なにがかというと。

 
あの人の出番が。わりとうちだと出番大目のはずなんですけどねー。
といっても本人そのものじゃないですがっ。
ん?誰のことかって?読めば(多分)わかる。
 
てわけでnocturne二期、第六話ー。
↓↓↓↓
 
 
 
 
 
 
「どうしたんだい、やけに深刻そうな顔をして」
 
親友からの相談を受けたのは、一ヶ月ほど前のことだったか。
クラウディアに招かれ、もてなされ。
言うべきことははっきりと言うタイプの友が、妙に口ごもってばかりいたことが記憶に新しい。
 
「……いや、フェイトのことなんだが」
「執務官の?」
 
コーヒーをすすったクロノは、カップを置く。
そしてそうではないと、小さく頭を振ってヴェロッサの言葉を訂正する。
 
「仕事上のことじゃないさ。……その、うちの妹として、な。だから……」
「ごく私的な相談ってわけか。いいよ、道理で会話が弾まないわけだ」
 
そんなことだろうとは、思っていた。
彼もまた、自分の私的なことを他人に話すのは苦手な人間だ。
 
──その彼の、血の繋がらない妹と同じように。
 
「……あの子はどうしてああも、自分の優先順位が低いんだろうな」
 
フェイト・T・ハラオウン。あまり似ていないことを彼に尋ねた折に、その妹が自分と同じ立場にあることを知った。
それから、なんとなく気になってはいた。
 
ヴェロッサもやはり同じように、血という最も確かで判りやすい絆の形が省かれた、姉という存在を持っていたから。
いくつかの事件や、ハラオウン家への訪問の際に顔をあわせつつ。
はやてやクロノたちを間に、似通った境遇を持つ彼女と、ある程度の知己は持つようになっていた。
 
だからパーティ会場で見た際には、さほど過去でもない時にクロノから聞いたその心配事を思い出していた。
挨拶回りも済んでいたし、彼女へ声をかけるのに何の支障もなかったことだし。
 
けれどすぐには、ヴェロッサは声をかけられなかった。
 
彼女の目が、見えてしまったから。
なにかを、抑えつけている。その気持ちから、目を逸らしている。
故に自分からは見ることの出来ない『瞳』、その場所に想いはただ集積され手付かずにされている。
 
やるせなさと、苦しさの混じりあった色で満たされた目を、彼は見たのだ。
それはなにより、彼がよく知っている目でもあった。声をかけないという選択肢は、これでなくなった。
グラスを持った手が、彼女の白い首筋へと伸びていた。
 
 
魔法少女リリカルなのはStrikers Nocturne -revision-
 
第6話 ここから、踏み出そう
 
 
ヴェロッサは、語っていた。
聞く側に回るフェイトが催促するまでもなく、にじみ出る言葉によってただ吶々と。
 
「たぶん、一目会ったときからだった。でも、すぐに無駄だとわかった」
 
彼女に過去を伝える理由を、彼は云わなかった。
だが、告げられずともフェイトには判る。
彼の言うその相手が誰なのかは、与えられた情報だけであまりにも明確に認識できたから。
 
「諦めなきゃいけないってことが、すぐにね。……ただ、素直に諦めきれはしなかったけれど」
 
ちょうど、今のきみと同じ状況さ。話を振られても、フェイトは言葉を返せなかった。
彼の言う通りだというその事実に喉がつまり、気の利いた言葉がとっさには出てこなかったのだ。
 
無反応であったことをフェイトは後悔する。しかし彼は気にした様子もなく、話を続けていく。
 
「ダメ押しというか。すぐにとどめの一発がきちゃったんだよね」
「え?」
「他の誰でもなく、その彼女自身によって」
 
彼の姉は、選んだ──ヴェロッサの言葉の要点をまとめ、端的に言えばそういうことになる。
 
家、しきたり。あるいは血縁的な事情。
そんな堅苦しい鎖よりなによりも、彼女は彼女自身の意志によって、その行くべき道を決定した。
そしてそれは彼にとっては残酷な、俄かには受け入れがたいものであったに違いない。
 
聖王教会にとっては、神にも等しい信仰の対象。
大いなる王にその身を死ぬその日まで捧げ純潔を守り通す、教会騎士団の頂点に立つ聖女となることを。
弱冠という言葉が相応しい年齢にして既に金髪の預言者は胸に誓っていたのだ。
 
「──ああ、まったく」
「アコース、査察官?」
「きみの髪は、ほんとうによく似ている。あの人の金髪に」
 
引き止める暇など、ありはしなかった。彼がであった頃には既に、彼女はそう決めていたのだから。
 
出会うのが遅すぎたというだけのこと。知るのが、致命的に間に合わなかったというだけだ。
言ったヴェロッサは、ソファにかかっていたフェイトの金髪の先端を一房、細く指先に摘んだ。
 
男の人から髪を触られるなんて、美容院のスタイリスト以外では初めてのことだったけれど、フェイトは彼のするに任せていた。
自分の髪を他人に似ていると言った彼の指に対する嫌悪感は、全くといっていいほどなかった。
 
「……それで。それで査察官は諦めたんですか?諦められたんですか?」
 
彼が髪を弄ぶ時間中、フェイトは返事を待っていた。
自分がひどい質問をしているという自覚はあった。無神経だということは、わかっていた。
 
「……諦めたさ。でも、納得はしてなかった」
「え?」
 
だが、彼の言葉はわりあいにしっかりしたもので。
 
「納得できなかったから、悪あがきしたんだ」
「……悪あがき?」
 
微妙に語感のよろしくない単語を、彼は吐いた。
 
ヴェロッサ・アコース”は、彼の言うところの悪あがきという言葉を、自分で口にしながらも苦笑しているようだった。
 
よくもまあそんなことを思いついて、実行に移したものだと。
フェイトの知らない「そんなこと」は小さく漏らした彼にとってひどく滑稽で、ひどく微笑ましいものであるらしい。
それまでの、自分をどこか見下している色はそこにはなく、過去の自分に対して純粋に当時の幼さを再認識する感情を抱いているが如くただ笑う。
 
「僕が今でも、ヴェロッサ・“アコース”を名乗ってるのはそういう理由さ」
「あっ」
 
過去を大事にしていたいのであれば、フェイトのようにミドルネームとして名前を残しておくことはできたはずなのに。
聖王教会を治める名家のひとつ、グラシア家に入りながら彼がその名を継がず、また名乗らない理由。
 
思い至ったフェイトは、思わず声をあげていた。
 
「まるで子供の考えだよね、でもあの頃はそれだけで十分だったんだ」
 
自分が納得していない、まだ諦めていないということが明確な形を以って示される。幼い心にこれほど心強い援軍はない。
冷静な大人の目からすればなんのことはない自己満足に過ぎないとしても、そのときは彼にとって重要なこと。
 
「十分だと思えることだった」
 
なんだかんだで、苗字を捨てなかったという行為そのものについても結果的にこうしてよかったと思っている。
彼女の弟、ただそれだけの存在であることに慣れた今となっても。
 
彼の微笑みは、話をしはじめてから今まで、一見同じように見えてすべてが違っていた。
よくよく見なければわからないほど微細な変化を伴っていたり、声のトーンのみの違いであったり。
自分とふたりきり、静かで対話に集中できる場所でなければ見落としていたことがほぼ間違いないほど、その笑顔は多様で微細に移り変わっている。
 
「きみは、これで十分と思えるほどなにかをやったかい?」
「……え……」
「自分の想いに対してきみも、少しくらい悪あがきしてみてもいいんじゃないかな。最初から諦めてしまうのは勿体ない」
 
“悪あがき”。その見栄えのよくない言葉が胸を叩く。
表ではなく、深い深い場所にある、小さな切り傷、割れ目だらけの古ぼけた扉を。
諦める──そうだ、自分は最初から諦めていた。
親友だから、幼馴染みだから。その諦めを自分に納得させていた。
 
──違う。させようとしていた、だ。
 
強引なやり方で抑えたその想いの扉はひび割れ、傷つき。今にも音を立てて砕け散らんと震え軋んでいる。
無理矢理に抑えてきたその気持ちに対してまっすぐに向き合ったとき、自分が自分自身にしてやれること。
自分にできて、そして自分を納得させられること、それは──……。
 
「きみだって、幼馴染みなんだろう?彼とは」
 
彼が最後にそういって零した笑顔は、それまでのどれとも違った。
はやてに時折見せていたものと、よく似ていたけれど。穏やかさの度合いがわずかにこちらのほうが勝っているように見えた。
 
あの雨の中での出来事のあと、はじめての笑顔でフェイトは、彼に微笑み返した。
こちらは含まれた感謝と親愛、苦笑のうちで多分、感謝の度合いが一番強かったと思う。
 
*   *   *
 
フェイトは夢を見た。寝るまでじっくりと考え、その夜目を閉じ眠りに就いた床において。
 
公園とも、草原ともつかない場所だった。
夢という自覚が、鮮明すぎるほど鮮明にある明晰な夢の中、彼女は2つ並んだブランコの片方に腰掛ける。
ブランコの鎖を繋ぐべき鋼の支え棒は頭上にはなく、雲を割って天高く伸びているのが異様だった。
だがあとはいつもの靴、いつもの制服、いつものリボン。
時空管理局の執務官、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンそのままの格好で。
草を揺らす風も、匂いも。夢だとわかっているからこそ、いやに現実感に富んでいる。
 
「これから、どうするの?」
 
けれど、隣の彼女はもっとそれ以上に昔のまま。成長してしまった自分とは比べるべくもないほど小さく、また幼い姿を変えていない。
ある意味では鞦韆の長すぎる鎖への違和感以上に不自然だった。
 
「……わからない」
 
自分の顔は、今でも彼女と同じなのだろうか。
隣から聞こえてくる声に思う。そして考えさせられる。
 
幼き日、諦めを受け入れた自分のことを。
 
「昔のフェイトは、母さんのために頑張ってくれてたよね。フェイトが『フェイト』だからじゃない、『娘』として。母さんがフェイトにとって『母さん』だったから」
 
エメラルド色のワンピースから突き出た短い両足が、揺れていた。
 
「ずっと言いたいこともしてほしいことも堪えて、がんばってた」
 
きぃ、とブランコの鎖が軋む。
大空から伸び自分の手元からそちらへ向かっていく鈍色の長い二本の鋼は、一体どこまで続いているのだろうか。
 
「……そのことに、後悔はしてないよ。私が母さんにしてあげたかったことだから、自分で受け入れたことだったから」
 
きっとこの鎖は、私の心の果てまでずっとずっと、続いている。
生まれて最初に抱いた想い・思考のその場所から、さまざまな出来事や気持ちのたびにひとつひとつ長くなり、今もなおそれは伸び続けている。
言葉を返すフェイトには、そんな気がしていた。
 
つまり今、この手に握っている鎖の大半を占めているのは、鉛でも鋼でもない。
自分が一番思いを向け、そうしたいと考えていることそのものが、この鎖の成分。
それが何かは今日一日の出来事で、嫌というほど実感させられ理解しているつもりだった。
鎖の表面がざらつき、ひび割れ錆を吹いているのもきっとそのせい。想いをわかっていながら、まだ迷っているからということに他ならない。
 
「昔のことはそうやって納得できてるかもしれない。じゃあ今は?」
「え……」
「『フェイト』として向き合ったからじゃなくて。あの子の『親友』だから、あの子が『親友』だからってだけで、このまま諦めていいの?」
 
小さな少女のほうを、フェイトは向いた。
彼女も、フェイトのことを見ていた。
 
「母さんに対してはそれでよくても。また今度も後悔しないっていう保証はどこにもないんだよ?」
 
言った少女は、ブランコから飛び降りる。足元の草が音を立てて、彼女の靴底に潰れた。
そして腰に手を当て、フェイトの顔を指さしてくる。
 
「少しは、自分のために頑張りなさい。いっつもいっつも他の誰かのためばっかりじゃ疲れちゃうよ」
 
細く白い指先の爪が、光を反射して光っていた。
その輝きは、単なる爪先の光沢のものとは思えないほど、徐々に強く大きく、眩しくなっていく。
 
ああ、言いたいことを言ったんだな。
 
この夢の終わりが近いことを、フェイトは自覚した。
焼け付くように白い閃光じみた輝きは、既に草原からも色を奪い、フェイトの司会を覆いつくそうとしている。
自分はもうすぐ、目覚める。朝がやってきて、現実に戻らねばならない。
 
「がんばれ、あたしの妹」
 
 
──その言葉を最後まで聞いた直後、フェイトは自室の天井を見ていた。
もぞもぞやって起き上がると、静謐な朝の光が閉まりきっていないカーテンの隙間から部屋の壁に一筋のラインを作っている。
寝ていれば丁度、顔に当たるくらいの長さで、まっすぐに。昨晩ブラインドを下ろし忘れて寝ていたことに、フェイトはようやく気付く。
 
光の漏れ入ってくる窓際には、ハンガーにかかったTシャツが干されていた。
ヴェロッサに借りて、洗濯して返すといった一枚だ。
続いてベッドサイドに目を移せば、写真の中の姉が笑っていた。
 
「……心配性なんだから、もう」
 
すっきりとした目覚めと同じくらい朗らかに、彼女は姉へと笑い返す。
 
「でも、きてくれてありがとう」
 
姉と母の写った写真を、シンプルな木目の写真立てごとフェイトは抱きしめた。
次におはようを言った。写真の中の二人に。
この天気だ、明かりをつけるのはあとでいい。
 
*   *   *
 
それからは、少しばかり長い時間が必要だった。
 
自分が、考えていること。感じたこと。何がどうなっているのかを整理して。
頭を冷やすのにかかったのが、約一週間。
 
じっくり頭を冷やした上で自分がなにをしたいのか、どうするべきか。
どうすれば自分が納得できるだろうかと考え結論を出し、吟味するのにも一週間がかかった。
 
「……よしっ」
 
その結果として今、フェイトは無限書庫の大きな扉の前へと立っている。
 
何度も何度も考え、悩みそして辿り着いた答え。それは行動するということ。
 
“──フェイトさん、なんだかちょっと前まで元気なかったのが嘘みたいです”
 
出がけに顔をあわせたシャーリーやティアナにも言われたっけ。
彼女たちにも色々と、心配をかけていたのだなと認識させられた。やっぱり自分はまだまだだ。
だがあの二人が言うのなら、間違ってはいまい。自分は今、元気だ。この顔でなら、彼に会いにいける。
このことで心配をかけるのは、今日でおしまいにする。
 
深呼吸を、吸って、吐いて。
 
 
彼女は、踏み出した。
 
(つづく)
 
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(あえて今回は何も言わず)つWeb拍手