大泉さんの叱責が聞こえてくるようですよ。

 
はい。結局12時間耐久でss書くよとかほざいてたわりに二人そろって途中で撃沈という体たらくっぷり。この責任は……うん。ケインさんよろしく(押し付け
 
7000字弱が一本と3000字ちょっとが一本しか結局書けずじまいでしたとさ。
 
てわけで一本目に書いた7000字弱のやつを多少加筆改稿してうp。
今回縦書きでかなり趣味に走った文体にしてるんですんごいよみにくいかも……(汗
 
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『イマジネーション』
 
 
どれくらい、姉妹たちと。父なるドクターと顔を合わせていないんだろうか。不意に、そんな思考が脳裏をよぎっていった。
 
少し考えてみても、正確な月日が途方もない数字となっているように思える。うんざりとしてドゥーエは思考を打ち切った。
 
あまりものごとを細々と覚えているのは得意ではないし、趣味じゃない。そういうのは一番上の姉──ウーノや五番目の妹、チンクの分野だ。
情報などというものは自分自身が望むように生き、生存を続けていけるだけの必要なものだけを取捨選択して最低限、データに残しておけばいいのである。それが自分の持論。
不要な情報はただ、記憶媒体や脳の要領をただ無為に食うばかり。いちいち余分なものまで事細かに整理して残しておくことのできる性分という点においては紛れもなく、自分とあの二人とは性格的に相容れない別物だ。
 
もっとも、自分の考え方が己が身を守るだけに目的が留まることのない集団行動のうちにおいては不向きであることも十二分に承知しているけれど。
自分が不要と切り捨てた情報も、他の誰かにとっては生き抜くのに大切な、必要なものであるということは少なからずあるのだから。
 
情報に対する責任が、自分以上の大きさに膨れ上がる。それを残念ながらドゥーエは憎からざるものとは思えない。
むしろ、煩わしい。自分はそこまで広い器量は生憎と備えてはいないのだ。
 
だからきっと、自分は組織を構成する一部となるには向かない。興味があるのはあくまで自分、そして家族のみ。それ以外に対して分け与えてやる感情など生憎、毛筋の先ほどさえも持ち合わせてはいない。
 
そんな自分だからこそ、保持するISの特性以上に適材として父であるドクターは、単独での敵地潜入による諜報任務へと割り当てたのだと思う。
 
かつて、会話のうちに自分の価値観を問い。そしてそれを好ましい、近しいと評した彼の選定の目は確かだった。
従事してみて、実感した。まさに適任だと、我ながら思った。
生みの親と、生み出されし者の関係。遺伝子の成せる業か、それ以上に彼と自分とは考え方も価値観もそっくりで。
そんな彼が。彼の遺伝子を体内に持つ自分が。同じく彼の遺伝子を受け継ぎ、彼自身の手によって生み出された姉妹たちのことがドゥーエは他の何者よりも愛おしかった。
幸せであるのはその範囲内にいる存在だけで十分だと思っていた。
 
“──人には二面性があるとはいうけれど。私が受け継いだのはむしろ彼の、内へと向いた部分ね。”
 
ドゥーエは、思う。自分と、クアットロ。科学者ゆえのただただ捻じ曲がり利己的に内側へと向いた彼の思考を受け継いだのは、おそらくこの二人であると。
他人の都合など、知らない。課せられた任務、目指すべき目的のためならば提示された手段に必要な見返りなど一切気にはしない。
ただ、目的のため自分はひとり潜入を続け。目的のため、先ほど始末した三匹の古狸を筆頭に多くの者たちを殺めてきた。
戦闘機人らしからぬほどやさしすぎるチンクであれば眉を顰めていたかもしれない行為も……何の感慨もなく、自分は消化し続けてこれたのだ。
 
そう。ドゥーエがこれまで好きに動いてくることができたのも偏に、長女ウーノと五女チンクが一人の欠員など物の数ともせぬほどにしっかりとドクターを補佐し、留守を預かってくれていたからこそ。
 
絶えずくだらない、不要であることこの上ない些細な情報にさえ細々と目を配り、吟味し続ける。そんな退屈な役割を同じ戦闘機人でありながら彼女たちは担っていた。
自分には、到底できないことだ。あのふたりがドクターの、やはり科学者ゆえの几帳面さ、そして目的に向かううちにどこかへとおきざりにしてきた人間的な部分を受け継いでいてくれて、ほんとうによかったと思う。
繰り返して、思う。自分には誰かを引っ張って全体を見渡すなどということはできない。性質の近いクアットロも、両者の中間に丁度位置する三女・トーレも同様であったからこそ。彼女らのような存在は貴重だ。
そういった作業は姉妹のうちにおいて、彼女たちにしかできないことであったろう。
 
“──どうして急に、そんなことを思ったのだろう。”
 
戦い、任務に従事するためだけに生み出された戦闘機人としては余計な、望郷の念でも抱いたのだろうか。
自らの願望……悪しき存在からの世界の秩序防衛。そのために彼ら自身の規定する『悪』にまさしく適合するジェイル・スカリエッティを生み出し、手を結び。
人を救うため各々の人間としての肉体をも捨て去った、ひとならぬ姿のあまりに支離滅裂な人間くささを腐臭のごとく漂わせ続けていた老体たちに中てられたのだろうか。
 
まったくもって、自分らしくないな。思ってみて、ドゥーエは自分を鼻で嗤ってやりたい衝動に駆られた。
 
だって、そうではないか。自分がやつらの生臭みにとりこまれた?まさか。ありえない。
身内と自分のみを大事に、最優先に。そうでない者、利用価値のない者に対しては徹底的に冷酷に当たること。それは自分ひとりの哲学ではない。
敬愛するドクターがそうでありまた、自分に懐き慕ってくる妹・クアットロへとドゥーエ自ら口を酸っぱくして教え込んできた、敵だらけのこの世界で生き抜くための厳然たる鉄則。
自分たちは、異端。ゆえに一般とは相容れない。ならば利用するのみ。異端に集った同じ人ならぬ身の者たち同士だけを守るために。
世界と自分たちとが相反するのならば、世界に対しては常に冷酷たることこそが己を守る最良の方法。
 
“──ドクターの計画は、そんな生き難い世界を、私たちのためのものへと作り変えるものだった。だから私には、好ましいものに感じられた。仮面を被り続けること、それが生まれ持った能力である私には、他の姉妹たち以上に余計に。”
 
たとえ、世界それ自体がドクターにとっては副産物であったにせよ。愛する姉妹たちにとっては自己存在と合致する世界を生まれて初めて得ることになるのだ。
 
おもしろい。やりがいがある、と思った。世界で生きていくのではなく、生き易い世界にする。発想の転換とはまさにこのこと。
もとより彼に造られた存在たる自分に、彼からの命令を拒絶することなど考えられないことではあったけれど。
はじめて聖王教会へと送り出されたとき、ドゥーエの心は遥か未来にある楽園を想像し、柄にもなく確かに躍っていた。
 
あの日、あのとき。不釣合いな相手──司祭のひとりへと身体を開いたのもただそれだけのため。
いかに相手が苦悩しようと。並々ならぬ葛藤と決意の末に起こした行動であろうと、ドゥーエにとってはそのようなこと、眼中にないどうでもいいことだった。
 
笑顔をつくり恋焦がれる純粋な姿を演じて見せたのはあくまでも目的を達するのに必要であったからこそ。後世にいかに伝えられようと知ったことではない。興味もない。
身体を許し肌を重ねたことも、なにもかも全ては聖王の聖遺物を手中に収めんがための行動、手段。
 
それはいかにもつまらない交歓だった。子孫を残す、ただそのためだけの雄と雌の行為になぜあの男はあそこまでの拘りを持っていたのだろう。なぜあんなにも猛然たる決意を必要としたのだろう。
 
自分が戦闘機人であること、男のDNAなど機能の調整でいくらでも用意に胎内から消し去ることが可能であることを伝えれば一体、どんな顔をしただろうか。
今振り返ってみると、惜しいことをしたようにも思えた。始末をつける前に、言ってやればよかったかもしれない。
悪趣味であるという、自覚はある。もらうものさえもらってしまえば用はない。そう切り捨てたのを、そんな理由で口惜しく思うなんて。己がいわゆる悪女であることを、ドゥーエは否定しない。
用がない。そういえば手に入れた聖骸布からのデータも、同じ理由でとっととウーノへと送ってしまったんだっけ。
自分の任務は、それを得ることただそこまで。得てしまえば自分にとっては、用済みの品物であるから、と。
姉は姉であの性格だから、さして何も言わず確かに受け取った旨のみを短く通信として送ってきただけだった。
 
“──ラボへは、そのあとに一度呼び戻されて帰ったきりだったかしら。”
 
妹たちや、ドクターの顔を直接見たのもそれが最後だ。あとは通信越しにやりとりを交わすばかり。
尤も期間が開くだけで、成長も老いもない家族ばかりだ。懐かしさこそあれ、見違えるなどといった驚きや新鮮味など、たまのモニターでの顔合わせにも顔見知り同士では新鮮味もありはしなかったが。
 
任務の長さから比べればほんの少しの期間、皆の暮らすラボへと戻って。しばしの休息ののち向かうよう命じられた今度の任務は敵の首魁ともいうべき相手の世話係。
もちろん、遥か昔に人の姿を捨ててなお目的のため生にしがみつく老骨──骨も肉も脱ぎ去り脳髄だけとなった平和の亡者たちにこの表現は不適切かもしれないが──の世話を求められたからといって、ただ愚直にそれに応じ果たすためなどではない。
ナンバーズ、戦闘機人としての正体は完全に隠し、ジェイル・スカリエッティが適正を選定したとする一介の秘書官という肩書きでその懐へと赴き。
少しずつ、少しずつ信頼を勝ち取りながら、その『三人』ではなく『三つ』となった脳髄たちの垂れ流す情報を吸い上げては気になるものを姉妹たちのもとへ送る。その密命を帯びて。
 
経歴の工作は完璧だった。最高評議会、そして彼らの子飼いである陸上本部が指導者、レジアス・ゲイズ。訝しい目で見られた期間はごく僅か。
当初はただ従順に、徐々によく気のつく世話役の面を見せていくというやり方は彼ら純粋が高じ道を踏み外した人間に対してこの上なく効果的であった。
根本が静謐、生真面目な人間ほど気付かぬうちにしかけられた策謀の網には囚われやすい。あの司祭と同じだ。篭絡のセオリーはこちらにも通用した。
信用に訴えるか、愛情に訴えるか。ただ、それだけの違いでしかない。
奸雄の色好みは今に始まったことではないが、陸上本部中将殿と肉体だけとはいえ愛人関係を結んだことさえあったのだから本質的には変わらない。
 
……そのおかげで彼の娘である眼鏡の次官によってきつい目で睨まれることとなったのは、潜入工作員としてはいらぬ余計なおまけであったが。
 
あとはただ、時が来るまで自分に課せられた使命を黙々と果たすのみだった。──時が、くるまで。
 
すべてがおわり、すべてが始まる日。それからさらに数刻ほどの時を自分が待たねばならぬことをドゥーエはよくわかっていた。
自分のタイミングが、重要。実働にまわるほかの十一人の姉妹たちより、なによりも自分の成功かこの任務の可否に不可欠であるということを。
 
皆は、守りきる。制圧する。久しき四人とまだ見ぬ七人が。自分たちが合わせるのではない、自分たちへと適合した世界に造り替える。
この能力──IS『ライアーズマスク』が、その名を帯びた能力だけのものとなる。生まれ変わったあとの世界には、仮面を被る必要もない。
なぜならばすべてが完了したそこにあるのはドクターの造った世界。自分たちが謳歌するための世界なのだから。
 
*   *   *
 
そして、ようやくにしてその日。そのときはやってきた。
タイムテーブルは既に数日前の時点で暗号化され届けられていたから、事が起きても特別な連絡などは定時の報告を除いてはこれといって送られてはこなかった。
 
聖王の器の奪取……完了。対抗部隊……本部隊舎、壊滅。すべては、順調だった。あとは自分がいつ動くか、ただそれだけだった。
油断しきっている三つの脳髄──最高評議会を始末するのに要した労力はそれまで費やした時間と比べるならば、拍子抜けするほどにあっけないものだった。
 
愛用の武装、長年の潜伏の間もけっして手入れを欠かしたことのない信頼に足る装備・ピアッシングネイル。
 
その一閃が彼らの脳髄を納めた培養槽を切り裂き、戦闘服の踵がぐちゃりと生の感触を伝えたとき、長い長い仮面舞踏会は第一幕の終わりを告げたのだ。
足の裏に糸を引く水分と蛋白質の塊を擦り落とした瞬間に、仮面は脱ぎ捨てた。あとは終幕に向けて突き進むのみ。
 
脱いだ仮面のあとには、新たな仮面を。残るは陸上本部、最後の首魁、レジアス・ゲイズのみ。これさえ終われば、姉妹たちと合流できる。
ゆりかごは並ぶもののない強力無比な最終兵器への階段を上り。そこに待つ十二人の家族の下へと自分は凱旋するだけ。
そう、凱旋。勝利とは即ち、世界と自分が合致するということ。仮面を被ることなく意を通すことのできる、その立場を得るということだ。
その意が大きかろうと、小さかろうと。闊達自在な世こそがすなわち、人がその生きる世界に対して得た勝利。
 
他の誰かのことなど知らない。ドクターの勝利。それが自分たちにとっての勝利なのだ。勝者は敗者に優先する。それもまた世界の理。
 
ウーノの穏やかな、戦闘機人らしからぬ穏やかな瞳をようやくに見ることができる。きっと彼女のそれはドクターにとって生を送ってくる上で不要となった、かつて落としてきた感情をそのままに受け継いだもの。
威勢のいい、トーレの声も懐かしい。彼女はその卓越した戦闘能力でいったいどれほどの立ちはだかる敵を屠り去っただろうか。実力は既に諜報・暗殺特化である自分など、優に超えていることだろう。
クアットロ。誰よりも自分を慕ってくれた、かわいい妹だ。ゆりかごの制御──彼女に任せておきさえすれば心配はあるまい。自分と同じ、非情さがある。敵の事情も、他人のなすこともなにもかも関係ない。目的を果たす、興味はただその一転に集約されているはずだ。
 
“──もうすぐ、会える。”
 
自分が長くラボを空けるようになって、彼女は度の入っていない眼鏡を絶えず身につける習慣をみせはじめたと聞いていた。
現に一度報告と休養に戻った際、出迎えた彼女は縁の薄いそれを鼻の上に載せていた。
いざというときの眼光こそ鋭すぎるほどに鋭いが、十二分に美形と呼べる顔立ちなのに。少し、もったいないように思えた。
だから何故かと尋ねてみた。せっかくの顔をそうやって周囲からぼやけさせてしまうのはどうしてか、と。
 
「ドゥーエ姉様の仮面は、私にはありませんから。その、代わりです」
 
彼女が返事とともに見せたのは、この世で目にした者など数えるほどしかいないであろう、はにかんだ笑顔。
続けて、私の憧れですから、と。僅かに身長の低い妹は言って上目にこちらを見上げてきた。
 
笑えばこんなに可愛いのに。美人なのに。やっぱり、もったいない。似たもの同士姉妹のシンパシーが、そこにはあった。
けっしてこちらの独りよがりなものではなくクアットロもまた、それを感じていたはずだ。
もちろん他の妹たちだって、かけがえがないことには変わりないけれど。
クアットロにとってドゥーエが特別な姉であるように、ドゥーエにとってもまた同じく、クアットロは他と一線を画す妹であった。
 
“──チンクは第一次の作戦において破損した、か。修復は間に合ったのかしら?”
 
同じ顔を知る姉妹たちの中でも、チンクはドゥーエにとって不思議な存在だった。
あれはそう、たまたまラボへ戻った際居合わせた、身の程知らずな管理局の一部隊による拠点襲撃。そこで屠った、その後レリックウエポンの実験体に身を窶した男を、彼女は気にしているようだった。
 
正直に言おう。いったいそんなことをして、なんになるのかドゥーエには理解できなかった。
甘いし、生臭すぎる思考だと思った。その男に刻まれた右目の破損をそのままにしておくなど、無駄にもほどがある。
その甘さがきっと、抜け切れなかった。それが今回の大破に繋がったのだということは、実際に現場を見ていないドゥーエからも容易に想像が可能だった。
 
彼女の持つその感覚は、姉妹たちに対してだけでいい。そう率直に思う。
ウーノから時折聞かされていた、姉妹たちの近況。かつてはクアットロと並ぶ末の子だった彼女は面倒見のいい、下の娘たちをまとめるよき姉へと成長しているとのことだった。
それでいいのだ。それだけで、いい。その甘さを他に与えてやる必要など、爪の先ほどもない。
 
帰ったら、たっぷりと皮肉を言ってやることにしよう。そして──飲み物でも持っていってやるとしよう。
修理中ならアルコールは厳禁だろうが、勝利の美酒というやつを楽しむ権利は彼女にだってあるはずだ。
 
“──ああ、ほんとうに楽しみだ。顔も知らぬ、未だ見ぬ下の姉妹たちとも、もうすぐ会える。”
 
興味深い研究結果、活動力のあるよい子。手のかかる子、元気がいいだけの馬鹿な子たち。騒がしい妹。
よく知る四人がそのように評した七人とは、一体どのような妹たちなのだろうか。
ひとりひとりの、その名前を反芻するだけでも楽しみであることこの上ない。終われば、会える。
 
本当に。本当に────……ただただ、待ち焦がれる。
 
*   *   *
 
それは、全ての任務の仕上げだった。腐っても時空管理局陸上本部のトップ。混乱と暴力に建造物それ自体が包まれようとも、護衛がいなくなるタイミングは、そうそうなかった。
だから、チャンスを彼女は待っていた。千載一遇の、そのときを。必ずやってくると、彼の側に忍び時を待った。
 
“──ああ。えっと。クアットロや、皆と合流して。それから、どうするんだっけ。”
 
そしてその任務は完遂された。……彼女自身の命と、引き換えに。
 
自分と身内の身を守る、ただそれだけに彼女の戦闘能力は特化されていた。思考も、行動パターンもすべてがそこを中心に回っていた。
ならば、もしその身内から矛を向けられたなら? 少なくとも身内だと認識し、協力関係にある利用すべき相手であると思っていた相手の攻撃が、自分へと向いたならば、どうなる。
想定の範疇の外に生まれた出来事の結果が、そこにあった。
 
「……」
 
味方だと、姉妹から送られた情報にはあった。だから彼の突入に標的が気をとられた、まさしくそのときこそが好機だと判断した。
 
頭には男の経歴は完璧に叩き込まれていたはずだった。あくまでも、書類上。職務上の経歴においては。
彼女にとって男の交友関係など、どうでもよかったのだ。自分の刺したレジアス・ゲイズの部下であったというその情報だけで、十分だと判断していた。
 
姉妹の名が、顔が、友に過ごした日々が思考のうちに徐々にかき消えていく。
心臓部を男の一撃が貫通していった事実すら、彼女はもう自覚できなかった。
ただ、浮かんでは消えていく。姉妹たちが。己の、過ごしてきた日々が。
 
そうやって自分の脳髄が生み出した映像の中に沈み、ノイズを増やしながら埋もれていく。最果てに待つ、黒一色の世界を目指して。
掠れ失われていくそのイマジネーションたちが走馬灯と呼ばれる、自分自身の機械仕掛けの命の火だということを彼女が認識することは、もはや永久にない。
 
女が仮面を脱ぐことは、ついになかった。仮面の世界は、輪廻をせず破壊されることもなく終わったのだ。
 
ほどなくして、ゆりかごも一斉に放たれる砲火の閃光に、消えた。
 
 
 
……end.
 
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