ここ見てくれてる方々に申し訳ないので。

 
冬コミあわせだった管理局通信に寄稿した作品をちょこっと加筆して載せておきます。
2ページのページ制限に収めるために削除した部分とかもあったので。
(基本的に自分は本に載せたものをそのままここに載せるってことはしませんし、逆も同じ方針です)
 
てわけで、どうぞー。局通信の際には入んなかった「あの子」が最後にちょこっとだけ登場。や、文字数だけじゃなくちょっとうち見てる人限定すぎる設定でもあったので(この頃からこの設定は作ってたんす)。
 
 
↓↓↓↓
 
 
 
 
 
 
魔法少女リリカルなのはstrikers after 〜最初の仕事〜
 
 
「あ、あのっ。フェイトさん?」
 
おろしたての濃紺の制服からは、まだ自分のものになりきれていない新品の衣服独特の、硬質な匂いが漂う。
生活感のないモノとしての芳香。無機的な香り。形容するならそんな言葉が妥当だろう。
だが朝の訓練のあとのシャンプーの柔らかな匂いと硬軟混じりあったそれらの香りは、けっして不快なものではない。
 
前を行く上司の、金髪の揺れるその背中を追いかける新米執務官補佐──ティアナ・ランスターにとっては次元航行艦という新たな職場に移ってから、三日目の朝のことである。
 
「うん?」
「どちらに行かれるんですか? 捜査部も管理課もとっくに通り過ぎちゃいましたよ?」
 
日数としては三日目。しかし、本格な仕事としてははじめてとなるその日。彼女は上司の先導のもとひたすら歩いていた。
 
初日は、先任のシャーリーから様々な業務について教わるだけで一日が終わった。二日目は肝心要のフェイト自身が出張でおらず、補佐する側としても開店休業状態(自分のいない間休んでいていいといったのはそのフェイトなのだが)で。
 
そして本日三日目にしてようやく、仕事だよ、と声をかけられ緊張しながら上司のあとにつき、金髪執務冠の歩みを追ってきたティアナではあるが、さっぱり行き先がわからない。
 
せいぜい初仕事といっても打ち合わせの際の雑務や、捜査資料の荷物持ち程度の簡単なものくらいだと思っていたのだ。
いくら旧知とはいえ、いきなり新米の補佐官に重要な仕事を任せるほどフェイトとて甘くはあるまい。全くの新米である自分への初仕事への期待値が、さほど高いとも思えない。
 
「ああ、心配しないで。もうすぐ着くから」
 
そう思っていたにもかかわらず、フェイトの足どりの向く先はティアナが予想したいずれをも外していった。
停泊中の艦を出て、随分長く歩いてきたものだ。既に二人の目の前には、本局内でも人の往来が疎らな、ひっそりと寂れた薄暗い辺境区画の広い廊下だけが広がっている。
 
「さ。着いたよ」
 
このようなところまで、一体何をしにくるというのだろう。
 
ひょっとすると捜査のための重要書類か何か、受け取り持ち出すのだろうか。そのためにどこか受領場所を指示されているのかもしれない。
そんな、荒唐無稽な推測に基づいた無用な緊張すら、ティアナはしていたのだ。
 
──しかし。前方に見えてきた自動扉は、厳重に保管すべきものがその先にあるにしてはあまりにもあっさりとスライドする。
 
向こう側にあったのは今までの無機質な長い廊下が嘘のような、まさか本局内にこんな場所があったのかと思えるほど生い茂る豊かな木々。
 
そして。木々の内に遠慮がちに佇む小さな建物が、確かにティアナの双眸には映っていた。
 
「……エリオもね、ここの出身なんだよ。ひょっとしたら六課にいた頃に聞いてるかな?」
 
建造物の中にある小さな箱庭の、そのまた中の、小さなかわいらしい家。そこから時折微かに聞こえてくる声は、幼くまた活気に満ちている。
上司の出したかつての同僚の赤毛が、脳裏をよぎる。目の前の光景と彼のその容姿・物腰はなんの違和感もなく、想像という思考のボウルの中であわ立ち、交じり合っていった。
 
さ、ついてきて。
 
振り返り足を止めていたフェイトが、微笑みを一つ、再び歩き出す。
慌ててティアナは、黒ジャケットの背中を追いかけた。
 

 
「元々はね、ちょっと離れた他の次元世界にあったんだ」
 
年配の女性と向き合い応接室の椅子に座り、職員だろうか、若い青年が給仕してくれたお茶に会釈で感謝を示しながらフェイトが言った。
アイコンタクトを交わすところを見ると、その青年も金髪執務官の黒服は、よく知っているらしい。
 
「レティ提督……グリフィスのお母さんが出資してて。私もほんの少しではあるけど援助してたんだ。けど何年か前……七年前かな。そこでちょっと災害にあって施設そのものが使えなくなってしまって、ね」
 
それで本局にかけあって、ここを用意してもらったってわけ。
 
フェイトの微笑みにも、先ほどから感心することしきりのティアナにはただぼんやりと頷くより他になかった。
 
なにしろ自分たちに対する子供たちの反応は、熱烈といっていいほどの歓迎ぶりだったのだ。
先を行くフェイトが施設内に足を踏み入れた瞬間、彼女の姿を見つけた子供たちがあとからあとから寄ってきて。あとはいらっしゃいやらこんにちはやらの大合唱。
子供たちの名前を一人ひとり、正確に呼びながら頭を撫でて笑いかけるフェイトを、ぽかんと口を半開きにしたままティアナはただ見とれていた。
 
「みんな、ね。家族がいなかったり、わけありの子たちなんだ」
 
悲しいことだけど、とフェイトは天を仰ぐ。
 
かつて、頬の痛みとともに上官から伝えられた彼女や、エースオブエースの過去。
目の前に座る執務官もまた、かつてはその“わけありの”子であった。
 
「だから、ここにいるみんなが家族。血の繋がりはなくても、一人ひとりが家族」
「あ……」
 
そしてティアナも、彼女が今口にした“家族のいない”子供というカテゴリーに、十二分に当てはまる子供だった。
忌まわしい出来事で、最愛の兄を亡くしてからは、少なくとも。
 
「さて、ティアナ。私がここにくることを初仕事だって言った理由、わかる?」
 
彼女は、試すような視線をティアナに送ってくる。
おそらくは目を向けられた、質問をされたティアナが息を呑んだことも彼女にとっては予測の範疇であったろう。
 
「ここは、私の執務官としての出発点のひとつでもあるから。だから執務官を目指すティアナにも、知っていてほしかった。だから、答えてほしいな」
 
フェイトの言葉に、ティアナは考える。彼女が自分をここに連れてきた理由。知っていて欲しかった、というその意味を。
 
自分と同じ天涯孤独の子供たちの生活の場を見せて、彼女は執務官を目指す『ティアナ・ランスター』に一体何を感じ取って欲しいのか。
 
「……忘れないために、ですか?執務官の、責任を」
 
間があったのは、納得し噛み締めるため。悩んだり、自信がなかったりしたからではない。
 
出した結論を、静かにそれでいてはっきりとティアナは口にする。
天涯孤独。自分やかつてのフェイトにとって同じ存在であるこの子供たちを。
この子供たちと同じになろうとしている幼子たちが次元世界にはまだ数え切れないほどいるということを。
 
そのことを、忘れてはならない。
 
「そう。私たち一人ひとりの力は本当にちっぽけだ、この世の全てを救えるわけじゃない。その現実と」
「はい」
「例え僅かでも、私たちにだって救える存在がある。助けられる子供たちがいるんだ。あの子たちのような存在を救うために私たちがいる。その責任という事実を、忘れないで」
 

 
「大丈夫ですよ、今はもう。兄や自分のためだけに執務官を目指してるわけじゃありません」
「ティアナ」
 
なのはさんやシグナム副隊長に、痛いくらいに教えられましたからね。
フェイトの瞳へと苦笑気味に、ティアナは肩を竦め返してみせる。
 
それは強がりや虚勢などではない。六課で学び吸収していった、ティアナ自身の持っている実感だ。
誰のための銃。誰のための力。それを自分が、どのように使いどうするか。
けっしてそれはもはや、ごく個人的なものばかりに立脚してはいない。
 
「そう。……そっか。よし、それじゃあ行こう」
 
ティアナの言葉に、フェイトは相好を崩す。そして立ち上がり、唐突に手を差し出してくる。
 
「え?」
「子供たちのところだよ。忘れないっていうなら、アフターケアも大事。しっかり遊んであげないとね。ほら、ティアナも」
「ええ?でも、あたし子供はちょっと苦手で……」
「だーめ。これも責任のひとつ。執務官になるための経験のうち!!」
 
ひっぱられるようにして、ティアナは立ち上がった。
フェイトが窓の外の子供たちに、手を振る。
 
さあ、ティアナも。フェイトの目が、ほんの少しだけ意地悪く、でも楽しそうに、嬉しそうにそう言っていた。
皆の視線が、ティアナに集まる。ティアナに注がれる。
 
数瞬の、躊躇い。数秒の、戸惑いのあと。ゆっくりと、彼女の掌は芝生の上の幼子たちに向いていく。
 

 
──二人のやりとりを、向かいの席に座る老女は微笑みとともに見守っていた。
 
「さ、こっちよ。だいじょーぶ、中には悪ガキもいるけど基本的にみんないい子たちだから」
「……はい」
 
ティアナがその老婆がこの施設──孤児院の責任者、園長だと知ったのはそれから更に、もう少し先のことになる。
レティ提督……名うての提督閣下の知人というものは伊達ではないらしい。
 
ひとりでも、折を見てこの場所を訪れるようになって。子供たちが彼女の顔と名を覚え、彼女もまた子供たち一人ひとりの名を記憶するようになり。
 
「きちんと紹介してあげるから安心しなさい、ディード」
 
姉と呼ぶべき人間から“人として生きること”を学び、教わり。
少しずつ感情を表に出すことを覚え、知り始めた少女が償いを終えて彼女たちの元に後輩として配属され、双剣の腕を共に磨くようになった、その頃のこと。
 
ティアナ自身、ほんの少しだけ空が飛べるようになった、そんな頃のことだ。
 

                   −end.−
 
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