新作(the lost encyclopedia)の投下はshe&meの加筆版が終わってからにしようと

思います。ブログ形式で連載が二つだと混乱しそうなので(汗
 
てわけでshe&me、さくさくいきましょうか。
今回は17話。スレ版35〜36話の加筆版です。
 
 
魔法少女リリカルなのは〜She & Me〜
 
第十七話 mama,say good-bye
 
妹の。フェイトのとった行動と、
彼女の発した言葉に、クロノは我が目と耳を疑った。
 
己の身体に残る感覚すらも、信じ難い。
 
「───私と取引をしてください、母さん」
 
何を、言っているんだ。
 
全身が痺れ動かない中にも、思考だけはクリアだった。
 
おそらくはフェイト得意の電撃をごくわずかに、神経へと打ち込まれただけだろう。
幸い、意識は残っている。しかし自由を奪われた身体は、その一言すら発することを許してはくれない。
 
「どういうことかしら」
「前に言ったことと同じです。私の身体を、好きに使ってください。その代わり」
「その小僧達を見逃せ、と?」
「はい。そして、罪を償ってください。……アリシアのためにも。あの子にも会ってほしいんです、私の大切な人達に」
 
アリシアは、もう一人の私で。私は、もう一人のアリシアだから。
私が経験したことを、彼女もする権利がある。
そのためにも、全てを清算してほしい。
 
(バカな……フェイト、やめろ……)
 
そんな取引を、プレシアが受けるわけがない。
前回の戦闘でそのことは彼女自身重々認識させられたはずではないか。
 
そう言いたくても魔力伝達すら上手くいかず、念話さえできない。
 
「ふん……。言ったはずよ。お前の身体は」
 
案の定、プレシアは彼女の提案を鼻で笑い飛ばした。
だがフェイトには、落胆した様子はなく。
母親の言葉を遮り、言葉を繋ぐ。
 
「もしも」
「?」
「もし、この取引が受け入れてもらえないなら。ここで、私と一緒にアリシアの元に行ってもらいます、母さん」
「!?」
 
それは提案ではなく、脅迫だった。
 
「な?フェ、イト……?」
 
マントの下に隠してあった右腕を、フェイトが掲げてみせる。
ゆっくりと開いた掌の上に、小さな金色の光が輝いていた。
 
「アースラ……外に待機している次元間航行艦の主砲の、発射キーです。照準はもちろん庭園中心部。つまり」
 
私達のいる、ここ。発射準備は、いつでもいいように完了している。
 
(バカな、よせ……なんてことをするんだ、本気か……っ)
 
「大した冗談ね。いつの間にそんなものを身につけたのかしら?」
「冗談なんかじゃ、ありません」
 
思いつめた表情で、そうありながらもはっきりと、フェイトは生みの親へと言葉を向ける。
その眼に迷いはなく。けっして駆け引きや時間稼ぎのためにやっているようには見えなかった。
 
「いいのかしら?そんなことすればそこの小僧もあの小娘も無事では済まないわよ?」
「術式破壊のときに打ち込んだ魔力で、なのはの座標はわかります。もちろん、いっしょにいるユーノも」
「ちっ」
「強引な方法だけど、残った魔力を全部それにまわせば3人同時にアースラへ転移させることも不可能じゃない」
「……」
 
アルフだけは巻き込むことになりますが、彼女もきっとわかってくれます。
 
いつの間にか、言葉の攻守は入れ替わっていて。
 
「私は本気です、母さん。選んで下さい、どうするか」
 
ここで心中するか、アリシアのために罪を償うか。
フェイトは掌の光を、再度掲げて見せた。
 
*   *   *
 
───そう、私は本気だ。でなければ、こんなことしない。
 
アリシアを溺愛する彼女なら、選ぶ選択肢は一つのはず。
母の返答を待ちながら、フェイトは自分に言い聞かせていた。
 
不思議と、震えとか、恐怖はない。ただ、友や家族への、少しの後ろめたさがあった。
結果的に彼らを悲しませてしまうことへの、ひとひらのやましさを彼女は感じる。
 
「……いいわ。その取引、飲みましょう。さあ、いらっしゃい」
 
そしてプレシアの返答は、フェイトの予測した通りのものだった。
 
「はい。ありがとう、ございます」
「ダメだ!!行くな!!もどってこい、フェイト!!」
 
クロノの叫び声を背に、母と娘であった二人は一歩一歩、その距離を縮めていく。
 
歩を進めながらフェイトは胸元に手を伸ばし、借り物のマントを外して文字通り身一つとなる。
防護服の胸の破損は魔力によって修復がなされていた。
 
「母さん」
「……何かしら?」
「どうか、アリシアと幸せに」
「ふん……」
 
お前に言われるまでもない。プレシアの目と反応は返してきていた。
感謝や労わりの言葉を期待していたわけではないけれど、なんだかやっぱり、少し寂しい気がした。
 
プレシアが右手を掲げると同時に、二人の足元に紅い魔法陣が姿を現す。
 
(ごめん……すずか、アリサ。……なのは、はやて)
 
これが正しいのだ、これが一番みんなが傷つかずにいられる方法なのだ、と。
自分を納得させるように何度も心の中で反芻する。そして。
 
(ごめんなさい、お兄ちゃん)
 
自分の考えを今、ここにいる兄だけには、説明しなければならないような気がした。
だから、念話のチャンネルを開いた。
 
(私じゃ、こんな方法しか思いつかなかったから)
 
こうするのが一番正しいと思った。みんながなるべく悲しまずに済む方法だと。
 
みんなに私は、いっぱい幸せをもらったから。
大切な人達が悲しんだり、傷ついたりするのはもう嫌だ。
友達にも家族にも、ずっと笑っていて欲しかった。だから。
 
(なんで……だったら、なんで!!君がいなくなったら!!)
(……うん、悲しむかもしれない)
 
いや、悲しませてしまうだろう。みんな、やさしい人たちばかりだから。
 
だから、忘れてほしい。フェイトという存在がいたことを。
そうすればきっと、悲しみも少なくて済む。
はじめから、フェイトなんていなかった。いたのはアリシアという一人の少女だけ。
 
(なっ……)
(受け入れてあげて欲しいんだ、あの子のことを)
 
あの子。それはまぎれもなく、もう一人のフェイト───アリシアのこと。
 
(私、すずかと話していて、気がついたんだ)
(すずかと?)
(お兄ちゃんも、なのはも、リンディ母さんも。ユーノやアリサ、すずかだってそう。みんな私の大切な人。だけど)
 
それと同じくらい。
 
(やっぱり母さんも私にとって大切な人なんだ、って。私、プレシア母さんにも笑顔になってほしい)
 
プレシアはフェイトにとって愛おしい人物だったから。
どんな言葉を、仕打ちをうけようと。それはけっして変わることはない。
 
私がみんなからもらった喜びや笑顔と同じくらい、たくさんの幸せを、彼女にあげたい。
十分すぎるくらい私はもらったから。今度は、母さんとアリシアがもらう番だと思ったから。
 
(そのためには、アリシアがいないと、だめなんだ。私じゃ、駄目)
 
今度は、私が。大切な人たちに笑顔をあげる番だ。
 
(っ……約束、は……)
(……)
 
そんなフェイトに、クロノは耐えられなかった。
いつもいつも、どうしてそうやって。この子は自分ばかりを犠牲にしようとする。
 
「約束はどうするんだ!!したんだろう、彼女達と!!」
 
念話だけでは止まらない。掠れた声を振り絞り、クロノは叫んでいた。
 
「!!」
 
一瞬びくりと反応したフェイトだったが、再び無言で押し黙る。そして。
 
(だから、あのリボンを渡したんだ。帰ってきた私を……『アリシア』を受け入れてもらいたいから)
(!?)
 
搾り出す、という表現がふさわしいほどゆっくり、
自身の言葉に耐えながらフェイトは言う。
 
「ちゃんと、約束は果たすよ。……もう、一人の……私、が」
 
フェイトの答え。
それは彼女自身にとって、あまりに残酷で。
クロノは妹へ自分の問うた無神経な言葉を、心底悔やんだ。
 
(それでも、約束を破ることになるのかもしれないけど。なるべく二人との約束は、果たしたいと思ったから)
 
アリサ達の下へ、なのはを連れてフェイトが帰っていくとき。
即ちそれは、彼女がもうこの世界から消え失せてしまっている、そういうことなのだから。
 
たとえそれがフェイトであっても、二度と彼女が、「フェイト」が友人たちと笑いあうことはない。
約束が守られたとき、そこにいるのはフェイトの姿をした別の人間なのだ。
 
それでも彼女は、彼女の愛すべき者達すべてのために犠牲になる覚悟を決めている。
 
(だから、アリシアに全てを任せたいんだ。きっと、あの子はやさしい子だから)
 
生みの親に、笑っていてほしいから。そして、大切な人達にこれ以上傷ついて欲しくないから。
自分と同じ顔、同じ存在の女の子に、任せてみようと思った。
 
(私にしてくれたみたいに……アリシアにもやさしくしてあげてくれると、うれしいな)
 
「やめろ……そんなの、僕は、認めない……!!」
「お兄ちゃん。……ううん、クロノ」
「やめてくれ!!」
 
踵を返し、振り向いたフェイトは、泣いてはいなかった。
彼女を知る者皆が大好きな、暖かい微笑みを浮かべて。
 
「クロノ。クロノが私のお兄ちゃんでいてくれて、ほんとによかった」
 
大好きな兄と。暖かいこの世界と、泣き顔で別れたくはなかった。
最後に遺す顔が、涙顔だなんて、絶対にいやだ。
だから、フェイトは笑っていた。
 
さよなら、クロノ」
「フェイトッ!!!」
「ほんとに……ありが、とうっ……」
 
────ダメ。
 
振り向いちゃダメだ。振り向いたら、笑ってまでみせた決意が鈍ってしまう。
きっと、大好きなこの世界と別れるのがつらくなる。
 
────決めたんだ。笑ってみんなと別れよう、って。
 
アリシアが笑顔でこの世に戻ってこれるように。そう願って誓った決意だった。
 
だからこそ、フェイトは愛しき人達への未練を断ち切るように。
自分を消し去るべく近づいてくる母の右腕をじっとみつめていた、その両の瞳を。
そっと、静かに閉じた。もう、この眼を自分が開くことはないとわかっていた。
 
次にこの瞼を開くのは、アリシアだ。
 
そして、プレシアの手がフェイトの頭部に置かれ。
クロノの必死で伸ばした右腕の先で、彼女の身体は。
 
眩く紅き閃光の中に、消えていった。
 
*   *   *
 
─同時刻、海鳴市・すずかの部屋─
 
「!!」
「すずか!?」
 
突如として全身を襲った悪寒に、思わずすずかは身を抱いてうずくまった。
体中の毛が逆立ち、極寒の氷風呂に浸けられているような寒気に、身を震わせる。
 
「すずか、大丈夫!?顔、真っ青よ!?」
「う、うん……平気、ただ……」
 
ひょっとして。
俯くすずかに、アリサは動揺を隠さなかった。
 
「ちょ、ちょっと!!まさかなのはやフェイトに何か……!?」
 
アリサに労わられながらソファへと身を沈めたすずかは、小さく首を振る。
 
「わからない……。だけど、なんだか──」
 
無意識のうちに右腕は、ポケットの中のピンク色のリボンを掴んでいて。
 
「なんだか、すごく嫌な予感がするの」
「そんな、やめてよ……」
 
夜の一族である彼女の感覚は、他の人とは違う。
 
明確に感じたわけではなくても、すずかの感じた「嫌な予感」が現実のものである可能性が高いということは、
彼女自身が一番良くわかっていた。
 
「……」
 
震えるすずかの背中をさすってやりながら、アリサの心は自分の無力さに沈んでいた。
 
(あたしだけ、なんにもできてない)
 
フェイトが、本当の自分をはじめるきっかけを作ったなのは。
フェイトが困っていた時、立ち直らせたのはすずかの言葉。
 
───なのに、私は。
 
(まだ、なんにもフェイトのためにできてない。けど)
 
それならせめて、信じよう。
そしてなのはと帰ってきたフェイトを、笑顔で迎え入れてやろう。
自分に出来ることがそれくらいなら、その出来ることを目一杯やるだけ。
 
(だから……はやく帰ってきなさいよ、フェイト、なのは)
 
なにも出来ていないなら、これからやればいい。
 
(すずかに、こんなに心配させちゃって。迎え入れた後は、うんと叱ってやるんだから)
 
想いを、胸に。
 
(絶対に、怒鳴りつけてやる)
 
アリサは大切な友人達が危険の真っ只中にいるであろう、はるか遠くの空を見上げていた。
 
*   *   *
 
何が、時空管理局執務官だ。
何が、AAA+クラスの魔導士だ。
 
妹一人、助けられないで。彼女一人を犠牲にして。
 
何が、アースラの切り札だ。
 
「くそおぉっ!!!!」
 
叫んで事態を変えられるものなら、どれほど良かったことか。
守るべき存在であった少女を奪われ。
消えゆく紅い光に、クロノは絶望していた。
 
───結局守られたのは、自分の方だった。
 
「なんでだ……なんであの子ばっかりが……」
 
言って、どうにかなるものではなくても。
 
「どうしてフェイトばかりが自分を犠牲にしなくちゃならない……!!」
 
彼は言わずにはいれなかった。
 
少年には、わかっている。
光が消えたその場所に佇む後姿の持ち主は、いままでと寸分違わぬ姿形をしていても。
自分を兄と呼んでくれたあの少女ではもうけっしてないということを。
 
なぜなら彼女の使い魔を除けば、他の誰よりも彼女の魔力の波動を知っているのは彼だったから。
彼女を妹と呼び、彼女から兄と呼ばれた自分が、一番よく知っていたのだから。
 
彼女は、もういない。
フェイト・テスタロッサは、誰も手の届かない遠いところへと行ってしまった。
アリシアというもう一人の自分に、その身体だけを残して。
 
そのことが誰よりもわかるのが、彼だった。
 
アリシア
 
もうクロノには、ようやくプレシアの発した娘の名を呼ぶ声も、
それに対し応えるであろう少女のことも、なにもかもがどうでもよく思えた。
 
「さあ、いらっしゃい、アリシア……」
 
ただ俯き、自らの力不足をひたすらに悔いるだけ。
執務官としての任務さえも、自棄になってもはや投げ出してしまいたかった。
自分も消えてしまいたいくらいだ。
 
しかし。
 
(───らしくないよ、クロノ)
 
「!?」
 
幻聴が。彼女の声が聞こえた───……ような気がした、と同時に。
 
アリシア!?」
 
黒衣の魔女の驚愕の声に、彼は顔をあげる。
 
「──え?」
 
少女は、ただ無言で首を振り。
彼女を抱きしめるべく母の差し出した両腕を静かに、それでいてはっきりと、拒絶していた。
 
「だめだよ、お母さん。それじゃあ、私だけじゃない。それはだめ」
 
開かれた瞳は、雲ひとつない空のように澄んだ、深くきれいな蒼だった。
手袋と装甲に包まれた少女の両手が、その胸の上で重なり合う。
 
「だってフェイトはまだ、ここにいるから」
 
よく通る少女の言葉が、クロノには福音にすら聞えた。