二期完結。そして。

 
地味に年明けからやる予定の新連載のタイトルバレしつつ。
まずはWeb拍手レスっ。
 
>羽根の光、最新話拝読しました!これまで挫けたり、折れそうになったりもしたけれど、やっぱりなのははとても強いのだと再確認させられました。まだほとんど身体機能は回復していないのに、はっきりと前を見据える彼女がひたすら頼もしいです。落ち込んでしまったフェイトをどうか、引き上げられるように願いつつ、次回も楽しみにしています。
一応ここから、持ち上げていく感じですわー。フェイトとか色々。
 
>あー、なるほど! なのはらしい結論で、思わず納得してしまいました。頑張れ、なのはもフェイトも!
なのはさん、次回よりまさに全力全開(のはず)。
 
>なんかmassive wondersのサビの部分を思い出した。(サイコロ)
えーと?(脳内で再生してみる)……「言葉はいらない、今ここにいることただそれが僕の真実」?
 
− − − −
 
で、nocturne二期最終話です。
表現としてけっこう実験的にやってる箇所があるんでちとその辺が不安ではありますが。
それではれっつごー。
 
↓↓↓↓
 
 
 
 
通された司書長の執務室は彼の忙しさを最もわかりやすい形で表現するように、けっして綺麗にではない山に大量の本が積み上げられていて。
その中心で青年が一人、両腕にいっぱいの資料本を抱えて部屋の中を休みなく動き回る。
 
入ってきたこちらにも、彼は気付かぬようで。
フェイトには幾許か、相手の視界に入るまでの猶予があった。
部屋の中を落ち着いて見回すことの出来る時間的な余裕が与えられたのだ。
 
作業机の上は、本の山以外はそれなりに片付いているようだった。だから、眼を遣れば自然、『それ』は眼に留まる。
 
ぽつん、と。たったひとつ。
桜色の小箱が、ふと机上に向けたフェイトの視線の先にはあった。
ジュエリーショップなどで宝石や貴金属を購入した際付属してくる、持ち運び用のジュエリーケースの小箱。
淡い茶色をうっすらと帯びた光沢の少ない薄い金色──丁度ヴィヴィオとユーノの髪の中間といったところの色をしたリボンが、角の丸い小さな箱を飾り机上に座している。
 
「ああ、フェイト? ごめん、すぐ終わるからそこに座ってて」
「──ユーノ。それ、なのはに?」
 
それが何を意味するのかがわからないほど、フェイトは野暮ではない。
三人分の色が一つにまとまった小さなその中に入っているものは、きっとひとつだけ。
 
「えっ?」
「ううん、なんでもない。……それにすぐ終わるから。どうしても、聞いてほしいことがあったんだ」
 
なにが?といった表情の彼に対し、深呼吸を一拍間に挟み言葉を返す。
気付いたことを、気付かせないように。
本を探す手を止め振り向いた彼に見せるのは、笑顔だと最初から決めている。
立ちっぱなしの彼とフェイトの間には、一メートル程度の距離があった。
その距離を詰めることは、必要ではない。
 
「二人にちゃんとおめでとうって言いたいから。だから、言うね」
 
大丈夫だ、自分は笑えている。
もう躊躇わない。ここまできて引き返したりなんて、しない。
 
笑って、伝えるんだ。
 
「私も……好きだったよ。なのはにだって負けないくらい、ユーノのことが」
 
決意と、その動力源となった想いとが、ごく自然に。
彼女の喉から淀みのない素直な言葉を素直に、滞りなく押し出した。
 
「ううん、違う。その気持ちは、今も同じ。今でも私は、ユーノのことが大好き」
 
 
魔法少女リリカルなのはStrikers Nocturne -revision-
 
第七話 ラストシーン
 
 
“──もしも。もしもの、話だよ”
 
 
未来ではなく、過去についての仮定とは既に戻ることの出来ないその場所を振り返った、無意味な想像にしか過ぎない。
過去は戻らない、帰ってこない。振り返ればそこにあるばかりの、厳然たる変わりようのない事実が触れることも出来ず残るだけ。
 
けれどそれも言葉によっては、向けられた相手に深く何かを考えさせるものとなる。
帰り際にフェイトが言い残していった言葉も、彼にとってはそういう類のものであった。
 
幼い日の、思い出。
少女に助けられたあの夕暮れ、あの夜。
自分と、自分にとって大切なその“彼女ではない”少女との時ははじまった。
十一年前の、あの日。そのことはフェイトにも青年自身の口から聞かせたことはあったはずだ。
 
 
“もし、ユーノのことを見つけたのがなのはじゃなくて。私がなのはの世界の普通の女の子で、私がユーノを見つけていたら”
 
 
今、彼の心象世界にはそのはじまりの日に見た光景が広がっている。
懐かしいその映像を、向けた背中越しに語りかける彼女の幻影とともに彼の脳は心のスクリーンへ再生しているのだ。
 
 
“そんなもしもが現実になってたら、また違ったのかな?”
 
 
僅かに振り向いて言った彼女は、どこまでも優しい笑顔のままだった。
好きだった、そう告げてからこの部屋を出るまでずっと変わることなく、最後まで微笑みを浮かべていた。
彼の返したごめんの一言にも、ただのけじめだからと苦笑混じりに小さく頭を振っただけで。
 
答えは、あんまり期待してなかったから。言った彼女は、泣きだしそうなくらいの笑顔でいた。
 
「『なのはのこと、大事にしてあげて』……か」
 
彼女がこの部屋を辞してからしばらく。仕事の手は、一時的に止まっていた。
突然の出来事に、考えを整理する必要があると思った。とても仕事に没頭などしていられない。
 
 
“──なのははきっと、これからも無茶をするだろうから。だからきちんと手を繋いで、離さないでいてあげて。ユーノが側にいてあげて”
 
 
その言葉のあとで、フェイトの姿は閉じていく扉の向こうに消えていった。
 
 
“約束だよ。破ったら、ユーノのこと……嫌いになっちゃうかもしれないから”
 
 
自分は彼女の言った言葉を、噛み締めなくてはならない。
なのはのため、ヴィヴィオのため。そして言ったフェイト自身のために。
 
「……酷い男だよ、まったく」
 
鈍感を通り越して、もはや間抜けだ。
自嘲する彼の掌には、机の上からとった桜色の小箱があった。
 
「面倒がらずにしまっとくべきだったかな」 
 
もちろん、明確にこの箱のことに彼女が気付いたかどうかはわからない。
だが少なくとも──フェイトの立ち位置からすればほぼ間違いなく視界には入るところに置かれていたはずだ。
忙しさにかまけて、うっかり出しっぱなしにしていた。
 
ユーノはそこまで考えてから、ふと思う。
不意に彼女があのようなことを自分に伝える気になったのは、前もってそのような決心があったからなのだろうか。
それとも今日このとき、訪れた室内で机上にあった小さな箱を見て、察し。衝動的に起こした行動であったのか。
男の仕事場に、明らかに場違いな桜色の宝石箱。その意味を彼女は一目見て理解したはずだ。
 
思ってすぐに、そんなことはどちらでもかわらないと、ユーノは自分を嗤った。
 
自分は言われるまで、フェイトの想いに気付かなかった。自分の気付けなかったその想いをフェイトが伝えた。
伝えたうえで、なのはのことを頼むと言った。重要なのは結局、その部分なのだから。
おめでとうとがんばれを同時に言った彼女の声は、笑顔の中にあって震えていたのだ。
 
自分が考えるべきは、彼女の願いに応えること。たったそれだけに尽きる。
彼女の祝福に、ユーノは応える義務がある。彼女の祝福になのはが応えられるよう共に歩んでいく、責任があるのだ。
 
「……もっとしっかりしなきゃ、な。一人の男として」
 
仕事が出来るとか、そういう意味ではなく。もっと深い部分において。
一人ごちて、ユーノは掌上で弄んでいた小箱のリボンを解き蓋を開く。
 
「そのくらいはしないと、きっとつりあわない。フェイトの気持ちに」
 
彼女の想いを、自分は受け入れることは出来ない。
ならばせめて、彼女の願いくらいは。友を案じるその気持ちを反故にするわけにはいかない。
もしなのはを泣かせたり、傷つけたりするようなことがあれば。
それはフェイトに対する裏切りに等しい行為だ。
 
開いた小箱の中には、指輪がひとつあった。
飾り気のあまりないそのリングは自分で選び、店員の吐いた言葉一つ一つに赤面しながら購入したもの。
そしてたったひとつの短い言葉とともに、愛する人へと贈るべきもの。
 
銀色の環の中心には、翡翠色の小さな宝石がひとつ輝いているだけの、ごくシンプルなデザインのものである。
装飾らしい装飾といえば、ごくわずか。
翡翠色をした宝石の周囲に、細く、薄く。
彼女の髪の色をそっくりそのまま切り取ったような鮮やかな黄金色が、とりまいている。
 
ただ、それだけ。白銀の指輪の天元で、黄金と碧とが、輝いている。
桜色の小箱の中で、輝いているのだ。
 
立ち去り際までずっと彼女の顔にあった表情が、柔らかく笑っていたように。
 
*   *   *
 
「やあ。終わったかい?」
 
──終わったんだ。出てきた扉の前で立ち止まり、息をついてそう思った直後に声が聞こえた。
 
「アコース査察官」
 
例によって、無限書庫の周辺に人通りが少ない。
おまけに今は平常の勤務時間内のはず、わざわざここまで足を伸ばす者はなく、用のある者は申請書類のデータを送信する人間が殆どだろう。
 
「んじゃ、行こうか」
「って……え? あの、いまから私、艦に戻らないと……」
「ああ、クロノくんには休暇申請出しといたから。今日一日」
「なっ」
 
フェイトの頭に手を載せて、彼はしれっと言ってのけた。
何を勝手なことを、と思わず反論しそうになる口元を人差し指を突き出して制する動作まで、流れるようであった。
 
ぽん、と背中を叩かれて。それから、言われたのだ。
静かな声で。
 
「……泣く時間や泣ける場所も、必要だろう?」
「あ……」
「余計なお世話だったかい?」
 
誰もいない、自分たちしかいないこの場所で。
そんなことを言われてしまったら、崩れてしまうのも当たり前ではないか。
 
気付いたときには、もう遅かった。
頬に感じた熱さに指先を走らせれば、爪の上に冷たさのない雫が玉となり残る。
それは紛れもなく、フェイトの瞳から零れ落ちたもの。
 
彼女自身が流した、涙と呼ばれる水。
 
「あ……れ……? 私……さっきまで……」
 
一度認識が追いつけば、あとは崩れるばかり。
ぽろぽろと溢れる涙は、拭っても拭っても止まることはない。
 
「笑えてたのに……ちゃんと、ユーノに……おめで、とうって……ちゃんと、言えて……っ」
「……もう、いいんだよ」
 
頭を抱いてくれたヴェロッサの胸に、滂沱となった涙が沁みこんでいく。
縋って、声を上げて。今まで笑っていたぶんを取り戻すかのようにただただ、フェイトは泣いた。
 
「がんばったね」
 
優しい声に、首を闇雲に振って乱暴に頷き返し。嗚咽を彼の胸へと返していく。
もう、笑っている必要なんてどこにもなかったから。
また笑うことができるためには、泣き続けるしかなかった。
 
泣いて、泣いて。涙が涸れてからこそ見せることの出来る笑顔も、きっとあるのだから。
涸れる頃には胸の痛みも、張り裂けそうな息苦しさも。苦しいことは一緒に流れ落ちていく。
 
終わらせる苦しみも、終わった悲しみも。その傷口を洗い流してようやく、次へと踏み出していける。
今は、そのための時間だった。
その時間の長さを気にすることなく、共に過ごしてくれる人間が目の前にいたということは、フェイトにとって幸いであったのだろう。
 
体温のぬくもりと、そこから漂う香る程度のコロンの匂いが。フェイトの心身をいたわるように包み込んでいた。
その痛いくらいのやさしさに、フェイトは身を任せた。
止まらない涙と声を受け止めてくれるそれらがあったからこそ、フェイトは泣くことができたのだ。
 
*   *   *
 
「こーら。何覗き見しとるんや、やんちゃ娘二人組」
「「わっ」」
 
不意討ちに背中を叩かれた二人組は、口元を押さえて声を殺しつつ、びくりと肩を竦めて飛び上がる。
眼鏡と、色味の薄い赤毛。共にはやてにとっては、親友の副官にしてかつての部下たちでもある。
 
しー、と指を立てて静かにするよう促し、はやても曲がり角から顔を出す彼女たちの間に加わっていく。
 
「や、八神二佐……!!」
「オプティックハイドまで使って。なんや、仕事抜け出してきたん?」
「あ、はは……ちょっと、書類提出のついでにー、ってことで」
 
三人が見る先には、ヴェロッサの胸に抱かれ涙する、フェイトの姿があった。
 
あの様子からして、彼女は決着をつけたのだろう。
自分自身の想いを、その相手に伝えることで。
伝えたところで成就しない。叶わないとわかっているその想いに、自分の中でけじめをつける。
ただそれだけのために。
 
きっと、辛いはずだ。心の準備をしていたところで、一人ではとても耐え切れないほどに。
 
「八神ニ佐はどうしてここに?」
「あー、今朝ちいとすれ違ったんよ。そしたらなんかいつもと雰囲気ちがうなーと思て」
 
ひょっとして、と思い会議を終わらせて急いで駆けつけたのだが。
だがそれもいらぬ心配だったようだ。
自分でなくとも、彼女を泣かせてやれる人間が先に来ていた。
 
──なんや、様になっとるやん、ロッサ。いつものは口だけお兄ちゃんやなかったんやね。
 
フェイトの砕けた想いからすれば不謹慎かもしれないと思いつつ、そんな二人の光景をはやては柔らかい暖かな気持ちで見つめていた。
 
「大丈夫なんでしょうか、フェイトさん」
「んー? 心配ないて。前に進むために選んだことや、フェイトちゃんは後悔なんてせえへんよ、きっと」
 
後悔さえしなければ、前進は出来る。前進が出来るならば、腐ってしまうこともない。
少なくともフェイトは、そのような人間ではない。だから、大丈夫だ。
 
いっぱい泣いて、また強くなって。彼女たち二人の前に頼りがいのある上官として戻ってくるに違いない。
 
はやて達の視線の先で、フェイトが顔を上げた。
まだ涙の乾ききっていない瞳は潤み、時折鼻をすすっているのがこちらからでもわかる。
 
はやてはこっそり、二人のやりとりを聞かせてもらった。
魔力のないシャーリーや、オプティックハイド三人分に集中しているティアナにも聞けない、彼女と彼の一語一句を。
これでもかと両耳に魔力を集めて、拾わせてもらったのだ。
 
──“ありがとう……ござい、ますっ……”
──“もう、平気かい?”
 
固唾を呑むティアナにもシャーリーにも、内緒だ。二人のやりとりは。
 
──“あー……こんな顔じゃ、仕事に……どうしよう……”
──“さっき言ったじゃないか。休暇もらっておいたよ、って。たまにはお兄ちゃんを困らせてやってもいいんじゃないかい?”
 
ヴェロッサはクロノに、なんといってフェイトの休暇をもらってきたのだろう。
フェイトが急にいなくなった分、シャーリーたちは帰ればてんてこ舞いになるに決まっている。
知らぬが仏。その時がやってくるまで、二人には報せないでおいてやろうと思う。
 
もちろん、その休暇をフェイトが受け取ればの話ではあるけれど。
 
──“そう、ですね”
 
もちろん、その休暇をフェイトが受け取ったのだから話ははやい。
 
フェイトが受けさえすればあとは、言い出した張本人のヴェロッサ自身が同じように、休暇をとっていないわけなどないのだから。
はやての知るヴェロッサとは、そういう不真面目な監査官だ。……この場合に限っては、いい意味で。
 
──“どこか、案内してください。一人だとまだ頭が真っ白で、何をすればいいか思いつきませんから”
 
目尻に涙を光らせた彼女の口元は、綻んでいた。
穏やかに、そして緩やかに。
 
──“オーケー、エスコートしよう。確かに勝手に休暇をもらってきたのは僕だ、そのくらいの責任はとろう”
 
はやての見守る中、彼は右手を差し出した。
躊躇うこともなく、彼女はその手をとった。
 
──“期待してます、ヴェロッサさん”
 
役職ではなく名前で、手を引く青年を呼んで。
 
そして二人は歩き出した。
無限書庫を、後にした。
 
ひとつの恋が、終わった。
 
 
〜this story is over. and to be continued to“Curtain call”〜
 
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いつもに比べあっさりめに仕上げてみましたが、いかがだったでしょうか。
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