて声を返してしまう。
一度固めた決意も折られた話の腰に崩れ去り、もう一度親友の眼前で組み立てなおし、立て直すことを余儀なくされ、頭が真っ白になりフェイトは慌てふためく。
──自分は、それほどおろおろしているように見えたのだろうか。いや、見えたんだろう。というか、実際軽いパニック状態だったのは事実であるわけだし。
「それで?頼みってなあに?」
「う、うん、あのね。実は──」
幸いにして親友は見かねたのか、助け舟を出すように向こうから尋ねてきてくれた。
落ち着いて、落ち着いて。彼女の目がそう言っていた。
一息ついて恐る恐る紡いだ自分の声はわずかに、震えていた。
それを聞いた彼女の顔は、きょとんとしていた。
魔法少女リリカルなのはstrikers −nocturne−
after.1 買い物に、いこう。〜nine years before〜
それから、三日ほど時間は経過する。
連れ立って歩く、一組の少年少女の姿が海鳴にあった。
けっして険悪なムードというわけではない。だが二人の間に、会話はなかった。
今互いを見やることもなくただ無言で歩いている組み合わせの二人は双方よく知った仲であったし、無論相性の悪い組み合わせということでもない。
あまり積極的に喋るほうではないという点で言えば、どちらも似たもの同士といったほうが近いかもしれない。
仲のいい、友人同士──二人とも、そう思っている。思っていたはずだ。少なくとも、「彼女」は。
どちらかといえば「彼」と仲があまりよろしくないのは、「彼女」の兄のほうである。
いうまでもなくその二人というのは、「彼女」──即ち幼き日の自分、フェイト・T・ハラオウンのことであり、
数少ない同年代の男子の友人であるユーノ・スクライアこそが隣を歩く「彼」であった。
なのはの友人という共通項を持つ二人はそのなのはを抜きに今日こうやって、途切れがちどころか途切れっぱなしの会話の話題を探しながら、
視線を交差させることもなく互いから目を逸らし、横一文字に並んで休日の街をどこ行く様子もなくぶらついている。
『今度の日曜日、ユーノを一日貸して欲しい』
フェイトの頼みを、なのはは拒まなかった。
なぜならば当然、立場としてはフェイトと同じく「友人」たるなのはには断る理由もなく。
むしろ寮住まいの彼の予定を何故自分に確認を取るのかと不思議そうであったほどで。
こっそり聞き耳を立てていたアリサが石化したくらいで、その願いはいともたやすく了承されたのであった。
無論、一大決心に近い覚悟で臨んだフェイトとしては、いささか拍子抜けさざるを得ず。
同時に三日間悶々と今日この日のことを思い過ごした挙句、今この段階に至っても未だ、本当によかったのだろうかという疑問が抜けずにいたのである。
そしてその思いは、二人きりというこの状況を強く意識させる結果となり。
目線を彼へと移しては、逸らし。逸らしては移すのを彼女はただ、繰り返していた。
* * *
−ミッド中心部・とあるホテルの一室−
そして、現在。
「ほーら。じっとしてなさい、ヴィヴィオー」
「んー」
シャワーの音とともにバスルームから漏れ聞こえてくる声は、二つ。
まるで本当に母と子のようだと、ユーノは思った。
──あの子がいる。あの子が一緒なのだし、歯止めが利かなくなることもないだろう。大丈夫だ。
なのはから泊りがけで出かけたい、と打診されたときは一瞬、躊躇した。
そして紹介したい子がいるから、とヴィヴィオのことを聞いて安堵した自分もいた。
お互いもう、子供でないということを恐れたのかもしれない。いや、多分そうなのだ。
(はやてなんかに聞かれたら、またひっぱたかれるんだろうなぁ)
情けない、とか。覚悟が足りない、とか。
自覚がある分、想像するだけで心に痛い。
「……ん?」
大丈夫、ベッドも別々だし、彼女はヴィヴィオと一緒に眠るだろうし。
自分に言い聞かせていたユーノは、ふと目を遣った鏡台の上に、二本のリボンが置かれているのに気付く。
一本は、ボロボロで。もう一本は新品同様、とまではいかないまでもいい意味で使い込まれていることが判る綺麗なグリーンのリボン。
言うまでもなく二人が前に進むきっかけになった二本である。
(……フェイトにも、怒られちゃうかな)
あのリボンがなければ。
彼女があの日言った提案がなければ。
今自分はこうして、なのはと共にいられなかったかもしれないのだ。
そう、あれはたしか、九年前。
たった一度彼女と出向いた、懐かしきあの街のことが郷愁としてユーノの胸に、不意に浮かんできた。
* * *
−再び九年前−
二人きりで、落ち着かない。
もっともそれは、相手のユーノとしても同じことであった。
改めてゆったりと人間の姿で漫ろ歩く海鳴の午後は、異邦人として興味をひくところのものがさぞかし多いのかもしれないが。
むしろそんなもの、眼中にも思考にも入らず。
ただ隣を歩く少女のことで、頭が一杯で。
(でもなぁ)
フェイトから今日の誘い、なのはの反応を聞いた時のことを思い出し、ユーノは思わず溜息する。
(そうあっさり了承されちゃうってことは……)
いとも簡単にOKを出されるというのも、いい気はしない。
もう少し、躊躇してくれてもいいのに。
別にフェイトと出かけるのは嫌じゃないけれど、なんだか複雑な気持ちだった。
ちゃんとなのはに了承を取るあたり、真面目なフェイトらしいのだが。
そこはなのはの鈍さが極まっているということか。
(しかもこれって、二人っきりってことはつまり、その……デ、デート……なんだよね?)
繰り返し思い返せば、人間の姿でこの街を歩くのも戦闘以外では実際、本当に数えるほどしかない。
(なのはと出かける時はいっつも、フェレットモードだったからなぁ)
人間の姿でなのはと街を歩いたのは闇の書事件が終わった日のあの、一回だけ。
しかもあの時はどちらかといえば事件の終了という開放感の方が強かった。
そもそもフェイトと別れてなのはの家に着くまでのわずかな距離を二人で歩いたというだけのこと。
あれからユーノは司書資格を取るための勉強、なのははなのはで正式に武装隊に入隊して忙しくしていたしで予定が合わず、
局内でわりと頻繁に会ってはいたけれど息抜きに共に出かけるということはなかった。
要するに、である。
不肖、ユーノ・スクライア11歳。初めてのデート体験に、いささか混乱していることを認めざるを得なかった。
なにせ今こうやって「デート」という単語を思い浮かべるだけでも頬が火照ってくるのだから、反論のしようもない。
(……って、誰に反論するんだよ)
なんて自己につっこみを入れつつ。
普段は思慮深いユーノも、やっぱり中身は十一歳そのままに。まだまだ子供なのであった。
ちらとフェイトのほうを見ると、目線が合った。
慌てて視線を逸らすと、更に身体が熱くなっていくのがわかる。
(な、なのはが、僕にはなのはが……)
なのはが、どうした。
そんな風に思ってみても仕方ない。
フェイトの顔は友人である以上日常的に見ているけれど、こうしてあらためて見てみるとやっぱりかわいいと思う。
もちろんユーノだってかわいい子には弱いのだ。これでも一応、男の子ですから。
そもそもなのはとユーノの関係はまだ……いや、何も言うまい。言わないほうがユーノ自身のためであろう。
悲しくなってくる。
そして不意に、隣を歩く少女が口を開く。ぽつり、と呟くように、俯いたまま。
「ごめんね、ユーノ。嫌だった、かな」
「へ!?」
「私、クロノ以外の男の子と二人でこうやって出かけたことがほとんどなくて。それでひょっとしたら、つまらないかもしれないな、って」
頬はまだ赤らめたままだけれど、フェイトは心底申し訳なさそうに謝った理由を告げてきていた。
* * *
───何か。何か、言わなきゃ。今日来てもらった理由とか、お礼とか。都合は大丈夫だったか、とか。
全然そんなことはないとぶんぶん首を振りながら否定するユーノに負けず劣らず、フェイトもまた内心で必死だった。
溜め息をつき目を逸らす彼を見て、やっぱり私なんかと一緒じゃ楽しくないのかな、なんて考えて沈んだ気持ちになってしまう。
(そうだよね。ユーノは、なのはのことが……)
「いやほら、ただちょっと、僕もこの姿で街に出て来るの久々であんまりなかったから。少し落ち着かなくて」
「そう……なの?」
「そう!!そう!!それにこうしてフェイトと二人だけって珍しいし」
これまた、大袈裟な動きではあったが。ユーノが自分を元気付けてくれようとしていることはわかった。
オーバーだなぁ、とは思いながらもそれがなんだか嬉しくて。
可笑しくて、ちょっと吹き出してしまう。
「……ありがとう、ユーノ」
「……へ?」
そして、自然に感謝の言葉に気持ちが繋がった。
返ってきたのは、本日二度目の間の抜けた返事だったけれど。
元々真面目でやさしい性格なのに、ユーノはこういうところがどこか、抜けている。
なのはと波長が合うのは、彼のこの性分によるものなのかもしれない。
兄のクロノにはない反応が、ちょっと新鮮で可笑しかった。
知り合ってから長いけれど、二人だけになるのは彼の言う通りたしかに珍しかったから。
「ううん、なんでもない」
「???」
「なんでもないよ」
フェイトが微笑むと、ユーノは顔を更に真っ赤にして、照れて顔を背けてしまう。
誤魔化すように、彼は本題を振ってきた。
「そ、それで?今日はどうして僕を?買い物ならなのはでも……」
「あ、うん、そのことなんだけど。実は頼みたいことがあって───」
* * *
一方。フェイトもユーノも自分たちを尾行する複数の影がいたことをまだこのときは、知る由もなかった。
「ったく、いらつくわね」
「……あのー、アリサちゃん?」
ブロンドと茶色の小さな頭がひとつずつ、柱の影から覗いていた。
「もっとなんかこう、はしゃいだりいちゃついたりしないさいよー……」
「アリサちゃんってば」
「……うるさい、気が散るでしょ」
「アリサちゃーん」
「あーもう!!うっさいわね、何よ!?」
「いや何って」
正直こっちが聞きたいんだけど、となのはとすずかは顔を見合わせた。
「……なんで私達はフェイトちゃんとユーノ君を尾行してるんでしょーか」
「さ、さぁ……?」
「うるさいうるさいうるさい!!これはフェイトの、友達の一大事なんだから」
アリサさん、その台詞は声のよく似た別の人ですよ。となんだか姉共々彼女にばっさり斬り捨てられそうな感覚を覚えながら心の中でつっこむなのは。
なぜそんなつっこみができたのかは彼女自身にもよくわからない。
「あんたたちもわかってるでしょーが!!あのフェイトが、なのよ!?」
「そ、そうなの……?」
「そうやでー、なのはちゃん。友達の大勝負は、しっかり見届けたらなあかん」
「あうう、はやてちゃんまで……それに大勝負って……」
なんか違うんじゃないでしょーか。
そう思いつつも口に出せない辺り、しっかりこの二人に主導権を握られている。
遠くの方に小さく見える、一組の男女を見守るのは4人。
振り返りもせず一心不乱に二人を見ているアリサと、足が治って以来妙に行動的になったはやて。
そして半ば巻き込まれる形で参加している、ひきつった顔のなのはとすずかだった。
四人の少女が固まって、こそこそしながら尾行をする姿はいかにも不自然で、周囲から好奇の目でみられそうではあるが、道行く人が振り向くことはない。
それもそのはず。
「……なんか、果てしなく魔力の無駄使いのような気がするんですが」
覚えたての、隠密行動用の認識阻害魔法。魔導士相手でも広域探査をかけられない限りは気付かれない、便利な代物。
つい先日マスターしたばかりの、なのはにとって最新の魔法だった。
さほど難しくはない魔法だし比較的前から習ってはいたのだが、教えるユーノの司書の仕事の都合もあり、武装隊入隊後の理論習得によりこの間ようやく出来上がったのである。
砲撃は自分の得意分野。しかし武装隊で精鋭に混じって戦っていくには、それだけではいけない。
そう思い覚えた魔法であったのだが、アリサとはやてに命じられ、なのははそれを常時発動し続ける羽目になっていて。
使えるようになったなんて言うんじゃなかったなー、と激しくただいま後悔中。
『No problem, my master』
「あなたまで楽しまないでよ、レイジングハート」
『I do not understand the meaning of what you say』(おっしゃる意味がわかりません)
うわ、しらばっくれやがったよこの杖。待機状態だから宝石だけど。
……エクセリオンにパワーアップしてから性格変わったよね、レイジングハート。
不屈の心というか過激な心に。
「大丈夫、足らんくなったらうちの魔力使ってええから。カートリッジもぎょーさんもってきとるし」
「いや……そういう問題では……」
「ごめんなー、シュベルトクロイツが整備中やから」
「……もういいです」
「あー!!店入った!!」
アリサが指差す先に、もう二人の姿はなく。そのままそびえ立つビルを彼女の指先は示していた。
「ほんまか!?ほな、行こか」
「あ、え、えー……やっぱり?」
「やめたほうが……」
乗り気のしない二人を、アリサがひっぱる。
それはもうお前ら急げと言わんばかりに。
アリサはいつの間にこんなに、力持ちさんになっていたのだろうか。
「いーから、ほら!!あんたたちも来るの!!はい、走る!!」
「えー」
「えーじゃない!!はやくしないと見失うでしょ!!」
結局店内へと消えた二人を追ってなのは達もまた(約二名は渋々)、デパートの中へと急いだのだった。
(つづく)
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