天井(アパート一階)から水が降ってきてんですが。
とりあえず喪失辞書の更新だけ。
(慌てた状態で最後の校正終わらせたんでミス発見。修正しました&指摘㌧クス)
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「ごめんねー、ユーノ君。どうしてもここからはレイジングハートのクセを知ってる人に立ち会ってもらいたかったから」
「いえ、僕なんかでよければ」
少年が、紅い宝石と対峙していたその頃。
宝石の持ち主たる少女は、走っていた。
「……なのはちゃん、やっぱりユーノ君のことも?」
「……」
自らが発見することを約束した、一匹の子猫を追って。
前後、左右。
まるで普通の少女とは思えぬほど、四方へと寸分の隙も見せず意識を集中させながら。
森の奥へと消えていった、その動物の姿を求め走り続ける。
運動が不得意なはずの自身が、記憶しているより遥かに長い持続力を維持していることに気付かぬままに。
そして、辿り着いた。
その、場所に。
生まれて初めて『彼女』と邂逅した、確かに己が意識の奥底に秘めている光景に。
「大丈夫ですよ、なのはなら」
声が出なかった。けれど確かに、少女は覚えていた。
黒衣の少女。黄金色の髪。……寂しげな、表情。
みんなみんな、全て。
はじめての出会いと敗北と。
眼前にある太く雄雄しい大樹には数え切れない思い出の出発点としての記憶が、詰まっている。
ぞくり、と鳥肌が立った。自分が忘れていたという、その事実に対して。
「だから、お願いします」
でも、まだ。まだ、これだけじゃない。脳ではなく、身体が言っていた。
いつしか、動き出していた。
ここは、あの子と始まった場所。戦闘魔導師としての出発点。
まだ自分には、思い出さなければならない場所が残っている。
「新しいエクセリオンモード……エクシードを」
意識する必要もなく、足が動いていた。目指すのは彼との、自分と魔法との始まりの場所。
今の自分の全てが、始まった場所へ。
魔法少女リリカルなのは 〜the lost encyclopedia〜
第十九話 メモリーズ
天才が、二人いた。
片方は数多くのストレージ、デバイスの設計を手がけ古代ベルカの戦闘用魔導具技術を大いに発展させ。
もう一人は現代ミッドへをも続く人工知能のエキスパートとして、機械やプログラムに感情、意識を与えることに成功した。
彼らは各々、自分に必要な技術、補うべき能力を求めるように。
二人引き合い、友となり。それぞれの技術を持ち寄り、練磨し、最高傑作ともいうべき二機のデバイスの製作に入ったのである。
それが、二冊の魔導書。
二つの融合型デバイスはそれぞれ、創造主二人の得手とする能力の結集を受け、その機体を早々に完成し。
その身を守るべき守護騎士たちを、それぞれに得た。
あとはその機体を管制すべき、制御プログラムの構築を待つばかり。
ところがその段階において起こったのは、管制人格プログラムの製作遅延に起因する、開発者たる二人の意見の相違、衝突。
膨大すぎる処理能力を必要とする管制人格の形成が困難を極めていたが故の意見による対立だった。
ある意味で片方はより人間的であり、ある意味でもう一方はより、科学者としての己を優先させたのだろう。
本来、プログラムを任せきりにしていた男の提案。
それは一から人格プログラムを構築し、組み込むのではなく。
既に人格の形成された存在──人間をその素材として使用すればいい、というもの。
提案された天才は当然の如くそれを人道的なものではないとし、拒絶する。
提案した天才は遅々として進まぬ魔導書の開発に業を煮やし、独自に管制システムの構築を開始する。
そうして、二人の間にあった信頼関係は崩壊した。
元より我の強い、研究者二人である。
共同開発者はいつしか、競うべき相手へ。競うべき相手から蹴落とすべき相手、打ち負かすべき相手へと変化していく。
その変化にさほどの時間は必要とはしなかった。
そして、その競合に勝利を収めたのは──……初志を、貫徹した者。すなわち、後に夜天の書の意志と呼ばれる管制人格を完成させた、創造主のほうであった。
当初の理想も、なにもなく。ただそこにあったのは勝者と敗者。
ただ、相手に勝ちたい。自分の考えが、理論こそが相手のそれを上回っていると証明したい。
その科学者としてのプライドのみがその原動力として。
(──やからこそ、魔が差した)
敗れた者は、遅れ完成したシステムへと自らをとりこみ。そしてその憎悪、嫉妬を夜天と名付けられた魔導書、そのものへと向けた。
すべては打ち勝つべき相手を蹴落とすため。己が理論こそがより優れていると立証するために。
夜天を、闇へと変える。ゆっくりと、それでいて確実に病が進行するように。
己の死とともに破棄された──そのように偽装した自らが管制人格となったデバイスの内部で、その様子を彼は眺めていたのだ。
(やからこそ……壊れてしもたんやな)
狂喜に、顔を歪ませながら。数百年もの時の中で、ずっと。
* * *
──はやてが見ていたのは、そういう光景だった。
「はやてちゃん!!」
「……リイン?ここ……」
リインに呼び戻された意識が身体から離れていたのは、ほんの刹那ほどの間でしかなかった。
肉体が強制的に場所から場所へと転移するその一瞬の間に、はやての意識は遥か遠くへと旅していたらしい。
今現在見えるのは、ごつごつとした表面が見渡す限り四方に続く岩山の群れ。
通信も繋がりそうになかった。
(今の……記憶?夜天の……リインフォースのかけらに残ってた……?)
沈みゆく太陽の光を、剣十字の先端が反射する。
細めた視線の先に、人影が映った。
「!!」
改めて対峙するその相手は、画面上で見るより遥かに戦闘を行う人間として不釣合いであるように見えた。
というより、出で立ちからして魔導師のそれではない。
身に纏っている白衣もおそらくは、バリアジャケットではなくごくありふれたものを魔力でプログラム化したものだろう。
「呼んだんは……あなたですね」
だが今見たものが、夜天の書のかつての記憶ならば。彼は己がため、自らの身を魔導の器と化したはず。
どれほど外見で生半可な相手に見えようと、油断は出来ない。
現に、ヴィータが。あの男には操られているのだから。
「話をしよう……っていう雰囲気でもないか」
一対一でどれほどの力を持つのか──自分で相手が出来るのかもわからない。
けれど、先ほど見た記憶が夜天の書の真実。
転移の際、魔導書の魔力に触発されて蘇ったものであるならば。
「リイン」
はやては怒り以上に、男が哀れでならなかった。
たった一度の競争、それだけに固執したがゆえ肉体を捨て、この悠久の時を超えてまで犯罪者として扱われねばならぬ、この男のことが。
「ユニゾン。最初から全開でいくで」
「はい」
* * *
「大学時代に……友人たちとドライブしていて、偶然見つけてしまって」
岬に広がっていたのは、どこまでも続く緋色。
「それ以来、気に入ってしまって。たまにこうして暇なときに来るんです。気晴らしに」
空も、大地も。そして海さえもがたった一色に染まりきる。
沈みゆく太陽が絵の具となり、世界を染め上げていくのだ。
“──今のあなたは、まだこんな風にひとつの色に染まりきれてはいない”
まるで今の今まで記憶の奥底からすら消え去っていた遥かな時の向こうの光景が、眼前に再び蘇ってきたかのように。
少しずつ鮮明に思い出されていくその映像は正に、今見ているこの緋色の世界と見紛う程に瓜二つであった。
“けれど、誓いなさい”
同じ色に染まった世界の中、師とかつて交わした誓いのことを。
息を呑み水平線を見つめ続けるシグナムは、ゆっくりと意識の中に再生し続ける。
水面の反射光すら、今はもうすべてと同じ色。
拳が無意識に、ゆっくりと握られていくのがわかる。
肉体が、力を。気力を取り戻していくのが実感できる。
“いつか、これ以上の緋色の輝きに染まって──”
かつて交わした、師との誓いの日。それと同じ夕日が。その色に染まった空が、海がそこにあったから。
「……そして、私を……」
「シグナムさん?」
ぼそりと、口元から師の言葉を反芻する声が漏れた。
“私たちを止めに、いらっしゃい”
それは誓いの日であるとともに、師と交わした別れの日でもあった。
魅入られたように立ち尽くす彼女は、石田のかけた声にすら気付きはしない。
ただひたすら思い出されていく記憶に、師の声に。ゆっくりと自分のなすべきことを同調していくのみ。
──なんてことだ。自分はどれほど間が抜けていたのだろう。
何故このようなことを今の今まで、愚かにも忘れ去っていることができたのだろう。
“それが一番の餞になる──……。待っているわ。いつまでも”
惑い躊躇することに、意味などありはしなかった。
彼女の望みはあの日、あの時から既に決まっていたのだ。
「石田先生」
自分も、あのときの誓いを果たそう。
「ありがとう、ございます」
彼女は──自分が。
劫火は烈火によって、止められねばならない。
世界や時代が変わろうと、太陽の緋色が変わらぬように。
交わされた約束もまた、けっして変わることはないのだから。
* * *
なにも目印なんて、ないはずだった。
いくら近所とはいえわざわざそんなところに行く必要性もなにもなく、一度通ったところで覚えているはずもなかった。
なのに。なのに自分ははっきりと、覚えていた。
夕焼け空の下、木々たちの見つめる中自分が体験した出会いのことを。
「──やっぱり」
窪みも、なにもない。
けれど確かに判る。四年前、確かに彼はそこにいた。
「……」
傷つき、倒れて。小さな仮初の姿となってその場所に倒れて。
今はなのはの指先がなぞるそこで、差し伸べられる手を待っていた。
それが彼との出会い。
自分が──自分の行くべき道が定まった、その瞬間。
「ユーノ、くん」
彼と出会ったからこそ、自分の道ははじまった。
「ごめんね」
なのはははっきりと、彼の名を呼んだ。
二度と全てを、忘れてしまわぬよう、はじまりを深く心に刻み付けるがごとく。
彼のいたその場所の土を強く握り締め、少女は立ち上がる。
すべきことは、あのときと同じ。
彼からもらったこの力で、立ち向かうべきものへとただ向かっていくのみ。
「フェイトちゃん」
その力の名前は、魔法。
心配をかけたぶんだけ、全力全開でぶつかっていくこと。
それが魔導師である高町なのはに、今できることだから。
なのはは彼のおかげで出会うことの出来た、親友の名も呼んだ。
「今、行くよ」
行かなくては、待っている人たちのところへ。
一分でも。一秒でも、はやく。
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