家ですが。

 
京都ですが。マリみて最新刊読んだりssやら一次書いたり。
てなわけでカーテンコール更新です。
前回分はこちら
 
それでは↓からどうぞ。
 
↓↓↓↓
 
 
 
− − − −
 
 
「そりゃあ、勝手に抜け出したりしたら看護師さんに言いつけるぞー、とは言ったけどさあ」
 
 まさか、こうくるとは。
 断続的に続く振動と、流れてゆく左右の光景とに、入院着姿で車椅子に押し込まれたセインは、思う。
 後ろから猛然とそれを押しているのは、二人。桜色の鮮やかな髪の少女と、赤毛の少年が一心不乱にそうやって、病棟の廊下を駆け抜けていく。
 
「これって拉致だよね? いわゆる。あとその辺に転がってた車椅子の無断使用も」
「すいません、でもこの場合は緊急避難ってやつです」
「エリオくんの言うとおりです、状況が状況ですから」
 
 そんな状況の中にあっても──いや、それがこの状況を生み出しているのだから当然といえば当然なのだが──、膝の上に抱えた端末からは、ジャックされた電波のもと、高圧的な口調の演説が三人の耳を打つ。
 
「強引だねー、まったく。二人とも、ほんとにあのフェイトお嬢様のとこの子?」
「もちろん」
 
 紅き絨毯の上、結界の牢獄の中倒れ崩れるエースを見下ろし。それどころかその放送を耳にしているであろうミッド全域の人間、その全てを睥睨しているかのように、言葉は紡がれていく。
 
「……お? ノーヴェ、こっちこっちー!!」
 
 耳障りなこと、この上なかった。だがそれゆえ、その放送は一同を合流させながら、姉や仲間たちの集まる場所へと急き立てる。
 愛機の修復が続くメンテナンスルームに、姉の相棒を残したノーヴェが加わり。ギンガたちのいる場所へ、駆けてゆく。
 
「ウェンディは?」
「多分、陛下と一緒。……あんなもの、見せてなきゃいいけど」
 
 無論、彼女たちよりも一足先を行く者もいた。
 それは単なる、所在していた位置関係の妙といった程度ではあったのだけれど。
 セインと同じ、青白い入院着姿の、音速の剣なき陸戦魔導師は今まさに、扉を開こうとしていた。
 
 姉や、友や、仲間たちや。
 望まぬ映像の待つ、そこに続く扉を。
 スライドドアの開閉ボタンへと伸ばした震える指先に、ゆっくりと力をこめて。
 
 
魔法少女リリカルなのはstrikers 〜Curtain call〜
 
 第二十一話 この目も、手も、声も耳も
 
 
 広がった、視界。倒れるように入ったその場には、師の姿があった。
 
 だがその容姿は、高町なのは。そう呼ばれる彼女、それ自体ではない。
 あくまで両の瞳が捉えるのは、映像。遠く離れた本来の居場所から、スバルの目の注がれる室内の大型モニターを通じ届けられる、視覚情報ただそれだけでしかないのだ。
 けっして見たくなかった光景。己が達することが出来なかったという現実を、認識以上にそこにある虚像は嫌というほど、スバルへ訴えかける。
 
「スバルっ?」
 
 襲い来る情報に、ただでさえゆらぎふらつく両膝が崩れていった。
 振り返った一同たちの中から、ディエチが。ディードが駆け寄ってくるのが辛うじて認識できる。少し遅れて、親友も。しかし、認識は対応に昇華されない。
 
「なのは、さん……?」
 
 自分の声も、意識の外だった。
 両肩を支えられていることも、掌を握られたことも埒外
 ただ一点に注がれる己の視点、それのみに意識は収束されていく。
 
『見るがいい、かつて聖王がゆりかごを墜とし辱めた大罪人、管理局の誇りしエースの現在ある姿を!!』
「スバル、だめだよ」
 
 本来、空を自在に舞うべき人。自分が助けられなかったその相手は耳を打つアジテーションの中ただ倒れ伏す。
 虹色の魔力の輝き──エネルギーの檻を、掴み揺らすこともなく。無論立ち上がりさえもせず。
 まるでそれは人ならず、骸にすら見えるほど静かに。熱を帯び明確な優越を滲ませる、男の口調やアクションとは、あまりにも対照的に、だ。
 
『かつてゆりかごは墜とされた!! この女たちの手によってだ!! それはクローンなどという紛い物の聖王により飛翔が果たされたからに他ならない!!』
 
 男は、責める。スバルの師たる女性を。その、愛娘を。
 自分たちは、違うと。母子を罵倒しながら自らの正当性を彼らは主張する。
 
 止めたい。やめさせたい。けれどスバルにその男の行為を、嘲笑を止めることは叶わない。
 演説はあくまでも一方的に映像より吐き出され、その口を力ずくで閉じさせることも、抗議の声を発し遮ることも可能な領域にはないのだ。
 
「っ……!!」
「見ないほうがいい、病室に戻って。ディード、そっちを」
「はい」
 
 左右からディエチたちが抱え支えてくれる両腕を振りほどいて、耳を塞いだとしても。両目をきつく閉じても世界はなんら変わらない。スバルのみが断絶されるばかりで、現実はそこにあるまま。
 変わらないのではなく、変えられない。
 
 周囲を覆っていた光の牢が消え、悠然と歩み寄った男にぐいと髪の毛を掴みあげられ、顔を無理矢理引き起こされたその無残な姿を見せる師を、助けられなかった自分には。
 
「やめ、て……」
「なの、は」
『だが、我々は違う──こうしてゆりかごは今も我らが聖王とともにある。それは我々の聖王が連綿と受け継がれてきた正統なる血脈のもとにあることの、紛れのない証左』
 
 彼女の愛する者の絞り出すような声が、不敵な笑みを浮かべる男の放つ言葉の中に巻き込まれ大きさを失っていく。
 ディエチとディード、二人に左右を抱えられながらも、スバルはただ首を左右に振って。そこから動けない。
 
『ゆえに我々は要求する!! 聖王教会と呼ばれる者たち、そしてそれらを信仰するすべての民に、我ら聖王家への帰順を!!』
「っ……!!」
 
 長い栗毛を支えに掴みあげられたなのはの頭部が、男の手から打ち捨てられる。地面へと速度を緩めることもなく落着したその後頭部を、遠慮会釈なく、男の靴底が踏み詰る。
 地面へと、容赦なく擦りつけられるエースの顔面。室内で見ていた全員が息を呑み、拳を握り締めそれぞれにその光景へと血液の温度を上昇させていた。
 
『同時に要求は、ミッドチルダ政府および時空管理局に対してのものでもある!! 我々は正統なる王のもと、武力によって正統なる領土の割譲をここに求める!!』
 
 それだけのことをされていながら、なのははやはりぴくりとも、投げ出された指先ひとつ、動かしはしなかった。
 力を放つこともなく。ただ倒れ伏すだけのその姿に、エースオブエースの呼び名はあまりに虚しい。
 
「なんて、ことを」
「こいつぁ事件なんてもんじゃねえな……八神のやつが言ってたとおり、一種の内乱だ」
 
 指揮官代行が、補佐役の槍魔導師が唸るように呟いた。だが今のスバルには、そんな確認などどうでもよかった。
 横たわる師の姿を、全力で否定したい。
 あれは、なのはさんじゃない。そう、声を大にして言いたい。
 
 けれど、言えない。
 
 なのはさんを、『ああしてしまった』のは、自分だ。起こしたそれに、もう取り返しをつけることはできない。
 どうすれば、いい。
 どうすれば、奪還が出来る。
 自分を信じてくれた、師を。自分が信じた己の力を──勇気を。
 それだけ。たったそれだけの思考に千路に乱れながら、スバルの心はひたすらに埋め尽くされていく。
 
 自分に出来ないのなら。どうすればいいというのだ。
 
*   *   *
 
 陛下は座っているだけでかまわない、と言われたのは、まさしくそのとおりだった。
 再び展開された魔力の折に囚われる、微動だにしないエースの姿を玉座より見下ろす。そして思う。
 ゆりかごにふたりきりだった間、彼女が語ってくれた『紛い物の聖王』のことを。
 
 贋作と、エース。その、血の繋がらずとも強固なる親子関係。古代に追放されし王家分流、その悲願にとって障害となり得る二人の関係性は当人の口から説明されるまでもなく、俯瞰する聖王もまた情報として知ってはいたけれど。
 彼女の兄が宣戦の最中に贋作と評したその存在を、今は横たわるだけの彼女は“ヴィヴィオ”、そう呼び、娘であると微笑んでいた。
 その様子が、ありありと倒れる女の姿に呼び起こされてくる。
 
「陛下、よろしいでしょうか」
「……なにか?」
「魔力牢に付加されておられている微弱ながらも持続性の治癒術式──不要のものかと存じ上げますが」
 
 そして兄は、自分を妹とは呼ばない。自分も、彼には王として接する。それが運命、それが宿命。そうすることを、聖王として義務付けられてきた。
 
「敵対する者とて、戦場を離れ捕虜となれば寛容と慈悲を以って接するべし──父上やあなたが王たる者の心得として教えてくださったものではありませんでしたか」
 
 自分は、聖王なのだから。これは当たり前、当然のこと。
 虹彩の二色とカイゼル・ファルベを受け継ぎ生まれ来た存在に、常に求められてきたものなのだから。
 なのに贋作と己の、その立場の対比に燻るような、微細な苛立ちを彼女は覚えずにはおれなかった。
 
「これは失敬。ですが──捕虜とは『人間』に対し使う言葉でありましょう?」
 
 狐目の男は、聖王との血縁など微塵も感じさせぬ口調の後、鳩が鳴くように喉を鳴らし、エースに対する侮蔑の笑いを発していた。
 
「管理外世界の、異様なまでの魔力を持つ化け物など、打ち捨てておいてなにも問題はありますまい」
「──マイア・セドリック。そういった差別感情はあまり好ましくありませんね」
 
 彼女が、化け物? ならばそれ以上の魔力量と聖王の鎧を持つ自分は一体、なんなのだ。
 残りの部分──思った感情的な言葉は、飲み込む。
 
「……それは、君主としての見解でしょうか?」
「無論です」
 
 それに彼女には、まだ利用価値がある。万一にも死なせるわけにはいかない。
 男の頭脳に染み付いた思考回路を捨てさせるのが不可能であることを、聖王は兄であるが故、熟知していた。だからそういって、適当に別の方向からの理屈を見繕ってやる。
 
 いい加減にではなく。まさしく『適した要領を当てる』。
 
「心配せずとも魔力はこの牢の中では完全に封じられています。だから、このままに」
「……承知いたしました、出すぎた真似を」
「いいえ」
 
 男は、そう言って下がっていった。不承不承というのが、透けて見えた。
 
 溜息、ひとつ。王は再びエースへと目を向ける。
 利用する、というのは本当だ。彼女だけでなく──他にもまだ、様々に。
 管理局側に通告した回答期限は、二十四時間後。現在浮遊するその直下の集落を、人質にして。
 尤も、いかな理由があろうともそこに手を出す気はないが。二十四時間がすぎれば、別の場所にゆりかごを転移させるのみ。
 未熟な紛い物の動かしていたゆりかごとは違う。血によって受け継がれてきた聖王としての知識が、こちらにはある。ゆりかごの性能はすべて、熟知している。これまで二回の転移も、そうやって成功させた。
 
「次は」
 
 幼き聖王は、呟いた。
 次に転移する先は、次に押さえておくべき場所でもある。
 即ち、聖王信仰が総本山──……。
 
「聖王教会」
 
*   *   *
 
「とにかく、これからだ。もう一度八神に連絡を」
「ええ、それがいいでしょうね」
 
 宣戦布告の様子はとうに切れて、モニターは再び黒一色に染まっていた。
 これから、どう動くか。議論はたしかに必要だった。だから、ティアナも頷いた。ゲンヤ・ナカジマ三佐の提案に、ギンガたちと同じように。
 
「ティアナ?」
「……スバル」
 
 そして、かつてのパートナーのほうへと踵を返し、歩み寄っていく。両脇をディエチとディード、二人に支えられ蹲った、入院着のスバルの元へ。
 元気付ける言葉のひとつも、かけてやるべきか。平手打ちでしっかりさせるべきか。そんな風に考えながら。
 
 しかし、どちらも遅れた。スバルの呟きに、遅れをとった。
 
「……ん、は……?」
「え……?」
 
 左右のディエチたちが覗き込まなければならないくらいに、か細い小さな声だった。
 一瞬ティアナもぴくりと足を止め、そしてゆっくりと彼女の前に膝を曲げる。
 
「ティアも……ディードも、きてくれた……けど、フェイトさんは……?」
「!!」
 
 それはなんでもない、子供のような論理のはずだった。
 
「スバル、ちょっと。なにを言って」
「だって!! フェイトさんはなのはさんの親友でしょ!? 二人が来れたのなら、フェイトさんだって!!」
 
 局員──しかも名うての『銀服』、選ばれた特別救急隊員の一員であるスバルが、部署がまるで違うとはいえ執務官という好き勝手に動けない立場を、理解していないわけがない。
 ゆえに彼女の吐く言葉や、ディードたちを振りほどきティアナの両肩を揺する手は偏に、衝動の発露。
 頭ではわかっていても抑えきれないそれがスバルの身体から溢れ出しては、ティアナの身体を、心を揺らしていく。
 
「フェイトさんなら……フェイトさんなら……っ!!」
 
 だが、今のティアナにはのしかかる言葉でもある。重く、重く。
 
 ──フェイトさんなら、きっとなのはさんを助けだせる。あたしには無理でも。
 
 なんとなくそんな風に、スバルの言葉に続く一文が、ティアナには読み取れてしまった。
 自分を希望として見出せずにいるスバルが、打ち砕かれた勇気の中必死に縋ろうとしているもの。それを、理解できてしまう自分がいた。
 
「……ディード」
 
 だと、すれば。
 
 ティアナは懐から愛機──クロスミラージュを抜き取り、スバルの横で困惑気味に自分と彼女とを見比べている黒髪の少女へそのカード状の機体を差し出す。
 
バルディッシュへの、直通コール。モニターに出してもらって」
「──え」
「いいから。事情はすぐにわかると思う」
 
 自分は、伝えなくてはならない。このかつての相棒に、黄金の閃光が『来ていない』のではなく『来ることができない』ということを、はっきりと。
 そしてその理由の多くについて、自分に責任があるということも。
 スバルが、エースオブエースの虜囚に自責を感じているのと同じくらい──いや、ひょっとするとそれ以上に。
 戸惑いながらも、少女は渡されたクロスミラージュを、更にギンガへと手渡した。
 モニターのコンソールパネルに機体が挿入され、やがて三度その画面に明かりが灯る。
 
『──やあ、ティアナ。ディード』
「え──……?」
 
 自分たちは、閃光の輝きに縋ることはできない。
 
『それにスバルや、ギンガたち。ナカジマ三佐もそこにいる──、のかな』
 
 彼女の身体はまだ、眩き光を放つには、十分ではないのだから。
 朗らかな声を放ちながらも、まだ。
 
「そん、な」
「フェイト、さん……?」
 
 スライドドアが、開いた。セインの乗せられた車椅子を押して、エリオとキャロがノーヴェに伴われそこにいた。
 
「その、傷……っ」
 
 金髪執務官の身体は、スバルやセインと同じデザインの入院着に包まれていた。
 彼女が座るのは、白いシーツのベッド上。
 入ってきた二人が、絶句していたからこそ。彼女は己がいとし子たる一組の少年少女に、気付いていない。
 
 彼女は、見えていなかったから。
 深紅の虹彩を持つその双眸が、乳白色の包帯によって、覆われていたからこそ。
 見ることが、できなかった。
 
(つづく)
 
− − − −