行き先・秘密。

 
なんか呼ばれたので。
とりあえず家出る前にカーテンコール更新。
今月はこんくらいかなあ・・・更新できそうなの。
 
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背中と、肩とを。
鈍く、それでいて光の如く疾く駆け抜けていった痛みが、なのはの目を覚まさせた。

「……っつ……」
 
頭を振って、意識を明確なものへと呼び戻す。眠っていた──どれくらい?レイジングハートからの応えはほんの2,3時間程度。
この負傷の具合ならば、よく眠れたといえるほうかもしれない。
 
周囲の状況を、確認する。時刻はまだ、明け方近く。日の出がミッドよりも遅いのか、この世界ではまだ薄暗い。
毛布代わりにして包まっていた、ここを占拠していた魔導師たちの持ち込んでいたらしき薄い布地が、壁面を背に崩した膝から下にひっかかっている。
 
さしあたって見えるのは、それだけ。いや、あともうひとつ──胸元に確かに感じる人肌の温かさと、体重の重さがすやすやと安らかな寝息を立ててそこにはある。
 
──ああ、眠ったこの子を抱えたまま寝入っちゃったんだ。
 
その穏やかな寝顔を起こさぬよう、そっと抱き下ろし布をかけてやる。
首を二、三度曲げて鳴らす。疲労の蓄積は自分自身、誤魔化しようもない。傷の痛みと相まって、体力がじわりじわりと削られていっている。
これ以上の長期戦はやはり、なるべくごめんこうむりたいところだ。
 
もう、管理局のほうでもこちらの発信を捉えてもいい頃だ。……なるべくはやく、できることならば敵機の来襲前に合流したいものだが。
 
『Master』
「……そうもいかない、よね」
 
レイジングハートの警告に、なのはは頷いた。すぐ側の船窓からちらりと、外を見やる。
 
「これまでで数は……一番、かな」
 
白みだした空に、無数の影が蠢いているのが肉眼でもはっきりと見える。ゆりかごの周囲にばらまいておいたW.A.Sにひっかかった反応は、今までの襲撃の比ではない。
おそらくは、これが本命。ここを切り抜ければ……ギンガたちとの合流まで耐えるのも容易になるはず。
 
ここは、堪えきる。そして、防ぎきる。
 
「いくよ、レイジングハート
『all right』
「守りきる。いいね」
 
ちらと、壁に体重を預け眠る幼子へとなのはは目を向けた。
 
そう、自分はここで倒れるわけにはいかない。ふたつの存在を守り通さねばならないのだ。
管理局からの救援が、ギンガやスバルたちが到着するそのときまでは、たったひとりの孤立した戦力であろうとも。
 
ゆりかごと、聖王の器。目的もわからぬ邪な者たちに渡すわけには、いかない。
 
 
魔法少女リリカルなのはstrikers 〜Curtain call〜
 
第十一話 そして朝が来た
 
 
いくら信仰をその活動目的の主旨とする聖王教会とはいえ、慈善事業だけでその運営が滞りなく行われているわけではない。
組織の形態が大きければ大きいほどにその維持と拡大にはその意図を問わず膨大な財を必要とする。
 
建前上、名目上は無償の寄付であったとしても、だ。
 
それはけっして個人のレベルで賄いきれるものではなく、本来そうであるべき信仰心からの微力な献金という形を超えて、様々な意図を持った者たちから贈られることによりその運営資金の徴集システムは成り立っているといっていい。
 
ミッド全域、旧ベルカ領全域に信徒を多く持つ、広大すぎる上に締めつけのゆるい組織であるが故、それもやむをえないことであるのかもしれないが。
そういった過分な資金を投入する者たちは往々にして、自身らの資金が生命線のひとつであることを理由に注文をつけたがる。無償のはずの援助を盾とした、一種の圧力団体と化す。
 
『……財団への調査の進行具合はいかほどに?』
 
そんな相手であると認識される組織の名を口にした、監獄の中から通信に応じる彼女の問いは、痛いところをついてくると同時に的確でもある。
流石は、時空管理局陸上本部、そのトップたる存在であった人物の秘書官を長年にわたり務め上げていただけのことはある。
けっして血縁のみの引きや、肉親ゆえの不相応な人事であったというわけではない。
彼女は、赤の他人である自分から見ても有能であるとはやては思う。
 
「……まだ、リストにある名前のうちのひとつって程度でしたから。もちろんそれらの一環として進めさせてはいましたが……残念ながら」
 
嘘は、吐けない。吐いたとしておそらくは、見透かされてしまう。
 
そう判断し、はやては正直な現況を口にする。素直すぎる回答へと脇に控えるオットーが僅かに眉根を寄せたのが、モニターの反射に映る。
これでええんよ、と。画面にある虚像の、若く幼い彼に対しはやては視線をあわせ微笑んだ。
 
『そう、ですか。生憎と私は彼らとの折衝については名前を聞かされていたくらいで、直接的なことには関わっていなかったので……これ以上のことは、申し訳ありませんが』
「いえ。あなたからの証言が得られただけでも十分です。捜査の方向性も定まるかと」
『財団の内情ならば、私よりも『彼』に問いただしたほうがいいかもしれませんね』
 
少なくとも、相手が絞れただけでも大きな進展ということができた。立場の異なる二つの相手の目から見ての評価が同じであるならば、そこに凝り固まった独断的な疑念というものは存在しない。
あるのは……客観的な、強い疑惑だけだ。
 
満足して、はやては話を結ぼうとした。
だがその指先を、思い出したように付け加えられたあちらからの言葉が引き止めた。
 
「『彼』? ですか?」
『ええ。父は……財団との折衝にあたっては『彼』を仲介、介在としてコンタクトをとっていましたから』
 
不意に、胸騒ぎがした。その名前を聞くことに、なにかひどく勇気のようなものが必要であるように思えてならなかった。
 
『捜査線上に挙がってはいませんか? 『マイア・セドリック』。戦闘魔導師としては、父の側近中の側近と言ってよかったでしょう』
 
またしても、聞き覚えのある名前。かつ、自分が編成表の召集許可申請に、この手でサインをした名前。
 
それを再び聞いたときはやての頭に浮かんだのは、彼と同様に消息を絶ち発見の報が伝えられたばかりの、空のエースたる親友の顔だった。
 
*   *   *
 
構造はかつて自分が歩んだものと、なにひとつ変わらない。ところどころに散乱する塵や、壁面の破片や。
おそらくはあの『悪魔』が行きがけの駄賃にと破壊していったのであろうガジェットの残骸の散らばるその位置が異なるのみ。
新たに搭載された瞳のセンサーも、正常に稼動している。それの感知する反応を頼りに、一歩一歩目標へと、進んでいく。
 
広い通路がゆれ、ぱらぱらと天井の構造材に積もっていた埃が頭上から舞い落ちてくる。
相変わらず。あの白服の『悪魔』は自分たちの邪魔をするべく、派手にドンパチをやっているようだ。
 
「──ここね」
 
エースオブ・エース。我々にとっては、白い悪魔。その戦闘能力はたしかに絶大、かつ絶対だ。
投入している大量のガジェットも、せいぜいがかすり傷のひとつでもつけられれば御の字といったところ。たいした期待はあの機械兵器たちには寄せていない。
いまはただ、ひきつけておいてくれればいい。彼女の注意を。さすれば、自分の能力を以ってすればたかだかサーチ用の設置型スフィアなど欺くのは容易い。
 
奴は、強い。だがしかし、その身体はひとつしかない。それが決定的な命取りであり、同時にこちらのつけいる隙だ。
 
通路を幾度も入り組み曲がりくねり、闇雲に探すだけでは発見するのも困難であろうと思われる場所がその目的地だった。
どうやらあちらは篭城戦の心得もあるようだ。流石は戦技教導官、敵ながら戦の心得は深いというべきか。
明確に対象の反応を捉えるセンサーがなければ随分苦労させられたに違いない。
 
──あとは、もう。ここまでくれば身を隠す必要もない。
 
全身を覆っていた光学迷彩……IS“シルバーカーテン”を解除しつつ、スライドドアをロックするテンキーに指先を走らせる。
 
「ふふっ。ざぁんねぇん、でし、たっと」
 
扉が口を開けると同時に、首を捻り背後に浮かぶ桜色の球体に眼鏡の奥の瞳を向ける。
痛快。そして、爽快だった。人を欺き、そして絶望させるということはやはり、たまらない。
 
これから自分がやることは、そういうことだ。
 
「まぁたあなたは、守れなかったってこと、よ。守りたい小さな小さな、とっても大切な、女の子をね」
 
青いスーツの上に羽織ったコートを翻し、戦闘機人──クアットロは喉を鳴らした。
 
自らの主にして道具となるべき少女を、その手の内に収めること。それすなわち、エースにとっての絶望の開始であるがゆえに。
なに、それを導くのはけっして自分ひとりではない。エースの崩壊を望む人間は他にもいるのだから。
自分はこの距離を置いた場所からはじめる。直接の行為は、そちらにまかせればいいのだ。
 
布を頭から被った小さな影が、視界の先に見えた。
お迎えに参りました、聖王陛下──……心にもない畏敬を言葉でのみぼそりと言い表し、彼女は少しずつ、近づいていった。
 
*   *   *
 
情報が、達される。
 
『Master!!』
「っ!!」
 
レイジングハートが、伝える。なのはもまた、自身の設置したスフィアから感じ取る。
 
残してきた幼子に近づく者がいるという、その状況を。
いったい、どこから。誰が、どうやって侵入した。ガジェットは一機たりともゆりかご内部へは通していないはず。
動揺が思考の中に散ったまままとまる暇もなく、四方八方から浴びせかけられる弾幕を避け、防ぎ続ける。
 
どうする。あの子を押さえられるわけにはいかない。向かわなくては、彼女へと迫る手を振り払わねば。
とるべき道は重々わかっている。船内の少女は、けっして邪な者に渡してはならない存在。このゆりかご、ともども。
しかし、数が減る様子は一向にない。ガジェットの数は倒しても倒してもけっして尽きることなく、敵とみるならば大した相手ではないとはいえ、行く手を阻む障害物としてはこの上なく厄介かつきりがなかった。
 
倒したそばから、新たな機体が東の空にその無数の影を出現させていく。
やはり──拠点が近いというのか。
 
「く……!!」
 
歯噛みの音とともにディバインバスターを放つ。その一撃はたしかに一瞬、密集した敵の一角をなぎ払い風穴を空けることに成功する。
だが直後にはもう、別の機体群がそこに生まれた空白を瞬きする間もなく覆い尽くしていくのだ。
 
時間を稼いでいるのは、こちらであったはずなのに。いつの間にか立場が入れ替わった。
このまま、足を留められ続けるわけにはいかない。
ブラスター……この状況では使用にもその後に待つ状況にとってもリスクの高すぎる五文字が、脳裏を過ぎる。
 
使うしか、ないのか。危険を。代償を、承知で。
 
「!!」
 
逡巡したそのとき、ガジェットたちが陣形を変えた。たまたまではなく、明確になんらかの意図を以って動くのが見てとれるその陣形は、それまでのただ闇雲な時間稼ぎの隊形とははっきりと異なるもの。
 
こちらの、足止めをするのではなかったのか。思わずなのはもまた、弱まった弾幕に敵機たちの意図を測りかね手を止める。
密集とも、分散ともつかない。それでいて指示さえあれば如何様にも各個が自在に行動できるラインをそれぞれが維持している。
一糸乱れぬその隊列は、おしよせる壁となるべきものというよりはむしろ、明確な統制者をトップに頂く、その指揮下での組織戦を思わせるそれであり。
各機体タイプの混成とはいえ高度な判断能力を自らに持たぬガジェットのみで構成された部隊にあっては本来ありえぬ精緻なもの。
 
細かな指令を出し得る指揮官さえいれば少数の敵を囲い込むにはこの上なく有用で、強力な包囲網がそこには敷かれているのだ。
プログラムと、遠隔での操作。簡易的な人工知能しか持たぬはずの、指揮する者などいるはずもないガジェットが、である。
 
「これは……?」
 
機械兵器たちの見せた新たな陣形はまた、同時になのはにあろうはずのない古い既視感を植えつける。
 
違う。彼らではない。もっと、ずっと昔。幼い日に同じものをどこかで見た気がする。
そう、あれは──……。
 
「なるほど。あなたも一枚噛んでいたんですね」
 
記憶を蘇らせた脳を支える首筋に、ひやりとした感触が当たっていた。だが、それはあちらも同じこと。こちらだけを、やらせはしない。
 
「セドリック准尉。やっぱりあなたでしたか」
 
形状はごく一般的。砲・射撃型デバイスの先端が、襟元に続く首の裏を撫でている。
 
反射的に返されたなのはの手首が握るレイジングハートの、黄金に輝く穂先もまた、同時に背後からそれを向ける相手の心臓の上をつつく。
引き金を引けば、双方共倒れという図式。すなわち、どちらも撃ち放つ事はできないこの状況……ガジェットたちの異端なる陣形をつくりあげた指揮官とは──『彼』のこと。
 
「反応はなかったはずです。わたしもレイジングハートも感知できなかった。……いったいどんな手品を使ったんです?」
 
既視感を覚えて、当然だったのだ。自分は、たった一度だけこれを見ている。
抜き打ちで行われた一対多数戦闘の教練においてフェイトが苦戦させられた、この図式を。
幼き日、訓練校にて。それは彼の手によって彼女が追い込まれたものだった。
 
はやての危惧が当たったということを、なのはは冷たい金属の触感に冷める肌で、直感的に感じ取っていた。
 
僅かに背中越しに投げた視線の先では、浮かび上がるように現れた男の狐目がこちらを見返していた。
副官と指揮官、同期。そういった関係性が互いの間にあるのみならば、砲口を向け合うこのような状況、起こりえるはずもないのだから。
 
*   *   *
 
以前使っていた装備、指先に埋め込む形であったペリスコープ・アイは便利であった半面、整備の不都合という問題もあった。
 
指先という局部にある以上、戦闘時の破損には常に気をつけていなくてはならないし、いちいちメンテナンスの度に腕ごと持っていかれるというのも面倒であることこの上なかった。
利き腕が整備中使えないというのは痛いし、片腕がないだけでも人というものはバランスが取りづらいものだ。
いちいち、定期メンテのたびに右腕を肘からポッド内に収め、平衡感覚機能を右が軽くなった分調整してやる。
すっかり慣れていたことではあったけれど、不精ものを自覚するセインにとってもう少しお手軽にできないものだろうかという悩みの種であったことも事実だ。
 
「ほんとーにこんなとこから反応、あるっスかぁ?」
 
その点においては、陸上本部の技術部が用意してくれたこの右手の指ぬきグローブはとり回しが楽になっていると思う。
 
「間違いないって。管理局員のデバイス特有の救難信号が、たしかに出てる」
 
もともとは、アスクレピオスなどの同型──ブーストデバイスとして開発の進んでいたものらしい。
いわれてみればなるほどと頷ける程度に、似通ったデザインの宝玉が手の甲には配されている。
召喚師や、さまざまな処理能力を必要とする後方支援型の魔導師たちにけっして広くとは言わないまでも支給されることの多いそれは、一般的なデバイスよりも遥かに小型でありまた、大きな容量を備えている。
幼く正規の訓練を受けたわけでないあのルーテシアが数多くの召喚虫たちを使役し自在に操ることができたのはけっしてその魔力的な素質だけではなく、偏にブーストデバイスという演算能力・処理能力に優れた補佐があったからこそ。
 
そんな大容量を誇る開発中のブーストデバイスの雛形を改装したものこそが、セインの右掌を包んでいる一機。
 
どうにも、突然変異のレアケースぶりはISだけにとどまらなかったらしい。
更正施設での検査において、姉妹たちの中で唯一魔導師としての素質がないと判断された彼女の手にあるものは、もはやデバイスとは呼べない。
 
魔力運用のために積まれていた機能はほぼオミットされ、代わりに積まれたのはサーマルセンサーなどをはじめとする諜報活動に特化した装備。
セインの持つ独特の能力をフルに生かし配属後の任務に結実させるがための改修だった。
もとより、召喚師の究極召喚にも耐えうるほどの大容量に設計されていたのだ。これでもかとばかりに、ありとあらゆる情報収集能力がその機体には付加されている。
なんとなく、セインはスバルとマッハキャリバーに倣いその愛機のことを『相棒』、そう呼んでいた。
 
「……こっち。近いよ」
 
その性能と、得意のディープダイバーとを駆使しウェンディとともに発見・潜入したのは寂れた世界に不釣合いな大規模な拠点だった。
ガジェットたちの姿も確認、数機は撃破した。登録上は二十年ほど前、放棄されたとある次元の国の軍事施設。
 
付近に──とはいっても、セインの探知可能範囲だからかなり広いものとなってしまうが──ゆりかごも確認。
報告後、更に受信した反応の正体を確かめるべく、妹と二人薄暗い通路を息を潜めひた走る。
ガジェットの技術を持っているということは、この拠点がゆりかごを追っている連中のものだとすればこちらのISについても既知で対策済みの恐れもある。
したって極力、ディープダイバーの使用は避けたいところだった。ゆえにジャミングを施し、自らの足で駆け抜ける。
 
「ここだ。この先から、信号は出てる。……近づいてきてる」
 
辿り着いた、地下の区画。二人の眼前には分厚い鉛の色をした扉が佇んでいた。
ロックはアナクロな鎖と、錠と。更には溶接まで施されたものだ。
電子的なコンピュータ制御らしき基盤などは、見当たらない。
 
「ウェンディ」
「了解っス。……大きいので、ぶち抜くっスよ。下がって」
 
背負っていたライドボードを、ウェンディが構える。セインも、ISをいつでも発動できるよう準備をしておく。
彼女が発射したらすぐに、身を隠せるように。さすがに撃ってからではジャミング程度では姿は隠しきれない。
 
ライドボード先端の砲口に、光が集まる。その破壊力も、かつてのものよりも上がっている。
おそらくはこれで扉の一枚や二枚ならばいかに分厚かろうと撃ち抜ける筈。
 
「よっし。そんじゃ、ま──……」
 
だが。扉が撃ち抜かれたのは正反対の方向から。
内側から、セインたちのたつ外側へと向けて。
 
「「!?」」
 
とっさに、警戒する。粉砕に近い形で吹き飛んだ扉は、よくよく見れば撃ち抜かれたというより……打ち抜かれたといったほうが正しいほど明確な志向性もなくあちこちに凹み捻じ曲がっている。
 
「!! 反応!! すぐ前、救難信号、そこだ!!」
 
煙る塵芥の先に、光が三つ輝いた。
桜色がふたつに、火花を伴ったものがひとつ。
 
次に視界に入った色は、赤。
 
ふたつの宝玉輝く左右のデバイスを両手に装備した少女が支える少年の、夥しい鮮血に染まった、深紅の拳だった。
 
エリオ・モンディアルキャロ・ル・ルシエ
双方、セインにもウェンディにもよく見知った顔であり、少年少女であった。
 
肩まで失われた少年の外套から覗く右腕は、雷の残滓に未だショート音をあげて燻っていた。
 
*   *   *
 
出撃準備を告げるアラートが、艦内には鳴り響いていた。
先に行く、そういって間借り中の船室に同居する赤い髪の少女は一足早く待機場へと出て行った。
 
部屋にいるのは、つまり今、自分ただひとり。
喧騒の中にひっそりとする部屋で、デスクの上に主の出立を待つ愛機とともに躍る、二枚の写真をスバルは見下ろしている。
 
一枚は、憧れが憧れでしかなかった遠い昔から肌身離さず持ち歩いている、恩師ただ一人の写りこんだ雑誌の切り抜き。
 
そしてもう一枚は彼女と自分との間に『師弟』という名のひと筋の道が生まれ、同様に絆を育んだもう一人の師、さらにかつての相棒にして今なお親友と呼ぶべき少女が四人そろい、同じファインダーの中に集合している1ショット。
『スターズ分隊』、かつてその四人がそう呼ばれていた記憶を、物質存在として永久に残る形に収めたものだ。
 
スバルは、それらを両方とも手にとった。
 
──大丈夫。あのときと、同じだ。ガジェットも、ゆりかごも。……目的さえも。
 
今の自分を示す銀色の上着の内ポケットへと、その二枚の写真をしまう。そして、その上をそっと撫でる。
 
自分は、あのときよりも成長している。かつてゆりかごから師を救出したときよりも、ずっと。
状況が同じであるならば、きっと大丈夫。自分はあの人を、前よりもずっと確実に助けられる。
苦い頬の痛みは、実体なき幻として師の姿を見失った後もずっと残留していた。今も、なお。残るそれを打ち消すように、吐き出すように深く肺の内容物を放出しきる。
長い深呼吸ののち、彼女は愛機を握り締めた。
 
「いくよ、マッハキャリバー。なのはさんを、助けに」
『Ok,buddy』
 
姉の声が、アナウンスとして部隊の面々への指示を矢継ぎ早に伝えていた。間もなく、艦はゆりかごとエースの落着した次元へと到達する。
 
明かりを落とした部屋を、スバルは空にした。疾走、するために。
 
 
(つづく)
 
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執筆BGM:ランクヘッド『そして朝が来た』
 
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