一年以上ぶりのss更新です。

 
 現在、最終話のおおよそ半分ほどまで書きあがっているので、公開しても書ききれるだろうという判断で。
 予告の通りにまどマギssなのがなのはssを見に来てくれている方々(どれほどまだいてくれるんだろう(汗))には申し訳なかったりもしますが……。
 
 そんなわけで、まどマギアフターストーリー的なss、はじまります。
 
  
 
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 また、だ。
 一体何度目だ。何度、見ればいい。
 
「待てよ……っ!」
 
 どれだけ繰り返した。この、夢を。
 あの日から。……さやかの消えた、あの日から。
 
「行くな! 行くなよ! さやかっ!」
 何度追いかけただろう。夢の中、行ってしまう彼女の背中を。
 時折振り返るさやかに、伸ばした手も指先も絶対に届かない。そのことはもう嫌というほど繰り返して、うんざりするくらい承知しているのに。
 これは、夢なのだ。現実にはもう、さやかはいない。
 強大な力の塊となって、異形と化して。そしてその力を使い果たして──消えてしまった。
 少なくとも、「夢の中の」佐倉杏子はそう認識をしている。
 
「さやかぁっ!!」
 
 だから、彼女が何を考えているのかなんてわかるわけがないのだ。
 また一瞬、振り返り。なにかを囁くように唇を微か動かしたあと、彼女の姿は消える。
 水色の。魔法少女としての装束の彼女はそこからさえ、いなくなってしまう。
 あとに残るのはただ、暗闇だけ。
 泰然と、音もなく。どこまでも続くその中に杏子はひとり、取り残される。
 そうなったところで、いつも目覚めるのだ。
 
「──大丈夫?」
 
 嫌な汗を、びっしょりとかいて。下着まで、濡れ鼠のようになって。
 夜の暗い天井を、見上げている自分に気付くのである。
 今日はそこに、心配げに見下ろしてくる顔がひとつ、あったけれど。
「うなされていたようだったけれど」
「──……ここ、部屋……?」
 ベッドの上に、身体を起こす。
 覗きこんでいた相手の差し出してくる、グラスの水を受け取り、呷る。
「……悪ィ」
 冷たい水が喉の奥を通っていく。心地よくて──それがともに飲み込む不快な思いの苦味を、誤魔化してくれる。
「美樹さん……さやかちゃんの夢、見てたのね?」
 問うてくる声に、こくり杏子は頷いた。
「わけ、わかんねぇよ」
 そして前髪を、かきあげる。両膝をシーツ越しに抱えて、身を丸くする。
 同居人──けっしてずっとそうしているわけではない、ほんの数週間ほど前からのルームメイトは、……家主は。踵を返し空になったグラスを流しのほうへと持っていく。
「なあ、マミ。あのとき、さやかは」
 ウェーブがかったセミロングの髪……カールのかかったツーテールを今は下ろした、寝間着姿の少女はグラスを置くと、肩からかけたストールをなおして振り返った。
 もうひとりの、「残されてしまった」魔法少女巴マミに、杏子は問いを投げる。
「あのとき、さやかは……魔法少女として、消えていったんだよな」
 マミは、答えない。
「それだけ、だよな」
 間違っているのはそう、夢だ。夢であるが故の、荒唐無稽。
 沈黙と、暗闇の中。二人の魔法少女は言葉もなく時の流れるまま、佇んでいた。
 外にはしとしとと、雨音が夜に響いている。
 誰が残り、誰が消えようと。円環が続くよう──絶えること、なく。
 
 
 魔法少女マドカ☆まぎか 〜everyman,everywhere〜

 第一話 『まどか』って、誰?
 
 
 やっぱりまだ、慣れないんだよな。
 あいつと、同じ制服を着て。同じ学校に通っている。この、あたしが。
 
「どうだい? ……びっくり、したかい?」
 
 佐倉杏子の手には、紙袋がある。
 その中には、いくつもの紅い林檎。あいつがいらないと言った、知恵の果実。乱雑な拒絶を杏子が叱りつけた、成熟の実。
 今度はちゃんと買ってきた。あいつに、なにも言われないように。
「……似合う、かな」
 それがあるから、目の前にあるものを杏子は「押せない」。
 片手には傘を抱えて、林檎の詰まった紙袋をもう一方の手にしているから。
 だから、「押せない」。いや──「押さない」。
 魔法少女なのに。大抵のことは簡単に出来る力を、持っているというのに。
 それができない自分を自覚しているがゆえに、できないことへの理由付けが杏子には必要だった。
 
 何度、ここにきて。
 何度目の当たりにして。それでも、できないこと。
 
「……ごめん」
 目の前にある呼び鈴ひとつ、杏子には押せない。
 表札にある、家主の苗字は『美樹』。その玄関から先へと立ち入っていく勇気が、杏子にはない。
 さやかと同じ制服に、袖を通しているというのに。
 雨が、アスファルトを打っていく。その中を杏子は踵を返し、頭を振りながら立ち去っていく。
「お前のうちに来たところで、何が出来るってんだ。だよな」
 かけがえのない、はじめての友達。
 本気でぶつかりあって、紆余曲折をして。ようやく笑いあえた友達だった。その家の前を去る。
 彼女という存在を失ったその家を、振り返ることなく。
 またきっと来てしまうことを、予感しながら。
 

 
「ほむらのやつがいない?」
 
 杏子に学校へと通うことを強く勧めたのは、他ならぬその、暁美ほむらだった。
 今更、とも最初は思った。通ったところで所詮、魔法少女としての活動時間が束縛されて減ってしまうだけだ、とも。
 けれど彼女は渋る杏子へと、強く強くそのことを、勧めてきた。
 
“……「きっと美樹さやかもそれを望んでいる。それに」”
 
(……それに)
 真剣な眼差しで。はっきりとした口調で彼女の言った言葉を、今も杏子ははっきりと覚えている。
 
“……「少しでも風化しない記憶があるのなら。それを思い出させるものを投げ出さないでほしい。覚えていられる幸福がそこに、あるのなら」”
 
 ──彼女のみせたその強い視線と言葉とに、杏子は従った。
 
 それはまるで、いなくなった誰かを想うかのような言葉。
 杏子へと語りかけるまさにその瞬間にさえ記憶から抜け落ちて行きそうな、立ち去ってしまったそんな誰かへと、向けられたような。
 彼女のそのような態度があったから、今杏子はさやかの通っていた学校にいる。住む家も幸いにして、いちいち見回りを気にしなくてはならないホテル暮らしから、巴マミの自宅に変わっている。
 というより。アウトローな以前どおりの生活を続けようとしていたら、「そんなのは犯罪です」、とリボンでぐるぐる巻きにされて彼女の家まで連行され、半ば強制的にルームメイトにされたといったほうが正しい。
 まあ、おかげであたたかい食事が三食用意される快適な生活を送れているのはありがたいことだとは心底、思うけれど。
「そっか。悪い、ありがとな」
 とにかく、ほむらだ。その、肝心の彼女がいない。
 応対をしてくれた、彼女と同じクラスの女子生徒は人見知りするようによそよそしく、杏子にぺこりと頭を下げる。
 無理もないだろうと思う。なにしろ、時期を外した転入生──しかも別のクラスにやってきた人間にいきなり、フレンドリーに接しろなどと。
 無口なほむらとは違った意味でとっつき辛い、我の強さ、わがままさが顔にまで表れている自分の性質は嫌というほど杏子自身わかっているのだからなおさらだ。
 受け答えをしてくれていた女子生徒は小走りに教室内へと戻っていき、杏子は独り、そこに取り残される。
 しかし──ほむらがいない、となると。
「これでもう、三日連続だぞ? ガッコ休んであいつ、どこ行った」
 遠出してどこか、魔獣でも倒しに行っているのか。
 この街にはけっして、多く出現するというほどではないというのに熱心なことだ。グリーフシードのストックだって十分なはず。自分と、マミと。ほむらで普通にローテーションしていけば問題なく、その都度殲滅できるレベルだというのに。
 あたしをガッコに引き入れて。制服まで着せた張本人がサボってるようじゃなぁ。ポニーテールに結んだ赤毛の後頭部を掻いて、どうしたものかと杏子は考える。
 特に、用があったわけじゃあない。
 それでも、三日も学校を休んでいるとなると一体どこまで──……、
 
「っ?」
 
 ──不意に、風が廊下を吹き抜けていった。……ように感じられた。
 歩く者たちのうちで杏子、だけが。
『杏子』
キュウべえ?」
『近いよ。魔獣だ』
 さながら、突風のように。僅か一瞬感覚を駆け抜けていったそれは常人には感知し得ぬ雰囲気の一変。
 魔獣の現れる兆候に、違いない。
「わーってるよ」
 今日はもう、学生をやるのは終わりだ。
「今、行く」
 ここからの自分は、『魔法少女』なのだから。
 どうなろうと。どんな立場や肩書きを持とうともそれは杏子にとって変わらない日常。
 
 魔法少女であること。あり続けること。
 魔法少女として、戦い続けること。
 
 誰のためでもない。自分がそう、決めたから。
 

 
「よりによって、こんなところに現れるとは、ね」
 足元に向けた銃口の狙いは、寸分の狂いもない。
 逃さない──逃すものか。靴底がしっかりと、逃亡を図るその砂色のローブを中心から踏みしめ押さえつけている限り。
 微動だにすら、許さない。
 襤褸のようなその全身を、彼女の『魔法』があらゆる方向から縛り付けているがゆえに。
 
「これで……フィナーレよ」
 
 やがて彼女は、引き金を引く。
 躊躇などない。相手は魔獣。一切の容赦もなく、手にしたそれに込められた弾丸を、組み伏せたその屠るべき対象へと叩き込む。
 確かな手ごたえ。そして撃ち抜いた相手は霧散し、消失する。
 そこに残ったのは、小さな結晶体。グリーフシードがたった、ひとつきり。
 こんなものしか残らないものが、たった今まで自分と戦い、世界に害をなしていたのか──見るたび、思う。
 彼女らが、魔法少女としてあり続ける意味。魔法少女でいられ続ける力の源泉であるそれを拾い上げながら、巴マミは思うのだ。
「やあ。どうやら無事に終わったようだね」
キュウべえ
暁美ほむらのほうも無事に終わったようだ。残りの魔獣も、今佐倉杏子が向かっている」
 助かるよ、キミたちは優秀で。拾い上げたグリーフシードによってソウルジェムの穢れを払って──使い終わったその濁りの塊を、そう言う契約相手へとマミは放る。
 キュウべえは背中に吸入口を開き、それをうまくキャッチした。
 
暁美ほむら──暁美さん。ほむらちゃん、ね」
「うん?」
「彼女は一体、なんなのかしら」
 
 その四つ足で歩み寄ってくる彼を尻目に、マミは周囲をぐるりと俯瞰する。
 よりにもよってこんなところに、現れなくとも。たった今自らの手によって屠り去った魔獣たちに対し覚えるのは、一種の恨めしさにも似た感情だった。
 ここにはなるべく、来たくはなかった。
 だがそれ以上に、来させたくはなかった相手がいた。だから、マミがここに来た。
 マミ以上に佐倉杏子にとって、ここが辛い場所であるということを彼女は、知っているから。
 
「彼女はなんだか、私たちと違う。……そんな風には、感じない? 戦う理由も、戦いに臨む姿勢も」
 
 ここは、ひとりの魔法少女が旅立っていった場所。
 すべての力を使い果たし、この世から消失していった。
 杏子のたったひとり、かけがえのない友人。マミにとっての、後輩。
 お互いに、得たばかりであった少女。
 
 美樹さやか魔法少女としての掟のとおりに、円環の理へと飲み込まれていったその場所だから。
 
「まるで、私たちとは『魔法少女』という概念そのものがどこか違っているような──……?」
「ふむ」
 無表情に、キュウべえは首を傾げる。
 その態度は、何か知っているのか。ほむらから何か、聞かされているということなのだろうか?
 訊くべきか。訊かざるべきか。
 読み取れぬ真意を推測し、考えながらマミはさやかを失ったあの日のことを反芻する。
 マミ自身、後輩であり仲間であった魔法少女の喪失に、ショックがなかったわけではない。
 動揺をしながらもあの日、遂に来るべきときが来てしまったと自分を、納得させようとし続けていた。
「マミ? どうしたんだい?」
 キュウべえが首を傾げる。
 
 あのとき。杏子は、愕然としていた。
 当たり前だ。彼女にとってさやかという少女は、魔法少女となってはじめてできた、マミでさえ杏子にとってそうなることのできなかったたったひとりの友であったのだから。
 今だって。あの子は時折うなされている。
 かけがえのない友人を失ったこと。心許した相手が、、円環の理に導かれ、去ってしまったことに。
 
 じゃあ。彼女……暁美ほむらは?
 
「……あのとき」
 
 ほむらは、どうしていた?
 やはり、呆然と立ち尽くしていた。それは間違いない。
 だけど──だけど。
 あのとき。さやかが消失したこの場で彼女だけはなにか、違う愕然の成分によって自失としていた。そんな風に今になって思えるのは、気のせいだろうか?
 理由も、目的も。なにもわからない、マミより先に魔法少女であったという黒髪の少女。
 我に返ったようにあのとき振り返った彼女の視線はそう、まるで。
「まるで──わたしたちがいることにさえ、驚いていた」
 杏子とマミが、そこに立っていたこと。彼女の目の前に存在していたことにすら。そのひと呼吸ののちに、彼女の呆然はさやかの消失によるものへと変貌していったように、マミには思えてならないのだ。
「……っ」
 記憶の反芻は、次第にそれを鮮明なものにしていく。
 そうだ。あのとき、彼女はなんと言った?
 
 
「──……『まどか』」
 
 
 思い起こした瞬間、マミ自身の唇がその単語を紡いでいた。
 はっきり。聞き取れる声でそう、ほむらは呟いた。
 消えたさやかではなく、『まどか』と、その三文字を、おそらくは半ば無意識であったろう、呆けた表情で。
「でも」
 けれど完全に再生をしきった一部始終に、浮かぶのは新たな疑問、ただそれだけでしかなく。
「マミ?」
 厚い雲に覆われた窓ガラスの外の空を見上げながら、簡潔明なそのたったひとつの疑問を、心でマミは声にする。

 ──『まどか』って。……誰?
 
(つづく)
 
 
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