谷間の回が終わる・・・。

 
スバル側となのは側の同時進行が地味に面倒だった(いや大したことはやってないですが、それでも自分の技量の未熟ゆえに)。
てわけで十三話、れっつごー。
 
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艦の進行方向には、無数のガジェットが。飛行能力を付与された傀儡兵たちが、無数に飛び交い、さながら濃密な壁とでも言うべき布陣を形成している。
 
今はまだ、甲板上に上がったとしてスバルの常人離れした視力にすら影も形も捉えられずとも。
間違いなく敵機の群れはそこにいる。先行させた偵察用スフィアが、艦に報せている。
 
──そしてその先に、ゆりかごがある。なのはさんが、いる。
 
「途中までは、アタシが運ぶッス。ウイングロードとエアライナーの届く位置までは確実に、なんとしても運ぶッスから、そこからはひたすら前だけ見て進むッスよ」
 
ライドボードを抱えたウェンディが言った。捜索任務に当たっていた彼女も、ここからは任務に同行することになる。
彼女とともに艦に合流したセインは、万一に備え艦に待機。戦闘向きの能力や装備をしていないのだから、仕方がない。
艦へととびこんできた二人の手で医師たちの待つ医務室へと運び込まれたエリオとキャロに、付き添ってくれている。
 
ひと月ほどで逃げ出したというシスター・シャッハからの聖王教会流の修道女としての手習いは、彼女としては不本意ではあろうが多少なりと二人の治療に不足がちな限られた医療スタッフ人員の手を、補ってくれることだろう。
 
「ただ、三人ともなるとペイロードも一杯ッスから。迎撃とかはもう完全に二人に任せることになるッスよ」
「大丈夫。運んでくれるだけで十分」
「要は落ちないように、射撃の反動だけには気をつけろ、ってことだろ?」
 
膝を屈伸させながら、ノーヴェもスバルの同意に続く。
 
『I pray that it not actually become it if you understand. I do not want to do the sky diving with you.(わかっているなら、そうならないよう願います。あなたと一緒にスカイダイビングなんて、こちらとしてはまっぴらごめんですから)』
「んだとぉ!?」
 
緊張感が、あるのかないのか。ノーヴェとサイクロンキャリバーとのやりとりも、いつもどおりだ。
 
と。ぴぴぴ、と着信音。マッハキャリバーが繋ぎ、耳元を押さえ音を漏らさないようにしつつスバルは通信に応対する。
 
『スバル。そっちは大丈夫ね?』
 
声の主は、エースより指揮を託された姉だった。あちらはいつでも出撃が可能な状態に部隊を揃え、既に配置についている。
 
彼女の率いる第一陣が、可能な限り敵機の大群の織り成す濃密な壁を正面から切り崩し、内側に入り込み分散させ希薄化する。
そして最も薄くなったその部分の間隙をついて、ウェンディのライドボードを用い運ばれたスバルとノーヴェがそれぞれの翼の道、空の突破口を一気につっきりゆりかご上にポイントを確保する。
確保すべき対象は、時空転移を繰り返さないとも限らない。ゆえに迅速さ、それがすべて。ゆえに立てられたこの布陣、この作戦。
誰よりも自分たちははやくたどり着き、ポイントを確保し。ゆりかごを押さえ、同時に──孤独な戦いを続けているはずのエースを、助け出さなければならない。
 
「もちろん」
 
はじめての、部隊指揮。その継続するプレッシャーもあるのだろう、姉の声には気疲れの色が隠しようもなく浮き出ている。
 
エースを、置き去りにし。姉に心労を強いているのもすべて、自分の責任だということをスバルは自覚している。
はたしてそれが自覚と呼べる範疇に収まる程度を逸脱していないかどうかに疑義を向けられれば、けっして否ということもできないほどにはっきりと、そして強く。
 
『ゆりかご上に、結界の展開を確認。……それじゃあ、一足先に行くわ』
 
速度が上がると同時に、船体が揺れた。それから、一分ほどもあとだろうか。
 
艦の位置と、ゆりかごの位置の対比を示すモニター図に、着々と敵機の反応たる光点が増えつつあった。
こちら側の光点の階が、あちら側の光点群の最前面に触れようかというそのとき、無数の新たな反応が味方の識別信号としてモニター上へと吐き出される。
 
まさしくそれが、姉の指揮する、陸戦魔導師と航空魔導師の混合部隊。任務がついに、はじまったのだ。
 
 
魔法少女リリカルなのはstrikers 〜Curtain call〜
 
第十三話 向かう者、向かう先
 
 
ヴィヴィオって、どんな子?”
 
幼子がそう、興味を向けてくれたのは彼女が眠りにつく前。また、自分が寝入ってしまうほんの僅か前のことだった。
腕の中に抱いている子が、わが子のことを知ろうとしてくれている。その事実がただ純粋に嬉しくて。蓄積した心身の消耗の度合いも、忘れかけた。思いつく限りのことを、覚えている限りのこれまでのできごとを、なのははとろんとした睡眠の世界に落ちていく間際の少女へと語った。
 
「あらぁ……やっぱりだいぶんお疲れのようねぇ、エースさぁん? いくらトーレ姉さまが疾いからって、反応もできないなんてその称号が泣いちゃいますよぉ?」
 
そして今、わが子と、その血。肉。発祥を同じくするその少女が今、自分の頭上にいる。旧敵とも呼ぶべき戦闘機人の腕の中に、昏々と眠りながら捕らえられている。
ヴィヴィオと、ノア。彼女たちが同じなのは、それだけでいい。これ以上の共通項は、必要ない。苦しみや悲しみまで、同じく受ける必要など、どこにもない。
 
「ぐ……っ!!」
 
背中。肩。胸。超高速でヒット&アウェーを加え続けるもう一人の戦闘機人の動きは、もはや肉眼で捉えることも困難。かつてフェイトと互角に渡り合っただけのことはある。
 
しかし。
 
「ブラスタァァァ!! ツウゥゥッ!!」
 
この相手にただ手をこまねいていては、二の轍を踏む。ヴィヴィオのときのようにはもう、やらせるわけにはいかないのだ。幼い少女を、聖王の器を、彼女らの手に渡すわけには。
限界などとうに超えた出力で、強引に自分自身の反応速度を引き上げる。繰り出された三連撃を、今度は確実にレイジングハートの柄で受け止めさばききる。
 
「ふぅん……お疲れでもやっぱり、化け物なだけはあるみたいねぇ?」
「ブラスタービットっ!!」
 
ブラスターの本格使用──ここが正念場だと、なのはは判断した。
 
いままでは、ガジェットと傀儡兵ばかりによる明らかな持久戦だった。ひたすらこちらの戦闘力を削っていく、ただそれだけのための。
だが、今は違う。戦闘機人が三人。召喚竜が二体。魔導師が、一人。一筋縄ではいかない、数の上でも残された力の面でもこちらの上を遥かに行く戦力を、彼女らはぶつけてきたのだ。ご丁寧に、こちらが退避できぬよう結界まで張りゆりかご全体を覆いつくして。
 
つまりは、間違いない。予測したとおり……いや、予測以上に不利な状況ではあるが、やはりこれが本命ということ。
 
「……ナンバーズの、二番。なぜあなたが生きているの……? たしかあなたはJS事件の際破壊されたと、報告に……」
「ああ、その報告書を作成したのは私です」
 
これが本命ならば、いよいよもって今こそ踏みとどまるべきところ。全力、全開を以って。
四方へと、ブラスタービットを向けながら呼吸を整える。目を注ぐ先は、鉤爪を光らせる一人の女。生きているはずのない、継続稼動などありえないはずの、戦闘機人。
 
応えるのは、彼女ではなく裏切りを働いた、やせぎすの天かける陸戦魔導師。
 
「そういう……ことですか」
「ええ、破壊されていたのは事実ですがね。とっとと回収して修理させていただきました。陸上本部勤務でしたから、作業そのものは容易でしたしね。なにしろ戦闘機人の戦闘力というのは文字通り、なかなかに魅力的ですから、そのまま破棄するのは勿体無い」
 
男と、眼鏡の女と。二人だけがなのはと会話していた。そしてそれも──もうすぐ終わる。十分な情報を引き出すのはそれまでには、おそらく無理だろう。
 
「いかがです? この戦力差。疲弊しきったその身体で、切り抜けられるとでもお思いですか?」
「どう……だろうね」
「残念ながら見逃してあげることはできないけどぉ……抵抗しなければ楽に終わらせてあげるわよぉ?」
「言葉を返すようだけど、残念ながらそれだけはない」
 
戦いから逃げるということだけは、しない。話はもう終わりだ。杖の代わりにしていたレイジングハートを持ち上げ、構えなおす。
 
「あなたたちに、渡すわけにはいかない。このゆりかごも、そのノアっていう子も」
 
もちろん、自分自身の命についてもだ。待っていてくれる人が、子が。友がいる。教え子がいる。自分は、帰らねばならないのだから。
 
ヴォルテールは、おそらく威圧だけだ。破壊力が高すぎるし、この結界は彼が周囲に被害を与えないようにしながら戦うには狭すぎる。
相手も自滅やゆりかごの損壊を天秤にかけてまで、その強力無比以上の力を無理に投入はしてこないだろう。
六対一に見えて、実質五対一。不利には変わらなくとも、そう思えばまだ、気が楽だ。
 
「あら、そう。ならせいぜいがんばってくださいな。まあ……一体、どれほどもつかはしれませんけどねぇ?」
「もたせるよ。ううん、もたせてみせる」
 
また、本命がきた以上、この状況そのものが終わりに近いということ。あちらに、終わらせる必要性が生まれたということ。局の動きが、相手の作戦に追いついてきたということだ。救援がくるのもけっしてそう遠くはない。
 
戦闘機人三人を同時に相手にする。かつてはティアナだって困難な状況の中やりとげたことだ。
教官として、教え子にできたことをやれなくてどうする。戦闘機人たちさえ抑えれば──フリードも、ヴォルテールも操る者はいなくなる無力化できる。
 
「簡単に……墜とせるとは、思わないでほしいな」
 
ゆりかごへと降り立った眼鏡の女へと、なのはは疲労の汗の浮いた顔で不敵に笑った。
 
そして、四方向より同時に自分めがけ突進してくる四つの影に、ブラスタービットの砲口をそれぞれ向けた。
 
*   *   *
 
発進、よし。ギンガよりその信号が届いたのはまさしく、予定された時間に寸分違うことのないタイミング。
 
『ウェンディが出ると同時に、艦上からあたしの砲撃で進路にまず仕上げの穴を開ける。ふさがれる前に、つっきって。いいね』
「りょーかい。アタシに任せとくッスよ」
 
また時を同じくして、第一陣にも、スバルたちの突撃部隊にも属さず艦からの後方支援要員として残るディエチが、出撃前最後の通信を送ってきていた。
 
『頼むよ、スバル、ノーヴェ。……なのはさんを』
 
モニターから見えるのは、複雑そうな彼女の表情。更生施設より出て以来、師弟としてなのはと接してきた彼女もまた、できることならば自分の手で師を助けるための一矢を放ちたいと思っているはずだ。
だが、彼女は飛ぶことができない。高速戦闘にも、向かない。できるのは足を止めての射撃、砲撃のみ。だからこそ艦に残り、最後方から最前線への支援砲撃に専念せざるを得ない。
きっと、そのことに歯がゆさを覚えている。同時に、スバルとノーヴェにその思いを託そうとしている。
 
「大丈夫。絶対、なのはさんを連れ帰ってくるから。……マッハキャリバー、アブゾーブグリップ」
『OK,buddy』
 
三人を運ぶライドボードは、管理局技術班の改修を受け展開式となったその両翼のペイロードとしての可変装甲部を開く。スバルが片足を載せ、その直下に三角形のベルカ式魔方陣が光り輝く。
アブゾーブグリップ。けっしてその上から落ちることのないよう、そこに身体を固定する。
 
「さ、ノーヴェも」
「……」
「ノーヴェ?」
 
そんな一連のやりとりの中にあって、ノーヴェは彼女らしくもなくぼんやりとうつむいていた。
だまりこくって、スバルのかけた声にも気付かず、目を上げることもなく。
 
ウェンディに肩を叩かれて漸く、我に返ったようにびくりとした反応を二人へと返す。
 
「どうしたッスか?」
「えあっ!? あ……いや……なんでも、ない……」
 
任務開始間際、この場に三人、残されるより前。ギンガに呼ばれ、一人言葉をかけられていたから。
 
強がっていても、スバルの心はきっと平穏なままにはないということ。
ひたすら前を目指すこの任務において、確実にその背後は隙だらけになり相手の攻撃に対し無防備になるであろうこと。
 
部隊の指揮を執らねばならぬ姉から、そんな彼女のことを頼まれた。
 
“──あの子のこと、頼りないお姉ちゃんと思うでしょうけど。一番近くで、一番近い動きが出来るのはあなたしかいないから。だからスバルのこと、きちんと守ってあげて。一緒に行って、あの子をなのはさんのところまで届けてあげて。”
 
リボルバーナックルの具合を、確認しながら。次々入ってくる忙しない出撃前の各所からの報告に応対しながら。
食事の暇も碌に取れなかったのだろう、すぐ脇のテーブルに置きっぱなしで半分ほどが残されたトレーを隊員の一人に渡して、背中越しに目で微笑んでギンガは言ったのだ。
 
自分が、守る。勝ったことのない相手を。けっして認めたくはなくても拳をあわせるたび、自分の格下をいやというほど理解させられてばかりの相手を、その力に劣る自分が守り通す。
 
言われてまず、やれるのだろうかという疑念が先に立った。そして自分が、緊張と不安とを覚えていることを、ノーヴェは自覚した。
 
「行くッスよ。はやく乗るッス」
「ああ……サイクロン、たのむ」
『……OK』
 
だが、自分は姉からのその願いを、受け取った。頷いたのだ。自信がない? そんなことは言ってはいられない。
また、それど同じく。 
 
(なあ、ウェンディ)
(ん。何ッスか)
 
三人。ディエチとウェンディとともに呼び出され、その中で一人呼び止められ頼まれたからには、応えられないでは済まされない。
 
(ほんとに……ゆりかごの中にいると思うか。クア姉や、トーレ姉たちが)
 
偵察用スフィアの映像を見せられ、彼女らの存在を伝えられた三人のうち自分だけが、残された。その上で言われた。
それはおそらく、敵として現れた姉たちと自分がぶつかる可能性が他の二人に比べて、最も高かったからこそ。
 
本当は、こんなこと言いたくない。けれど部隊を任されている以上は言わないといけない。確認しないといけない。
三人に対して言った言葉を、ギンガはもう一度、今度はノーヴェひとりへと繰り返したのだ。
 
(ノーヴェは……どうするッスか。クア姉たちがいたら……戦うッスか。トーレ姉に、勝てるッスか)
(わかんねぇ。ただ)
 
戦えるか、という今まさにウェンディが問うた言葉を、ギンガからノーヴェはかけられ訊ねられた。それを前置きとして、可能ならばと言葉を挟んで、スバルのことをギンガはノーヴェへと任せたのだ。
 
(ただ、間違ったやりかたで何かやろうとしてんなら……どのみちトーレ姉たちを誰かが止めなくちゃならねーんだ)
(ノーヴェ)
(ドクターだっていないのに、こんなことする必要がどこにあるってんだ。……くるぞ)
 
ハッチが、徐々に開いていく。少なくとも、今の自分を取り巻くこの状況が、ノーヴェははっきりと気に入らないということは確かだった。
 
ギンガが部隊や戦況ののことで頭を悩ませ、神経をすり減らしていることも。スバルが、自業自得とはいえ精神的に追い込まれ普段の余裕を持てない状態にあることも。
自分たちが向かう先に、こんな再会のしかたなどしたくもなかった姉たちが待っているという事実についても、みんな。
 
なぜ、こんな事態になったのだ。なぜ自分はこのようなことに立ち向かわねばならない。
 
(わけわかんねーよ、くそっ。とっとと終わらせるぞ、こんなこと。ウェンディ、てめーも深く考えんな)
(ノーヴェ……)
 
空いたハッチの口から、甲板上のディエチの放った砲撃が太い光の柱となり、視界全体を埋め尽くさんばかりの量で高空の色を暖色へ染め上げていくのが見えた。
 
「うっし!! 行くッスよ!! スバル、ノーヴェ!!」
 
その苛立ちゆえか、ノーヴェは自分の最後に放った何気ない念話の一言が妹の顔に本来の明かりを呼び戻したことに気付かなかった。
 
また、まるで姉みたいだと。そんな失礼なことを密かにこの妹から思われていたということについても彼女は思い至りはしない。
 
「OK!! 全開でぶっとばしちゃって!!」
「いつでもこい!!」
 
だが、それでも。ノーヴェはそれなりに成長していた。
少なくとも、自分の苛立ちを明確に外の世界に露にし、ぶつけることによって発散せずとも自己の内側で処理できる程度には。切り替えられるくらいには、大人になっていた。
 
ノーヴェとスバルを乗せ、ライドボードは一筋の矢となって砲撃の後に続いた。
道は、一直線。あとはただ、障害物を排除し、駆け抜ける。
 
 
(つづく)
 
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