胃がおかしいけど。

食わなきゃ平気。うん。
どうにか支局ラジ前に連載更新できて一安心。
これからまた仮眠とってきます。
 
今回はあの方復活&詳しい説明は待て次回。
サブタイの元ネタは皆さんおわかりですね、アレです。
 
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先のない道を、歩いていた。
平らな、何も周囲にはない真っ白に染まった雪の道。
いくら歩けども疲れもせず、けれどどこまでも行き先ははっきりとしない。
 
これが明晰夢でなければなんだというのか、といいたくなるほどに、自分が見ているものが現実でないのでなければおかしいという奇妙な現実感があった。
 
「夢……わかる夢かぁ。なんか昔もそんなこと、あったような……」
 
だが、夢だと自覚が出来てもすぐにイコールで、目覚めることが出来るというわけではない。
むしろ変に現実感があるからこそ、頬を抓ろうと頭を叩こうと無意味であることがわかってしまうぶん、厄介だ。
 
なにしろこれは夢の世界での出来事。何をしたところで、肉体的な痛みも何もかも、脳の産み出した絵空事に過ぎないのだ。
ひとまずは道が目の前に続いていく限り、歩いていくしかない。
 
「──お?」
 
足元の感触で、道が緩やかな勾配を描いて上っているのがわかった。
これまでにない変化に戸惑うとともに、何らかの変化がその先にあることをはやては期待する。
 
はやては、導かれるようにしてその雪坂をのぼっていく。
 
いつのまにか、服装はバリアジャケットから白いセーターへと変化し。
歩みのあとに残る左右ふたつの足跡も、二条の車輪の跡にごく自然に移り変わっていた。
 
もとより小柄なその肉体はさらに小さく、幼く。
ストッキングに包まれた両足ではなく、車椅子の車輪を転がす両腕だけを動かし、はやては行き着く先を一人目指した。
 
風の、吹く場所を。
 
 
魔法少女リリカルなのは 〜the lost encyclopedia〜
 
第二十二話 重なる風、辿り着く場所
 
 
“──マリエルからの預かりものだ。それと、伝言を頼まれた”
 
前方に見えた雲が次の瞬間には、遥か後方へと飛び去り消えていく。
いや、むしろ実際はその逆だ。……前へ、前へと。ひたすらにありったけの速度を以って飛び続けているのは自分たちなのだから。
さも逃げ去ったような言い方をされては、雲のほうからしても──そのような思考回路は、もちろんないけれど──心外というものだろう。
 
バルディッシュ。さっき組み込んだ追加パーツと、プログラムの具合はどう?」
 
白と黒、雲を切り裂き飛行する二つの影の片方──フェイトは、手の内にある愛機に問うた。
 
『No problem』
 
寡黙な閃光の大剣は中枢部たる黄金の宝石の点滅を繰り返し、内部からの処理音を響かせながら主の問いに答える。
なにぶん急に手渡され、急に組み込むことになったパーツだ。マッチングにも、調整にも時間がかかる。
 
レイジングハート、こっちは?」
『The program agreement work will be completed soon.』
 
故の、共同作業。バルディッシュは、自己と新たに組み込まれたパーツを一体に馴染ませるための作業へと専念し。
隣を飛ぶなのはのレイジングハートが彼の新たな姿を起動・運用するためのプログラムの適合処理を担当していた。
 
バイスの補助がなければ飛べぬほど、彼と彼女の主たちは空戦魔導師として未熟ではない。
飛行を続け、はやてのもとへと急ぎながら作業は続く。
その最中にふと、なのはが口を開く。
 
「──フェイトちゃん」
「何?なのは」
「わたしが言っても、説得力ないかもしれないけど……無理は、しないでね」
 
完成し、組み込まれたばかりの新たな力。
破壊・或いは破損したバルディッシュの兄弟機たちのパーツを用い急遽組み上げられたそれらに急造の感は否めない。
いくらフェイトの魔力運用が、バルディッシュの処理能力が優れていようとも、碌にテストもなされていないそれにまともな信頼性などあろうはずもない。
 
“──あまり長時間の使用は、避けるよう。けっして無理はするな、だそうだ”
 
シグナムの伝えた、マリーの言葉を思い出しながら。
もう、痺れはないから──そう言った自身の左腕に、なのはは目を落とす。
単純に力及ばず、敵の前に膝を折り力尽きるというのならばいい。
だが、無茶や無理を重ねた結果その身を傷つけるということは本人にとっても周囲にとっても深い悔恨を与えることとなる。
二年前には、肉体を。そして、ほんの少し前には心を。その無茶故に危機に晒した経験を持つなのは故の親友に対する心配だった。
 
『Riot parts,agreement completion』
『Riot program,adjustment completion』
 
そんな彼女の気遣いと、二機のデバイスの報告とが重なって。
フェイトはくすりと口元を歪める。
 
「まったく、本当だよ。いつもいつも、私たちに心配かけるのはなのはのほうなんだから」
 
そして、前を向き呟いた。
 
「……逆に説得力、ありすぎだよ。それ」
 
*   *   *
 
ヴィータ、ザフィーラ、アルフ。雑魚共の相手は任せるぞ」
「……るせーよ。ったく、あとからきておいていいとこ取りかよ」
 
紅の鉄騎は、遅れて到着しなのは達を先に行かせた烈火の将へと、文句を吐き捨てた。
……ただし、うれしそうに。
 
それがわかっているから、シグナムも念押しなどはしない。
愚痴が額面どおりの不服の言葉として機能していないのに、その必要もないだろう。
役目をそれぞれが認識している場合に、繰り返しの言葉はいらない。
 
シャマル
『聞こえてるわ、シグナム。バックアップは私やアースラのみんなに任せて』
「……合図する。私ごとでいい、レクサスをどこか邪魔の入らない場所まで転送しろ」
『え?』
 
一方で、二言目の言葉は聞く側にとって少々予想外であったようだ。
仲間たちにも、一定の間合いの向こうにいる、敵に対しても。
 
「言ったろう。私が抑えると。その隙にお前達はひとりでもここを突破してテスタロッサたちに続け」
「……大した自信ね?」
「それが、私の役目ゆえ。……“騎士”レクサス」
 
師を敬う一人の武人としてではなく、与えられた使命を全うする一人の騎士としてシグナムは応えた。
 
はじめて彼女の口から聞くその呼び名に、一瞬緋色の二刀騎士の眉がぴくりと持ち上がる。
 
「……いいわ、きなさい。誰にも邪魔されない場所、二人だけで存分にやれる場所で……相手をしてあげる」
 
カートリッジロードの機械音、排気音が空を切り裂いていく。そのタイミングはまったくの同時。
瓜二つの二人は、同じく瓜二つの色をした騎士甲冑を翻し、刃を落ちゆく日の光に反射させながら。
 
手加減も、迷いもなくその剣を振るった。
転送魔法陣が彼女たちの周囲を囲もうと、一切を意に介することなく。
互いの太刀を受け、避け。打ち返し、虚空へと消えていった。
 
*   *   *
 
「……いた!!あれだ!!」
 
黒と紫が交じり合ったようなその色は、かつて自分たちが閉じ込められたそれと同じ。
封鎖領域──あるいはそれに類する代物、それが巨大な球となって、沈む太陽の代わりとばかりに天高く登っている。
 
あの騎士が道を塞いでいた背後、クロノの破壊した結界よりも遥かにそこに秘められた魔力は濃く、高い。
そしてごく僅かながら、間近に近付いたこの場所からならばあの中にはやてがいることを感知出来る。
言葉を交わすより頷きあい、二人は即座にそれぞれの構えをとる。
 
レイジングハート!!」
バルディッシュ!!」
 
一点集中、まずはあの結界を破壊する。
はやてを救い出すのが先決だ。
 
「エクセリオ……っ!?」
「くっ!?」
 
決意を胸に迷うことなく構えた、砲撃の体勢。しかし二人の意思を邪魔するように、一筋の砲撃が結界内部から放たれる。
更には、砲撃を避け、二人が防御魔法をかけつつ身を躍らせた先に。
 
「ぐ……バインドっ!?」
「しかもこれ……わたしたちの……っ!?」
 
設置型のバインドが、彼女たちを待っていた。
 
フェイトの四肢には、桜色の拘束環が。なのはの両手足にも、黄金色の捕縛魔法が噛み付く。
 
「どうして……っ!?」
「私はともかく、なのはの魔法まで……っ!!」
 
フェイトは一度、レクサスと交戦した際に蒐集を受けている。だからその魔法が利用されることに不思議はない。
しかしなのはは以前の闇の書にならばともかく、この敵に魔力を蒐集されたことはないはずだ。
なのに一体、何故。なのはの魔法が蒐集行使されているのだ。
 
「驚くことではないと思うが」
「「!!」」
 
まともに、その男の声を聞くのははじめてだった。
今まではヴィータに対し手を下した以外緋色の騎士の後ろに佇み、事の推移を見守るだけだった魔導書の創造主にして化身。
その痩せぎすの姿が、黒い水面に波紋を作りながら二人の前に現れる。
 
「我は、創造主──……データのハッキングなど、造作もないこと」
 
手の内の、自身の拠り所たる魔導書を閉じ。
無数の紅の短剣が彼の周囲へと現れる。
 
「このようにな」
 
これも、かつて夜天の書……リインフォースが二人に対し向けた刃であった。
紅き刃は、幾筋もの閃光となって飛来し。
なのはとフェイトは再び、その脅威にさらされることになる。
 
男の前で、爆発が二つ、並んだ。
 
*   *   *
 
主の危機だというのに、動けない。
非力な自分では、魔力の助けがなければどうすることもできない。
 
「はやてちゃん!!目を……目を覚ましてくださいっ!!このままじゃ、このままじゃぁっ!!」
 
焦り、もがき。必死に主へと呼びかけながらも、リインはわかってしまっていた。
魔力が、使えない。魔法が、組み上がらない。
この漆黒の世界に満ちた魔力は、あまりに自分の持つそれと似すぎている。
性質が同じものであれば、濃いほうに染まるのが色の道理。
組み上げた術式は線香花火が燃え尽きるが如く儚く虚空に消え、ただ四肢をばたつかせる以外にリインに出来ることはなかった。
 
「はやてちゃんっ!!」
 
異形の『闇』が、気を失い続ける主に迫ろうとも。
ただ己の非力に泣き叫び、開かれる巨大な口蓋の暗闇に慄然とするのみだ。
 
「だれか、だれかぁっ!!なのはさん、フェイトさん!!ヴィータちゃんでもシグナムでも、みんなぁっ!!」
 
誰だっていい。誰だっていいから、助けて欲しかった。
幼い彼女には、仕方のないこと。彼女自身の力でどうにかできるということは思いもよらず、またその可能性もありはしない。
 
「っ!!」
 
大顎から、無数の朱色をした触手が伸びる。
赤龍、あるいは地龍と呼ばれる召喚生物が本来持つ、捕食用の末端器官のひとつ。
 
「だめ、だめですっ!!」
 
それが、はやてへと伸びていく。
当然、リインの指先は遠く離れた彼女まで届こうはずもない。
間に合わない。どうすればいい。どうしようもない。
 
そして、彼女が間に合うわけもなく触手は触れた。主の胸元で静かに輝いていた、剣十字のペンダントに。
 
──そして、全てが止まった。
まるで見えないバインドが、その巨体を縛り上げ、覆い尽くしてしまったかのように。
触れた瞬間から異形の触手も本体も、まったく微動だにすることはなく。
 
彼女はおぼろげに理解した。……これは“萎縮”なのだと。
それは、自分がこの漆黒の世界で魔法を使えないのと同じ。
明かりの何一つないこの世界においてなお、本来光なしに輝くはずのないペンダントが輝いていたのは偏にそこにある力がより純度の高いものであるからこそ。
そのことに、リインは気がついた。
 
声を聞いたのは、直後。更にその理由について思いを巡らせようとした、そのときだ。
 
“──すまない。身体を、借りる──”
 
誰かの、後姿が目の前に現れ。彼女の肉体は不思議な高揚に包まれていった。
綺麗な銀色の髪が、視界を埋め尽くしていく。自分が、吸い込まれていく。
不思議なほどの安堵に、彼女は目を閉じた。
 
果たして彼女は、予想し得ただろうか。
自分の求めた『誰か』が、力不足を痛感する自分自身であったということを。
 
「……主には、指一本触れさせはしない。……わが、闇よ」
 
閉じられた目が開かれたとき、大空の如く澄み切った蒼はそこにはなく。
強き意志を湛えた血流に等しい、紅の瞳が暗闇の中に瞬いた。
 
か弱き少女の姿は、どこにもない。
シュベルトクロイツを手にしたのは、どんな白よりも優しく明るい、全てを抱擁する黒き夜天の光だった。
 
フォトンランサー……ディバインシューター……ジェノサイドシフト……」
 
主を護る、主の信頼する桜色と金色の光。
無数に舞う蛍の如き輝きが、全て。
 
打ち払うべき闇へと向かい、文字通り殺到した。 
 
(つづく)
 
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