や、ホルモンバランスの関係でさ。

 
ちょこっと胸のある男の子だっているじゃない。つまりはそういうことなんだ。
そんなわけで短編れっつごー。
まあ月一くらいで全四回。今週じゅうにnocturne二期の第六話もあげまっす。
 
 
↓↓↓↓
 
 
 
 
 
「大体皆、出揃ってきたみたいね」
 
机上の書類には、人数分の写真と経歴と。
ギンガが推薦にと一筆とった個々の評価に加え、それぞれに希望する配属先とが明記されていた。
 
ようやくこれで、皆が外の世界へと踏み出していく第一歩の準備が整いつつあるというところだろうか。
 
「そうだな、ギンガ陸曹。長いようで短かったが……世話になった」
 
そんな彼女の言葉を受けて、向かい側にちょこんと座った銀髪の少女が口を開いた。
背の低い、片目には眼帯をした少女──この施設に収容されているナンバーズたちの一番上の姉、チンク。
 
彼女もまた、肩の荷が下りたような表情でティーカップに手を伸ばし、ギンガの言葉に同調する。
ナンバーズたちのまとめ役として、物静かな彼女にはギンガも随分とこの矯正プログラムの間助けられた。
なにぶんスバルにシューティングアーツを教えた以外、人にものを講義するというのははじめて、ずぶの素人のギンガである。
自分でも手探りで、不慣れな面が多々あったことは自覚している。
 
まったくもって彼女がナンバーズたちをまとめてくれていたことには、感謝以外の言葉がない。
 
「こっちこそ。あなたがいてくれてよかったと思ってるわ、チンク」
 
二人はそうやって、互いを名前で呼びあっていた。
同じ戦闘機人同士──いわば姉妹とも呼べる彼女たちではあるものの、ギンガとその妹のスバルには明確に何年前、『そうなってしまった』かの記憶が曖昧だ。
だから施設内のナンバーズの中でも古株のチンクとは、どちらが『年上』かはわからない。
 
故に、『姉』でもなく『妹』でもなく。
この場所にて共に生活をはじめる段階となり、二人は『姉妹』として互いを同格に呼ぶようになっていたのである。
 
「ただ、あとはノーヴェとオットーがまだ」
 
後もう少しで終わる、奇妙な姉妹たちの奇妙な共同生活。来週からは順に、この施設にいる者たちは巣立ち減っていく。
しかし他の殆どの者たちの、無論チンクのそれに至るまでもが各々の希望進路で埋め尽くされている中、約二枚空白の部分が空いたままになっている紙が残っている。
 
名前の出た二人だけが明確な進路を決められず、まだ悩み続けている。
 
「オットーは……やっぱりディードと一緒に行きたいんでしょうね」
 
それはこの進路調査を実施するに当たり、真っ先にギンガとチンクで釘を刺したことであった。
双子が希望しているからではなく、自分がやりたいと思ったことをやりなさい。
同じ遺伝情報をもつ二人の戦闘機人たちに、彼女らはそう言ってきかせた。
 
「ディードは、フェイトおじょ……執務官の船への配属を既に希望しているのだが」
 
彼女のIS、ツインブレイズは二刀剣による高速近接戦術。
似通った戦闘形態をほぼ完成形に近い形で使いこなすフェイトのもとで経験を積むことは、大きな財産となるはずだ。
感情表現に乏しい彼女だが、シャーリーやティアナという同年代の人間もあの艦には多い。きっとうまくやっていけることだろう。
 
だが双子のもう片方の片割れ、オットーはというと──……。
いくつかの候補はあるようだが、まだ絞りきれてはいないようだった。
幾度か彼女たちも進路について、相談を受けている。それについてはノーヴェも同じだったけれど。
 
「二人とも……自分のやりたいことが見つかればいいわね」
「ああ、まったくだ」
 
特に希望がないならば、二人は出所後はギンガの父・ゲンヤの指揮する108部隊に見習いとして配属されることになっている。
しかしできることならばギンガたちの願いとしては、自分の意志で選んだ部署に行ってほしい。
今までなにがしたい、という欲望のなかった彼女たちのことであるからこそ余計に。
 
自分の意志で、決めてほしかった。
 
「そういえば今日は、スバル陸曹が遊びにくるんだったな」
「ええ、もう皆と合流した頃じゃないかしら」
 
チンクがふと思い出したように口に出した、つい先日昇進したばかりの妹の名に、ギンガは頷いた。
 
 
Numbers 〜生き方に、地図なんかないけど〜
 
case.A 0 and 8
 
 
ああ、もう。うざい、うざい。うざいったらありゃしない。というか歩きにくい。
──とでも言いたげに、赤毛の少女はスバルの腕の中でじたばたもがいている。
 
「ね、ノーヴェー。進路きまったのー?ねーってばー」
「この……いい加減にしろっ!!べたべたくっつくんじゃねぇっ!!それにうっさい!!」
 
のしかかるようにして腕を首筋に絡ませるスバルを、ノーヴェは苛立ちまかせに強引に振りほどく。
 
「あたしにまとわりつくな、ゼロセカンドっ!!ギンガ姉のとことっとと行けよっ!!」
「えー、だってみんなお風呂だって言うしー。みんなで一緒に行ったほうがいいじゃん」
 
そういって、スバルは僅かに湯気の漏れ出てくる大浴場の、脱衣場のほうを指差して示す。
スバルがこの島に到着したとき、ギンガと一緒だったチンクと、資料室にこもって苦手な本と格闘していたノーヴェ以外のナンバーズたちは模擬戦の真っ最中だった。
 
もちろん模擬戦とはいっても、施設に収容中の身である彼女たちにISを活用するための装備や武装がそっくりそのまま返還されているわけではない。
多くのものは武装としての性能を極限まで制限、あるいは外され──例えばウェンディのライドボードから武装が排除されているように──、戦闘機人としての出力も大幅に抑えられた状態での簡単な組み手レベルでのものだ。
カンを鈍らせないためと、不慣れな魔力の運用を実戦形式の中で覚えるため。そういった側面の強い、講師のギンガが得意とする格闘をメインに据えた訓練である。
 
訓練をすれば当然、汗がでる。汗をかけば当然、それを流してさっぱりしたくなる。
皆が皆年頃の女の子ともなれば、それも輪をかけて当たり前のこと。
 
「そ、れ、に」
 
したがって、ノーヴェ以外の姉妹たちは皆、入浴中である。
だから必然的に一人残された彼女がスバルの暇つぶし……もとい、おもちゃ……もとい、話し相手になっているのだ。
 
おそらくは、彼女もスバルがなにかたくらみ始めたことに気付いただろう。
だがいくら内に秘めた戦闘力が確かなものといえども、魔力運用も我流でない格闘術も練習中の今のノーヴェはまだまだ未熟&不完全。
意地の悪い笑みを浮かべ、スバルはいとも簡単に後ろをとる。
 
まさに神速。ひょっとするとマッハキャリバーを装備しているときよりはやいんじゃないかと思えるくらい早く。
彼女は両手を伸ばす。
 
……反抗期の妹の、たわわに育った豊かな胸に。
 
「お姉ちゃんって呼んでって言ってるでしょー!!ギン姉に対して呼ぶみたいにさー!!」
「あっ!?こ、こらっ!?」
 
具体的に言い出したのは、二、三度目の来訪の頃から。
お姉ちゃんか、せめて名前で呼ぶように。
いいつけを守らなかった妹にはおしおきである。
抵抗しようと、身体を捻ろうと、一度獲物を捕らえた十本もの黄金の指はそうそう簡単には離れない。
六課時代に大ベテランたる部隊長から教わった秘伝の技と、相棒の胸で鍛え上げた絶対の経験は伊達ではないのだ。
 
鼈のように。蛸の吸盤のように。あなたの教えはけっして忘れていません、八神部隊長。
 
「ぎ、ギン姉はギン姉だからいいんだよっ!!んっ……ば、やめろって……」
「あたしだって一応、お姉ちゃんなんだぞー。うりうりー」
「ふいー……って。なにやってるッスか、ノーヴェにスバル」
 
なんてじゃれていると、暖簾を潜り入浴後の面々が脱衣場から顔を出した。
濡れっぱなしの髪からはあたたかげに湯気がうっすらと立ち上り、頬はそれぞれ健康的に紅く上気している。
 
「おーっす、スバル」
「お久しぶりです、スバルお姉さま」
 
ドッキング、解除。
少女たちの歓迎の声に、先ほどまで柔らかいぬくもりを包み込んでいた掌を軽く振って、返礼の意を示す。
うむうむ、こちらの姉妹たちは素直でよろしい。
 
スバルは満足げに頷いて、むすっとして腕組みしているノーヴェに振った。
 
「……ね?ノーヴェ」
「なにがだよっ!!」
 
まあ、こんな風につんつんしてるのも弄り甲斐があって楽しいんだけれども。
 
「って、あれ。オットーは?」
 
そして、口を尖らせるノーヴェを尻目に面々の顔を見回していて、スバルは一人足りないことに気付いた。
少女というよりは、どちらかといえば朴訥とした少年といった風情の佇まいが、姉妹たちの中から抜け落ちている。
 
「ああ、オットーは風呂ッス。あたしらと入れ違いに入ったんで」
「入れ違い?」
「あいつ、いっつも別々だからさ。大人数で皆で入るの、好きじゃないんだと」
 
スバルの問いに、ちょっと前まではディードが一緒に入っていたんだけど、とノーヴェは続ける。
視線を浴びたディードは感情表現がまだあまり得意とはいえないその顔を、ほんのり戸惑いがちなものにしながら姉の言葉を引き継ぐ。
 
二人で相談して、決めたんです。ここを出たらいつも一緒というわけにはいかなくなるから、と。
自分の出てきた脱衣場の暖簾の向こうを横目で見やり、彼女は言う。
 
「ま、いつものことッス。気にしなくても全然問題ないと思うッスよ」
「んー……」
「アタシらこれから飯食いに行くけど、どうする?」
 
広い大浴場で、たった一人のお風呂か。
じっとディードの目を見て、考え込む。
 
「あの……スバルお姉さま?」
 
二人で相談して、先のことを考えるのはいいことだ。
ほぼひと月に一回ほどのペースでこの施設を訪れているに過ぎないスバルではあるが、そのたびに姉妹たちの中でも際立って仲のいい双子の様子は見てきている。
 
そう一足飛びに変化を持ち込んだとして、無理をしたりはしていないだろうか。
 
「よし、決めた」
「何を?」
 
ぱん、と両手を打って、スバルはナンバーズの姉妹たちに背を向ける。
数歩歩いて、どこで買ってきたかも知れない「ゆ」と地球言語で描かれた暖簾に手をかけた。 
 
ディードの代わりに、というわけでもないが。
少しくらい、年上らしいことでもしようか。
 
「食堂、先行ってて。ちょっとあたしもお風呂浴びていくから」
 
*   *   *
 
「──……?」
 
脱衣場のほうに人の気配を感じて、湯面に目を落としていたオットーは顔をあげる。
みんなとっくに着替え終わって出て行ったはずなのに。
ウェンディあたりがヘアゴムかなにか、忘れでもしたのだろうか。
 
……おおかた、そんなところだろう。さして気にもせず水面の波紋に視線を戻す。
 
考えるべきことは、多かった。
これからのこと。──姉妹と、ディードと離れ離れになるときのこと。
遠からずやってくるそのとき、自分は何をすべきか見つけていることができるだろうか。
 
天井からの水滴がまた、消えかけた波紋を蘇らせる。
湯船の中には、凹凸の殆どない自分の、扁平な身体が歪んで見えていた。
 
この身体だって、悩みのひとつだ。
申し訳程度でさえない膨らみが、透明な水越しにオットーの瞳にはあまり好ましくないものに映る。
 
(──って。長いな。なんだろう)
 
脱衣場のほうでは、まだごそごそと誰かが何かをやっている。
やがて摩りガラスの向こうに近付いてきた肌色の影から発せられたのは、オットーにとっては意外な人物の声で。
 
「オットー?いるよね?」
「……スバル、さん?」
「あーほら、また他人行儀にそういう呼び方するー。ま、いいや。入るよー」
「えっ?」
 
幾人かの姉たちの声に似た音階が、引き戸越しに浴室へと響く。
スバル・ナカジマ──「姉と呼んで」と常々言われている、オットーたちナンバーズにとってはプロトタイプにあたる女性。
彼女の声だ。
 
そういえば今日、面会に来るという話があったか。……などと思う余裕もない。
 
珍しくオットーは慌てていた。
ざばり、と思わず立ち上がり、どこか身を隠せるものはないかと何も無い大浴場では無駄だと知りつつ周囲を見回す。
 
「や、オットーとは一緒に入ったことないなーって思って。背中流したげる」
「ちょ、ちょっと」
「大人数は嫌かもしれないけど、二人でなら──……」
 
もちろん、どうしようもない。
わかりきった結果ではあるけれども、打つ手なし。
 
「……──いっ!?」
「……」
 
開け放たれた引き戸に、湯気が吸い込まれ晴れていく。
タオルを肩にかけ、仁王立ちからフランクに手を上げようとした女性が、オットーの身体を見るなり硬直する。
 
二人は、共に裸。
姿を現した02には、彼女の女性を強調する、豊かな両胸があり。
一方彼女が正面に捉えたオットー……NO.8は。
 
──小さな象さんが、XY型染色体の控えめな自己主張とともに、こんにちはをしていた。
 
*   *   *
 
こぽこぽと、吐く息が水中で泡を立てて浮かび上がってくる音が聞こえる。
くっつけあった、背中の向こう側から。
 
「……OK、落ち着いた」
 
中合わせで二人、膝を抱えあって湯船に浸かる。
顔をお湯から離す水音のあとに、スバルは背後の少女……いや、少年へとそう言った。
 
「男の子だったんだ、オットー」
「……ごめんなさい」
「いや、謝るようなことじゃ──まあ、驚きはしたけど」
「姉に……クアットロに云われてたんです。隠しておきなさい、って」
 
自身の罪を罪と思わず、受けいれようとしなかった彼女は今、牢獄に幽閉されている。
その名を聞くということは、あまり気分のいいことではない。
事件の、自分たちが解決できなかった部分を見せられているようで。
 
彼女の家族であったオットーにとっても、あまり触れたくない部分に違いない。
理解したうえで、尋ねる。
 
「どうして?」
「……そのほうが面白いから、と」
「そ、そう」
 
ただ、ためらいがちに返ってきた応えは、いくぶん微笑ましいものだった。
気まずさは幾分、和らいだだろうか。
 
「だから……他の皆も知りません」
「ナンバーズの皆も?」
 
ええ、ディード以外は。オットーは小さく頷く。
中越しに僅かに振り向くと、、短く刈られた彼の髪がこちらの首筋に触れる。
 
今までは気にしなかった彼の背中の感触が、男だといわれてみれば確かにそのように、女性に比べてしっかりとした厚いものであるように思えてくる。
体格はむしろ、スバルのほうがいいはずなのに。
 
「ここにきて、隠す必要もなくなったんですが……言い出せなくて」
 
あー、まあ。姉妹たくさんの中に男の子、一人だしねぇ。
ついそう漏らしてしまったあとでオットーが俯いたことに気付き、スバルは慌てる。
言ってから、しまったと思った。
気にしているから、皆と一緒の入浴を避けていたんだろうに。
 
「……」
「あ、や、その……えっと」
 
フォローの言葉が、とっさには出てこない。
妹──いや、弟のコンプレックスに、どのように対処したものか。
 
と同時に、見たことと見られたことが急激に実感として湧いてきて、頬が熱くなってくる。
たしかに六課での出張で見たエリオのよりは大きかったけれど、恥ずかしがるようなことでは──じゃなくて。
小さい頃見た父さんのは──でもなくって!!
 
「そ、そうだ!!進路!!」
「えっ?」
「これからのことで悩んでるって、ギン姉から聞いたよ。あたしでよかったら相談に乗るからさ」
「あ……はい」
 
ひとまず、男女というところから離れようと思った。
おあつらえ向きに、ちょうど今朝こちらに向かう前、通信越しに姉から持ちかけられた相談事を思い出していた。
 
「……」
「話すだけでも、いいからさ。あたしも大した人生経験あるわけじゃないから、ちゃんとした答えなんて出来ないかもしれないけど」
「いえ、そんな」
「ほーら」
 
躊躇って喉に言葉を詰まらせる彼の手をとって、握ってやる。
無口なオットーが一瞬、びくりとしていたのが少しおかしかった。
 
余裕の出てきたスバルは、繋いだ手を揺らして水をぱしゃぱしゃとやった。
大丈夫、大丈夫。そんなに緊張しないで。
言い聞かせるよりも、こちらのゆとりを見せるようにしたほうがきっと効果的だ。
 
「だーいーじょーうーぶ。ね?」
「……えっと」
 
ようやく、オットーは口を開く。
天井を見ているのだろう、背中をスバルの背に預け、体重を任せて。
 
「不安なんです」
 
先が見えないことも、したいことがわからないことも。
自分に何が出来るのかもわからない。
 
そのことが、不安。
そして、なにより。
 
「みんなと……。ディードと別れて一人になるのが、怖い」
 
*   *   *
 
「……不安っていうのは、それだけ?」
「え……」
 
後頭部と後頭部が、触れ合った。
年上の彼女の声が、頭蓋を通じて耳を内側から震わせる。
その声は背中だけを密着させていたときよりも、ずっとずっとクリアで、大きく聞こえた。
 
「いいんじゃない?一緒に行けば」
 
細い、一筋の矢が心を貫いていったようだった。
 
言葉だけを捉えるなら、短絡といえばあまりに短絡な答え。
こちらの不安を「それだけ」と割り切ってしまえるのも併せて、些かさっぱりとしすぎであるようにも思える。なのに。
 
「行きたいのなら、くっついてっちゃってもいいと思うよ。ディードはきっと、拒まないだろうし」
「あ……でも」
 
その答えを嬉しいと思う自分がいるのもまた事実。
ディードと一緒に行っていい。明確な回答をすぐに提示してもらえるということが、こんなにも心地のいいことだったなんて。
 
「ギン姉やチンクがオットーに言ってるのは、『自分の意志で』決めるように、ってことでしょ。一番今オットーがしたいことが他の誰かと一緒にいることなら、それは間違いじゃない」
「え、スバル、さん?」
 
膝立ちになった彼女に背後から抱きすくめられ、流石のオットーも動揺を隠せなかった。
 
「あたしとティアのこと、知ってるよね」
「……」
 
ディードと身体洗浄を──入浴をともにしていたときとは、違う感覚だった。
彼女の暖かみが、背中に当たっている。湯船の湯などよりもずっとずっと熱いぬくもりが。
 
自分はどうしてしまったのだろうか。思い、彼は俯いた。
動揺している顔を──そもそも、表情を人に読み取られるというのは、あまり好きじゃない。
その上この場合は何故だか、特に見られたくなかった。
 
「ずっと──六課にはいる前と、六課が解散するまでと。あわせるとかなり長い間コンビ組んできたけど」
「……」
「今はお互い、一番にやりたいことがあって。だから今は別々にそのやりたいことをやってる。そんなもんだよ、きっと」
 
それに離れ離れになったとして、二度と会えなくなるわけじゃない。
あたしとティアだって休みのたびに、ちょくちょく会ってるし。
 
自分と友だって大丈夫なのだから。
家族や姉妹の絆ともなればなおさら。少し離れたくらいで切れたりはしない。
 
かつては敵で、今は姉。年上の彼女は自分とかつての相棒とのことを例に挙げ、耳元で囁いてくる。
 
「やりたいことや、できると思うことの幅を自分で狭める必要はないよ。オットーがやりたいと思ったことが、オットーにとっての答えなんじゃないかな」
「スバルさん」
「お、ちょっと笑ったな?いいよいいよ、笑えるってのはいいことだぞー」
 
笑っていた?自分が?
 
おどけた様子でそうやって締めくくられて、オットーは自分の顔に手を当てた。
俯いていたし、後ろからでは殆ど表情などわからなかったはずだ。
そんなに自分はわかりやすく、安心した表情をしていたのだろうか。
 
──安心?
 
(ああ、そうか)
 
体温の釣り合った自分の頬と指とを触れ合わせながら、なんとなくわかった気がした。
自分にとって苦手な、表情を作るという動作。『安心』という気持ちは、それをごく自然に行わせてくれる。
 
ひどく安らいだ気分。これが安心なのだ。
姉の両腕の中は暖かく、そして柔らかい。
ディードと一緒の洗浄と同じ……いや、同じようでいて、きっとどこか違う。
まったく一緒ではないけれど、悪いものでないという事は共通している。
 
根っこは同じ、自分がその人のことを好ましく思っているということ。
ディードも、スバルもどちらも。もちろん他の姉妹たちも、大切。だからそこに安心を感じることが出来る。
 
(安心していたから……不安になるんだ)
 
その安心から、離れていくことを。それを自分は、無意識に恐れていた。
 
(でも……離れるだけなのか。安心できる場所がなくなるわけでは……ない)
 
すっと、気が軽くなっていく。湯気とともになにかが身体から蒸発して行ったかのように。
首元に回った、彼女の両腕を握る。
ディードも、みんなも、この人も。なくなってしまうわけではないのだ。
 
胸のうちにある『安心』が、なによりそのことを伝えている。
 
「あ、そうそう。それともうひとつ、いい?」
「?」
 
やがて、思い出したように耳元でまた彼女が囁いた。
 
「その『スバルさん』ってのやめてくんない?ノーヴェにも言ってるんだけどさ、お姉ちゃんって呼んでほしいな」
「え、でも」
「あたしのほうが先に生まれたんだぞー、お姉ちゃん命令ー、拒否権なーし」
 
いくら機械で体調管理をなされている肉体とはいえ、少々長湯がすぎている。
そろそろ上がらないと他の姉妹たちも待ちくたびれているだろうし、こちらとしてものぼせてしまう。
 
けれどどうしても言わせたいのか、スバルはがっちりと体重を落として、オットーが自分の言に従うまでは放してくれそうになかった。
 
「……さん」
「聞こえないよー、もう一度ー」
「……ぇ、さん」
「がんばれー」
 
三度目の、正直。それまで以上に体温も脈拍も急激に上昇する。
苦手だったはずのこのような過度のスキンシップも、嫌悪感はさほど感じなかった。
むしろ今は、彼女の言葉に実感した『安心』のほうが強い。
大きく息を吸い込んで、オットーは今度ははっきりとその七文字を、自分の声として吐き出した。
 
「スバル、姉さん」
 
上がったら、ノーヴェに言ってやるんだ。柄にもなく、そう思った。
あとは、ノーヴェだけだよ、って。
自分がそんな砕けた言い方をしたら、きっとみんな驚く。
 
皆の驚いた顔をこの新しい姉と一緒に、笑うのだ。この、安心できる場所で。
想像するだに、愉快なことこの上ない。
 
 
− next case, No.10 and No.11−
 
− − − −
 
とまあこんな話ですが、どうでしたか? つWeb拍手