保管庫が更新されてますね。

549氏、おかえりなさいませ。
毎度本当に、ご苦労様です。
 
 
 

forget-me-notの加筆版、第四回です。
スレ投下分では第八〜十一回の分に当たります。
では、どうぞ↓
 
 
 
 
 
forget-me-not
 
第四回 敗北の時
 
 
無慈悲なほどに、力の差は圧倒的だった。
少女の掌から放たれるのは、光の雨。青白い流星が何百何千と降り注ぐ、文字通りの光の豪雨。
 
「う……」
 
満身創痍の身体を辛うじて杖で支え立っているなのはに、それをかわすだけの力は残っていない。
 
「レイジング、ハート……」
『protection』
 
精一杯の声で、愛杖へと魔法の起動を命じるなのは。
彼女の呼びかけに応えるように、傷ついたレイジングハートも防御魔法を起動する。
展開された魔法のバリヤーは、何物も通さない強固なもの。──の、はずだった。
降り注ぐ光の雨は薄紙を貫くかのように、その盾を無惨に引き裂いて。
一つ一つが減衰せぬ光の矢となり、なのはの身へと襲いかかる。
 
「ぅああああっ!!!」
 
数え切れないほどの光の雨にうたれ、右へ左へ、倒れることも許されず翻弄されるなのは。
バリアジャケットもほとんどその意味はなく、一撃を受けるごとに破損の度合いを強めていく。
ただなのははそれに悲鳴をあげ、繰り返される激痛の波に耐えることしかできなかった。
 
「う……あ、ぅ……ぐ」
 
ようやく光の雨が止み、なのはは苦痛の連鎖から開放された。
もはや足に自分の体重を支える力は残っておらず、ゆっくりと前のめりに倒れていく。
 
(まだ……まだ、だめ……)
 
ともすれば消えそうな意識。それを必死で鼓舞し、杖を突き出して身体を支える。
 
(この子がみんなを、消したんだ……)
 
大切なもの、みんな消してあげる。
それは頭上に浮かぶ少女がはっきりと、敵意をこめて言った言葉。
フェイトと戦った時は、話し合う余地があった。
お互いなるべくなら戦いたくないという意志があり、悪意や敵意といったものは存在しなかった。
 
「……っ!!」
 
だが、目の前の少女は違う。あるのはただ、敵意。憎悪。
なぜそれほどまでに自分を、レイジングハートを憎むのか。
少女が応えることはない。ただ、自分へその矛先を向けるだけ。
 
「か……はっ」
 
瞬時に間合いを詰めてきた少女の蹴りが、なのはの後頭部を襲う。
レイジングハートの張ったシールドを、それはいとも容易く打ち砕き。
一切殺されることのなかった衝撃に、なのはの身体は地面を転がる。
 
「っあ……ぁ、ぅ……く」
 
校舎へと激突、土埃に倒れたなのはへと、光弾の追撃が降り注ぐ。
身体中に浴びたそれらはバリアジャケットを穿ち、なのはの肉体そのものを蹂躙し傷つけていく。
既にあるのかないのかわからなくなりつつある意識でも、
彼女のことを知りたかった。しかし、それ以上に。
 
(アリサちゃん……すずかちゃん……)
 
大切なものを、守りたかった。取り戻したかった。
敵意に対して敵意で返すなんてことは絶対にしたくないけれど。
 
(私が、みんなを……助けなきゃ……!!)
 
ゆっくりと、四つん這いに膝を立て。
がくがくと全身を痙攣させながらも立ち上がり、銀の少女のほうを睨み返す。
身体に力はなくとも、なのはの目はまだ死んではいなかった。
 
*     *     *
 
目の前の少女。どうして憎むべきレイジングハートの主は、こうもしぶといのか。
ダイムは、不思議でならない。
圧倒的な実力差をまざまざと見せつけられ、直接身体に教え込まれているというのに。
むくりと起き上がるボロボロの白い服を着た少女から、未だ戦意は失われていない。
銀髪の少女にはそれが理解できなかった。
 
「ディバイン……バスターッ!!!」
 
おそらくは、渾身の一撃であろう。だが自分には通用しない。
手を前方にかざすだけで、レイジングハートから放たれた光弾はいとも簡単に四散する。
彼女が弱いのではない。
本来なら今のようないいかげんな防御方法で、彼女の攻撃を防ぐことはできまい。
 
「まだっ!!」
 
少女はあきらめず、続けて魔力弾を連発する。
360°──すなわち、全方位を囲むように。
そう、けっしてなのはの力が弱いわけではなかった。
ただこの空間、結界内では。そして、レイジングハートでは。
 
『───私には、勝てない───』
 
全方位からの、ディバインシューター一斉射撃。
その着弾の硝煙に、銀色の少女の姿が掻き消える。
 
「っく!!」
 
自らの放った攻撃による爆風を受け、なのは自身もまた苦悶の声をあげる。
 
(これでなんとか……)
 
手ごたえはあった。
なのはの身体ももう限界近く、加減をする余裕はなかったが、少女は無事だろうか。
 
(酷い怪我、してないといいけど……。ごめんね……)
 
とりあえず、わけを聞こう。みんなを返してもらおう。
だが、彼女の安堵とは裏腹に───。
 
*     *     *
 
『───無駄よ』
「!?」
 
緊張を解きかけたなのはへと、再び光の雨が降り注ぐ。
 
「っあああっっ!!!」
 
数え切れぬ光の流星を浴びるなのはは悲鳴をあげ、またも地面へと叩きつけられる。
 
「そん、な……」
 
煙の中から、ゆっくりと一つの影が現れる。
 
「嘘……」
 
なのはから渾身の一撃を受けたはずの少女。
その身体には傷一つ、ついてはいなかった。
 
『──あきらめなさい』
 
少女は念話で語りかける。どこまでも、憎悪に満ちた目をなのはに向けながら。
 
『──その子では、私に勝つことはできない』
 
そして少女から発せられる魔力が、更に増大していく。
 
『──それにこの結界内なら、私は常に最大出力を発揮できる』
 
それは、絶望的なまでに強大で。
なのはは息を呑み、身じろぎひとつできず、ただ表情を凍らせるだけだった。
 
「あ……?」
 
レイジングハートを握る左手が、震えていた。
力の差を自覚した故の、無意識のうちの恐怖。絶対的な力に対する、本能的な恐れだった。
今までだって、戦っている最中に怖いと思ったこと、怯えたことは何回もある。
けれどこれほどに、身体の底から抑えても抑えても湧き上がってくるような恐怖は初めてだった。
心そのものが萎縮し、小さくなっていくのが実感できた。
 
『───性能でも、魔力でも私が上なのだから』
 
少女の掌が青白く発光する。光は魔力流を伴い、収束していく。
 
「あ……」
 
少女の周りに浮かぶ魔方陣はなのは自身、よく知る魔法だった。
 
(スター、ライト……ブレイカー……?)
 
脳で理解しても、根源的な恐怖と敗北感に苛まれた傷だらけの身体は、動いてはくれなかった。
 
『───貴方達では、私には勝てない……』
 
放たれた光の噴流へと、なのはの身体が飲み込まれていく。
どうすることも、できなかった。
 
(だれか、助け……フェイト、ちゃ……)
 
奪われていく意識。白んでいく視界の中。
なのはは大切な友の名を呼んでいた。
 
*     *     *
 
校庭の赤茶けた大地に倒れ伏すなのはに、意識はない。
その隣には手から取り落とされた、ひびだらけのレイジングハートが転がっている。
かすり傷一つ与えられぬ、完全なる敗北だった。
ダイム───銀の少女は、彼女達の横たわる惨状を無表情に見つめていた。
 
『───……鎖よ』
 
上空から空間を割って、漆黒の鎖が現れる。
それらは金属音を伴って、ぴくりとも動かないなのはへとせまっていく。
 
あるものは、力なく投げ出された左腕に。
またあるものは、赤黒く出血する右足に。
 
なのはの全身へと絡みついた鋼の蛇たちは、ゆっくりと泥と傷にまみれた少女の体を持ち上げていく。
まるで十字架に架けられたかのように、なのはの身体は十文字の形に空中で固定された。
 
「ッ……」
 
気を失っているはずの顔がわずかに歪む。
ユーノの時と同様、残った魔力が鎖達によって吸収されているのだ。
たとえ万が一目覚めたとしても、これでなのはにはもう少しの抵抗をすることすら覚束なくなってしまった。
そんななのはの状況を一瞥すると、少女は地面に転がるレイジングハートへとゆっくりと近づいていく。
 
『───これで、やっと───』
『───貴女のせいで私は───』
 
勝利と、もうすぐ訪れる復讐の完遂を、少女は予感した。
レイジングハートへと右手を傾け、魔力を集中する。
あとはただ、放つだけ。それだけで目の前の杖は砕け、復讐は完了する。
 
「させないよっ!!」
 
とっさにとびのいた地面を、何者かの拳が抉っていた。
 
『photon lancer full auto fire』
 
更に少女を追い詰めるように上空から放たれる、光の槍。
 
『───だれだ……?』
 
拘束されたなのはの元まで後退し、新たな敵の出現に身構えるダイム。
弾着の土煙の先に、大小二つの影が見えた。
 
「なのはを、放せぇっ!!」
 
言い放ち、光弾を放った影──フェイトは跳躍する。大切な友、なのはを助けるために。