申し訳ない。

 
やっぱ、she&me加筆版と平行してやってきますわ、新作。
でないと四月のなのフェスまでにまとまった量をここにうpできそうにないので。
 
なのフェスで3〜4話分まとめた本出そうと思ってますので。
あとは関西のイベントでちまちまと。はい。これで落選だったら笑うな。
てわけで明日にでも新作の第一話、ここにうpします。
今日はひとまず、she&me加筆版の18話を。
スレに投下した、37話と38話を一本化したやつです。
 
でわどうぞ。
 
 
魔法少女リリカルなのは〜She & Me〜
 
第十八話 take a shot
 
一方は、上から。
 
「ユーノくん」
「大丈夫、間に合わせる。しっかりつかまってて」
 
そしてもう一方は、下から。
 
「リニス、いけるかい?」
「ええ、急ぎましょう」
 
二組のペアは、目指すべき出来事の中心部へと向う。
 
既に、満身創痍。肉体に残された力が、あと僅かであっても。
傷ついた身体に鞭打って、一歩一歩、歩を進める。
 
それぞれの友、それぞれの主への想いを胸に。
各々の大切な者たちのもとへと、彼らは急ぐ。
 
*   *   *
 
「もうやめて、お母さん。私はこんなこと、望んでない」
 
フェイトと同じ顔をした少女は、彼女と同じ声で。
クロノを助け起こし、フェイトと同じ母親へと言葉を向ける。
 
「私はただ、お母さんのその気持ちだけで十分だったのに」
 
──その表情は、悲しげだった。
 
(ごめんね、フェイト。私のわがまま、聞いてもらって)
 
少女は、誰にも聞えぬ言葉を己が内に息づく、もう一人の自分へと紡ぎ語りかける。
世界にたった一人だけの、「彼女と同じ存在」は、確かにそこにいた。
 
(───ううん。アリシアの、したいようにやって。私も、そうしたいから)
(ありがとう)
 
蒼い目の少女は応えてくれた心の中のもう一人の自分に礼を言う。
本当ならもういないはずの自分にこうして母と語る機会と身体を提供してくれた、紅い目の少女に。
 
「君、は?フェイト……なのか、それとも。アリシア、なのか……?」
 
彼女の抱え起こした少年は、戸惑いを多分に含んだ表情でこちらを見ていた。
状況が理解できない、今少女の身に何が起こっているのかが、掴めない。
 
その困惑した顔こそが、彼の今の心境を全て、物語っている。
 
(……ああ、そうだった)
 
フェイトの兄であるこの人にも、感謝しなければなるまい。
 
この人がいなかったら。いや、彼女を取り巻く様々な人達がいなかったなら。
きっとフェイトは、潰れてしまっていた。
 
どれほど感謝しても、し足りない。
彼女にとってフェイトは、もう一人の自分であると同時に、愛おしい妹のような存在でもあったから。
妹を愛し、守り支え続けてくれていた彼らには。
 
「……いえ。私はアリシアアリシア……テスタロッサ、です」
 
だから、伝えなくては。
 
「…………そう、か。……じゃあ、やっぱりフェイトは、もう」
「います」
 
あの子がまだ、ここにいるということを。
クロノが表情を曇らせるとすぐに、アリシアは彼の考えを否定する。
しっかりと、膝に支えた彼の両肩を抱いて。
 
「え……」
「まだ、ここにいます。私は今、あの子の身体を借りているだけだから」
 
驚き見返したクロノの目に映るのは、少女の深いブルーの瞳。
それは、色こそ彼の妹とは正反対であったけれど、そこに灯る純粋な光は、
彼の良く知る紅き瞳の輝きと同じものだった。
 
「信じて、下さい」
「……」
 
じっと見返すクロノの視線から、彼女は目を逸らさない。
 
誰が。
誰が妹を、妹と同じ少女を信じられないものか。そんなの、兄貴失格だ。
そんなもの、考えるまでもないじゃないか。
 
クロノは彼女の瞳の光に惹かれるものを感じながら、彼にとって当然の答えへと到達する。
 
「当たり前、だ。僕はフェイトの……兄だぞ」
「ありがとう、ございます」
 
彼の答えに、アリシアは内心ほっとしていた。
クロノが。フェイトの兄が自分のことを、信じてくれたから。
 
そんな二人のやりとりを遮るように、ヒステリックな声が広間を切り裂いて二人の耳へと到達する。
 
アリシアッ!!!」
「……お母さん」
「どういうことかしら。あの失敗作が、まだいるですって?」
「言ったとおりの意味よ、お母さん。いや」
 
激昂しそうになっているプレシアを見返し、少女は立ち上がる。
明確に、彼女と相対する意志をその瞳のうちに込めて。
 
「お母さんの姿を借りただけの、名もなきロストロギア
「!?」
 
さも当然のように言ってのける金髪の少女。
その言葉はクロノに更なる驚きを与え、そしてプレシアをうろたえさせるには十分な衝撃を持っていた。
 
「な……何を言っているの、アリシア?私は……」
「何度でも言うわ。あなたはお母さんの意識を利用しているだけ。虚数空間に破棄された、ただのロストロギアよ」
 
そう、まるで今の私と同じ。誰かの意識を乗っ取っているにすぎない。
自嘲する彼女は、一人ではない。
 
(───そんなことないよ、アリシアアリシアは)
(ありがと、フェイト)
 
心の声は、優しい声。
もう一人の自分の言葉が、ほんとうにありがたかった。
この子が側にいるから。自分は自分でいられたのかもしれない。
 
*   *   *
 
───自分に意識があることに気付いたのは、何時ごろからだろう。
 
アリシアは、回想する。
 
何も言えず、何もできない。ただ、みているだけしかできなかったけれど。
それ以来彼女はある一時期を除き常にフェイトと共にあり、フェイトと共に歩んできた。
だから、フェイトに起こった出来事、そのほぼ全てを知っている。
 
(確かあれは、フェイトがはじめて「母さん」って呼んだ日)
 
意識を取り戻した当初、まだ「フェイト」というもう一人の自分はいなかった。よってアリシアが居るべき場所もなく。
変わった色の液体の中に眠るように収められている自分の身体を、近くてけっして届くことのない、
どこまでも果てしない距離から見つめていた。
 
(私や、私の身体を見るお母さんの目は、いつも真っ赤に充血してて)
 
ただひとつの目的のための必死さを、明らかにしていた。
 
(お母さんが私を蘇らせようとしてくれているってことは、すぐにわかった)
 
そして自分は確かにアリシアであっても、アリシアそのものではない。
アリシア復活のために残された、生前のアリシアの記憶。そしてそこに図らずも残っていた意識であるということも。
 
さほどの時を要することなく、彼女は理解していた。
 
母に触れることもできない、笑いかけることもできない。そんなものが母にとってアリシアであるわけがなかった。
彼女を、はやくこの苦しみから解放してやりたい。その想いは母の血を吐くような毎日を、
日々見続けていくほどに強くなっていって。
 
(だから嬉しかった。フェイトが眠りから目覚めて、お母さんのことを呼んだときは)
 
自分のために身を削り、心を擦り減らしていた日々から、やっと母は解放される。
たとえ自分とは違う存在でも、この子が「アリシア」であることには変わりがないから。
 
やっと、母の苦労が報われる。
フェイトの心の奥底に移されてなおアリシアとしての意識を保った彼女はそう思い、素直に喜んだのだった。
誰も、気付いてくれなくても。彼女はずっとそこにいた。
 
母と、もう一人の自分がいつまでも幸せであるように願い、見守っていた。
それだけでいい。それだけで十分、幸せだった。
 
……しかし。
 
残念ながら彼女の願いに反し、その破局は早々に訪れた。
 
フェイトが、あくまでもフェイトとしての意識であるということ。
望んだ結果の得られなかった母の、地の底までも落ちていきそうなほどの絶望。
 
急激に、プレシアの心は冷えきってゆき。
フェイトにもアリシアにとっても、目まぐるしく変化していく日々が始まる。
 
(それからのことは、フェイトも覚えてるよね)
 
本当に、色々なことがあった。
 
アルフの誕生、リニスとの別れ。
なのはやクロノ達と出会い、ぶつかり、背を預けて戦った日々。
そして、母・プレシアとの別離。
 
それらすべてを、アリシアはフェイトと共に歩んできた。
フェイトが笑っているときも、辛い時も。いつもアリシアはフェイトのことを、彼女の心の奥底から見守っていたから。
 
(だからお母さんの計画は、ある意味失敗。私は復活したのでもなんでもなく、最初から「ここにいた」んだから)
 
ただ、何一つ出来ない裏の存在でしかなかったのがフェイトと入れ替わったことで、
もう一人の人格として表にでてきたというだけのこと。
 
(───アリシア
 
その証拠に、フェイトもこうして「ここにいる」。
彼女へと貸し与えた身体の内に、今も確かに彼女の意識は息づいている。
 
(───ごめん、ずっと気付けなくて)
(ううん、いいの。だって私は、本当ならもういないはずの人間なんだし)
 
あの時。
プレシアがすべてを無に帰する闇へと落下していった時、自分も消えるつもりだったとアリシアは言う。
 
(フェイトにはもう、あの白い子が……なのはがいてくれる。だからきっと大丈夫だと思ったから)
 
本来の、自分の居るべき場所に帰ろう。ひとりぼっちの母の下へ。そう思っていた。
側に居るのが実の娘の骸だけ、そんな世界に母一人を捨て置くことなどできようもない。
死した存在である自分が母にしてやれるのは、それぐらいだったから。
 
(だけど……できなかった。お母さんが言ってたから。くるな、って)
 
奈落に吸い込まれ行くプレシアの、母の視線が。
フェイトの身体を越えて、自分に語りかけているような気がした。
 
二人で一緒に、生きて行きなさい。
そう言っているかのように、ほんの一瞬彼女が見せたやさしい視線。
フェイトさえも気付かないほどわずかな瞬間であったし、その解釈は身勝手で誤ったものかもしれないけれど。
それは精神だけの存在、言わば感覚の塊であるアリシアの知覚には確かに届いていた。
 
「だから私にはわかる。あなたは私とフェイトのお母さんじゃない」
アリシア……!?」
「さっきの紅い光に包まれた時、お母さんの記憶が流れ込んできた。あなたはお母さんの願いを利用してるだけ」
 
目の前にいるのはロストロギアの生み出した単なる幻影で。
まがい物の母親、偽者でしかない。
 
無論、悪意があったとは言わない。
あくまでこのロストロギアはその持っていた機能に従って起動しただけなのだ。
 
言い方は厳しかったけれどアリシア自身、そのことはちゃんと理解している。
 
フェイトとアリシアが「入れ替わる」瞬間、彼女達が見たもの。
それは暗闇の中に漂う深紅の宝石と、その中へと吸い込まれゆく九つのジュエルシード。
虚数空間とは思えないほど高すぎる濃度の魔力、その紅き光を全身に浴びて生を終えんとする母の見た、最期の光景だった。
 
「これ以上、お母さんの想いを傷つけないで」
「それ、は!!違う、違うわ、アリシア、私は……!!」
「違わない!!あなたがお母さんなら、どうして私の眼は青なの!?フェイトと同じ、紅い眼だったはずだよ!?母親が娘の眼を間違えたりしないよ!!」
アリシア!!」
「確かにお母さんは、最期に私との生活を願ったのかもしれない。けど……もう、やめて」
「あ……う……」
 
本当に、そうなのか?
最愛の娘が言うように、自分はただの幻だったのだろうか?
アリシアの叫びに気圧され、言葉を詰まらせて。
紅き宝石と出会い庭園で目覚めるまでの、空白の時間をプレシアは自問する。
 
「私、は、私は……あなたの……」
 
だが、その記憶からは。
何も、出てこなかった。
自分の身に起こったであろう何かが、全くの白紙のページとなって欠落してしまっている。
 
私は、誰だ。
アリシアの、母。プレシア・テスタロッサ
あるいは───ロストロギアによって作られた虚像?
 
わからない。
自分は、誰なのだ?
 
・・・わからない。
 
・・・・わからナイ。
 
・・・・・わかラナイ。
 
・・・・・・ワカラナイ。
 
「グ……」
「もう、お母さんを自由にしてあげて!!私たちのお母さまを汚さないで!!」
 
疑問に荒れ乱れる心。
そして脳髄を掻き回されるような激しい頭痛がプレシアを襲い、彼女は頭を抱え苦悶する。
それと同時に紅き人外の魔力がその全身から噴出し、広間を覆うほどの勢いで膨れ上がっていく。
 
(あと、少し)
 
ロストロギア───……母の魔力の噴流が起こす風を頬に受けながら金髪の少女は、じっと時を待っていた。
目の前の母が、母でなくなる、その時を。
 
(───アリシア。いいの?)
(言わないで、フェイト。言っちゃダメ。私だって、辛いよ)
 
フェイトの声が、心配そうに語りかけてきた。
その声もまた、アリシアの今の気持ちと同じく辛そうな響きが含まれていて。
ひとつの身体にある二つの心が、ひどく痛い。
 
(ダメ、だね……やっぱり。違うって頭ではわかってても、「お母さん」が苦しんでるところを見るのは)
(───……うん)
 
姿形はどこをとってみても「プレシア・テスタロッサ」そのもので。
実体なきかりそめの肉体、精神とはいえ、その根本となったのは彼女達の愛おしき母親の想いなのだ。
狂い悶える姿に二人の心が痛むのも、当然である。
 
(───アリシア、代わろう。やっぱり私が)
(やめてよ、フェイト)
 
ああ、また。どうしてフェイトは、この子はこんなにも自分を犠牲にしようとするのだろう。
いつもいつも辛い役目を背負ってきたのは、この子のほうだというのに。
 
「表」に出て、代わりに決着をつけることを申し出るフェイトに、アリシアは首を振る。
もう、いやなのだ。そんなことは。
 
(一人で抱え込んじゃうのは、もうやめて)
(───だけど。アリシアは……)
(なにもできないのは、見てるだけはもう嫌なの。フェイト、お願い)
 
フェイトにばかり辛いことをさせる自分はもう、たくさん。
だからせめて、自分が原因となったことくらいは自分の手で落とし前をつけたかった。
 
(私にも、やらせて。私にもお母さんを止めさせて。今なら私にもできるから)
 
生きていた頃のアリシアには魔法を使う資質はなかったけれど、今の身体はフェイトのものだ。
フェイトほどの力ではなくても自分にだって使えるはず。
 
バルディッシュのほうをお願い。この子の主は、あくまでフェイトだから。私じゃ、扱えない)
(───アリシア……)
 
改めて両手で持ちなおした漆黒の斧は、ただ見ているだけだった頃に自分が想像していた重さより、
もっとずっしりとした手ごたえがあって。
自由自在に彼を扱っていたフェイトの凄さを、再認識させられるけれど。
 
もう、フェイトだけに辛い思いをさせはしない。
自分のように見ているだけの者の気持ちも味合わせたくはない。
だから。
 
(やろう、フェイト。私達で……二人でお母さんを、止めよう)
(───……)
(お願い)
 
彼女は、決意し。そして願った。
想いと苦しみを、妹と分かち合うことを。
 
『haken form』
バルディッシュ?」
 
そして彼女へと、フェイトが返事を返す代わりに。
寡黙な鋼色の戦斧が、その姿を光の大鎌へと変え主の意を代弁する。
 
(……ありがと。いくよ、フェイト)
(───うん、アリシア……!!)
 
彼女達は、一人ではない。孤独に死んだ少女でも、孤独に生まれてきた少女でもない。
フェイトと、アリシア。彼女達は、二人で「ひとつ」。
その身体も、そのうちに秘めた、想いも。すべてが重なっている。
 
「……」
 
時は、きた。正面に見据える女性にはもはや母としての意識はない。
ロストロギアによってつくられたそれは母の姿を模しただけのただの操り人形。討つのに迷いはない。
あれを討って、母の記憶を忌まわしき古代遺産から解放する。それこそが二人の願い。
 
その想いを叶えるべく。金髪の少女は光の刃を、黒き魔女へと向けた。