まあ一月の風邪よりは

 
楽でしたが。てなわけでカーテンコール25話ー。
前回はこちらー。
 
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 自分のいるその場所が真っ暗闇であることに気付いたのは、いつだったろう。
 
 あの、少女に撃たれたのではなかったのか。
 スバルの伸ばしてくれたその手を、自分はとることができなかったのではなかったか。
 己が状態を確認すれば、愛機は手のうちにはなく。しかしずたずたであったはずのエクシードモードは傷ひとつついてはおらず、身を包んでいる。
 
 何故だ。疑問が、意識に充満する。
 そのとき、足跡が聞こえた。
 ひとつ。ふたつ。──みっつ。
 きょろきょろと周囲を見回しても聞こえてくるそれら以外に情報はなく、ただ自分の現在地とその複数の音とが重なるまでの時は無為に過ぎていくばかり。
 
「──あ……?」
 
 やがて。それらが鼓動のようなリズムを止めたとき。
 高町なのはの視界には、三つの影が暗闇の中浮かび上がっていた。
 ひとつは、小さく。ひとつはそれよりも大きく。そしてもうひとつは、今の自分とさして変わらない。
 背格好も。──姿も、形も。後者ふたつの外見については、三者一様に。
 
「やっと、気付いてくれたんですね。『わたし』」
 
 それらが、ひとつに集約される。生まれたのは冷ややかな、その言葉をなのはへと浴びせた小さなその相手。
 九歳の──九歳の頃の。十五歳と十九歳がひとつになったその姿は、まさしく自分自身。
 
 少女の手には、愛機があった。
 けれど今の自分の手に、それはない。
 
「変わらなきゃいけない。これが──わたしが。あなたが、そう言って『変わった』結果です」
 
 言葉を投げるのも、高町なのは
 彼女からの声を浴びるのもまた、高町なのは
 
 なのはの目の前にあるのはまさしく、そういう状況に他ならなかった。
 
 
魔法少女リリカルなのはstrikers 〜Curtain call〜
 
第二十五話 勝つためでなく
 
 
 そこに存在するガジェットが、スクラップへと変わる。
 槍に貫かれ、二刀の刃に両断され。光の弾丸に、撃ち穿たれて。
 
『はんッ!! チョロいな、こいつら。性能も、数もッ!!』
 
 まるで進歩していないって白髪眼鏡のバスケット監督も言ってらぁ。槍の青年魔導師が快哉を上げるように、戦況はどこにも窮地に追い込まれた部分はなく、ブリーフィング室から見守るギンガの目にもそれははっきりと理解できる。
 
『……やっぱり。十中八九、囮ですね──ギンガさん』
 
 だからこそ、そう。妹の親友である執務官補佐の少女の言のとおりに、警戒の疑念を解くことはできない。
 特に襲撃戦に適した装備でもない、空戦の得意な二型との混成すらされておらず、こちらの空戦メンバーへの対策もなされていない。
 そもそも、小規模な観測基地とはいえ航行艦の所在する拠点を攻めるには、あまりにも数が足りない。
 見るからに──時間稼ぎ。基地を襲うガジェットの機体群はこちらの戦力や視線を引きつけておくための囮以外のなにものでもない。
 
「このジャミング……多分、クア姉ッスね」
「うん」
 
 ゆえに、そこだけに戦力を集中させることはできない。そのために、指揮官からの制止にも聞く耳持たず飛び出していった猪突猛進な槍魔導師を除いては、自分とディードだけで十分だとギンガに伝えたティアナたちに前線は任せきりである。ところどころに対AMF戦に不慣れな基地隊員の補助として部隊員たちを投入してはいるが、主力はほぼこの基地中枢、司令部付近に位置するブリーフィングルームへと揃っているといっていい。
囮があるなら、本来の狙いもある。その推察に基づいて。
 最も狙われるべき対象を、総力を挙げて守護するために。
 
ヴィヴィオはこっちにいる……ここで守りきる……!!」
 
 管理局側からの回答を待つこのタイミングで仕掛けてくる。それはそうまでして抹消せねばならぬ対象があるということだ。
 そして、そのような存在などギンガたちの側にはひとつしかあり得ない。彼ら彼女らにとって不要な聖王──もうひとりの、血脈の継承者。即ち。
 
 高町ヴィヴィオ。彼女が、狙われている。絶対に、やらせはしない。
 自身もまた、殺害ではなく奪取という形で等しく狙われていることも知らず。拳を握り戦況を見守るギンガの肩を、新たな現場総指揮官として娘の責任を分かち合うこととなったゲンヤが叩いた。
 
「……スバルとノーヴェに連絡がつかないのが心配だけど……」
 
 そこに、ディエチの呟きが重なる。直後彼女らの耳を打ったコール音はまさしく、その心配の対象となる相手からのものであり。
 
『こちらスバル!! ギン姉、聞こえる!?』
「スバル!? よかった、今あなたどこに……」
 
 その口より吐かれる言葉を耳にするまでは、彼女の身を現在取り巻く状況など、知る由もない。
 ジャミングの影響を外れた周波数ゆえ、声と声とが交わされることになってようやく、彼女らは把握するのだ。
 そう、入院着のまま肩から銀服の上着をたなびかせる彼女の、暴風の剣を掌へと収め握り締めた生身の足による疾駆と──……。
 
『ノーヴェのところ!! 一緒にいるマッハキャリバーから通信があって!!』
 
 その、もう一人の妹の危機と。
 
『応援、お願い……ノーヴェが、危ない……っ!!』
 
*   *   *
 
 地面を、転がっていく。
 何が。自分自身の身体が。叩きつけられ、弾き飛ばされて、まるきりなす術もなく。
 
「どうした。その首にかかっているのは武装だろう。何故使わない」
 
 擦り傷、切り傷だらけで打撲に全身痛むノーヴェの鼓膜を、冷たく言い放たれた三番目の姉の声が打つ。
 こちらのジャケットは既に破損にまみれ、一方のあちらは戦闘開始時と何ら変わらぬ美麗な様を保った戦闘服に身を包んでいる。
 いや。果たしてこれが、戦闘と呼べるレベルに達しているのか。
 
「……たり、まえだ……!!」
「?」
 
 口の中が切れている。赤みを帯びた唾液を彼女は吐き捨て、また言葉も姉へ対し吐き捨てる。
 
「こいつの、相棒は……別に、居るんだよ……それにっ!!」
 
 ゆらりと、立ち上がる。
 勝てなくたって、いい。けれど、負けるわけには。膝を折り倒れ、彼女とその後方に佇む聖王を素通りさせるわけにはいかないのだ。
 
「トチ狂った姉貴一人、素手で十分……!!」
 
 頬の傷から流れ出る血を、手の甲で拭う。
 新しくあつらえられたジャケットとはいえ、やはりノーヴェ一人の制御技術では完全な性能は発揮できていない。そのうちの肉体を守る防御性能も、装備自体の耐久力も。愛機の補助なしではせいぜい七・八割がいいところ。多少は胸元のマッハキャリバーが手伝ってくれてはいるようだが──……。
 
 ──そう。自分は、未熟だ。ひとりの人間として。『誰かを守る』戦いをする者として。
 
「そうか。正確な戦力評価もできぬほど、戦闘機人より堕したか、ノーヴェ」
「いーや!! わかってるさっ!!」
『Nove!!』
 
 破壊者としての経験しかなかった自分の守れるものなんて、きっと高が知れている。新しい二人の姉に比べたらきっと、到底届かない。
 
 姉妹全員に分け隔てなく、いつだってやさしい長姉──ギンガと。
 普段なにも考えていないような素振りをしていて、そのくせ常にノーヴェの一歩先を涼しい顔で行っている腹立たしい姉──スバル。
 
 二人は多分、ずっとずっと、ノーヴェより上手に『守る』のだろう。こんな状況下であったとしても。
 
「わかってるから……わかってるからっ!! 絶対に退けねーんだよ!! ここはっ!!」
 
 そんな二人を、ノーヴェが守ろうとする。その行為はひょっとするとただ単におこがましいだけのものでしかないのかもしれない。
 けれど。たとえ勝てなくても。撃退し守るということは叶わずとも。
 二人が、自分自身を。聖王陛下を守ることができるよう、そのための時間を稼ぐことくらいはきっと、自分にだって出来る。
 ──違う。出来なくてはならない。そのために自分は今まであの二人に、『守る』ための戦い方を、シューティングアーツの基礎を教わってきたのではなかったか。
 
「う、おおおぉぉっ!!」
 
 両膝のバネを最大限に生かし、蒼い戦闘服の姉へと迫る。突き出した右拳はしかし、首の左右の動きのみに避けられる。裏拳。片腕で容易にガード。ノーヴェの側からのクリーンヒットは未だ、ない。
 
「勝つために……やってるんじゃないっ!!」
 
 それでも、ノーヴェはやめない。諦めない。素手ではけっして敵わぬ相手だと、知りながらも。
 時間稼ぎのやりあいくらいで、負けてなんていられない。
 
*   *   *
 
「スバル姉さまっ!!」
 
 ここはもう、あたしたちだけで問題ない。あんたはお姉ちゃん助けに行ってやりなさい。双銃を手にした同僚──上官から告げられたディードは風を切り急ぐ低空飛行の最中、銀色の制服の背中を見つける。
 いくら強靭な肉体の持ち主とはいえ動きにくい入院着、しかも生身での疾走だ。スピードを上げれば飛行するディードの速度ならば簡単に追いつける。
 声をかけ、頷きあって。両腋から自身の左右の腕をくぐらせるようにして彼女を抱え上げた。このほうが、速い。
 
「ありがと、ディード。……ギン姉は?」
「別ルートで、ノーヴェ姉さまの捜索に。こちらの状況は」
「……ごめん。細かい位置の特定までは、まだ」
「そう、ですか」
 
 あのあと。……最初の助けを求める通信の送られてきたあとだ。おそらくは戦闘に入ったのだろう、以降こちらからの呼びかけにも彼女からの音沙汰はないとスバルは言う。
 記録から辿ろうにも、このジャミングの濃さでは。
 
「……曲がります。それと、急ぎます」
「うん、お願い」
 
 彼女の掌に、黒い宝石──ノーヴェの愛機であるサイクロンキャリバーが、光っていた。
 その彼女も、彼女も。両方、姉のもとへ急ぎ、届けなくては。
 思いのうちに、ディードの身体は加速をしていく。
 
*   *   *
 
「く……あっ」
 
 鳩尾に、拳が吸い込まれていた。背中が、くの字に曲がる。両膝が、崩れ落ちる。落ちきるよりはやく──音速の斬撃が姉の両手、両足から打ち放たれ、ノーヴェへと驟雨のごとく襲い掛かる。
 息のつまりそうな圧迫感の腹部を押さえたまま。こめかみが、戦闘服が、解れたそこから露出した地肌が切り刻まれていく。
 
「ぐ、う……あ、あぁ……っ」
 
 それでも。
 
「どうした。素手で十分ではなかったのか」
 
 それでも、この一撃一撃に要する一秒、一コンマが、ノーヴェが己に課し続ける自らの役目。
 致命の一撃だけは喰らってはならない。その一点のみに意識を集約する。
 インパルスブレードの、姉の四肢の描く軌跡ばかりにほぼ埋め尽くされるその視界を、懸命に見開いて。傷がいくら増えようと、かまわない。
 
「あ、あ……っ、十分、だ……ね……っ!!」
 
 首を薙ぎ払いにきた一撃を、スウェー。即座に発動するのはエアライナー。微細とはいえ物理衝撃力のあるそれを、トーレは当然に回避する。
 
「ちっ」
 
 愛機が不在であろうとも自分には二本の足がある。筋力の限りにノーヴェは駆け抜け、跳躍し。本来は道となるべきエアライナーを踏み台に距離をつめ、上をとる。無論跳んだからといってノーヴェには相対する姉と違い飛行能力などない。けれど、それでかまわない。
落ちていけば、そこに姉がいる。放物線のその先は、ほぼゼロ距離。
 
「アタシにだって、このくらいは……っ!!」
 
 渾身で、運動エネルギーの加わった拳を。上半身を旋風のように捻り叩きつける。
 記憶の中にある、スバルのモーションを頭に呼び起こしながら。彼女の教えてくれたシューティングアーツの動きを懸命に再現する。
 狙うは──頭部。直撃させれば、それだけで無力化だって。
 
 
「これくらいは、なんだ」
 
 だがそれでも、拳は届かなかった。
 ほんの目前にあったはずのトーレの姿は、けっして大地へと叩きつけられることも、彼女の右腕に手ごたえを与えることもなく。
 
「自身の今の加速力を──己が丸腰だということを、忘れたのか? ノーヴェ」
 
 かわりに、その膝が。
 すれ違いざまに、ノーヴェの顎を正確に捉えていて。
 
「あ……っ……」
「ライドインパルスの音速機動を、その程度で捉えられると思っていたか? それとも──二年という月日で姉の戦をもう覚えていないか?」
 
 浴びせられる声が、耳から脳に至る過程で切れ切れに散ってゆく。
 落着までの軌道が歪む。ふらりと崩れるように、落ちはじめる。その最中に襟元をつかみ上げられ、ぐいと引っ張りあげられてももはやそれすら、ノーヴェの意識は混濁し完全には認識することができなかった。
 無力化されたのはどうみても明らかに──ノーヴェの側であり。
 
「ならば、思い出させてやる」
 
 高く、高く。ノーヴェは放り上げられた。マッハキャリバーの声も、届かない。
 
『Nove!!』
 
 閃光は音速となり、その上昇を追い抜いていく。
 頂点に達した彼女の身体は、一瞬停止したがごとき動きを見せ。
 
 やがて、左右に翻弄される。
 ほんの、数秒間。しかし音の速さが繰り返し往復するにはあまりにも長い、長い時間。
 到達点で刃の嵐に巻かれた彼女の首元から、マッハキャリバーの宝石が二人を繋げていた鎖を砕かれ、千切れ飛ぶ。一足先に、彼女だけが重力に引かれていく。
 
「急所ははずしてある。連れ帰って、ゆっくり教育しなおしてやろう、この姉の手で再び」
 
 音速の刃に切り刻まれた戦闘服は見るも無残に損壊のその姿を晒し、胸も両足も守るものなくほぼ半裸の肢体へと数え切れぬ無数の微細な切り傷を浮かび上がらせている。
 
「……ル……」
「──?」
 
 その状態で、上空に。彼女は辛うじて残った上着の残骸を捕らわれ持ち上げられていた。ほぼ意識を失った状態でなお、姉の眼前に己の顔を向けさせられていた。
 彼女の戦闘不能は、もはや明らか。唯一、かすかに動いた唇のみが──とーレの耳へとはいる弱弱しい掠れ声を、生み出す。
 
「ス、バ……ル……ギン、ね、え……」
 
 おそらくはそれは、まさしく上の空での言葉だったろう。
 しかしその最中でも彼女の口をついて出たのは敵対する相手に対する悪態でも、怨嗟の言葉でもなくただ──守るという、その意思で。
 
「まだ、言うか」
「あ、たし……まも、……ない、と……」
「どうやら、私は……お前に姉としてきつい罰を与えねばならんようだな」
 
 彼女をつかみ上げた側と反対のトーレの拳に、力がこもってゆく。
 これまでの傷は、後々戦力とすることも考えて手心が加わっていた。外装の修理や人口筋肉への治癒魔法の照射を続ければそれ自体は数時間程度で実践に耐えうるレベルに戻せるほどに。あくまで、意識を奪うことに重点を置いて。それは、トーレが戦闘機人としてのノーヴェの破壊力を買っていたからでもある。しかし。
 
「もう、容赦はせん」
 
 次には、言葉のとおりの一撃が待っている。決戦には間に合わずともやむをえないと、トーレは判断をした。
 ノーヴェが彼女に入れようとしたのと同じく、力の限りをこめた右拳の鉄拳が、逃れようのないその顔面へと吸い込まれゆく。
 無論一度目を入れたとて、そこで開放する意志はトーレにはない。
 つかみあげたジャケットの襟元が千切れとび彼女の身体が落下を始めるまで、それはひたすらに続く。
 
*   *   *
 
「──な」
 
 
 だから。
 
 ……だから、切り傷を受けようとノーヴェの顔がきれいなままなのは、最初の一撃さえもがその頬を打つことがなかったからこそ。
 
「そこまでに、してもらえますか」
 
 トーレが、弾かれた左腕を押さえている。つまり、その手にノーヴェはもういない。
 彼女を残し落下していったマッハキャリバーのその行く末が、たったひとつのシンプルこの上ない解答。
 
「うちの妹に、これ以上は」
 
 放物線の落着地点で、たしかに音速の剣は受け止められ握られていた。
 
 誰に。
 
 もちろん──その力を、本来振るうべき者に。
 
「これ以上、好き勝手はやらせない」
 
 白い燕尾が、鉢巻の尾が風にたなびく。皮肉にもその風はトーレたちが陽動として基地へと送り込んだがジェットたちの破壊される、戦闘によって引き起こされた残滓。
 
 トーレの足元で。彼女らの頭上で。ノーヴェは抱きとめられていた。赤いカチューシャの、長い黒髪をした妹の手により。
 ノーヴェと、ディード。彼女らが姉と呼ぶ二人の手に装着された鋼の鉄拳がそれぞれに、風圧の一撃のあとの魔力の残り火を排気として、ゆるやかに吹き荒れる戦風の中に煙らせる。
 蒼く長い髪もまた、白い燕尾と同じ方向に揺れ動く。
 
「ここからは」
 
 雷電の剣が装着者の一撃は、妹を襲わんとする拳を打ち払い。
 
「──あたしたちが」
 
 音速の剣、その主の放った高速の魔力弾が、妹のその身体を解放した。
 そういう、ことだ。
 立ち並ぶスバルとギンガが、ノーヴェを救出した。それ以外の表現のしようは、ない。
 
「あたしたちが、相手になります」
 
 言い放つスバルの胸元には、怒気を孕んだがごとく漆黒に輝く音速の剣が、静かに風の中、揺れていた。
 
 
(つづく)
 
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