おめでたいみたいです。

 
冬コミに参加された方々、お疲れ様でした。紅白はしょこたんのとこしか見てません。
ドリルで天衝いちゃったよあの人。・・・はい、元日から更新するヒマ人の640です。
実際、三が日ってテレビもワンパだしすることないんですよね。どこか行くにもけっこうあちこち休みだしで。
自分はコミトレ原稿というやらなきゃいけないことがあるんで丁度いいんですけども。
そんな元日のお供に読んでいただければと短編更新です。
 
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新年一発目は予告どおり季節モノでもなんでもない、数の子話第二回目です。
ディエチとウェンディメインのつもりが、チンク姉が出張ってきて三人メインになりました。
地味に次の連載物に向けて伏線張ってたりします。
数の子話は書いてて楽しいけども楽しいせいでどうもキャラが壊れていくわねぇ。
 
・・・ま、いいか(ぉ
 
では、どうぞー。
↓↓↓↓
 
 
 
 
 
スクリーンの青白い光だけが、暗がりの広い会議室に浮かび上がる。
視線を注ぐ影の数は、九つ。
 
「……それで、次はこの子。ノーヴェ、あなた用の機体ね」
 
大画面が切り替わり、モノクロの図面が見つめる少女達の瞳に映し出される。
現れた画像にスバルの胸元のマッハキャリバーが喜んでいるかのように点滅し光ったのは、気のせいではあるまい。
 
正面、側面、待機状態。
少女達の前に投影された図面に起こされたその形状は、地を駆けるスバルの両足に装着され、胸元で起動のときを待つ彼女。
あるいはその姉妹機たるギンガのブリッツキャリバーと瓜二つであったのだから。
 
開発コード名『サイクロンキャリバー』。カートリッジシステムが追加されている以外、基本フレームと形状に関しては私のブリッツやスバルのマッハと同系……つまりキャリバーズ三番目の姉妹機ということになるわね」
 
赤いレーザーポインターの光が、図面上を横切っていく。
説明するギンガの視線が、未来の自分の愛機の姿を見つめていたノーヴェへと向けられる。
 
本人が自分の視線に気付くのを待ってから、ギンガは問うた。
 
「今のところ、AIを積んだインテリジェントタイプか非搭載のストレージタイプかは決まっていないけれど……。どうするかは自分で考えておいて。用意する申請書類なんかも色々と違ってくるから」
「……うん」
 
曖昧に、彼女は頷いた。未だ行き先をどうするかも決めあぐねている少女には、そのギンガの問いかけは些かに性急なものだったのかもしれない。
しかし、その質問はノーヴェだけに適用されるものではない。配属先でのデバイス支給を希望した面々──チンクにオットー、セイン以外、全員に言えることだ。
 
質実剛健な拠り所となる相棒か、ともに成長していく相棒か。その選択は彼女たち皆に課せられた課題なのだから。
 
ノーヴェ以外の面々のうちディードは日頃と変わることなく、落ち着いた目で姉の愛機となる機体を、じっと見つめていた。
けれど、残りの二者は。ウェンディとディエチは。
それぞれに思いを含んだ表情・視線で、ギンガの声を聞きデータを見、何かを考えているようであった。
 
 
Numbers 〜生き方に、地図なんかないけど〜
 
case.B 5 and 10 and 11
 
 
「我々の出所を早めただけでなく、個々のデバイスまで……。本当に、八神二佐の手腕には頭が下がるな」
 
皆が出て行った会議室は、その広さにがらんとした印象を残った者たちへと与える。
もともとたった数人しかいなかったとはいえ、残っているのが三人だけともなればその印象も仕方のないところだろう。
 
プロジェクターの鍵を投げてよこしながら、チンクがナカジマ姉妹へと笑いかける。
 
「でも、八神二佐は悔やんでおいでのようだったわ。……その、チンク。あなたのことを」
 
一方で笑みを向けられた二人のほうはといえば、どこか複雑そうな表情であるということは拭えない。その理由はすべて、今ギンガの言った言葉、ただそれに尽きる。
 
「なに、気ままな後方の書庫勤務も悪くはない。それに出所時期そのものは皆とさほど変わらないなんて恵まれすぎているよ、私たちがしたことを考えればな。感謝こそすれ、恨むことなどなにもない」
 
チンクの希望調査書類が建前上のものであるということは、この場に残った三人の間にあっては既に暗黙で認識しあっていることだった。
 
彼女の行き先は、既に決まっている──正確には、ごく限られている。いずれも前線とは程遠い、武装する必要もなくまたその戦闘機人としての肉体にかけられた能力限定を解除することもない場所。
かつ、万一の際に数多くの局員が突入し彼女を取り押さえることのできる部署。すなわち彼女は、彼女自身と姉妹たちの自由と引き換えに、管理局上層部にとっての保険、人質となったのだ。
 
刑期が自分と同じく長く続くであろう二人の姉妹──ディエチとセインに自由が与えられるならばと、チンクはその条件に従った。
そして自ら、限られた選択肢のうちから静かなときの流れる職場にして監視場所、無限書庫を選んだのである。
スバルたちのかつての上司の親しくしている人物がその場所の責任者であると聞いたことも、彼女の決断の材料としては大きかった。
 
「むしろ、随分無理をさせてしまったのではないかと思うよ。なにしろ監督役付きでとはいえ、こんなに早く皆表に出られるようになろうとは。生半可な困難ではなかったろう」
 
かつての機動六課部隊長、八神はやて二佐。そして彼女に指揮官としての心構えを叩き込んだギンガたちの父、ゲンヤ・ナカジマ三佐はともに、ナンバーズたちの処遇について同情的であった。
特にはやてのほうは本局に太いパイプを持っている。彼女がJS事件の裏にあった事情と、そのパイプとを利用してチンク達を一生閉じ込めておきたいとさえ思っているであろう局上層部を揺さぶりにかかったのは想像に難くないことだ。
 
幸いにしてナンバーズの面々の志望先が殆どそれぞれ対戦闘機人戦経験のある者たち──つまるところ旧六課隊員であったメンバーの配属先であったことも功を奏し、保護監督責任者を各々につけ抑止力とすることで早期出所を飲ませたようだが。
 
それだけで見逃してもらおうというのも、虫が良すぎる話だ。
はやてや、ゲンヤだけでなく。様々な人々に迷惑ばかりかけてしまったというのがチンクの正直な思いである。このくらいのリスクはこちらも背負わなければ割にあわない。
 
「ディエチは高町教導官がよく面倒を見てくれるだろうし、ウェンディやセインの希望している首都防衛隊とやらには旧機動六課のメンバーも多いのだろう?」
「うん、シグナム副隊長とヴァイス陸曹。それにアルトが一緒だよ」
 
ついでをいえばディードのほうは希望先がクラウディアだと聞いたティアナが、ダガーモードでの近接のいい練習相手になりそうだ、と喜んでいた。
 
「オットーもなんだか、決まったみたいだし。あとはノーヴェだけね」
 
一体お風呂で何があったのかしら、と少し意地の悪い目を向けられて、後頭部を掻いて苦笑するスバル。
流石は姉というべきか、ギンガの勘は鋭かった。
 
が。
 
「いや……そうともいえんぞ」
「「え?」」
「相棒か……確かに今までの私たちには考えもつかなかった概念だからな」
 
机上のデータディスクを手にして、チンクは考えるようなそぶりを二人に見せた。
着々と、日常生活を送るための準備は最終段階に向かっているとはいえ。
闘うためだけに生きそのためだけに武器を扱ってきた少女たちにはまだ、色々と乗り越えねばならぬものはあるということだ。
 
チンクもまた、姉の目で。妹達のことをよく見ていたといえる。
 
*   *   *
 
インテリジェントと、ストレージ。いずれかが自分たちにとっての新しい相棒になる。
どちらにするか選ぶのは、それぞれ自分次第。武器が相棒。パートナー。
 
だというのなら、つまり──……。
 
「おー、ヴァイス陸曹」
 
基本的に、この海上隔離施設への長距離転送による往来は禁じられている。
危険性は少ないと判断されたとはいえ、ここに入っているのはいずれも犯罪者なのだから。
転送ポートを用意などして、もし反乱が起きれば悪用される恐れがある。故に来訪のための手段としてはヘリか船しかない。
 
陸上本部を経由してやってくることの多いスバルが利用する頻度が高いのは、どちらかといえばヘリ部隊の伝手を頼った前者である。
ときにはアルトが、ときには歳若い見知らぬヘリパイロットがスバルと共に顔を見せ、またときには彼──ヴァイス・グランセニック陸曹がスバルをこの場へと送り時間潰しにひょっこりと顔を出す。
 
見知った青年の姿に、他の姉妹たち同様ディエチも思案に耽るのをやめ、簡単に会釈を交わす。
 
「ねーねー、あれからアルトやおっぱいの副隊長さんとなんか進展あったー?」
「そーっす、おっぱい隊長おっぱい隊長―」
「やーかましい、小娘どもにその手の話題は十年はええ。つかそんなことシグナム姐さんの前で言ってみろ?みじん切りにされっぞ」
 
彼に懐いているのは主に、セインとウェンディである。
かつて機動六課隊舎襲撃戦の際重傷を負ったとのことで、その戦線に参加していたオットーとディードは彼に負い目を感じているのか会話にどこか躊躇いがちだ。
 
「ヴァイ兄、ヴァイ兄、ストームレイダーのやつももちろん一緒ッスよねー?」
「ん? ああ、ほらここに……」
 
そして、ディエチはというと。
 
「あっ、こら」
「おー!!会いたかったッスよ、ストームレイダー、元気でやってたッスかぁ?」
 
そのどちらでもなく、一歩引いて姉妹たちと彼との交流を見つめている。今日のようなもどかしい、複雑な気分のときには、特に。
 
認識タグの形をした待機状態をとっているヴァイスのデバイス、ストームレイダーを目にするなり、ウェンディは目を輝かせて彼の手からそれをひったくる。
精密射撃を可能とする銃型デバイス兼ヘリの管制頭脳を兼ねるかの機体は、はじめて目の前に見せられたときから彼女のお気に入りなのである。
 
「ほんとにウェンディは気に入ってるんだね、その子のこと」
「そりゃーもう!!未来の同僚ッスから!!」
 
元来ライドボードという飛行型装備を駆り高速の移動や輸送任務を得意としていた射撃タイプの戦闘スタイルをもつ彼女にとって、意志を持つヘリにしてライフルというヴァイスのデバイスは、非常に愛着が湧くものであったのかもしれない。
 
無口なAIのデバイスに対しいとおしげに話しかける姿は、実に微笑ましい。
 
「あー、あたしもはやく自分のデバイスが欲しいッスー」
 
ただ、その言葉が。ほんの僅か、ディエチの胸にひっかかる。
 
「……ウェンディは、インテリジェントタイプを希望するの?」
「とーぜんッスよ。ストームレイダーみたいに愛いやつがいいッスねぇ」
 
なにか、違う気がした。妙に心の表面が毛羽立っていくのがわかる。
 
「……あたしは、嫌だな。支給されるならストレージのほうがいい。インテリジェントは……なんか、不安だ。怖い」
 
そして気付くと、彼女の考えに対し真っ向から冷や水を浴びせるようなことを口走っていた。
一同の視線が集まっているのに気付き、慌てて口を噤む。
 
「……ごめん」
 
その謝罪の言葉が、果たしてウェンディに対するものであったのか、空気を悪くしてしまった一同に対するものであったのか。
はたまたあるいは、直接そのような言い方を聞かせてしまった当のインテリジェントデバイスたるストームレイダーに対するものであったのかは、ディエチ自身にも、よくわからなかった。
 
「ディエチ姉さま」
「ちょっとその辺り、歩いてくる」
 
妹の気遣いの声に背を向け、ディエチは彼女たちの一団から離れた。
頭を冷やす必要があると、思った。
 
*   *   *

なんとなくで予想し向かった先に、案の定というべきか彼女はいた。
武装としての大半の機能を取り外され、訓練に使用しても問題ないという程度にまで出力もリミッターによって抑えられた各々の武装がそれでも厳重に保管されている、ギンガか担当官の許可なしにナンバーズたちが足を踏み入れることのかなわぬ場所。
許可なき者、立ち入りを禁ず──赤文字で書かれた扉の前に、ディエチは佇んでいた。

「ディエチ」
「チンク姉」
 
チンクの隻眼に映る彼女は、結んだ髪を揺らして振り返る。

「どうした。ひとりで」
 
区画をひとつ動けば、休める場所がある。親指をそちらに向けて、ついてこいという意図を示す。
姉妹たちから別れひとり物寂しい場所にいたディエチは、素直に従い後を追って歩き出す。
 
「デバイスのこと……どうかしたのか?」
 
彼女の別行動の理由には、ある程度察しはついていた。
図星をつかれ、息を呑むのが背後から聞こえる。
 
スライドドアの向こうに、自販機とベンチがあった。
 
「いや……ちょっと、ね」
 
腰掛け、腕組みして彼女の言葉を待っていると、目を合わせることなく観念したように話を切り出してくる。
 
「不安だ、と言ったらしいな。やっぱり使い慣れていないものを与えられてそれを使うというのは怖いか?」
「……うん。あ、いや。怖いっていうか……言葉通りだよ。少し、不安だなって」
「寂しい?」
「そりゃ、行動中の破損なんかで破棄して新しいタイプや予備機にマイナーチェンジするとか、そういうことは今まであったけど。ずっとあたしの固有武装はあれだったから。……希望出しておいて、今更ではあるんだけど、ね」
 
窓の外に広がる青い海を見ながら、彼女は頬杖をつく。
 
「ここは前の機体ならこうだったとか、自分のクセはこんなで、それとのマッチングがこうだとか。勝手に色々考えて、比べちゃうんだろうなって」
「……ああ……」
「だったらなにも感じない。考えたりしないストレージのほうがいいかなって思ったんだ。武装がただ武装であることが、当たり前だったから」
 
自信が、なくって。
彼女の言葉に含まれるその憂いの意味を、チンクはおぼろげに理解した。
 
それは変化訪れる際の、不安と寂しさがまだらに混ざり合った感情。
使い慣れた装備をこれ以上使い続けること叶わず、新たな力をその手に求めざるを得ないが故の戸惑い。
遠くない将来、己の手の内に納まるであろう新たな『相棒』。
 
今まではそれをただ武装としてみていればよかった。しかしこれからはそうもいかない相手を自分の得物とし、共に戦っていく。文字通り、『相棒』として。
武器を武器でなく、パートナーとしてみることを自分達は教わった。
ストレージのほうがいい──そういった彼女の言葉には、その手にこれから握られるであろう相手と、うまくやっていけるだろうか。
これまでの巨砲と同じように使いこなしていけるだろうかという自身に対する疑念があったはずだ。
道具としてではなく、相棒として。そうして接することを教わったばかりの、武器を武器としてのみしか見てこなかった自分に。
 
物静かだが、考えすぎる。ある意味ディエチの美点とも呼べるその部分が、今回は自分への不安へと変化したのだろう。
 
「……別にいいのではないか? はじめから使いこなせなくとも。比べたとしても。最初のうちは変化に違和感はつきものだ……そうだろう?」
「チンク姉」
 
それこそ、ギンガの言っていたことを実行すればいい。
 
ストレージが相手ならば、確実なパフォーマンスを返してくれる質実剛健な愛機に自分が見合うよう己を練磨していけばいい。
インテリジェントタイプならば互いの呼吸が合うまで共に切磋琢磨し、マッチングの相性を“二人で”考え、息を合わせていけばいい。
 
なにもはじめから完璧である必要はない。息が常にぴったりであることもない。
戦闘機人としての肉体と性能とをもとに各々の役目のために調整を受け、完全──100%を求められたのは既に過去のことだ。
これから自分たちは一人の人間として生きていく。最初から完璧な人間など、いるわけがないのだから。
出会う事象ひとつひとつに向き合って。可能な範囲で全力を尽くしていく。戦闘機人ではなく、人間として。
バイスとの付き合いも、そのひとつに過ぎないのだから。
 
はじめる前から不安に選択肢を狭め、出会う前の相棒に対する自分に懐疑的になったり、それ故の申し訳なさを感じる必要などないのだから。
 
「私たちの身体だってそうだったろう。常にその時点で最も高い性能を引き出せるよう調整されてはいたが──だがそれでも、やはり常に完璧ではなかった。データ蒐集と新造パーツが完成するたび、改良とあらたなマッチングとを繰り返して進歩してきた」
「……うん」
「何かの本に書いてあった気がするな──完璧とは、なるものではなく求め続けていくものだと。そういうことではないか?」
 
ストレージ、そしてインテリジェント。違いは、相棒のために目指すか。それとも相棒と共に目指すかという点のみ。
なにも難しいことはない。デバイスとの付き合い方を知る者は自分達以外に大勢いるし、整備や調整に専門家もついてくれる。
 
「これ以上不安ならば、スバルやギンガに訊けばいいさ。デバイスに関しては彼女たちのほうが付き合いは長い」
「……だね。ありがと、チンク姉」
 
行くか、というチンクに、ディエチも頷いた。
 
*   *   *
 
そして、一方。
 
「うー……アタシなんかまずいこと、言ったッスかねぇ……」
 
皆で移動した、レクリエーションルーム。
落ち込んでいるといえば間違いなく落ち込んでいるのだろうが、飲み干してなお銜えたままぺこぺこ鳴らしているジュースの空き缶のおかげとてもそうは見えない。
本人なりに自分の落ち度を探しているはず──のウェンディの姿もそこにあった。
 
胡坐を組み、本人的には最大限悩んでいるであろうことを窺わせる難しい表情で考え込む。……考え込んでいる。多分。
 
「うーん、話聞く限りじゃ特に問題ある言動じゃなかったとは思うけど……」
「スバルに言われたくな……」
「……はい? ウェンディさん?」
「……いえ。スバル・ナカジマおねーさま」
 
ただそれでもふざけていると周囲からとられない、一見傍から見ればスバルとの軽い漫才に見えかねないやりとりが愛嬌で済むというのも、ウェンディのさっぱりとした性格のおかげだろう。
後頭部にみしりとめり込んだスバルのアイアンクローの指先が、ゴッドフィンガーと化す前に慌てて訂正しつつ。
目だけを彼女は自身いうところの「おねーさま」(半強制)に向ける。
だって、猫なで声が笑っていないんだもの。
 
「でもだったらアタシの言動に問題がないなら、どーして?」
「んー……それはわかんないけど。ただ、問題とかとは別に、ウェンディのデバイスに対する考え方は少し違うかなぁ、とは思うよ」
「「考え方ぁ?」」
 
ウェンディと。集まっていた姉妹たちの中から、ノーヴェが声をあげる。
 
おや、と一同から集まった視線に、うっすら頬を赤らめて彼女はそっぽを向く。
それぞれが漏らした苦笑に、その紅みを上昇させていくノーヴェが睨むのは何故か、スバルのほうだった。
言いたいことがあるなら、言えばいいのに。素直でない、その小動物的な雰囲気を醸す仕草が、一層一同の穏やかな笑顔を誘う。
 
「ま、とにかく。ストームレイダーのこと大好きなのはいいけど、あの子みたいなデバイスが欲しい、ってのは違うでしょ」
「うぇ? どーしてッス?」
 
ぐりぐり、と乱雑にウェンディの赤毛を弄んでやる。
大雑把に後ろのところでゴムとバレッタに留められた彼女の下ろせばセミロングほどの髪は、大した手入れもしていないのに腰も強く、しっかりとした弾力で応えてくる。
……まあ手入れどうこうはスバル自身割と適当だから、人のことは言えないんだけども。
 
「ギン姉の話、聞いてたでしょ。デバイスは『相棒』。あんなのがいいこんなのがいい、あれが欲しいこれが欲しいって、玩具じゃないんだから」
「あ……」
「そりゃ、製作段階である程度使用者の希望やクセにあわせたセッティングはするけどね。どんな仕様になっていくかは、結局本人とそのデバイス次第」
 
スバルの声に叱ったり、怒ったりするような色はない。
ね、と胸元のマッハキャリバーを軽く弾くと、同意を表す発光と電子音声とが返答する。
唯一無二の、まさに「人格」を持つAIは、振る首があったならばその通りだとばかりに大きく上下させていたことだろう。
 
「ストームレイダーはあくまでストームレイダーただ一機。他のデバイスがストームレイダーになることはないってこと」
「……ッスか……」
 
ぼさぼさになった髪で、俯くウェンディ。
 
「……なんかはじめて、スバルが年上に見えたかも」
「はっ?」
 
ついでに、一言多い。
 
「ウェーンーディー……そーかそーか、あたしのことそういう風に見てたんだー」
「いやいや、だって!!いつもほら、結構能天気にアタシらと馬鹿やってたりするじゃないッスか!!ね!!」
 
またお前は、という苦笑なのか呆れなのかわからない視線が他の姉妹から注がれる。
このあとに待つ、一種のショートコント──無論スバルもそのつもりで半分上段で楽しんでやっている──を期待しながら。
 
ボケに対するつっこみは些か強力である。わかっていてついぽろりと言ってしまうのがウェンディなのだけれど。
天井からの金盥を頭に受ける、芸人のような。臀部にタイキックを受ける笑ってはいけない人たちのような。
そんな見る側とやる側は非常に楽しく、受ける側には非常に厳しいそんなノリである。
 
「おお、ここにいたか」
「チンク姉ー!!」 
 
ただし今回は救う神あり。
ディエチを連れレクリエーション室に顔を出したチンク、その二人組の背後に、隠れるようにして彼女は回る。
 
──ちっ。
 
「「?」」
 
室内にはじめからいた一同──ギンガを含む──から聞こえた舌打ちと、縋ってくる妹とに、二人は顔を見合わせた。
 
「どうした? みんなして」
「いや、別に。ちょっとデバイスのこと、話してただけだし」
「デバイス? ならちょうどよかった」
 
明らかに視線を逸らし答えるノーヴェ。全員揃って強く頷くあたり、例によってウェンディ“で”(誤植に非ず)遊ぶところだったのだろう。
大体こういう場合、被害者となるのはノリの軽いセインかウェンディ、ひっかかりやすくリアクションの大きいノーヴェである。
 
「二人に聞きたいこと、あるんだ。デバイスについて色々と」
「ディエチが? いいよー、なんでも訊いてー」
「また安請け合いを……」
 
ぽん、と叩かれた背中に、ウェンディは姉の顔を見上げた。
屈んでその後ろに隠れていると、結んだ房を背に垂らした髪型の姉は頭ひとつ分ウェンディより大きかった。
 
その顔が、こちらを見て珍しく微笑んでいた。
軽く、ウインクまでして。
 
「ほら、私たちも行くぞ」
「たっ」
 
一瞬、我を忘れた。スバルたちの前に腰掛けるディエチの背中を、ただ眼で追っていた。
チンクが無表情に引っ張る頬の痛みに導かれ、先ほどまで自分のいた席にウェンディも戻る。
 
なんだ、元気になったんだ。内心でそのように嬉しく思いつつ。
思っていた以上に自分が姉のことを気にしていたことにまでは、流石に思い至らなかった。
 
それもまた、能天気なウェンディらしいといえばウェンディらしい。
 
 
 
− next case, No.6 and No.12−
 
 
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それでは今年もよろしくお願いしまーっす。 つWeb拍手