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短編、後編です。
 
 
廃墟と化した街は、揺れていた。
 
師と、弟子。二人の魔導師のぶつかりあいによって。
放たれる一撃、飛び交う魔力。それらひとつひとつが大地を割り、半壊したビルを真っ二つに折っていく。
 
「ダメ!!タイミングがずれてる!!もう一回!!」
「はいっ!!」
 
ウイングロード上から跳びたった瞬間、叱咤と共に突き出される黄金の長槍の穂先。
いくら訓練とはいえ、光の刃が出力されたそれをまともに受ければひとたまりもない。
 
既にボロボロ、あちこち煤だらけ、泥だらけのスバルは寸でのところで脇を開き、やり過ごして。
その隙間をくぐっていった長槍の柄を、逃さぬよう。相手が離れられぬよう、がっちりと左腕全体を使って抱え込む。
 
「そう、今!!」
「……リボルバー……」
 
教えを授ける、師の。なのはの言葉に応えるように密着した状態から拳を引いて。
右腕のデバイス内部で炸裂させたカートリッジの魔力と同時に、一気に彼女めがけ叩きつける。
 
「キャノンッ!!!」
 
白衣の魔導師の展開した防壁の、桜色の燐光と破壊的な魔力の一撃とが干渉する。
びりびりと空気を震わせるその衝撃は彼女たちの周囲に広がっていき──……。
 
閃光となって、辺りを白に染め上げた。
 
 
魔法少女リリカルなのはstrikers  砲と、拳と。
 
−後編 師弟− 
  
 
“──これね。昔使ってたタイプのジャケットなんだ。デバイスのほうは自分で解除できるけど、魔導師リミッターの解除許可が訓練じゃ下りなくて。アグレッシブモードよりこっちのほうが単純な防御力だけなら魔力注ぎ込めば上だしね”
 
そう言って気さくに笑っていた上司とは、もはや別人。
 
あくまでも、冷徹に。
どこまでも、冷静に。
 
槍を操り、白衣の魔導師は一人の戦闘者として絶え間のない攻撃をスバルに浴びせ続ける。
 
「さっきのタイミングを忘れないで!!もう一度!!」
 
“ストライクフレームの突きをかわして、捌きながらカウンターを狙って。といっても近接はあくまでわたしの場合補助だから、あんまり訓練にならないかもしれないけど”
 
どこがですか、と声を大にして言いたかった。
訓練にならないどころか、むしろ。
 
斬撃、打突、肉弾。
どれをとっても、立ち向かうスバルは圧倒されぱなしだ。
いくら魔力による身体能力強化を行っているとはいえども、それは単なる砲撃・射撃魔導師のものではない。
 
確かに明確に何かの型にはまった身のこなしでないところからして、補助。
近接格闘をメインに据えた戦闘スタイルでないということは頷ける部分もあったが。
しかしそれは即ち、彼女のそれが失敗の許されない実戦において培われてきたものであることに他ならない。
型にはまっていない分、かえって一定の決まった型、構えなどのある格闘術の使い手には──この場合はスバルには、やりにくい相手だ。
 
同じ槍使いであるエリオと時折やっている組み手などよりも、遥かに手強い。
防御を重視した動きにくいロングスカートで、ここまでやるとは。
バイスのみがリミッターカットのエクシードモードでこれだけやれるということは、完全にリミッターを解除してデバイス、本人共にフルパワーともなれば一体どれほどか。
改めてスバルは自身の師事する隊長の「エース」の名が伊達ではないことを思い知らされる。
 
「マッハキャリバー!!」
「!!」
 
だが、正面から向かうばかりが戦いではないということも、彼女に教えられたこと。
自分たちの周囲を囲むように、無数のウイングロード設置。
三角跳びを繰り返し、攪乱しつつそのうちのひとつ──彼女の真後ろに伸びたそれに飛び乗り、背後に回りこむ。
 
一瞬。ごく一瞬ではあるが、なのはの反応が遅れる。
 
「っだああああああああっ!!!!」
「くっ!!」
 
ラウンドシールドではなく、緊急用のオート設定されたプロテクション。
シールド強度としては……薄い!!
 
“多重弾核や魔力の密度を高めた高収束砲撃でもない限り、AMFを抜くのは厳しい。まして、スバルの適性やスタイルからいってそれらをわざわざ身につけるのは現実的じゃない。”
 
ただし、薄いとはいってもそこはやはり鉄壁を誇るトップエースのシールド。
渾身の拳に、なおも耐える。
 
“やり方としては、この前の模擬戦でティアナがやってた戦法と同じ。だけどこれはあくまでもシールド出力があって前に出るスバル、あなたみたいなタイプだから勧められる戦術だから”
 
「あああああっ!!こんのおおおおおぉぉっ!!!!」
 
不定形の波紋を描くシールドに、亀裂が生じていく。
あと少し、もう少し。
相対する上官が、体勢を立て直す前に。
 
“一対一ならともかく。的確な支援を受けられなかったり、バリア強度の極端に下がっている状態ではなるべく避けること”
 
AMFが展開されている、その場合。
魔力結合を無効化する効力が及ぶのは──ガジェットドローンの周囲360°のみ。
 
“それは、つまり”
 
(それはつまり……っ)
 
亀裂の間に拳をねじこむようにして、一気に突き破る。
そこに残るのは、無防備な相手の姿。
 
“相手の内側。装甲の内部にはAMFは作用していない。そこになら、通常弾による砲撃も──……”
 
「……ディバインバスターも、通るッ!!撃ち抜ける!!」
『Divine Buster』
 
いわば、なのはの展開していた鉄壁のシールドは仮想敵としての大型ガジェットドローンの強固な装甲。
そして破られたその内側に残ったなのはは、丸裸にされた内部メカのようなもの。
 
“遠慮は、いらないから。離脱のためのリソースだけ残して、おもいっきり撃ってきなさい”
 
「いっけええええええぇぇっ!!」
 
スバルが知る由もないことではあるが、かつてなのはもシールド上からの砲撃が通用しない相手に対し用いていた戦法。
ほぼゼロ距離、あるいは完全なゼロ距離からの密着砲撃が、その答えだった。
 
*   *   *
 
「いたた……」
「す、すいません」
 
静寂そのものの中、夕日に照らされて二人は瓦礫の上に転がっていた。
 
バリアジャケットも解除せずに、けっして立ち上がる気力がないわけでもないにもかかわらず、隊舎へと戻ろうともせずに。
 
「んあ?ああ、平気平気。軽い火傷だけだし、あとでシャマル先生のところに行けばすぐ治るよ」
 
密着状態のディバインバスターは、なのはのジャケットの右袖部分を半壊させていた。
破れた袖口から、赤みを帯びた火傷の広がる素肌が覗く。
 
スバルとしては、直撃の瞬間にやりすぎたと、肝を冷やしたものだったけれど。
そこは隊長としての貫禄というべきか、着弾煙の中から再び姿を現した彼女は右腕を押さえながら、満足そうに笑っていた。
 
「でも、本当に強くなったね。スバル」
「そう……ですか?」
「もちろん。今回だってわたし、実際バリアジャケットまで抜かれるとは思ってなかったもの」
 
……っていうか、抜かせるつもりはなかった。
苦笑混じりに言われても、そうかと頷けるほどの実感は湧かない。
基礎の反復と徐々に移行を始めた応用訓練とで、自力がついてきたという点に関してはそれなりに自覚はしていたものの。
 
むしろ、教わる相手の強大さ。
その背中の遠さを改めてこの訓練を通して印象付けられたというほうが強くて。
教わった二つの魔法バリエーションも、なんとか形になってほっとしている、といったところである。
 
「……ごめんね?スバル」
「え?」
「わたしが一からきっちり教えてあげるから、みたいに言って六課に誘っておきながら、あんまりこういう時間とれなくて」
 
なのはは身を起こして、スバルを見下ろしていた。
 
「ポジションの関係で、個人訓練もティアナにかかりきりだし」
「そんな。なのはさんはみんなの先生なんだから当たり前じゃないですか」
 
それに、ティアナだってあの日の一件以来熱心になのはの個人授業から様々なものを吸収しようと一層訓練に力が入っている。
 
「もうすぐ、今度は別系統の相手の捌き方に入っていくから。そうしたらもう少しスバルの相手、できると思うんだ」
 
ヴィータ副隊長がティアナに突撃型をかわす戦術を。私がスバルに弾幕を避ける手段を教えていくことになるから。
 
すまなそうに、なのはは言った。
 
──ああ、ほんとうに。この人は自分たちのことを考えてくれているのだなと、スバルは思う。
 
「あたしなら、ほんとに大丈夫ですから。実際今日、こうやって教えてもらえたわけですし」
「そう?でも」
 
四人のことを、ひとつひとつ考えて。
その上でもっともよかれと思った方法で、教えてくれているのだろう。
エースオブエース。スターズ分隊隊長。戦技教導官として。
 
けれど、年齢は僅か四年しか違わない。スバルの姉・ギンガとならば僅か二年しか。
 
だから時折、抱え込みきれない部分が出てくるのだ。
この前のティアナとの衝突や、今のような必要のない謝罪を漏らすように。
 
「……でも?」
「あ、いや──だって。ほら」
 
寝転んだままのスバルにまっすぐ目を見られて、なのはは煤に汚れた頬を掻いた。
身なりの汚れっぷりならば彼女の次の言葉を待つスバルとて、似たようなものだ。
 
その仕草は正に、上司でも隊長でもなく。
後輩に痛いところをつつかれて答えに困る、年上の先輩としての普通の女性の表情。
張任務で彼女の故郷を訪れたときに見ることのできた、一人の女の子としての「高町なのは」がそこにいた。
 
*   *   *
 
「それでそれで?」
「えーっと、それでねー」
 
姉は、覗き込むようにして続きを待ち望んでいた。
目が興味津々に輝いて、妹が口を開くのを今か今かと待っている。
 
「……じゃ、ここから先は秘密ってことで」
「ええ!?それはないでしょ、スバル」
「だーめ。おしえなーい」
 
時間は十分ほど経っていた。
髪を乾かしているギンガを待ちながらだったので、タイムロスというわけではないが。
 
結構、シャワールームに長居している。
 
「ただ、すごくいいものが見れた……とだけは言っておこうかな」
「いいもの?」
「そ。すごーく、ね」
 
制服の襟元を合わせる姉の後ろで、後頭部に腕組みしてスバルは言った。
鏡の前でのことだから、お互いに表情は見えている。
 
「そっか。とにかくスバル的には憧れの人のもとで有意義な局員ライフを送ってるってことね」
「んー?それはちょっと違うかも」
「え?」
 
リボンの位置をなおし、ギンガが振り返る。
 
「今は憧れの人っていうより、自慢の先生って感じかな」
 
なのはさんのことを、表現するなら。
 
“──だって、ほら。わたしを目標にしてくれてる、同じ魔法を使ってくれてるって子がいて。出来る限りのことはしてあげたいって思うよ、やっぱり”
 
夕焼けの逆光の中、スバルを見下ろしながら、自分だけを見て言ってくれたその言葉は。
間違いなく誇らしくて、人に自慢できる。
やらないけど。心の中に、記憶の中に大事にとっておく。
自分の中で高町なのはという女性が、単なる「憧れ」から誇るべき「師」へと、変わった瞬間のことは。
時たまこっそり一人で思い出して、頬を綻ばせるのだ。
 
ただぼんやりと空の雲を追うように憧れる存在では、もはやない。
しっかりと見据えて、背中を追いかけることのできる目標。
そして時折、振り向いて笑ってくれる相手。
 
彼女が聞いたのはそんな最高の先生からの、宝物のような言葉であったのだから。
 
−end−
 
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