なんだか色々精神的にダウナーな感じ。

新作もなんか手つかずで筆が進まない。
今連載してる分については割と順調なんだけれど。
 
まあ書いてれば気分も上がってくるさ、ということでshe&me加筆版投下。
スレに投下したものの15〜16話分です。
補足説明が必要な部分については明日にでも。
 
 
魔法少女リリカルなのは〜She & Me〜 
 
第七話 女帝再臨
 
 
「……ちっ」
 
───よく、やる。
 
リニスは、自分の邪魔をしているこの少年の強さに、思わず舌打ちをした。
クロノ・ハラオウン。フェイトの兄にして、時空管理局の若き執務官。
 
(情報としては知っていたけれど、これほどとは)
 
『stinger snipe』
「そこ!!」
 
不規則な軌道を描くクロノの射撃を相殺し、リニスは叫ぶ。
これがやっかいだ。一定しない射線をとる高速の光弾は、
警戒にも迎撃にも神経を使う。
 
「お前達……行きなさい!!」
 
だが、リニスとてやられっぱなしではない。
彼女の左右の地面に水面のような波紋が広がっていく。
 
「させるかっ!!」
 
その中心から現れた二体の狼は、クロノを挟み撃ちとするように襲い掛かり。
右手のS2Uが、左手に発生させたシールドが、異形達の牙を防ぐ。
 
『break impulse』
 
そのまま一気に両の腕から衝撃波を流し込み、二体同時に撃破するクロノ。
 
「……やりますね」
「お互いに、な」
 
実力は完全に拮抗している。
このままでは埒が開かない───……。敵対する二人の胸中は一致していた。
 
『Blaze Detonator,full pawer shot』
「───」
 
二人の魔力が、それぞれに必殺の一撃となるべく集まっていく。
 
「……考えることは、同じのようですね……」
「まったくだ」
 
クロノは、なるべく傷つけずに済ませるため、威力調整が可能な余裕のあるうちに決着をつけるために。
リニスは、迅速な撃破そして、フェイトの捕獲のために。
 
それぞれの、フルパワー。最大最強の呪文を放つ。
 
*   *   *
 
「すごい……。クロノ君、やっぱり」
 
クロノの背中を見つめながら、なのはがつぶやいた。
 
戦いは、激しく。相手の戦闘能力も非常に高いものであるというのに。
彼は涼しい顔で渡り合っている。自分達が苦戦した怪物たちを操る、あの女性とほぼ互角に。
 
久々に見る彼の実力は、やはり自分達を遥かに超えていた。
最大魔力では敵わない、などと謙遜していたが、
戦術、テクニックといった地力の部分が雲泥の差である。
 
最小限の魔力で、最大限の効率を。
使うべきところでは、惜しみないフルパワーの一撃を。
強くて、巧い。

あくまでも根底に流れているのが我流に過ぎないなのはやフェイトと、
正規の訓練を受け鍛錬を積んだ彼との差ということなのだろうか、これが。

魔法とは応用力、というけれど。
それでも、さすがとしか言いようがない。

「これなら……。フェイトちゃん?」

しかしなのはが、クロノの戦いぶりに感嘆する中。
目をフェイトに移した彼女は、気付く。

一方のフェイトは、自らを抱きしめるようにしながら───……、一人震えていた。

*   *   *

フェイトは、震えていた。
寒さではなく、怯えでもなく。ただ己の無力に対して。

「フェイトちゃん……?」
「ごめん……大丈夫だから」

なのはの気遣いに、フェイトは止まらぬ震えを抑え、蒼白な顔を二人の戦闘に向け応じる。
弱々しく振った頭は、こちらを安心させようとしているのだろうが、
到底大丈夫であるようには見えない。

───私が、弱いだけだから。勇気がなかったから。

だから、こうやって震えていることしかできない。
きっと、そんな風に責めているのだ。
フェイトの自責を、なのははすぐに理解する。

リニスが自分を狙っていることを知りながら、それを止めることのできる力も、
彼女と戦う選択をする勇気も持ち合わせていなかった。
だからかわりにクロノが戦っている。自分の無理な願いを聞き入れて。
そんな彼女の、自己嫌悪を。

彼女は、そういう子だ。

(フェイトちゃん……)

大切な二人が全力をぶつけ合わなければならないのは、自分のせい。
自傷するがごとく、黒い手袋越しに、爪が抱きしめた二の腕へと食い込んでいく。
だが今一番彼女が痛めているのは、腕ではなく心だ。

「フェイトちゃん」

自分を責めないで。なのはがそう言おうとしたその時。


────そうね。その通りよ、フェイト────


「「え……!?」」

二人にとって、クロノにとって。忘れようのない声が。
かつての大魔導師の声が、辺りに響き渡った。

*   *   *

響き渡る声とともに満ちていくのは、
なつかしくもあり、またフェイトの身と心をひどく萎縮させていく魔力の波動。

「この声、魔力……まさか!?」
「母、さん……?」

よく知ったそれにフェイトの肉体は先程までとは違った震えに支配され、
背中を畏怖による冷や汗が伝っていく。

間違えるはずがない。この魔力は。

(……母さんの、魔力、だ……)

フェイトの脳裏を、虚数空間へと落ちていく母の姿がかすめる。
そんなはずは、ない。あの暗闇の中から生還するなんて、そんなことは。

……『こんなこと』。『そんなはず』。今日だけで一体何度、
そのような言葉を心で繰り返しただろうか。
 
 
───これも、あなたが悪い子だからよ───

 
「!?」
(「これ」……?まさか!?)
 
上空を見上げたフェイトはすぐさまクロノの方へと向き直り、叫ぶ。
 
「だめ!!お兄ちゃん逃げて!!」
「ッ!?フェイト!?どういう……ッ」
 
言いかけて、クロノもまた気付いた。
先ほどまで全身にその魔力を漲らせ臨戦態勢をとっていたリニスが、
もうその必要もないとばかりに無防備にただ立っていることに。
 
(───しまっ……)
 
 
遅かった。
 
避ける間もなく一筋の、ほんの一筋のか細い光が、クロノの右肩を一瞬にして貫いていく。
なんのこともないかのように、まっすぐ。
 
「あ……?」
 
それは、あまりに鋭く一瞬のできごとで。
痛みを理解するのにわずかの時間を要するほどだった。
 
「……っぐ……ああああぁぁ!!!」
 
数秒のズレのあとで、肩を押さえ、もんどり打ちながら倒れるクロノ。
S2Uは地に落ち、瞬時に激痛を物語る脂汗が額ににじみ出る。
 
「クロノ君!!」
「クロノ!!」
「ぐ……ぅ……く……」
 
右肩は、溢れ出る血に赤く染まり。
自分が撃たれたという事実を、クロノは素直に受け止められない。
 
(馬鹿な……最低限、シールドは、張っておいた……のに)
 
あんな、ともすれば見ることもできないようなか細い魔力弾一発がシールドを破り、
その上これほどのダメージを食らうなんて。
 
「申し訳ありません、主よ。わざわざあなたが出てくるようなことになってしまって」
 
その場にいる誰もが───倒れその肩を血に染めているクロノですら、いつのまにか集まりだした灰色の雲を見上げていた。
 
……いや、そこより発せられる、以前に感じたことのある強大な魔力に対して、と言ったほうが正しい。
 
(く……まずい、あれがあの人なら。はやく傷を……)
 
右肩を押さえる左手へと魔力を集め、治癒魔法を試みる。
全力を回復にまわせばさして時間はかからないはず。そして戦闘態勢を整えてフェイト達を逃がす。それしかない。
彼女達を守りながら手傷を負ったこの身で、戦い抜けるとは思えない。
 
「無駄ですよ」
「な、に?」
 
だが、クロノのその行動をリニスは酷薄に笑い捨てる。
 
言われて、クロノは気付く。何かが、おかしい。
魔力を込めているはずの左掌から傷口へと、魔力が入っていかない。
痛みも、出血も。一向に止まる様子が無い。
 
「並大抵の魔力では、我が主の魔法による傷を治癒魔法によって治すのは不可能ですよ。
 生半可な術者の治癒魔法程度では主の残留魔力によって弾かれるのが落ちです」
「く……」
「それに、もう遅い」
 
そういう、ことか。
歯噛みするクロノを尻目に、リニスは細めた目を上空へ再度向けた。
 
「よくぞ、いらっしゃいました」
 
先程までは、集まりつつもどこかばらばらであった上空の魔力が、既に一つになっていた。
それらは暗黒となり、何かを形作っていく。
 
四方向に伸びたそれは、人の四肢。
すらりとした形状は、女性。
 
「……我が主、プレシア・テスタロッサ
 
黒い影は、漆黒の髪と衣となり。
禍々しい魔力を内包し形成されていく姿は、かつての大魔導師と一致する。
 
「……母さん」
 
フェイトが、愕然と呟いた。
 
暗雲の中形成された漆黒の闇、
そこから生まれ出でた女性。
まごうことなき見覚えのある容姿。
 
それはフェイトの母、プレシア・テスタロッサの帰還を告げていた。