そろそろ。

 
自分の作品を公開しようと思います。
ちらほら、参加者の方々が集まっておられるので、自分も動かにゃいかんだろうということです。
 
自分以外の方々の作品については、当日のお楽しみということで。自分も当日のリンク集(のようなもの)が楽しみです。
 
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次元と次元の間に存在する、無数の「海」と俗に呼ばれるなにもない空間。
その波間に浮かぶ巨大な時空管理局本局施設内の更に中心部、奥深くに無限書庫と名付けられた場所は存在する。
 
時空管理局、開設以来。ありとあらゆる手段で集められてきた資料や情報の集積するそこはまさに管理局のいわば頭脳。
特に近年は長い間ただ集められるがままで機能していなかったデータベースとしての能力も情報の整理が順調に進むことによって一層の働きをみせるようになってきており、局員たちからの信頼も厚い。
 
──ただし。そういった動きが進み、無限書庫が本来の姿を取り戻すきっかけを作ったのがたったひとりの少年、その働きによるものであるということは、あまり知られていない。
 
「〜♪」
 
無限書庫の再評価を局上層部にさせ、頼れる「頭脳」としての存在意義を蘇らせたその張本人こそ、何を隠そう。
今現在高町なのはが一週間ぶりにお菓子を持って件の無限書庫に会いに行こうと歩を進めている相手──無限書庫司書長こと、ユーノ・スクライアなのである。
 
「あっ」
 
なのはは、上機嫌だった。
先日受けたS+ランク試験も無事に合格、おまけに目標としていた戦技教導隊への入隊試験受験を認める通達が、訓練校時代の恩師、ファーン・コラード三佐を通じて遂にやってきたのだ。
特に後者は、入局当時からの夢である。その夢があと一歩で叶うところまできているのだ。なのはならずとも心躍るのも無理はない。
「張り切りすぎていて、隊長の砲撃を受ける犯人が気の毒でした」とは共に出撃した部下の武装隊員の談である。
 
今日は、それらの報告を兼ねた顔見せ。
一週間ぶりというのはそれほどの間ではないのかもしれないけれど、親しい友達となかなか会えないという点ではどれほど短い間であっても変わらず長く感じてしまうものだ。
随分と彼と会っていないような感覚すらする。
 
通路の窓に映った前髪がはねているのに気付き、外の闇で自分の姿を映し出しているそれを鏡がわりにして、なのはは髪を整えた。
 
「よしっ。あとはおかしいところはないよね」
 
くるり、とその場でまわって全身を確認。航空武装隊の白いジャケットには染みひとつないし、履いているオーバーニーソックスにも解れなどはない。
何一つ、おかしなところはない。万事、OKだ。
 
「ユーノくん、元気かなー」
 
サイドポニーの長い髪を元気に揺らし、軽やかな足取りでなのはは再び歩き出した。
 
 
魔法少女リリカルなのは A's to strikers 〜sweet milk's short story
 
 
元気かなー、とは思ったけれど。
……思ったけれども。別にそれは心配とかそういうものではなく、何気なしに口にふと出ただけの言葉であったのに。
 
「……ユーノくん、大丈夫……?」
「……」
 
空調の効いた司書長室なのに、目の前の少年は極寒の中にでも放り込まれたかというような厚着をしていた。
 
額には水色をした冷却シートがぺたりと貼り付けられ、口元をマスクが覆い。
声を出すのも辛いのか、返事の代わりに弱々しいサムズアップが返ってくる。
大丈夫……といいたいのだろうが、むしろそれは安心させるには逆効果である。
全然大丈夫そうには見えない。
 
Q.──風邪引いてますね、あなた。
A.──大正解。
 
「熱、どのくらい……?」
「……三十、八度とちょっと……朝は」
 
ふらふらと積み上げた本を運ぶ手を緩めずに、背中で彼は答えた。
かすれて、ちょっとがらがらの声だった。
三十八度の熱を押しての作業──おまけに、その数はこの部屋にあるだけでもなのはの目には数え切れない。
 
風邪なんて、魔法で治せばいいのに。そう思う人間は魔法技術の発達していない世界の人間である。 
実際、魔法や魔力による医療の発達したミッドにおいても、風邪の完全な治療方法は確立されていない。
何しろ、風邪による健康状態の悪化とは個人差が非常に大きい。軽い鼻風邪から、こじらせて入院を必要とするものまで様々。
その上症状・原因その他が多岐にわたっている曖昧なものであるが故、体系付けられた数式に基づく魔法による治療には相性が悪いことこの上ないのである。
そもそも外部からの魔力で症状を押さえ込んだとしても肝心の本人の魔力・体力が体調不良で低下しているのだからその状態を維持することが難しい。
 
したがって人々が風邪に対してとることのできる対処法は様々な理由から、特効薬のない地球でのそれとなんら変わらない。
よく食べ、薬を飲んで、暖かくしてよく寝ること。
だがこの状況から察するに、彼がその手段をとることは非常に困難であるようで。
 
「寝てなくて、平気……?お薬、ちゃんと飲んでる……?」
「休んで、られない、から」
 
そうこうしている間にもいくつもの空間モニターが開いて調査依頼の通信が飛び込んでくる。
ほぼ、毎分というほどのペース。
素人のなのはの目から見れば何をやっているのかわからないほどの早さでひとつひとつ、ユーノは返事を出し、調査の内容を端末のデータベース上に振り分けていく。
 
「でもっ」
「ただの風邪だから。このくらいで休んでられない」
 
薬は飲んでるし、大丈夫。
今週は調査依頼も溜まっているからと、止めようとするなのはを制し、ふらつきながら仕事を続けるユーノ。
飲み込んだ言葉のやりどころがなくて周囲を見回した彼女は、彼の仕事机の片隅に本と本の間に所在無さげに置かれているトレーを見つけた。
 
パンと、スープと。簡単なものではあったけれどその上に並ぶ食事は、どれも手付かず。
器の上に手を翳してみても冷え切っていて、まったく温かみは感じられない。
 
「ユーノくん、ご飯食べてないの……?」
「……うん。朝食べたけど戻しちゃって。昼は食べてない」
「ダメだよ!!具合悪いときはなおさらちゃんと食べないと!!」
「いい。……食欲、ない」
 
それ以上は、取り付く島もなかった。
 
「今日は……ごめん。ちょっと、余裕ない」
 
せっかく話そうと思っていた色々なことも。
持ってきたお土産もそこそこに。
 
慌しく仕事に戻っていった彼の執務室に、なのはは一人、残されたのだった。
 
*   *   *
 
せっかく、今日明日のオフで彼とスケジュールが合えばどこか誘おうかと思っていたのに。
面と向かっての会話が全然なかったこともあってか会いに行くまでの間の上機嫌からは一転、なんだか面白くない気分で、なのはは一人海鳴の自宅に戻っていた。
 
更にはメールや電話を駆使しても、誰もつかまらない。
せっかくの休みだというのに、これでは完全に手持ち無沙汰に無駄遣いすることになってしまう。
 
いや、それよりも。
 
「ユーノくんの馬鹿。……風邪、酷くなったってしらないんだから」
 
こちらが心配しているのに、本人がやる気がないでは意味がない。
自愛をしない彼に珍しくなのはは、怒っていた。
機嫌が悪いからひとりでは、何をやっても楽しくない。
 
だから、時間潰しという意味では丁度よかったのかもしれない。
紙袋を揺らして、前方に見えてきた家業である喫茶店をなのはは目指す。
 
代えのエプロンがクリーニングから返ってきて家に置きっぱなしになっているから届けてほしいという母からの頼みは、渡りに船。
 
むすっとしたふくれ面で、彼女は昼食時のラッシュを終えた店内に入っていく。
 
「お母さん、お父さーん。頼まれてたエプロン、持って来たよー」
 
声をかけるとドアベルが鳴った音と重なって、すぐに厨房の奥から母が顔を出す。
暖簾の向こうの調理台には牛乳のパック。
洗い物の直後と見えて、しきりに両手をぬぐいながらくぐって出てくる。
 
「ありがとー、ごめんなさいね。せっかくお休みなのに頼んじゃって」
「ううん。することもなくて退屈だったし、平気だよ」
「これがないと、三時からのシフトの子たちのぶんが足りなくって。助かるわ」
 
シフトの谷間なのだろう、アルバイトの従業員の姿もなかったし、買い出しに行っているのか父もいないようだった。
身内びいきでもなんでもなく、翠屋は駅前にいくつかある喫茶店のうちでも立地条件として恵まれているということもあり、人気が高い。
十分な食材を朝開店する際に用意しておいたつもりであっても、昼どきの客足次第では午後に備えて追加の買い出しが必要となることが割とあるのだ。
 
クリーニング店のビニールに包まれたエプロンの枚数を、テーブル上に一枚一枚広げながら母が確認していく。
目についた分はすべて持ってきたつもりだったが、彼女が頷いたのを見てなのははほっと胸をなでおろした。
足りなければ、また家に戻ってもう一手間かかるところであった。
 
すぐにまた忙しくなるであろう両親を待たせるというのも忍びないことであるし。
 
「さ、どうする?少し早いけど、なにかおやつでも食べていく?」
「うーん、どうしようかなぁ……」
「って、あら?なのは?」
「ふえ?」
 
確認を終えたエプロンの束を抱えた母は、身体だけ厨房のほうへと向けてこちらを振り返っていた。
今そこで母も確認したとおり、数は足りていたはずだ。それともなにか別の不備や忘れ物に気付いたのだろうか。
 
けれど母の視線はむしろ、なのはの顔。
じっと見つめられて少し後ずさった次女の戸惑いの表情にひたすら注がれて、他の事は眼中にないようで。
身体を捻って、十四歳の少女の顔をわずかばかり身を屈めて覗き込む。
 
「……何か嫌なことでもあった?」
「えっ!?ど、どうして?」
 
どきり、と軽く心臓が跳ね上がった。
心を読まれたかのようで図星をつかれ動揺するなのはに、やっぱりと頷いた母は。
無言で自分の頬となのはの頬を、交互につっついたのだった。
面白くない。ご機嫌斜めだ。そう、顔に描いてあるとでも言うように。
そして、総合を崩し娘へと語りかける。
 
「よかったら、言ってみなさい?たまにはお母さんが、力になってあげる」
 
*   *   *
 
駄目だ、足元がふらふらする。
いくら食欲がないとはいっても、何か少しでも口に入れてくるべきだったか。
 
同僚にして部下の司書たちから説得される形で遂に無限書庫を早退してきたユーノは、寮の自宅を目指し定まらない足取りを進めていた。
 
よくよく考えれば実際、朝戻して以来、薬と一緒に水を飲んだ以外何も口にしていないのだ。
胃は空腹を覚えずとも、弱った身体は確実にカロリーを必要としているはずである。
なにかすぐに食べられるようなものは冷蔵庫に残っていただろうか。
いや、そもそもその栄養素を胃が受け付けてくれるかどうか。
固体や半固体の重いものはどうにも、丁重に受け入れを拒否されそうな気がする。
 
「っあー……なのはにも悪いこと、したな」
 
彼女の言う通り、もっとはやく休んでおくべきだった。
頭の焦げつくような火照りからして、多分熱も上がっていることだろう。
 
階段の中ほどで手すりに身を預けて一息つきながら、土産のお菓子を置いて帰ってしまった少女のことを彼は考えていた。
それすらもはや曖昧、まともな思考には固まりきってくれなかったけれども。
ひとまず、せっかく会いにきてくれた彼女に自分の体調管理の失敗のせいで申し訳ないことをしたという意識だけはあった。
 
階段を一気に上ることも出来ず、その姿勢でユーノは呼吸が収まるのを待つ。
ああもう、しんどいったらない。
電話くらいかけて、一言でもすまなかったと謝るべきなのだろうが。
正直言って無理──ベッドまで辿り着くのが精一杯かもしれない。
 
「ユーノくん?」
 
そして階段を上りきった踊り場で、彼は見つけた。
 
「なの……ぁ……」
 
そのために、安心してしまった。
何故だろうとか、考えるべきことは他に一杯あったはずなのに。
彼女の姿を自宅の前に見た瞬間、緊張の糸がぷっつりと、安堵そのものによって切断されてしまった。
 
寒空に厚着の私服で待っていた少女、その手には白い食料品マーケットのビニール袋があって。
慌てて駆け寄ってくる彼女の動きが捩れていく不思議な視界の現象に、彼は飲み込まれていった。
 
*   *   *
 
……まあ、要は気を失ったわけだ。
立ち眩みと、あまりの体調の悪さのおかげで。
 
「タオル、あったまってない?お水替えてこようか?」
 
尤もそれに気付いたとて、あとの祭り。
蛍光灯の灯りの眩しさに目覚めて、ユーノは自分が倒れたことを知ったのである。
 
「ん……大丈夫。ごめん、なのは」
 
管理局の男子独身寮は、一人部屋にしては比較的間取りは広い。
おかげでリビングには長いソファも置けるし、そこそこのサイズの座卓もある。
 
倒れたユーノが寝かされていたのは、そのソファの上だった。
額の上に固く絞った冷たいタオルを載せられて、毛布をかけられて。
時計を見ればさほど時間は経っていなかったにもかかわらず細々とした部分まで行き届いた対応がなされていたのは、偏に看病をしてくれた彼女が時折この家に出入りすることのある、勝手知ったる存在であるからに他ならない。
 
汗で頬に張り付いた髪を、なのはははらってくれていた。
枕代わりになっている彼女の両腿がほどよい暖かさで後頭部を包み込み、頭痛を和らげてくれるように感じられる。
 
「びっくりしたよ。家の前で待ってたら、帰ってきてすぐいきなり倒れちゃうんだもん」
「……ごめん」
 
いわゆる、膝枕の体勢。ユーノの髪をはらった彼女はしきりに額のタオルへと手を当て、温もっていないか確かめていた。
目覚める前に計った限りでは39℃ほどあったらしいから、冷たさを失うのも早いのだろう。
 
「でも、来てよかった。ご飯食べてないでしょ、ユーノくん」
「……うん。やっぱり食欲がなくて」
「だから目が回っちゃったんだよ。少しくらい無理してでも食べないと」
 
めっ、と叱る口調とは裏腹に、なのはの表情は柔和に微笑んでいた。
 
「でも、しっかりしたものとかは食べれないんだよね。お粥とかは?」
「普通の食べ物に比べたらまだいけそうではあるけど……それでも、ちょっと」
 
そう言われて、ユーノは考える。
にしてもやっぱり、熱のせいか食べ物のことを考えるだけで胃がむかむかと疼きだす。
それに今はどちらかといえば、このまま休んでしまいたい。
我侭は承知だが、口に入れるだけ入れて、さっさとこの小康状態のままベッドに収まってしまいたかった。
 
「そっか、わかった」
 
あまり気乗りのしないユーノの様子に、なのははちょっとごめん、というと彼の頭を膝から下ろして立ち上がる。
 
「キッチン、借りるね。すぐ出来るから」
「なのは?でも……」
「飲み物くらいなら、平気でしょ?」
 
どんな形でもいいから、栄養をとらないと。
エプロンをつけながら、なのははユーノに言葉を投げた。
 
「お母さんに教わってきたんだ。だから、待ってて」
 
そして彼女が冷蔵庫から取り出したのは──彼女が直接、買ってきた。
彼のために買ってきた、一本のミルクの瓶だった。
 
*   *   *
 
「ごちそうさま」
「さまー」
 
同居人二人の声に、スバルたちの訓練メニューが並ぶ画面からなのはは背後へと視線を移す。
仕事中だった彼女の前にも、それぞれに色味の違う金色の髪の二人の前にも、各々自身愛用のマグカップが空になって置かれている。
 
キャスター付きの椅子の背を回して、二人へ向き直るなのは。
部屋着のフェイトは、高椅子の上の幼子──ヴィヴィオの口元を拭いてやっていた。
 
「お粗末さまでした。どうだった?」
「おいしかったよ。ね、ヴィヴィオ
「うん、おいしかったー」
 
寝食をともにする二人にそう言われ、嬉しくないはずがない。
特にこの共同生活につい先日加わったばかりの、ヴィヴィオからともなればなおさらだ。
 
ヴィヴィオ、なのはママのキャラメルミルクだいすき」
「そっか。ふふ、ありがと」
 
それは、就寝前の一コマ。
大切な友と、守るべき子がいて。
 
三人の喉を潤したのは、とっておき。
 
「でも、ほんとおいしいよね。なのはのキャラメルミルク。今度私にも教えてくれない?」
 
母からあの日教わった、やさしい甘さ。
それはみんな、彼女たちと同じように自分にとって、大切な人のために覚えた甘さだから。
 
具合が悪くても、身体が受け付けなくても。
はちみつとどちらにしようか迷った挙句に身に着けた、とっておきのやさしい味なのだ。
作るのは簡単、でもおいしくなるよう、たっぷりと願いをこめて。
 
「いいよ、もちろん」
「ほんと?今度エリオとキャロに作ってあげようと思って」
「ママ、おかわりー」
 
こちらを見上げカップを差し出す少女の髪の色は、どこか彼のそれにそっくりな金色。
なんだか女の子のようだった昔の彼がもっと幼くなったようで、ちょっとおもしろい。
 
(──ただ、笑顔はちょっと違う、かな。)
 
その時々の年齢の差や、男女の笑顔の差というものではなく。
パジャマに着替え、同じようにあの日包み込むようにベッド上でカップを持った彼が見せた笑顔は、胸が高鳴った。
とくん、と一瞬。彼の「ありがとう」の声とともに。
 
よくわからないけれど、不思議なくらいそれは心地の良い気分で。
薄いキャラメル色の液体を喉に落としていく彼に、見とれている自分がいた。
 
「もう寝る前だからあと一杯だけ、ね。フェイトちゃんは?」
「あ、私もお願い」
 
そのあとで、彼は言ってくれたのだ。
熱で火照っているのか、暖かいミルクのおかげで身体がぽかぽかとしてきたのか、赤みを帯びた顔をこちらに向けながら。
 
今度はありがとうではなく、たった一言。
けれどそれだけで十分と思えるほど嬉しかった一言を返してくれたのだ。
 
──おいしかったよ、って。
 
 
−end−
 
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こんなんなりました。感想などどぞー。つWeb拍手