んでティアナ+ディード話更新。

 
はい、自分では無理だろうと思っていた某レーベルの新人賞の一次選考を突破してて軽くびっくりの640です。まったく予想外、いやほんと。二次の結果を首を洗って待つとしますかね。
 
で、『双銃の弾道・双剣の軌跡』を更新ー。前回の話はこちら
 
趣味に走ると文体が疎かになってる気がしなくもない。
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歓迎されるというのは、どうも苦手だ。
 
『そう。とりあえず登校一日目は無事に終了、と』
「……そこは登校じゃなく、まったく思ってなかったにしろ嘘でも任務と言っておきませんか? フェイトさん」
 
まして自分はたかだか、一介の執務官補佐である。もうひとり、ディードに至っては未だクラウディア配属の捜査官見習いに過ぎない。
それが、仮に一人娘の部下であるとはいえ。管理局の第一線からは殆ど退いた立場にあるとはいえ。
 
「ほんと、緊張しましたよ。よくよく考えたらフェイトさんのご家族ってみんな、一般の局員たちからしてみたら雲の上にいるような人たちばかりなんですから」
 
やれこのおかずはここがおいしいだとか、やれデザートもあるからねとか、あまりに気安くアットホームに迎え入れられても困るのである。
 
リンディ・ハラオウン総務統括官──元提督。
エイミィ・ハラオウン通信司令──現在育児休業中。
 
そういった歓迎を行ってくれる二人の女性は悉くにして、本来ならば秘書官や正規の手続きといった段階を踏まなければ会見もそうそうままならない相手なのだから。
 
『ふふっ。ティアナは生真面目だね、母さんたちから言われなかった? 気にしなくていいって』
「そりゃあ、言われましたけど……」
 
言われたからといって、すぐにできるものでもない。タンクトップの上から羽織ったパーカーの裾の皺を伸ばしながら、ため息をつく。春先とはいえ、さすがに夜ともなれば一枚で過ごすにはまだ寒々しい。
 
ティアナが今いるのは、ディードとともに逗留する、ハラオウン家の一室に設けられた通信室。
管理が異世界のごく小さなスペースとはいえよく整備された性能のいい通信機器が揃っているのは、ここを元来使用していたのがその方面のエキスパート、通信畑出身の人間であるがゆえか。
 
モニターの向こうのフェイトを前に、コンソールに置いたカップを手にする。中身は砂糖をほんの少しだけ加えた紅茶。
あまり混ぜ物をするのは好きではない。淹れてくれたのは件の総務統括官でもある家主だが、彼女の薦めてきたミルクと砂糖を大量に入れるのが旨いという特性の緑茶は、丁重に遠慮させていただいた。
 
『それで、ディードの様子はどう?』
「あの子も、あれでわりとうまくやってますよ。学校ではすずかさんがフォローに入ってくれますし。今はリビングで子どもたちの相手してます」
 
カレルとリエラ。双子の幼児たちにせがまれて、本を読んでいるはずだ。ティアナがリビングを出てくる際には戸惑いがちで、どこかぎこちのない様子で子供たちの間に挟まれている彼女であったけれど。それこそ、二人の母親であるエイミィがすぐ傍についているのだから心配はあるまい。
 
「ひょっとして、あの子たちの相手を任されることも計算に入ってたんですか? ディードが」
 
微笑ましげに頬を緩める上司へと、ティアナは訊いてみる。正解、という声の代わりに彼女は人差し指を立てて口元に翳し、いたずらっ子ののように重ねて笑う。
 
計算済みというか、打ち合わせ済みだった。さもそんな顔だ。
 
「とにかく。今日の報告はそんなところです。このぶんなら、予定の一ヶ月かからないかもしれません」
『あ、待って』
「?」
 
ほんとうに、もう。優しい、物静かな顔をしていて悪巧みが得意なんだから。……言えばおそらく、どこかの元六課部隊長の狸さんほどじゃないよ、などと返されることだろうが。
会話を切り上げて、通信のスイッチに手をかけようとする。呼び止められて、再び上司へと顔を向ける。
 
『明日、学校はお休みだよね? 日曜日』
「? ……ええ、そうですけど?」
 
聞いた話だと、そのはずだ。だから明日は丸一日完全に、捜査に使うことが出来る。そのつもりでおおまかな予定を立てている。
 
『だったら、母さんやエイミィには既に話は通してあるから。そっちの世界の生活に必要なもの、買ってきなさい』
「必要……って。日用品は概ね間に合ってますよ?」
 
言われてみても、とっさには何のことを言っているのかぴんとこなかった。まるきり没交渉のはじめての世界にきたというわけでもないし、非常にミッドとは生活様式の似通った場所である。持参していないものであっても、滞在先であるハラオウン家で基本的には借りられる。
上司がいったい何のことを言っているのか図りかねて、ティアナは首を捻った。
 
『そっちだと、ないと不便なものがひとつあってね。明日、エイミィについていけばわかるよ』
「はあ」
『ディードと、ひとつずつ。気に入ったものを選ぶといいよ』
 
またもや、よくわからない言い回しだった。選り好みの出来る、かつミッドにはない必需品? 一体、なんなのだろう。
 
 
『双銃の弾道・双剣の軌跡〜ある執務官補佐の日誌から〜』
 
 SideA. Chapter2 海鳴の日(2)
 
 
様々な、形。様々な色をしたそれらがディードの前には並んでいる。手に取れば、それなりの重みが返ってくる。戻すと、つるつるの表面に僅かに指紋がついていた。
 
大抵は、その一往復の動きだけ。好きに選べといわれて一人ここに残されてから、殆どはそこまでで終わっている。
 
「?」
 
だが、ただひとつだけ。あちこち視線を移してなお、戻ってくる。手にとっては、戻す。その反復運動を繰り返す対象がある。
深い海のようなブルーに、ディードにとってかけがえのない存在である人物の、その瞳の色を思い出させるグリーンの縁取り。それがディードの目を惹きつける。
 
何度目かの顔を上げて、陳列棚の向こうに見え隠れしていたオレンジ色のおさげ頭が見えなくなっていることに気付き、ディードは周囲をきょろきょろと見回す。
 
「こっちよ、ディード」
 
デニムのダメージパンツとミニスカートを重ねた、エプロンスタイル。上も半袖と七分袖のTシャツを重ねた年上の女性が一枚の紙切れを片手に手招きをしていた。
その傍らには、黒髪を首の後ろのリボンに束ねた、更にもう一回りほど年上の女性。
 
「ティアナ姉さま」
「決まった? どれにするか」
 
ツインテールを揺らし、サンダルの音を鳴らしてこちらに歩いてくる。ディードはもう一度振り返り、先ほどからの青地にグリーンのもののところからバーコードの描かれた申し込み書類の小さな紙片を手に取る。踵を返して頷くと、あちらも頷き返して先に立ち歩みを再開する。
この用紙を店の人に渡して、お金を払う。必要な書類に記入をして、手続きを済ませる。そうするとさっきの青と淡緑の小さな機械の塊が、ディスプレイ用のからっぽのものではなく実際に機能し稼動するものとしてディードのもとにやってくる。
 
映像による同時中継もできない。送れるのは文書と音声だけ。魔力運用の心得がある魔導師や騎士、あるいはより高性能かつ洗練されたミッド製の通信手段を自前で持っている存在からしてみればまったくもって無用の長物。ミッドの技術レベルと比べればあまりにもアナクロな通信情報端末。しかしアナクロゆえに、そちらにこちらが合わせてやる必要がある。こちらの技術をこの世界で使っていては、不自然極まりないがゆえに。そんな電子機器。  
 
現地の言葉では、携帯電話というのだそうだ。この入手のために、ティアナとエイミィの二人に連れられ、ディードは休日のショッピングモールにやってきている。
 
「はい、ティアナ。ディードはこっちね。……っていっても家に戻ったら中身いじんないとだから預かることになっちゃうけど。こっちからの通信も拾ったり送ったりできるようにしないといけないし」
なのはさんやフェイトさんの使ってたものもそうなんですか?」
「そう、基本的にはこっちの世界で買ったものを改造してる。ま、改造自体はふたつみっつチップ埋め込むだけの簡単なやつなんだけどねー」
 
オレンジと白の端末を受け取り、ティアナがエイミィと並び会話を交わしながら前を歩く。
 
二人を追いかけて横切った柱の一面が鏡になっていて、ディードはふと立ち止まった。
 
異世界にいる自分が、そこには映っている。長袖の白いTシャツ、ミニスカートのワンピース。フードがついたグレーのベスト。どれも職場の先輩であるシャーリーやティアナにはじめて連れられて買い物に出かけて、彼女たちの見立てで購入した愛着のある服装だ。はじめて訪れたはじめての世界の、はじめての休日を、自分はこの服装で過ごしている。
左足のニーハイソックスが少しだけ下がっているような気がして、腰を曲げてディードはその縁へと左右の手を伸ばす。
  
「ディードー? いくわよー?」
「あ、すいません」
 
呼ばれて、もう一度だけおかしなところがないか確認して。振り向き立ち止まっている前方の二人に続く。
 
仕事でこの世界を訪れているという気分は、少なくとも今は特に感じなかった。ハラオウン邸での改修が終わったら、慣れるためにもポケットの中のこのブルーとグリーンの端末を色々弄ってみようと、ディードは思った。
 
*   *   *
 
「で、一日でこんだけ電話帳が溢れかえったわけだ、二人とも。モテるわねー、あんたたち」
 
そして、翌日。放課後の喫茶店にて。四人分の飲み物を前にティアナの真新しい携帯を覗き込むアリサが、同じくディードのそれをかちかちと操作し続けるすずかの隣で、二人に向かい言った。
つい一日前にはからっぽだった二人のメモリーは、途中でストップをかけたティアナで50件の電話番号とメールアドレスが。求められるまま、止めるという発想も術もなかったディードのものに至っては男女問わず100件近い件数が今日だけでびっしり記録されている。
 
「早速、同じクラスの男子生徒の方々から何件か休日に一緒に外出したいという誘いの連絡があったのですが……」
「あー、ほっときなさい。無視無視、そーいう手の早いぶん頭の軽い男どもは」
 
吐き捨てて、コーヒーを啜る。ぱちんと閉じてすずかともども、ティアナとディードに携帯を返却する。
 
「あ……」
「まぁ、どこの世界でも男ってのはそういうものだってことがよくわかりました」
「お、やっぱミッドにもいるのね、そんな男どもが」
 
ティアナは、ディードの言葉に答えたアリサに同意するようなことを言った。
 
──そうじゃなくて、の一言をそこに挟みこみきれなかった。
 
彼女たちは気付いていない。ディードが言いたかったのは、訊ねたかったのはそういうことではないということを。
他愛のないやりとりを続ける二人に、なんとなくそこからディードの言葉は詰まった。
 
「ディードちゃん、なにか言いたいんじゃない?」
 
助け舟は、四人のうちの残る一人。カチューシャの女性からやってきた。
 
「……え?」
 
すずかの言葉。それにより、ティアナとアリサも会話の応酬を止めて、彼女とディードとを見比べる。
二人の視線を感じるのが、なんだか恥ずかしい。……うん、多分これは、恥ずかしいという感情なのだろうと思う。
 
「やば、そうだった? ごめんごめん、悪かったわね、ディード。あたしってば聞き流してた?」
「いえ、そんな」
 
素直に頭を下げてくる、ブロンドの女性。なんとなく目を合わせ辛くて、ディードは紅茶の水面に目を落とす。
 
「ただ、よくわからなくて」
 
訊きたかったことは、ほんの些細なことなのだ。きっとまだ自分の知らない感情や、理解できていない作法・人々の行動様式というものがあって。
多分今回のこれも、そんな自分の無知ゆえの世間一般からしてみれば他愛のない疑問でしかないのだろう。
 
訊きにくかったのは、そういう認識が自分自身に対してあったからというのもある。無知の恥。端的に言い表すなら、その四文字が胸にあった。
 
だけど、事実わからないことには変わりないのだ。多分このまま一人では、答えは出せない。
知らないことを、理解できはしない。
 
「殆ど何も知らないような相手──私と。どうしてクラスの男子の方々は外出行動をともにしたいと望んでくれたのでしょうか?」
 
きょとんとした、三対の目がディードへと注がれた。
それは、と。数拍後に切り出して回答を彼女へと提示したのは、アリサだった。
 
*   *   *
 
「参ったわね。ごめん、気付いてくれて助かった」
 
捜査があるからと、先に席を立って出て行った二人を見送ってから、アリサが呟くようにすずかに言った。
テーブル上のカップはもう空。お代わりを注文するかとすずかが訊ねれば、水のグラスを呷り首を横に振る。
 
「フェイトから、頼まれてたのにね。色々、特別な事情のある子だからって」
 
忘れていたというわけではない。事情とか、そういうのを抜きにしてあくまで自然に、アリサなりに普通の接し方をしようとしただけだった。
だが、それが有効でない場合もある。今回もそういうケースであったということだ。
 
「先生やるのって、難しいわね。なのはにできるんだからあたしにだって、って思ってたけど、ちょっと自信なくしそう……なーんてね」
 
天を仰いで、ちょっと首を倒し軽く舌を出してみせる。
 
「でも、いい子だよ。二人とも」
「そりゃ、そうでしょ。フェイトが普段教えてる子たちなんだから」
 
そのフェイトが二人を預ける際に、言っていたこと。ティアナについては、少々プライドが高い。生真面目が少々度がすぎることがある。その程度だった。
ディードについても、ほんの一言。複雑な事情で、人に接することにまだあまり慣れていない子だからと、それだけで。
 
「なんとなく、出会ったばっかの頃のフェイトを想像してたけど……それとも、ちょっと違うって言うか」
「根本的に、知らないんだと思う。いろんなことを」
「……知らない、か」
 
そう。まだ色々なことを知って、学んでいる途中。
 
元人見知りの元引っ込み事案としては、言い出せなかったり会話に困ったりする心境は少しはわかるつもりだから。すずかがそのように肩を竦めるのに釣られて、アリサも思わず口をゆがめる。
 
「引っ込み思案、って。大昔も大昔、小学校1年や2年の頃までじゃないの、あんたは。元がつくにもほどがあるわよ」
「うん。だって荒療治してくれたいじめっこのだれかさんがいてくれたし、アフターケアをしてくれたとってもやさしい子もいてくれたしね」
「……言うじゃないの」
 
*   *   *
 
子供たちが生まれたのにあわせてリフォームしたというハラオウン家の浴室は、広かった。浴槽も、洗い場も。大人二人分以上は優にある、ゆったりとしたゆとりある設計で広く間取りをとられている。
シャワーのお湯が、タイルを打っていた。洗い場でシャンプーの泡を流すオレンジ色の髪の毛がそれ自身の含んだ水分の重みに、床まで届いている。
 
「アリサさんに言われたこと、よくわからない?」
 
その姿を、浴槽内からぼんやりと見ていて。髪の毛からお湯を絞りながら発せられた声に、ディードはふと我に返る。
 
立ち上がったティアナが、浴槽内へと入ってきた。お互い、生まれたままの。一糸纏わぬ姿に湯の中へと身体を退けあい、沈める。
洗い場の気温と、湯の温かいぬくもりの温度差とに長く深い息を気持ちよさそうにティアナがついた。
 
「……ごめんなさいね。あたしのほうがお姉さんなのに。うっかり流してそのままにしちゃうとこだったわ」
「ティアナ姉さま」
「でもね、アリサさんの言ったことがすべてだと思う。人ってわりかし、単純で享楽的で受容的なのよ」
 
頬に張り付いた髪を払う。ディードの頬についたものも気付き、指先を伸ばして払ってくれる。
浴槽の中は、二人がゆるやかに足を崩すことのできる深さと広さがあって。薄く白に濁った入浴剤の色の中に、ふたつの裸体が隠れている。
 
「あたしはこういう性格だから、賑やかな歓迎とかには冷めちゃいがちだし、軽いうざったい男なんかは鼻っ柱に一発おみまいしてやりたくなっちゃうけどね」
 
その、白いお湯の中でティアナの掌がディードの手に触れる。ぱしゃりと音を立てて、水面下から持ち上げる。
 
「『あんたに気があるから。あんたがかわいいから』。ほんと、アリサさんの言うとおり、それだけだと思うわよ。あんた顔いいし」
「私が……?」
「そりゃ、そーでしょ。胸だってあたしより大きいわけだし。これで生まれて三年経ってないなんて将来有望すぎるわよあんた」
 
そういわれて、掬い上げるように両胸をお湯の中でやおら掴まれ、持ち上げられる。
 
でもそう言われてみても、やっぱりディードにはよくわからなかった。
まだまだ、自分の認識外。理解の範疇の外にあるものが世界にはどうやらいっぱいあるらしい。
 
「みなさんに好意を持っていただけてる……そういうことで、いいんでしょうか」
「だーから。そう言ってるじゃない、さっきから」
 
向かい合わせの射手は、ディードの両胸を弄んでいた両手を放し、水面のすぐ上で左右を組み合わせて、水鉄砲をこしらえて。
正確な照準で、狙い過たず白い温水を頬にめがけて噴射してきた。
 
二度、三度、四度と。断続的に続いて、目を開けていられなくて少々困った。だけどなぜだか、ディードの唇の隅は柔らかく曲線を描いて笑んでいた。
 
うりゃ、うりゃ。発射のたびに発せられるティアナの短い掛け声も、弾んでいた。
 
*   *   *
 
その夜、ディードは通信室を借りて一本のリアルタイム通信を入れた。
 
相手はミッドの時空管理局本局──同時期の海上更生施設からの出所後、そこに勤務する双子、オットー。
自分が、異世界にきていること。この世界でやっていること。昨日今日の二日間だけで起こった、さまざまなはじめての出来事。双子の弟──妹に、ディードはことこまかに包み隠さず話していった。
 
『……なんか、気に入らないな、それ』
 
そんな中、クラスの男子たちに連絡先交換をこぞって求められ、また外出に誘われたことを話すと、オットーは彼にしては珍しく心底おもしろくなさそうな顔でディードの告げたその出来事を評した。
 
『僕はディードに、その人たちと一緒にでかけてほしくない……かな。あんまり』
 
どうこう、僕の言えることじゃないけれど。オットーは結びにそう言葉を繋げて、視線を落としていた。
 
どうして? とディードは訊いた。オットーは少し考え込んで、なんとなく、と答えた。
 
『ただ、気に入らないんだ。理由はよくわからないけど』
 
なんとなくなら、仕方ない。しばらく話して、二人の間にある通信は切れた。今度の休暇、また一緒に食事にでも行こうと誘い合わせて。
 
通信を終えてから、ディードは脇に置いていた自分の携帯電話を手にした。頭には、ためらいつつもこの中にあるメモリー内容について不満を訴えていたオットーの顔が印象強く残っている。
 
気がつけばディードの指先は、開いた携帯の操作ボタン上を滑り動いていた。
ほどなくしてメモリーの一番上に登録されたのは、先ほど送った通信の受信先と同じ。本局のオットーへと直通の、彼のプライベート回線の番号だった。
作業を終えて、ディードは携帯を閉じた。これで、いい。
回転椅子から腰を上げて、機器の電源を落としていく。ぐるりと見回して確認し、明かりを消してディードは部屋をあとにした。
 
──明日も、学校があるから。だからオットー、今はこれで我慢してね。
 
まだ、リビングのほうには家主たちのうちのだれかが起きているのだろう。気配がする。頼めば飲み物をもう一杯、もらえるだろう。
先に床に就いたティアナを睡眠の世界に追いかける前に、薄紅色のパジャマでベッドの布団に包まる前に。
なにか、飲み物がほしいと思った。
 
 
(つづく)
 
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