カーテンコール更新。

 
遅くなりました。一次創作の投稿のほうもひと段落しまして、年内はあと1本短編送るくらいなんでだいぶんゆとりでてきました、はい。
とりあえず今週じゅうにはもう一本、なにか短編更新したいなあ、と思いつつ。
前回のカーテンコールはこちら
 
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「──スバル?」
 
 ノーヴェが、ベッドサイドの椅子から、真っ白なシーツの上に突っ伏して寝息を立てていた。
 部屋から出てすぐの長椅子には、ウェンディとディードが──ディードはウェンディの膝を枕に、ウェンディは彼女の頭を、両膝の上に載せて──腰掛けたまま、眠っている。
 
「よかった、目が覚めたんだ」
 
 踵を返して、廊下の向こうへ行こうとした。
 声が飛んだのは、そうして見遣った先にいた、長い髪をリボンで結んだ姉妹からだった。
 
「……ディエ、チ」
「スバルっ!?」
 
 ベッドからひきずるようにして降りた際、どうにかひっかけたビニールスリッパの感触が、冷たい。
 ここがどこかの施設の、集中治療室である認識は、スバルにもある。少なくとも、乗り組んでいた艦内ではない。
 空士服の姉妹──書類上の手続きが完了すれば戸籍上は同い年の、一人ぶん上の姉となる少女は、両手に三枚、妹たちのための毛布を抱えている。
 
 彼女のほうへ、一足を踏み出した。瞬間、世界が揺れた。踏み出した一歩の、その重みを。膝が、支えられない。崩れゆくのが、傾き続ける視界の中に認識される。
 
「……ごめ、ん」
「目覚めたばっかりなのに、立ち歩くから。ほら、病室に戻ろう。起きてスバルがいなかったら、きっとまたみんな心配する」
「……あたし……どれくらい……」
「ほぼ、五日。あれから一番近くの観測基地に入港して。本局からマリーさんたちもきてくれて、大騒ぎだったんだよ」
 
 慌てて毛布を放り出したディエチの腕の中に、倒れ抱き止められた。
 存在している、左右の腕を相手の肢体に、絡ませるようにして。支えてくれる彼女の身体に、どうにかしがみつく。
 
 あのとき。確かに失った──身体から泣き別れになったはずの右腕が、包帯で全面を覆われて、義姉の制服へと埋もれていく。
 そこに右手は、ある。
 
「右腕……どうして」
 
 ディエチは、そのまま身体の位置を入れ替えて肩を貸しながら、スライドドアの向こうへとスバルを搬送する。
 
「セインが、ね。みんなを回収してくれたんだ」
 
 ベッドの上へと、ノーヴェを起こさぬよう注意しつつも彼女は慎重に下ろしてくれる。
 背中が、マットへと止めようもなく落着する。瞬間、強張っていた全身から全ての力が抜け落ちた。同時に、冷たい汗が噴き出した。
 
「まあ、おかげで無茶しすぎて、あの子の修理……じゃない、治療も艦の設備じゃ無理ってレベルだったから、ね。この基地の医療施設に、スバルといっしょに移送されて入院中」
「セインが……」
「そのときに、一緒に拾ってきてくれたんだよ。スバルの右手も、……そう、右手も──レイジングハートも」
 
 だがその冷たさ以上に。
 師の愛機たるその名が彼女の口から吐き出された瞬間、スバルの全身を、まるで氷の世界へと無防備に飛び込んだがごとき感覚が、駆け抜けていった。
 
「ディエチ……なのはさん、は……?」
「……」
 
 レイジングハート。いつだって師のそばに──エースオブエース、高町なのはのもとにある、彼女の愛機。その機体が回収されているのであれば、きっと。
 
なのはさん……一緒なんだよね? あたし……なのはさん、助けられなかったけど……それでも、なのはさんなら……レイジングハートがいるなら……」
「スバル」
 
 きっと、ううん、絶対に。無事だ。そうに決まっている。怪我はしているかもしれないけれど、誰より先に立ち上がって、復帰して。また部隊の指揮をとっているに決まっている。一年半前、JS事件の直後、そうであったように。
 今回だってそうに、決まっているじゃないか。
 
「スバル、聞いて。あのあと──ガジェットたちの戦術が変化したすぐあとに、ゆりかごがまた転移の体勢に入ったんだ」
 
 それは、縋るような願いにして、思い。また同時に、信じたくないことと信じたいこと、相反するその二つがない交ぜになった感情。
 
 だが姉妹の言葉は、その心を無慈悲に打ち砕いていく。
 目の前の彼女なりの配慮を加えられながら、言葉をひとつひとつ、慎重に選別されつつも。
 
「回収するのは、スバルたちだけでも精一杯だったんだ。セインもディープダイバーを使ってぎりぎりまでがんばってくれた」
 
 信じたいという思いは、零れ落ちていく。
 信じたくない、その意思は変えようのない現実の前に蹂躙される。
 
 どうしようもなく。なすすべもなく。
 
「う、そ……だよ……ね……?」
 
 横に力なく振られた姉妹の首は、まるで懇願するような色を持ったスバルの声を断ち切る動作であるかのごとく、見上げる彼女の目には映った。
 
なのはさんは……戻ってきてない。帰還も、回収も。されてないんだ」
 
 
魔法少女リリカルなのはstrikers 〜Curtain call〜
 
第十九話 感じる心を、埋め尽くして
 
 
 栗毛の妹からの通信を、一旦遮断する。疲弊しきった下の妹たちの世話や、補佐役の真似事。
 彼女だって心身ともに消耗しているだろうに、負担をかけているな、と思う。
 
 そんなことを言ったところで、控えめな妹は疲れてるのはお互い様、と返してくるだけだろうが。
 
「今、スバルが目覚めたそうです。ディエチから」
 
 部屋に集まっている三人のうちの一人──赤みのある髪を下ろした執務官補が、モニターの向こう、部隊の責任者たる二等陸佐とほぼ同時に、ギンガのその一言に安堵の息をつく。
 そして、すぐに再び、表情を真剣なものへと切り替える。
 
『……それにしても、やられた。ヴィヴィオの例があったてのは言い訳にもならんけど──幼い子供の姿をした聖王の器、それ自身が主犯格やったとは、な』
「──失われた聖王家の血脈。更にそこから追放された分家の血。たしかにこれなら、彼らがゆりかごを手にしようとしたことにも説明がつきます」
 
 二隻目のゆりかご、その直上で行われた会戦において記録された事実と、拘束された潜入工作員から本局査察官、ヴェロッサ・アコースの手により引き出された記憶情報。
 また、実物に即したそれらの質・量には及ばないまでも、無限書庫ならびに各部署の捜査官たちによる地道な調査報告。
 本局のはやてたちの下に集められた、それらが示すことは。
 
『武力によるクーデター……あるいは、独立戦争ってとこか』
 
 彼らの期するもの。それは聖王による統治の復活。
 
 聖王の力を利用して、ではない。この現在の世に生きる聖王の末裔、それそのものの意志として、だ。
 無論、言葉にするにしてもあまりに荒唐無稽極まりないことだ。
 だが、はやてやギンガたちは知っている。あの、ゆりかごの威力を。
 二年前の事件においては、無数のガジェットという尖兵の存在があったとはいえ、ジェイル・スカリエッティ率いるけっして潤沢と呼べなかった戦力を以ってして、あれほどの規模の騒乱を招いたのだから。
 
 ほうぼうへの広い手回しは、今回も同様。組織としての規模・戦力はそれ以上。対するこちらの戦力は前回以上に限られており、侮れるものではない。
 
「例の、財団については?」
『ブルーバード財団、な。聖王教会を通じて回答を求めても、なしのつぶてってとこや。ある程度予測はできとったことやけども、な』
 
 おまけに教会騎士、カリム・グラシア協力の下捜査チームを組織して踏み込んだそこは、もぬけの殻。
 
「教会スポンサーという盾があるおかげで……どうしても後手に回らざるを得ませんでしたからね、こちらは」
 
 さんざんのらりくらりとかわし続けた挙句に、管理局よりの追及に背を向けた。それはすなわち白か黒かでいえば、黒であるということだ。
 ただし掴んだのはその目的と、正体という尻尾のみ。止めるべき本体は、未だギンガたちの手中にはない。
 
『……とりあえず、航行部隊と連携して、月軌道への進路の封鎖を進めとる。そっちには、今チンクの限定解除申請を出しとる。それが通れば、オットーと二人で増援に送る』
「了解です」
『ティアナはディードと一緒にそのままギンガの指揮下で任務に従事するように、とのクロノ提督からのお達しや』
 
 だがそれでも、あの二年前のJS事件と同じ轍を踏むわけにはいかないのだ。
 たとえエースオブエースの安否が確認できなくとも。
 彼女と並び称される黄金の閃光が未だ、前線へと復帰できぬ状態にあったとしても、だ。
 
 ティアナとギンガは、かつての機動六課部隊長の言葉に、頷いた。
 
『ああ、それと。ティアナ、もうひとつ』
「はい?」
 
 伸ばした背筋を緩めようとした赤毛の執務官補佐に、元上官はモニターの向こうから更に言葉を紡いだ。
 
『裏切った……いや、内通者だった、セドリック准尉やけどな。ひとつ、気になることがわかってな』
「気になること、ですか?」
ティーダランスター一等空尉……亡くなったお兄さんについてや』
「……兄さんと彼との間に、なにか?」
 
 息を呑んだティアナの目つきが、急激に変化する。
 暫しの間、『溜め』の時間を置いて、そんな彼女へと、はやては口を開き、告げた。
 
「彼の命を奪い逃走した犯人を別方向からの待ち伏せで捕らえたのが、セドリック准尉の当時所属しとった部隊なんや。立案者は、准尉本人。その功績で彼はレジアス・ゲイズ中将に取り立てられて昇進を果たしとる」
 
 それはもしかすると、単なる偶然。知った名前を書類のうちに見つけたはやての、やっかみにも似た杞憂であったのかもしれない。
 
 だが、しかし。
 その符合が奇妙であること自体は、紛れもない事実であり、その場全員の共通した感覚であった。
 
*   *   *
 
「発端は旧暦──まさに聖王時代真っ只中の、その王家に起きたお家騒動。今で言うプロジェクトFの技術……クローン技術による、王位継承者の大量生産・確保方法が再現・確立されたのが発端」
 
 ゆりかご内部……その個室は、戦闘機人たる姉妹たちへと与えられたもの。
 大半は、今それらを操作するクアットロの要求した機材によって埋め尽くされている。
 
 トーレが耳を欹てるのは、その彼女と。自らの生死を欺きながら、なお最もこの場へと参入していたドゥーエよりの説明と、見解。
 彼女の側から、姉妹へ求めたことだ。合流して以来ようやく、機体細部の微調整以外にも割ける時間がゆりかご奪取という形を結んだことで、得られたという事情もある。
 細かに、問いただすべき部分は多かった。
 
「ま、当然ですよねぇ。それまでは王家の知を絶やさぬためだー、なんてもっともらしい理由があったおかげで、聖王王家は様々な分家に分かれて、それぞれに権力もらえてたんですからぁ」
「……既得権益を奪われることに対する反発、ということか」
 
 更に言えば、分家本家間には当然のごとく格差・差別といったものは存在しただろう。
 いつかは各々の血筋から聖王を──その儚い希望に縋りその差別に耐えてきた分家の者たちに自分らが不要となるクローン技術への本家の方向転換は、許しがたいものであったに違いない。
 
「結果、彼らの一部はクーデターを起こし王家より放逐される。その際彼らの名乗った組織名が、『エル・グランド』。古代ベルカ語で『正当なる王位継承者』──……」
 
 そして、現代における聖王教会、管理局、ならびに彼女ら姉妹の生みの親たるジェイル・スカリエッティのスポンサーのひとつであった、ブルーバード財団の原型。
 彼らは追放され、身を隠すことを強いられながらも、連綿と聖王の血脈を守り通してきた。器となるべき存在を、けっして絶やすことなく。それがあのエースオブエースを孤立戦の毒牙にかけ、撃墜・捕獲せしめた、まさに正当なる聖王の最後の血統──ノアという名の、まだ幼き少女。
 
 つまり彼らはノアを奉じ、待っていた。己が手に、覇権を収めることを。
 
「なるほどな。さしずめ、二年前の我々は実験動物といったところか」
「まあ、端的に言えばそうなるんでしょうねぇ。彼らもおそらく、ゆりかごの戦闘力には半信半疑だったんでしょう」
「ふむ」
 
 だが、そのゆりかごの力を以って、ドクター率いる彼女らはあの戦力で管理局を手玉にとって見せた。あと一歩で勝利を勝ち取るところまで、渡り合って見せたのだ。確認としては、充分だった。
 それを目の当たりにした彼らは、探し始めた。必ずあるはずだと言い伝えられていた、残る別のゆりかごを。やがて、二年という歳月ののち、それは見つかった。
 彼らは、今が動くときであると、判断した。
 
「元々は、うちの13……タイプゼロ・ファーストも、その妹であるセカンドも彼らの組織の研究者が独自に開発していたもののようです」
 
 尤も、肝心の先代聖王サマはお気に召さなかったようで、彼女たちが管理局に奪われると同時に開発の中止をお命じになったようですけども。
 その判断がまるで間違っている、愚の骨頂だとでもいわんばかりに鼻で嗤い、肩を竦めてクアットロが言った。
 
「ま、今の聖王サマは随分ものわかりのいいお子さんのようですしぃ? こちらも協力はやぶさかじゃないと思うのですけれども……いかがかしら、トーレ姉さま?」
「無論だ」
 
 混乱と、変革。彼らのやろうとしていることの方向が、かつての自分たちと同じであるのならば異論はない。
 細かな差異は、作戦行動のうちにおいて修正をしていけばいい。
 
「チンクちゃんたちは生憎と局の側についてしまいましたけどぉ……ドクターたちの奪還についてはあちらからも確約をいただいてますし」
「ああ、せいぜい利用させてもらうさ」
 
 幸い、拘置所からの脱出の際の戦闘で、──神竜クラスの巨大竜との挟撃、及びあちらは飛行のできぬ部下を庇いながらという些か公平とはいえぬ勝負ではあったが──かつてドクターを捕らえたプロジェクトFの残滓は撃ち破り深手を負わせた。
 そして今、このゆりかご内部にはあのエースオブエースもまた半死半生の状態で囚われ拘束されている。
 二年前の事件の折、障害となったこの二枚が既に取り払われているというのは、大きい。
 
 今度こそ。──今度こそ。
 
 はじめて見せた己の意志が、殉じ拘束されることであった末妹──セッテの、ためにも。今度こそは、確実な成功を。
 
*   *   *
 
 あちらと打ち合わせをしてくる、とトーレは出て行った。その背中が扉の向こうに消えた後、もう一人の姉はクアットロに向かい、ぽつりと言った。
 
「随分と甘くなったわね、あの子も」
「ああ、わかります? やっぱり、ドゥーエ姉さまにも」
「もちろん」
 
 敵に回った妹たちを相手にして、明らかに一撃一撃が致命傷にならないよう戦っていた。
 意識してか、無意識のことかは定かではないけれども。本人は手心も一切なしに、戦っているつもりなのかもしれない。
 
「敵は敵。妙な感傷するようになったのね、あの子」
「トーレ姉さまも人の子──といったところですかしら、ねぇ」
「なあに、それ。私たちが、人の子?」
 
 敵と味方の区別のシビアな姉は、そう言ってクアットロへと失笑を漏らした。
 
「冗談。私たちは戦闘機人──、でしょう」
「ええ。残念ながらそんなこともわからない子がうちには多くて、二年前は大変でしたわぁ。そこを行くとドゥーエ姉さまって、ほーんと、聡明」
 
 クアットロもまた、姉の持論に同意を述べた。
 
 チンクら、管理局の庇護を受け『人間』として生きることを選んだ、下の姉妹たち。
 それらは彼女たちにとって、敵という記号、出来損ないというむら気の多い記号。そう、言ってしまえるものでしかなかった。
 
 彼女らもまた、トーレとは違う。
 
*   *   *
 
 最初は、応えられなくて。
 今度は、助けられなかった。助け出せなかった。
 
「……っ」
 
 前と同じように、できると思っていた。信じていた。
 前のようには絶対にしないと、誓っていた。決めていた。
 
 どちらも、二年前。
 
 ゆりかごから、三人をこの手で助け出したときのように。
 敵であった頃のノーヴェたちの手から、取り戻せなかったときのようには──……、だ。
 なのに。
 
「……なのに……っ」
 
 天井には、光の落とされた灯りが薄暗く下がっている。光を放つものはない。
 思いを遂げられなかったスバルを暗いまま、見下ろしている。
 
 自分をベッドに寝かしつけていったディエチは、思いつめないで、今はゆっくり休んで、と言っていた。けれど──いや、ならば。
 
 一体今、自分はなにをすればいい。自分の失敗で追い詰めた師を、一度は切り離されたこの手で助け出すことのできなかった自分は。
 のうのうとベッドの上で休息を貪りながら、なにをすればいいというのだ。
 答える者は、誰もいない。愛機であるマッハキャリバーさえ、今この室内には存在していない。
 
 包帯に覆われた右腕で、スバルは両目を覆う。
 そうしなければ、いろいろなものが溢れていってしまいそうだったから。
 
 自分を庇った、師の姿。
 無数の魔力弾、その豪雨に全身を撃ち抜かれる、エースオブエースの血染めの様相。
 そして、自分ひとりがここにる、今この状況。
 みんなみんな、浮かんでくる映像も現実も、見ていたくはなかった。
 
 両目からはなにも、溢れてはこなかった。流れ出てきたものはみんな、包帯が吸ってくれたから。
 
 代わりに、喉の奥から言葉にならない、声が漏れた。
 とめどなく、どうしようもなく。震えた音が、声帯から流れ出て止まらなかった。
 鼓膜が、それだけに満たされていった。
 
 部屋の外に、整備班から受け取ったマッハキャリバーを彼女の代わりに首からかけたノーヴェの、俯いた姿がぽつりとあったことも。
 妹の肩を叩いたティアナが、深夜の廊下を、彼女の背中を押していったことも。
 自身の声と思いとに埋め尽くされたスバルの感覚の、すべてその枠外にあることだった。
 
 
(つづく)
 
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