一本ある程度目処立ちました
まだ推敲と修正やんなきゃだけどねっ!!
一次創作、ほぼ2〜3週間で約50ページ書きましたけど意外にいけるもんだなぁ……。
とりあえずそろそろなんか更新しろ俺、と思ったので先日の管理局通信に投稿したものの加筆版のせときますね。
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My friend 〜王たちに向けて〜
テラスから望む青空は、彼女が眠りについたその日と同じ色に晴れ渡っている。──なんて。あの日から時折、空を見上げてはふとそんな風に、思い起こすようになった。
少しずつ。少しずつ、日が重なっていくにつれて。
あれはもう、ひと月以上も前のことになる。……いつのまにか、時は経って。それだけの朝と夜が、昼の青空と入れ替わっていってしまっていた。
「ヴィヴィオやティアナから。あとは、復帰に向けてこっちに研修に来てたディエチからも聞いたよ。……いろいろ、大変だったみたいだね。スバル」
ティーカップから漂う湯気の香りは、芳醇な茶葉の匂い。オットーが定期的に家や隊舎や、姉妹たちの施設に送ってきてくれる、上等の紅茶から発せられるそれは、実に芳しい。
琥珀色の液体が満たされた二つのカップを挟んで、向かい合う女性の服は白。そして自分は、銀。どちらも、特殊な部隊に籍を置く身であるということを、視覚的にわかりやすく示してくれている。
「マリアージュ事件。それに、『イクス』のこと。ほんとに、おつかれさま」
肩を竦めて微笑んだ師の動作に、彼女のサイドポニーが小さく揺れた。
高町なのは、一等空尉。思えば、久闊の間はほぼ一年以上になるだろうか。かつて師事した彼女と、こうして顔をあわせるというのはそれほどに、久しい。
*
特別救助隊に入ってからのこと。……それこそ、マリアージュ事件のことだってそうだ。会わない間に、起きた出来事はいっぱいあった。だから、話すことだっていっぱいあったはずだった。なのに。
なのに、口が開いてくれない。声が、喉の外へと出て行ってくれない。
向かい側の、なのはさんも自分から語り出そうとはしない。そろそろ冷め始めただろうカップの中身に時折口をつけては、無言のまま静かに微笑んでいる。こちらの言葉を、待っている。
「なのはさ──……」
「あそこの、下なんだよね。冥王──『イクス』が眠っていたのは」
しばらく、かかった。その上で、意を決した。業を煮やしたといったほうがいいかもしれない。けれどそれは、ワンテンポ遅かった。向かいから放たれた声が、重なった。
細められた師の視線が、隊舎の中腹にあるテラスから臨む、海の遥か先に向けられている。
つられて、スバルもそちらを見た。海上に建設された、豆粒のような点のマリンガーデン。いや、その下にある、厩をその奥に秘めた海のブルーを。
「ヴィヴィオに連れられて、ね。この前、行ってきたんだ」
「ヴィヴィオに?」
そう、三人で。エースオブエースの言うその組み合わせがスバルには、容易に想像がついた。幼い彼女はきっと、左右の手で大人二人を力いっぱい、めいっぱいにひっぱっていったにちがいない。
早く早く、なんて家族のことを、急かしながら。光景が、目に浮かぶ。
「大切な友達が眠ってるから、代わりにあの子のいた場所に行くんだって。その子も王様なんだよ、なんて、まるで自分のことみたいにヴィヴィオ、胸を張っていたから」
「そう、ですか」
師の声を耳にしながら、海の水面から紅茶の液面へ、再びスバルは視線を落とす。
「なのはさん」
──今度は、最後まで言い切った。タイミングを誤ることも、中途半端に思い留まることもなく。顔を上げると同時に、まっすぐにかつての師を見つめる。
「少し……嫌な子になるかもしれません。あたし。でも、聴いてもらえますか」
心臓が脈打っている音が、身体の内側からいつもより、大きく聞こえてくる。少し、速いテンポで。声の代わりに、口から出てきそうなくらいに。
「いいよ」
白服のエースは、両肘をついて組んだ掌に微笑を載せて、頷いた。
ひょっとすると。彼女はもう、スバルが何を言おうとしているのか気付いているのかもしれない。ゆったりとしたその姿勢に、改めての躊躇がスバルの心の扉を叩く。
「いいよ。わたしはスバルの……先生だから、ね」
それでも。ここで言うのをやめるという選択はない。それこそ──嫌な人間のすることだ。
「少し、です。ほんの、少しだけ」
「うん」
「なのはさんとヴィヴィオが、羨ましいです。あたし」
嫌味でも、なんでもない。思った素直な気持ちを、スバルは言葉にする。
「同じ、古い時代の王でも。同じものを見て、同じ音を聴いて。同じ時代に生きられるなのはさんと、ヴィヴィオとが」
笑って眠りについたあの子には、怒られてしまうかもしれないけれど。
王という少女を助けられた師と、助けられなかった自分。その差を、時折感じるようになった。──主に、自分の力不足を中心に。
逆にそれは、彼女の迎えた眠りから少しの時間を経て、離れたところから状況を見渡せるようになったからなのかもしれない。
「それは、愚痴?」
「……そう、ですね。愚痴っちゃいました」
師は、憤慨するでもなく。スバルに笑った。スバルも、笑った。
「そっか、愚痴かぁ。……それじゃあ、愚痴られたかわりに、わたしからもひとつ。いいかな」
「はい」
前髪を、眼前の彼女は掻きあげる。利き手──左手で。そして、その手で、自身の白い制服を撫でる。円を、描くようにやさしく。
「ヴィヴィオのね、妹のこと」
「──え?」
腹部を。己の腹部を、心から愛おしむがごとく、そっと。
「『イクス』のね。その名前を、もらおうと思ってるんだ。今日来たのは、そのこともあるの」
「え? ……ええ?」
ヴィヴィオ。妹。イクス。数瞬、混乱が意識の中に宿った。
次第にそれは氷解していく。言葉への理解が、脳裏で進んでいくと同時に。
「来月にはもう、お休みに入るから。その前にスバルには、ちゃんと訊かなきゃ。『イクス』の代わりに、了承とらなきゃって思ったから。嫌かな?」
「そ、そんなことっ!」
腰を浮かせかけた。高揚するような、喜ばしいような。面映ゆいような、不思議な感覚が身体を駆け巡った。
「そんなこと、ないです」
おめでとう、ございます。スバルの心中では、自分と同じ名の相手に戸惑う、幼い少女の可愛らしい困り顔が自分へと上目遣いに向けられている。
──身長、追い抜かれる前に起きてこなきゃね。
遠い空の下、静かに眠る友に、スバルは心から思った。戸惑いのあとには、きっと喜びと笑顔とを、彼女は見せてくれるだろうから。
自分の名を継いでくれた、相手に対して。
「イクスのところに見せに行くときは、教えてくださいね」
視線の先には、頷きが待っていた。一緒に、という、その言葉も。
(了)
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