本格的にどっちか

 
決めないとなんで異見いただきたく思います。
 
今のところ
 
・このブログで連載中の一次
・電撃一次通過どまりの作品
 
のどっちかを本にするつもりなんですが。
 
前者の難点:後半になるにつれ中二病じみてくる
後者の難点:ほぼ十中八九読後感「これラノベ違う」
 
どっちを本にしようか迷ってるんでよろしかったらweb拍手にでも「前者」「後者」の一言だけでもいいんで読んでみたいものの意見もらえればと思います。
 
てなわけで前者を今日は更新ー。前回分はこちら
 
では続きを読むからどうぞー。
 
↓↓↓↓
 
 
 
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 Pulcherrima 〜妹と、異星人と〜』その6
 7/
 
 
 
 その『令花』は、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
 行き交う、それなりの車の交通量もまるで意に介さず、ないも同然であるように。一分の乱れもなく、その合間を自然な歩調に、枕と律花の佇む先までの距離を少しずつ、縮めてくる。
「令花……姉さま……?」
『なあに、律』
 それが、二人の間での呼び方であったのだろう。律花の問いかける口調に、歩み寄ってくるその『令花』が愛称を交えた言葉を以って、訊き返す。
 紛れもなく、『令花』そのものである声で。けれど明確に、どこか枕たちの知る彼女とは違うものを内包している、そんな音で。
「誰なんだ、お前」
『やだなあ、枕くん。わたしです、令花じゃないですか』
 そうだ。確かに外見上は寸分違うことなく、その『令花』は生前の令花のままだ。
 だが。違う。なにかが、違う。具体的にどこがどう違うのか、言葉での表現もまるきり、覚束ないが──やっぱり、令花とは、違う。
 目の前に現れた少女は、違うのだ。令花であって、令花ではない。
『どうしたの? 二人とも』
「……違う」
 律花の呟きが、その全てを言い表している。そう──違う。たった、二文字。その一言に、尽きる。
『何、言ってるの。わたしは──……』
「違うっ!」
 呟きは、吐き出される叫びとなる。目の前に居る人物、その本人のものであるはずの位牌を抱きしめ、背中を丸めて。律花は震える声を喉の奥から絞り出す。
「姉さまが、一目でわたしをわかるわけ、ない……っ! 父さまたちが離婚してからのことは、わたしも姉さまも、互いを知らないんだからっ!」
 その否定は、きっと律花にとって、けっしてしたくないものだったはずだ。
 だが、それでも言わなければならなかった。彼女より先に、枕が言えなかったから。
 相手が、何者であるかはわからない。しかしひとつはっきりしているのは、それが令花の姿をしていながら、令花にあらざる者であるということ。
 感覚的に『違う』。そう言えるのは、二人同じ。けれど、実証的にそれを言葉に出来るのは枕ではなく律花だった。
高校生となった令花を、知らず。
 高校生となった律花を、令花が知り得ない。
 そのことを言葉にすることが可能なのは、『否定する』──その意味においては律花本人だけ。枕にはけっして出来ぬことであったからこそ。
 違う、違う、違う。
 位牌を握った腕を怒らせ、振り下ろし。律花は地面へと、吐き出したそれを叩きつけより高く跳ね上げんばかりに声を嗄らす。
 彼女の前に近付いていた姉──いや、姉の姿をした『何か』はその歩みを止めて。
 一瞬。はっきりとした硬直を見せる。
『何を……枕、くん?』
「違う。……律花の言うとおりだ」
 枕の振る、首の向きも律花の言葉と同じ意を示す。
 俯いたままの律花の前に立ち、彼女を庇うようにしながら、言葉を小柄な少女がそうしたように投げつける。
「『お前』は──お前じゃあ、ない。あいつはそんなに気安い、軽薄な口調はしなかった。臆病なくらいに、もっと引っ込み思案なやつだった」
 恋人そっくりの『何か』から。目の前の相手に求められた首の上下運動は、けっして見せることはない。
「『お前』は、誰だ」
「っ……!」
「誰なんだよ」
 その相手の、目つきが変わった。いよいよ持って、違う。そんな目をする彼女は一度だって、枕は見たことはない。
 どちらかといえば、彼女はいじめっこよりはいじめられっこ気質な性格だった。敵意などというものとは無縁の、けっしてそういった醜い感情を露にし人に見せるような人間ではなかった。
 そんな表情を、するな。その姿で、その顔で、するんじゃない。
 目の前にいる存在が、令花の顔を歪めている。それだけのことで、言いようのない不快感と憤りを覚えている自分がいることに枕は気付く。
「そうねえ。それ、私たちも聞きたいわ」
 更に、そして。二人を後押しする声がそこに加わった。
「枕! 律花に見せないで!」
 その声が続けた言葉が、枕を押し出した。相対していた相手に背を向け、律花の視界を遮るように、彼女の身体を抱きしめる。
 ぱん、という、風船の破裂するような音が耳を貫いていった。
 瞬間、周囲の空気の流れが雰囲気ごと、がらりと変わったような感覚を覚える。
 そして、ワンテンポ遅れて。なにかが倒れるような音が背後より鼓膜に木霊する。
「レイヤ。ティオーネ」
「お二方とも、ご無事でらっしゃいますか」
「なんで、二人が」
 現れた二人に対するすべての応答は、枕だけ。律花はただ、その腕の中で身を硬くし小刻みに震えるばかり。その場に、へたり込む。
 レイヤとハンターを肩に乗せ、金髪の少女が駆け寄ってくる。律花を労わるその手には、焦げ臭い煙を先端から燻らせる、黒光りした金属質な代物が握られている。
「て、ティオーネ、それは」
「ご安心を。この星で流通しているものとまったく同じ銃器です。むやみやたらに未開の星へオーバーテクノロジーを持ち込むわけにもいきませんゆえ、事前に。珍しいものでもないでしょう?」
 ──いやいや。充分、珍しい。この、銃刀法という法律が存在する日本においては、少なくとも頻繁に見るものではない。
 それは、刑事ドラマなどで登場するような自動拳銃だった。ティオーネの口ぶりからして、本物なのだろう。SFチックな光線銃などでなく、生々しい拳銃としての外見があるぶん、余計に安心しろなどと言われても無理な話。
「妙な宇宙線が出てたからね。調べてたんだけど……その中心に二人がいるとなると、やっぱり。……リッカ? 大丈夫?」
 膝を折って俯いたままの律花のもとへ、レイヤが降りてくる。
「慌ただしくて悪いけど、すぐここ、離れたほうがいい」
「え?」
 歩けないなら、ティオーネに運ばせる。彼女のその提案に、律花は弱々しく首を振る。
 のろのろとした動作ではあっても、立ち上がる。
 レイヤの指示通りに駆け出す枕に片手を引かれ、表情を見せぬまま、位牌をもう一方の手に抱えたまま、足を踏み出す。
 が。
 瞬間、周囲の景色が全て消え失せた。その場にいる四人と一匹とを残し、悉くが黒一色に染まる。
「遅かった……っ」
 いや。黒に染まりきっていない。色を残したまま、周囲の空間に溶け込んでいないものがあとひとつだけ──ひとりだけ、あった。
 それが、起き上がる。ゆらり、ゆっくりと。
「あ……!」
「れい……っ」
「違う。あれは令花さんでも、他の誰でもない。ただの幻影」
 レイヤは、ティオーネに命じる。彼女に従い、金髪の少女は手にした拳銃を起き上がった『それ』に向けて構え、引き金を引き絞る。
「……っ」
 とっさに、枕は律花の顔を再び、自分の胸に押し付けた。
 だが銃口から、火薬の力に押し出された鉛の弾が発射されるよりはやく、その拳銃はティオーネの手を離れ宙を舞う。
 逆に今度は、彼女が撃たれたのだ。
先刻彼女が撃ち抜いた、その相手。眉間の中心に風穴を空けたまま立ち上がった、『令花』によって。いつしかその手には、ティオーネのものと同じ形の拳銃が、握られている。
「ティオーネ!」
「大丈夫です。こちらの銃器を弾き飛ばすことが目的だったようです」
 額の、中心。眉と眉の、まさに中間点。立ち上がった『令花』のそこには黒々と、小さな穴が空いている。ただしそこからは赤い血も、脳漿もまるで一滴たりとも流れ落ちてはいない。
 そして。それは消える。傷が。風穴が、ではない。『令花』の姿をしたそれ自身が、である。
 最初から、そこに誰も存在しなかったように。あとにはただ、真っ暗な黒一色の世界だけが残る。
「……消え、た?」
「だから言ったでしょ。幻影だって」
 レイヤは、動じていなかった。ティオーネも、然り。
 冷静に、暗闇に包まれたその先に言葉を投げかける。
「ったく。趣味悪いっていうか、ベタすぎるっていうか。もうちょっとひねったら? 真っ暗闇の中に拉致なんて、使い古されすぎてる手じゃない?」
 この暗闇の正体を、レイヤは知っているようだった。
 彼女の吐いた言葉が、虚空に消える。残響も、跳ね返りもせず。ただその先に散っていく。
 そのままずっと、静寂が続くように思えた。なにしろ、自分たち以外なにもない。他にいた者も、つい先ほど消えてしまった。他に何の気配も、感じないのだから。
「これは、これは。名高きあの、アル・ブロントファミリーのご令嬢とお見受けしますが」
「!」
 だから、その声が突如響いた際には、枕は鼓動が跳ね上がるのを抑えられなかった。
 同時に、浮き出るようにして現れる。位置はほぼ、令花が消失したのと同じ場所。
オールバックに、口髭を蓄えた。かといってさほど老齢に達しているでもないような外見の、背の高いスーツ姿の男が、そこにいる。
「そしてあなたはその秘書の、ティオーネ・レン」
「あら、意外。あなたのような田舎マフィアでも、パパやうちのファミリーのこと知ってるのね。あ、うちも別に都会ってわけでもないから、さしずめあなたは田舎の田舎マフィアってとこかしら」
 男と言い合うレイヤの口調や雰囲気は、枕たちに彼女の家柄が知られた、そのときのものに近くなっていた。
 言葉に、敵意がこもっている。きつい言い方で、吐き捨て。鋭い目線で、彼女は射抜くように男を見据えている。
「これは一体どういうことか、説明してもらえるかしら。幻影を生み出すのが得意だっていうのは聞いていたけれど、生憎この二人、私の知り合いなのよね」
「ほう」
 もちろん男のほうにも、それに呑まれた様子はない。けれど、レイヤはそれすら意に介さぬがごとく、言い放つ。
「だから、ああいうことをされると、非常に不快なのよ。納得いくように、話してもらいましょうか」
 その立ち居振る舞いは、今までに彼女の見せたどんな姿より大きな貫禄を以って。
 彼女が宇宙のマフィアの令嬢であるということを、強くはっきりと、見る者へ印象づけていた。
 少なくとも、枕にはそう見えた。ティオーネが彼女に付き従う理由を、彼女たちそれぞれの置かれた立場以外のところで改めて理解できたように、思えた。
 それくらいに彼女は、今までの彼女ではなく見ている枕が感じるくらいに、男に対して毅然としていた。
 

 
 カーネル、と男の名前はいった。
 尤も、男本人が名乗ったわけではない。それは彼を見据え続けるレイヤが枕たちへと、補足するように言ったものだ。
「よくご存知のようで。ですが、もし違ったら?」
 レイヤの言葉に、挑発するがごとく男は質問を返す。鼻で嗤って、彼女はこともなげに解答する。
「幻影が得意。こんな安物の、外壁を黒く塗っただけのワームホール空間を好き好んで使い続けている。おまけに、こんな未発達の星に来るなんて、せいぜい地上げや土地転がしが目的のやつくらいしかいないし。これだけ特定しやすい条件が揃ってれば間違えようもないと思うけど?」
「……なるほど」
「あと、パパのとこで見たことあるのよね。あんたの顔写真と、名前」
「ふむ」
「もう一度、訊くわ。これは何の真似。何故、あんな幻影を二人に見せたのかしら。それと、もうひとつ。これは一応だけれど……訊いておかないとね。一体何の目的でこの星にきているの」
 試すような物言いにも、彼女は動じない。あくまで質問者はこちらであるという姿勢を、崩そうとしない。
 彼女と、その脇に控えるティオーネ。二人に『守られている』。その感覚が、まるで現在位置の掴めない暗黒の中にありながら、律花を抱き寄せる枕に僅かばかりではあっても確かな、安心の二文字を抱かせていた。
「──なに。ちょっとした用心ですよ」
「用心?」
「ええ。あなたたちが私の存在を感知したように、私も先客──自分以外の異星系生命体がこの星に来訪していることを知りましてね。その反応の近くに、網を張っておいただけのことです」
 レイヤの詰問調に対し、男はあっさりと白状した。
 この程度のこと、隠す必要もない。彼女にきつく睨まれていながら、そんな余裕が透けて見える。
「ああ、何故、なんて愚問はやめてください。監査局や、特にその子飼いの実働部隊である宇宙警備隊……そんなのと鉢合わせしたらたまりませんからね。あなたも、ファミリーのご令嬢ならばおわかりでしょう? やつらの融通の利かなさは」
「……ええ」
「その際に最も効果的な幻影が、『アレ』だったというだけのことです。私の幻影は、その相手の深層意識に左右されるなんとも不安定なものですので」
 そのとき。ぴくり、と。枕の腕の中に抱かれるだけだった律花の肩が、震えではなく一瞬、反応したような気がした。
 枕もまた、男の言葉の中に含まれているその単語に、瞬間、ぞわりと全身が鳥肌立った自分を感じ取った。
「よく、わかったわ。あんたが、この星で色々とけしからんことをしようとしているってことがね」
「おや。異なことを言いますな」
「何いってんの。あんたのやってる土地転がしも地上げも、要は未開の惑星への侵略よ。あんたの恐れてる怖い怖い、宇宙監査局の禁じた、ね」
「ますます異なことをおっしゃる。我々は──非合法の者ですよ?」
 そしてその感覚を抑えねばならなかったからこそ、枕は律花のその行動を、止めることができなかった。
「それに、この星にだって便利な言葉があるじゃないですか。こう見えても私は勉強家なものでしてね、『マニフェスト・デスティニー』……よく言ったものです、この星の野蛮人たちは。言葉遊び次第でいくらでも侵略は、正当化されるんですよ──……む?」
 するりと、彼女は枕の腕の中を抜けていた。気がつけば、抱き寄せていた彼女が、立ち上がりそこにいなかった。
「律、花?」
 目を向けた先を、彼女は歩いていた。つかつかと、窺えぬ表情を伏せたまま。
「律花さま?」
 ティオーネの脇を過ぎ。
「リッカ?」
 更には男と相対する、レイヤをも通り越して。その前に立つ。
 手の届きそうなほど、近くへ。レイヤと舌戦をしていたカーネルの前に、無言に真正面から立ちはだかる。
「おや、おや。これは、現地人の少女さん。この私に、なにか御用ですかな?」
 小柄な彼女へ。すらりとした痩せぎすの、長身の男からすれば、見下ろすほどに小柄な律花に対し、明らかに舐めきった口調の声が飛ぶ。
「……れ……」
「ん?」
 応えるかわりに、俯いたまま彼女は呟く。
 枕にも、レイヤにも、間近のカーネルにさえもとても聞き取れないほどの小さくか細い声で、ぽつりと漏らす。
 男は、聞き取ろうと覗き込む。腰を曲げて、低い身長をした彼女のほうへと、若干の前のめりの姿勢をつくる。だがもっと。もっと、だ。
「……れ、よ」
 もっと近寄らないと、聞こえない。枕たちには殆ど、虫の鳴く声程度にしか感じられない程度のボリュームしか、彼女は発していないのだから。多少近いカーネルとて、同じこと。
 更に長身の男は、身を屈める。
 ──律花の手がその顔面へと、容易く届くほどに二人の距離は縮まった。
 そう、届く。律花の掌が。その、頬へと。
「令花姉さまに……謝れっ!」
 だから、その小気味のよい乾いた音は。その場で耳にした者の溜飲を下げる、ぱあん、という平手打ちの音は。
 彼女の掌が、男の頬を襲った証だった。
「り……」
 同時に三人、息を呑む。あの冷静そのもののティオーネでさえ、目を軽く見開いて、予想だにしなかった彼女の行動に驚きを隠せないでいる。
「『アレ』だとっ! 姉さまを……わたしの姉さまを……なんだと思ってるんだっ!」
 男は頬を張られた体勢で、硬直している。張った側の、肩を怒らせた律花も、その点については同様だ。
 憤怒の表情を、男へと向けている。涙声を、喉の奥底からぶつけている。
「姉さまに! 令花姉さまに……謝れよっ!」
 そっぽを向いた首は、彼女のほうにも、枕たちのほうへも振り向けられない。
 じっと、平手打ちの衝撃を受けた姿勢がひとつのオブジェのように、暗闇の中凝り固まっている。
「……なんだと、思っているか……ですって?」
「っ!」
「リッカ! 下がって! 忘れないで、そいつは……っ」
 そいつはまがりなりにも、宇宙人で。腐っても、堅気の人間じゃないんだから。
 きっとレイヤは、そんなことを言おうとした。
「対等であると、思っていただきたくないですねぇ」
 男の目が一瞬、それまでのあくまで余裕を崩さなかったものから、ぎらついた暴力性に満ちた色を含むのが、枕のいる場所からも見えた。
 暴力を是とし、ねじ伏せることを手段として選ぶことに躊躇のない、論理や言葉を蹴り飛ばし己の意思に相手を従わせることを当然と考える堅気でない種別の人間の目。
 その獣のごとき瞳が閃いたのは、刹那のひととき。男の体勢がもとあった空間に戻るまでの、一秒にも満たない瞬間のことだ。
「あっ」
 ──少女の、短い悲鳴。
 彼の身体は、律花との接触などなかったかのように、そこに直立していた。
 ただ、振り抜かれた左手だけが、その以前とあるべき位置を、角度を彼の四肢のうちで異にしていた。
「一ファミリーの長たるこの私に対して、未開の惑星の野蛮人どもごときが、道具以上の使い道を持ってもらえるなどと思うなんて、おこがましいにもほどがある」
 その腕に振り払われた律花が横に弾き飛ばされ、倒れていた。それに至るまでの彼女のゆらめきが、崩れ落ちる様が、一瞬の出来事でありながらまるで、動画のスローモーションを使用しているかのように、枕には見えた。
「リッカ!」
 レイヤが、男の腕に薙ぎ払われ崩れ落ちた律花に声をあげる。ティオーネも、枕も。倒れた彼女へ駆け寄ろうと身構える。
「おっと。動いてもらっては困りますね、ご令嬢がた」
だが、その一歩は踏み出せない。
ティオーネの手から離れたものと同じ──つまり、令花の幻影の発砲したものと同型の拳銃が男の掌中に存在していたから。同時に、レイヤとティオーネへ足元の暗闇が細く長く、糸を引くように伸びて彼女たちの両足を拘束する。
「……随分、用意がいいじゃない」
「またまた。アナクロすぎてこれしか手に入らなかったんですよ。この星の流通ルートにいちいち食い込むのも面倒でしたしね。おそらくはそちらに控えてらっしゃる従者──失敬、秘書の方も、そうではないですか?」
 倒れた律花が小さな呻き声を漏らし、起き上がれはしないまでも、両手を支えにどうにか面をあげた。
 唇の端はわずかに切れたのか、赤く血が滲んでいる。その付近に、ほのかな痣。転倒の際の負傷か、膝も片方擦り剥いている。
「ですが、現地の未発達な非文明人を教育するにはちょうどいいでしょう」
 その銃口が、レイヤたちの方角から。倒れ伏した律花へと向いた。
「何をする気」
「何、と言われましても。決まっているじゃないですか」
 男が狙うのはただ一点、小柄な彼女の眉間。寸分違わず、照準はぴたりとそこに合わせられている。
 ティオーネのときのようには、ならない。
 彼女の発砲が阻止された際には、それを邪魔する者がいた。別の射手が、彼女の拳銃を撃ち抜き弾き飛ばした。
 だが枕たちの側に、今同じことをできる人間はいない。銃なんて、どこにもない。
「罰を与えるんですよ。この非文明人の少女に。このカーネルに舐めきった真似をしてくれた、報いをね」
 逃げ出すなんて、到底覚束ない。潤んだ瞳で、律花は自身を今まさに狙い撃とうとする銃口を、見返すばかり。
 レイヤも、ティオーネも。足をとられて動けない。その射撃の妨害は、ままならない。
「教育とは、そういうものです。授業料は──高めに、『命』に設定しておきますが」
 男の指に、引き金が押し込まれる。
 誰も、それを止めることはできない。彼は、止められない。
 だから。
 
 だから枕は、飛び出した。
 
 後先もなにも考えない。考える暇もない。考えるという発想自体、ないままに。
 律花と、男の間に。拳銃の射線上、その只中に。『止める』『邪魔をする』ではなく、律花を、『守る』ために、その空間へと己が身を投げ出し、割り込ませた。
 幸いに、その弾丸は枕の目には、軌跡となって見えていた。
 見えているということは、まだそれは通過していないということ。律花のもとへ、届いていないということ。
 自分自身が銃弾に対しての障壁たりえることに、枕は不思議な安堵を覚えた。
 この選択が無駄に終わらなかったことを、人並み程度にある自分の運動能力に感謝した。
 
 感覚は、それっきりだった。
 

 
 走馬灯って、本当に見るんだな。そう、思った。同時に──すごく、怖かった。
 まるで、自分が映画かなにかの世界に迷い込んで、悲劇的な最期を迎えるヒロインになってしまったようで。
 幼い日の、姉も母もいた頃の情景。
 二人が消えてからの、ものごころつきだした自分の周囲でのこと。
 高校進学を間近に控えたその日、姉からかかってきた電話。
 姉の葬儀。この、数日間の枕やレイヤ、水月やティオーネたちとの出来事。
 ほかにも、たくさん。
 重なり呼び起こされるこれまでの十数年間の人生のイメージが脳裏を駆け抜けていく速度と反比例して、目の前にあるすべてがゆっくりに感じられていた。
 男の、高笑いも。押し込まれていく、引き金も。それに連動して揺れる、自身に向けられた黒い銃口も。
 そして。自分と男との間に割り込んできた、こんなに広かっただろうかと思えるほどに大きく見えた、背中さえも。
「──え……」
 銃声は、その直後。散ったのは、その背中から噴き出し、溢れ出した紅。
 黒の地面に、空間に。律花の頬や衣服に、それは赤の斑点を刻み付けていく。
 とさり、と。感じたその大きさに比べれば、あまりにも軽くあっけない音が、その身体が落着するとともに木霊した。
「まく……ら……?」
 何が起こったのか、よくわからなかった。
 本当に。ほんとうに。
 なぜ。どうして。どうして──枕が、倒れている。その胸を、真っ赤に染め上げているのだろう。
 赤い色は、どんどん広がっていく。自分が倒れたまま投げ出した両足の、その爪先まで届いてくるほどに。
「まく、ら」
 彼は仰向けに倒れたまま、応えない。……いや。応えられない。
 四足で。両手を使って赤子のごとく這いずるようにして、恐る恐る返事のない彼へと、律花は身を寄せていく。
「枕──……?」
 ぴちゃり、と掌の下で、水音がした。
 見下ろせば、そこにあるのは赤の海。
 そこに沈んだ自分の掌を、律花は持ち上げて視界の中に収める。湿った。浸されていたそれもやはり、赤い。その赤は、枕の命、そのものの色だった。
 その色が、律花を我に返す。微動だにしない彼を、流れ出た血に赤く染まった非力な両の腕で抱え起こす。
「まくら……っ、枕っ! 枕!」
「おや。別なのが一匹、減ってしまいましたか」
 こんなにも流れ出ているのに、彼の身体は律花の細腕にはひどく重かった。全身の力をフルに使って、どうにか上半身だけ抱え上げ、呼びかける。
 何度も、何度も。一向に返事のない、無為な叫びで。
 再び向けられる銃口にも、見向きもせず。ただただ、呼びかけの涙声を律花は彼に浴びせ続ける。
 ハンターが彼女の叫びに呼応するように、ティオーネの肩から羽ばたき、男へと向かっていく。だがそれも、虫を払う程度の動きで男の手によって叩き落とされ、小さな龍の身体は地面に転がっていく。
「ハンター!」
「やめなさい! それ以上は……うちのファミリーの全力であんたのとこを、潰すことになるわよっ!」
「……ふむ」
 たまらず、レイヤが叫び、横槍を入れる。
 彼女の声に動きを止めた男は、しばし考えるような仕草をして。やがて、律花たちに向けた銃口を、上空に逸らし踵を返す。とん、とん、と。銃の背で、自分の肩を何度か叩き改めて口を開く。
「親の七光り、ですか。銀河に名の知られたお父上の組織も、二代目がこれでは、先行きは暗いようで」
「う……うるさいっ! はやく二人から離れなさいよっ! 私たちを解放しなさいっ!」
「……ま、いいでしょう。ここであなたがた全員始末したところで、足がついてしまう。流石に正面きっておたくの組と事を構えるほど、私も愚かではありません」
 男が、こつこつと二回、靴底を鳴らす。伸びてレイヤたちに絡み付いていた黒い空間が、元のとおりに地面へと巻き戻されていく。
 また、それに伴うように。男の姿が、消えはじめる。
 現れたときと、同じように。闇の中へと、溶け込み次第に存在を希薄なものに変えていく。
「どこ行く気っ!」
「決まっているでしょう、元々の目的を果たすだけですよ」
 それはつまり、この星を我が物とし、商品へと変えるために。侵略行為を、開始するということ。
「それが終われば、開放してあげますよ。あなたがた二人は。……どうせ、脱出できるような装備は持っていないでしょう?」
 もう、声が聞こえるだけだった。それすらも、男の高笑いとともに遠ざかっていく。
「大人しく、していてください」
 それが、男から投げられた、捨て台詞だった。
 

 
「リッカ、怪我はない?」
 ティオーネが、ハンターを拾い上げている。レイヤは急ぎ、夥しい出血を見せる枕の身体を抱えおろおろとするばかりの律花のもとへ飛ぶ。
「レイヤ……枕が……枕が……! こいつ、わたしを……!」
「わかってる。わかってるから、落ち着いて。大丈夫だから。あなたは、怪我はないのね?」
 ぶんぶんと、力任せに律花は首を縦に振って頷く。完全に、動揺しきっている。
「ティオーネ、手当てを」
「はっ」
 ハンターを抱いた金髪の少女が、血の海を気にすることもなく、枕の側にしゃがみこむ。
 彼の口を、こじあけて。ポケットから取り出した小さな銀色の丸い物体を、強引に押し込んでいく。
「それ、は……?」
「医療用のナノマシン錠剤です。これで傷口は塞がるはず」
「助かるのかっ?」
「それはまだ、なんとも……。律花さま、腕時計をお借りできますか」
 律花がおずおずと外した時計の秒針に目を這わせ、枕の手をとる。彼の手首の脈を、数えていく。
「……これは、少々まずいかもしれません」
「え……?」
「ひょっとすると、ナノマシンの活性が間に合わないかもしれな。せめて直接注射ができれば──……」
「そんな」
 ティオーネの静かな声が、余裕をなくしていた。
 律花も。彼女へと枕の治療を命じたレイヤも、その顔を見る。
 彼女は応える間も惜しいとばかりに、時計を律花へと突き返し。枕の着衣のシャツを剥ぎ取り、傷口を調べ出す。
「……銃弾の当たった位置が、かなり危険な部位です。ほとんど急所といってもいい。おかげで出血がひどい。今飲ませたナノマシンの活性化より先に、体内の血が足りなくなるかもしれません」
 そうなれば待つのは、失血性ショックによる死だけ。なによりも、輸血が今の彼には必要です。枕の胸へと置いた手をゆるく握り、彼女は言う。
 輸血。──だが、こんな場所でどうやって。
 自分たちは、閉じ込められているのだ。そしてこの黒の世界には、見渡す限りこの場にいる四人と一匹以外、なにもない。
 脱出、するしかない。しかし。
「どうやって……?」
 律花が、見上げ返してくる。それに解答を与えてやる術は、レイヤにはなかった。
 この空間は、言ってみれば巨大な、エネルギーで出来たブラインドカーテンのようなものだ。内側にいる皆を、広大かつ際限のない暗幕で、外界と隔絶する。
 これを内側から撃ち破る手段は、ひとつしかない。
 刃物が、布を引き裂いていくように。より高密度・高圧力のエネルギーで、空間そのものに穴を空ける。
 一点に穴さえ空けば、あとは風船が破裂するようにこの空間は消え失せ、レイヤたちは外に放出される。そうなればあとは、枕を病院に運べばいい。あの男を、カーネルを追いかけることだってできる。
「方法は──……」
 だが、その手段を実行に移す、方法がない。
「私は元々エネルギー生命体だし、満タンの状態ならリッカとの合体でどうにかなったかもしれない。だけど」
 そのエネルギー自体が、殆どないのだ。律花との融合の際失われたそれらはまだ、おそらく三分の一も戻ってきてはいないだろう。
繋がっていながらふたつに分かれている身体を合体させるにも。その身体を巨大化させ、エネルギーの噴流として発射するのだって今の状態ではどちらもままならないのだ。
仮にもひとつの空間を固定しているだけのエネルギーを撃ち破るのに、到底足りるはずもない。
 ティオーネに至っては、それほどの高エネルギーを、生み出す手段もぶつける手段もない。
 彼女は枕や律花のような地球人と同じ、実像のある肉体を持つ非エネルギー生命体。そのように、身体が出来ていないのだから。
「そんな」
 打つ手がない。律花の震える声にも、レイヤはただ苦く顔を背けるしかなかった。
「わたしの……せいなのか……?」
「違う。それは違うわ、リッカ。誰のせいでも、ない」
 こればかりは、めぐり合わせとしか言いようがないのだ。
 と。身体を大きく痙攣させ、波打たせ。枕が背中をくの字に曲げて、血を吐き出す。自身の胸へ、支える律花の腕へ。
「枕! ……そんな……このままじゃ、枕が……」
 わかっている。このまま手をこまねいていたら、彼の命が危ういということは、重々に。
 しかしレイヤは自分の非力に歯噛みをすることしか、できなくて。
「枕ぁ……」
 律花の掠れた涙声に、耳が痛い。
 正義の、スーパーヒロイン。そんなシンデレラストーリーがあるならば、ご都合主義にいくらでもこんな場面、切り抜けられるのに。枕を、助けることが出来るのに。
あの男が言ったとおり、結局自分は肩書きやファミリーという親の七光りがなければ何もできない、スペースマフィアの首領の娘でしかないのだろうか。
「律花さま」
 枕を抱いた律花の瞳からは、すでにぽろぽろと涙が滂沱となって溢れ降り注いでいる。
 レイヤ同様、自分の無力を感じ。彼女を助け傷ついた少年に何もしてやれない己への憤りに身を震わせている。
「この子を」
 そんな彼女に、ティオーネが傷つき気を失っている、小さな龍を差し出した。
 血に塗れた枕ほど、一見して酷くはないものの。やはり力なく、その両瞼はじっと閉ざされている。
「ハン……ター……」
 なにも、こんなときに。レイヤは、己が従者に対し、そのように若干の苛立ちを抱いた。
 だが、差し出された側の少女は、枕の血によって真っ赤に染まった両手で、彼女からその小さな龍の身体を受け取る。
 ガラス細工を受け取るように、そっと。掌の上に、ハンターを載せ見つめる。
「そう……お前も……」
 そして、胸に抱きしめた。強く、強く。膝の上に横たわる、枕に対して言葉を何度も投げかけていたのと同様に。それはきっと、彼女の心から自然に発生した行為であったに違いない。
「ごめん……ごめ、ん……っ」
 枕に続いて、今度は律花が、己の身体をくの字に曲げた。曲げて、たださめざめと呟き、涙を流し続けた。
 その姿は、直視するにはあまりに痛々しくて。目を逸らしつつも、レイヤは願わずにはおれなかった。
 願わくば。自分でも、ティオーネでも。やってくるはずのない父親でも、また別の誰かでもいい。
 彼女たちにご都合主義を、起こしてくれるものはないのか、いないのか、と。
 心底から、そう思った。
 
 
 ──そして、それは、『居た』。すぐ、そこに。
 
 
「っ?」
 枕の胸に顔を埋めるようにして嗚咽していた律花の、その腕の中から。
 強く、強く。光が溢れ出す。四方八方あちこちへ漏れ出すその輝きは、ただの光などではなく。
「これ……ハンターから……?」
 彼女の腕に抱かれた小さな龍の放つそれは、エネルギーの洪水。迸り、照らし。周囲へと撒き散らされる。
「なんで……?」
「ですがお嬢様、これなら」
「うん、わかってる」
 あの小さな龍から一体、どうしてこんなものが。また、どうしてこのタイミングで。
 考え始めれば、疑問は尽きない。だが今やるべきことは、そういったものに頭を思い悩ませることではない。
 ここを、出ること。枕を、助けること。
 先刻までなかった方法が、今生まれようとしているのだ。この機会をけっして、逃しては鳴らない。
「リッカ! ハンターをこっちに」
「え、あ、ああ」
 律花に、ハンターを持ち上げさせる。その背中に、レイヤは触れる。
 無軌道に溢れるばかりだったエネルギーの濁流が、その一点に集中をはじめていく。それらをすべて、レイヤは体内に取り込んでいく。
「これ……すごい、これなら……っ」
 それは、想像したよりも遥かに濃密で、膨大な量のエネルギーだった。ハンターの背に置いた掌から、集めても集めても終わりを見せることなく、溢れ続ける。
 このエネルギーならば、充分すぎる。足りない分を補うどころか、律花とレイヤの相性の悪さを押し切ってなお、お釣りが来る。
「リッカ。私の話をよく聞いて」
「う、うん」
 枕を、救うためだから。私の言うことに、従って。
「今から、私の本来の力を使えるようにする。そのために、私とあなたはひとつにならなくちゃいけない」
「ひとつ……?」
 いまひとつ、律花は飲み込めないようだった。それでも、懇切丁寧にひとつひとつ説明しているような余裕はない。
 要所要所以外を省き、レイヤは彼女に説明を続け、行動を求める。
「無理でも、やらなくちゃいけない。落ち着いて、集中して。私とあなたの心を、完全に同じにしなくちゃだめなの」
「で、でもどうやって……? それに、落ち着けって言ったって……!」
 彼女は、うろたえる。無理もない。状況の変化が急激過ぎる。おまけに彼女の膝の上には虫の息の枕がいるのだから。考えなど、千々に乱れ、散らばって当然だ。
 だが、やってもらわねばならない。そうしなければ──……。
「今、リッカのしたいこと。何?」
「え?」
「いいから。答えて。教えて。少しでも、同調がしやすいように」
 そう、しなければ。
「わたし、は」
 枕を。彼の生命を救うために、それが必要なのだから。
 望むことなんて、ひとつ。
「わたしは……枕を、助けたい……。死なせたく、ない……っ!」
 その言葉はそして、引き金となる。
「OK、わかった。──大丈夫、私もおんなじだ……っ!」
 レイヤ一人に集まっていたエネルギーの流れが、二つに分かれ律花へと流れ始める。
 熱い、熱い。それは活力の大河。
「ティオーネ、枕をお願い」
「はっ、お任せください」
 地球人である彼女には、はじめての体験であるはずだ。おそらくは身体の内側を駆け巡るその熱さに、戸惑い言いようのない感覚を味わっているに違いない。
 レイヤの身体が、輝き始めていた。律花の四肢も、やがて中からの光によって暗闇の世界を照らし始める。
「これでいいのよ、リッカ」
「レイヤ」
 もう、向き合っている互いが、互いのことを視認するのも困難になりつつあった。
 そうなる前に、レイヤは右手を差し出す。律花へと、自分の掌を見せるように。
「余ったエネルギーは、枕にまわす。飲ませたナノマシンに注ぎ込んで、強引にでも活性化するから」
 求める必要は、もうなかった。
 頷いた律花もまた、それに応じ自身の掌を、レイヤへと向けた。大と小、二つの掌が、双方向から重なった。
 そこに新たに、もうひとつの光が生まれた。
 それまでが水の流れに例えられるのであれば、まるでその輝きは、蕾がひとつひとつの花弁を開き、花になるように。
 二人の掌の、中心から。そうやって花開いた光は、それでいて遮るものには容赦なく。
 白き輝きに埋もれていこうとしていた黒の世界を、ありとあらゆる方向へ引き裂き、その空間自体をなきものへと変えていった。
 空間の消滅した、そこから。一筋の流星が、奔った。
 地球に生まれた箒星は、今まさに行動を開始せんと路地裏を歩いていた、一人の堅気でない異星人を、かつて彼が生み出した空間へと彼女らを捕らえたように、掃い、掬い取り。
 空を、駆けていった。
 一人の少女が、従者とともにやってきた空を。
 一組の男女が喪った少女の愛した、最も美しいもの。そう呼ばれる二重星の煌きを広大なそのどこかに頂く、空を。
 目を凝らす者がいたなら、その光は。人間の姿をして、天に舞った。
 
 
(Last/につづく)
 
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