一次のですけどね。

 
6000〜8000字が規定のやつなのでわりかし気が楽です(締め切りまでの余裕的な意味で)。
少なくともこの文字数で修羅場ることはない・・・よね?
 
 
そんな本日はカーテンコールを更新。
過去の分はこちらの保管庫、前回のぶんはこちらからどうぞ。
 
ではいきますー。
 
↓↓↓↓
 
 
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「戦闘機人たちの首尾は」
 
 玉座の間──そこはそう呼ばれる、ゆりかご内部におけるいわゆる中枢の指令区画に当たる場所である。
 その中心に、紅く伸びる絨毯の上を横切って、魔法陣のテンプレートが広がり輝いている。
 
 輝きのその色は、虹色。カイゼル・ファルベと名付けられた聖王の血統たるを証明する魔力の光。
「すべて、恙なく。彼女らの目的もあのジェイル・スカリエッティの身柄の奪還という一点を除けば、我々と同じ『この世界を壊す』ことにありますゆえ」
 虹色がそこに形成しているのは、牢獄だった。
 場の中心にあるその光の牢獄の、更にまた中心。円状に広がるその場には、襤褸布のようにうち捨てられ、牢獄と同じ輝きの鎖に四肢を戒められ倒れ伏す、魔導師の姿がひとつあった。
 けっして、死んではいない。ただ、乾いた血と埃とに塗れたその体躯は縛られた四肢を曲げ地を舐めたまま、ぴくりとも動き出しはしなかった。
 
「そう、ですか。兄上」
 
 玉座に座った聖王……小柄な少女は、それをただ見下ろし、言葉を紡ぐ。
 
 高町なのは。あるいは、エースオブエース。
 そこに転がるその肉体の主が一体なんと呼ばれていたかなど、彼女の覇道にとってはどうでもいいことでしかない。
 
 相応の、呼び名と立場があるのなら。せいぜい、自分たちの目的により良いように、有効に利用するまでなのだから。
 
「その呼び方はお控えくださるよう、以前より進言しているはずですが。陛下」
 
 玉座の脇に控えていた男は、にべなく少女の言葉を否定する。
 それは、牢獄に捨て置かれる魔導師を、このゆりかごの艦上において裏切った男。
「……マイア」
「ん、結構です」
 
 少女王が男へと覚えるのは、どこか辟易とした感情。しかしそれを取り繕いながら、彼女は自らがつい先ほど兄と呼んだ男に対し言葉を続ける。
 
「通告の準備は」
「完了しております」
 慇懃に、男は少女──いや、聖王に頭を下げる。
「冥王の捜索、新たなレリックの製造準備ともに滞りなく」
 
 ゆりかごの王と、それに仕える者の関係として。
 
 
魔法少女リリカルなのはstrikers 〜Curtain call〜
 
第二十話 微笑みも、戸惑いも、意味をなくしていく
 
 
 多分。今自分は、彼女と同じことをしているのだと思う。
 
「大丈夫かな、あいつ」
 
 指揮を代行している一番上の姉からは、しっかりと休んでおくように言われた。
 
 だからノーヴェは少し離れた病室で今、スバルがそうしているように、この観測基地からの厚意で割り当てられたこの室内にて、自身もまたベッドの上へと転がっている。
 身を包む陸士制服の上着とスカートは、脱いで。タイを外したYシャツに下着1枚という随分着崩れた格好も、ギンガから休息の指示を受けていたからこそ。
 その格好で灯りを落とした部屋の中、寝転んだ眼前に持ってきた、自身のものではない蒼色の宝石へと、ノーヴェはそんな風に語りかける。部屋の位置は、スバルの病室から一番近い。すぐ隣にはやはり姉妹ということを考慮してか、ディエチが割り当てられている。尤も彼女のほうはといえば長姉であるギンガの補佐役をこなしているせいで、あまり戻ってはいないようだけれど。
『Don't worry. My buddy is strong.』
「うん……わかってるよ。わかってる」
 ごろりと、壁に背を向ける。片手の指先からぶらさげていたマッハキャリバーを、両手に。彼女の本来の愛機たるサイクロンキャリバーは先の戦闘での破損のために未だメンテナンスルームでの修復作業が続けられている。
 つまるところお互い、相棒が戦線離脱中の者同士ということだ。
「……わかってるんだ。あいつはあたしなんかよりも、ずっと強い。そんな長い間見てきたわけじゃないけど……十分、知ってる」
 一度だってまだ、組み手では勝てたためしのない、超えられない相手。だが同時に、こちらが敗北の回数をひとつ増やすたびに改善すべき点を見極めて余裕たっぷりに、懇切丁寧に指摘してきてくれる、そんな姉。それがノーヴェにとっての、スバル・ナカジマという人物。
 
 だけど。
 
「うまくは、言えないんだけど。そんなあいつが『もっと、ずっと強い』って思ってる先生がああいうことになって、それで」
 
 ──それで。強いぶん余計に落ちるときの落差は、大きいものになるんじゃないか、って。
 
 自分のロジックが他人への理解を求めるのに十分な整頓されたものではないことは、ノーヴェも言いながら自覚していた。
 感傷に至るまでの理由に最も大きなウエイトを占めているのが姉の力なくうなだれる姿と、そこに感じた漫然とした不安、心配といったものであるということを彼女自身、よくわかっているからだ。
 しかしマッハキャリバーの反応は、聞き返すでもなく、理解に苦しむ風でもなく。ただ、ぽつりと。
 
『……I wish to express my gratitude for your anxiety.(あなたの気遣いに、感謝します)』
「なんだよ、それ」
 
 己が主に対する彼女の言葉への、感謝の一言だった。そして。
 
『……However, you only have to show such an obedient attitude to Cyclone calibur and my mastering.(それにしても、そういう素直なところを我が主やサイクロンキャリバーに見せてあげればいいのに)』
「へ」
 少し残念そうな、吐く息のある人間ならば確実に溜息交じりであるように感じられる声。
 その言葉にノーヴェが首を傾げたとき、個室の扉の向こうから、インターフォンが鳴らされる。
「お?」
 時間的にはまだ人が尋ねてきてもまるでおかしな時間帯ではないけれど。呼び鈴を鳴らす相手の心当たりがつかず、一度傾げた首をその音に、もう一度傾げる。
 応対に出ようとして──自分の服装に気付き。椅子の背にひっかけていた制服のスカートを掴んで、少し慌てつつ両足を通す。
「はーい、どちらさん……って、ディエチ?」
 
 扉を開くと、そこに立っていたのは長い後ろ髪を一房にまとめリボンで結んだ、姉だった。
「あれ、それって。今から持ってくとこなのか?」
 その両手には、いくつかの食器が──その上にはまったく手付かずの食物が載った──並んだトレイが、抱えられている。
 少し、食事の時間にしては遅いように感じられたが、彼女がここでそれらを手にしているということは、これからスバルのもとへ運んでいくということなのだろう。
 
 しかし彼女は、首を横に振る。
 逆だよ、と。
 
「いらない、って。手つかずだったのを今、引き上げてきたところ」
 スバルだって、あたしたちの身体に燃費がいっぱいかかるの、よく知ってるはずなのにね。そう言って、ディエチは苦くささやかに笑う。
「あいつ……」
「それより、マリーさんが呼んでるよ。二人とも」
「二人?」
 ──というと、つまり。
 ノーヴェとマッハキャリバーで二人、ということか。
『We?』
「スバルのところを出るときに、戻ってくるようギン姉から連絡が入ったんだ。そのとき、ついでに二人に伝えてくれって言われてさ」
 正確には、彼女らを呼んでいるのはマリーというよりも。
「サイクロンが修理についてちょっとした提案をしてるんだって。それと」
 彼女の元にいる、デバイスたちからの呼集。ノーヴェの愛機・マッハキャリバー、そして。
 
「マッハキャリバーには──レイジングハートから。大事な話があるって、呼んでる」
 
*   *   *
 
 既に、彼らが到着したとの連絡は、艦の停泊する基地のほうから伝えられていた。地位的にはこちらから出向くほうが筋であるはずなのに、手間をかけさせるわけにもいかないからと、このブリーフィングルームへとその二人が向かっているということも。
 だから、扉が開かれたときもギンガは別段、驚きはしなかった。
 チンクの限定解除申請に伴い、オットーが呼び戻されたことにより、代わりの護衛を待つ間、到着が遅れていたことについても報告は受けている。
 
「お待ちしていました。スクライア司書長」
 
 眼鏡の青年を、打ち合わせを続けていたティアナやディードたちともども迎え入れる。
 
 ギンガやティアナは、機動六課在りし日の頃から。
 ディードは仮復帰を果たし聖王教会後見のもと、ティアナやここにはいないフェイトの部下として歩むようになって以来。
 捜査に無限書庫を利用する管理局員とそこの司書長という間柄で顔見知りの関係性を繋いでいる。
「ご無沙汰しています」
 そして、ギンガは頭を下げる。
 
「……申し訳ありませんでした。私たちの力不足で、こんな事態を招いてしまって」
 
 彼にとって大切な人物──この派遣チームの本来の指揮官であるなのはを、取り戻せなかったこと。助け出すことが適わなかったことを詫びる。
 だが彼は気疲れのほのかに浮いた、眉根の寄った微笑で応じ小さく頭を左右に揺らす。
 
 仕事が、仕事だから。そう言って、詫びの言葉を向けたギンガを、彼自身が弁護した。
 
ヴィヴィオは?」
赤毛の子──ウェンディ、だっけ? ちょうどそこで会って、彼女が相手をしてくれてる」
 一応は旧知なのだろう、ギンガの前線指揮の補助にとなのはが指名し残していった突撃槍の魔導師とも、彼は言いながら会釈を交わす。
ヴィヴィオも、利口な子だからね。たぶんなのはになにかがあったってことには、気付いてる」
 その上で、こちらが彼女を気遣って隠していることも、きっと理解している。
 愛する母の命の火が、今もって危機に瀕しているという現状、そこにおいて自分が伝えまいとしてくれる皆に、どういうありかたで接するべきなのか。
「大丈夫。あの親子は……強いよ」
 確信的な口調で、彼は言った。
 
 肝が据わっているという以上にそこから発散されるのは、彼からの、彼女に対するゆるぎのない信頼。
 彼は、信じているのだ。エースオブエースを……いや、高町なのはという、女性を。
 
「あの子のためにも、きっとなのはは砕けたりしない。倒れたとしても、何度だって立ち上がれる。僕らのもとへ──ヴィヴィオのいる場所へ、帰ってくる」
 
 その言葉や態度は、不慣れな指揮を任されることになったギンガたちから見れば頼もしくもあり、また同時に、正反対の不安要素を呼び起こすものでもあり。
 
 彼のその様とは、対照的な。
 彼女を助けられなかった、ベッド上の少女の塞ぎ込む様を連想させる。
 スバルは彼のように、揺るぎのない場所へと戻ってこられるだろうか、と。自分と、師とを再び確固たる信心のうちに回帰させることができるのだろうか。
 姉として、スバルに対する信頼はギンガにだってある。だがこればかりはスバル自身の、己に対する信頼が蘇らなければどうしようもない。己を。師が己へと伝えた力の数々に対し彼女が身を預けられると、再び信じ立ち上がらなければ。
 
 と。
 
「──はい。こちら、ブリーフィングルーム」
 ブリッツキャリバーが瞬き、受信を告げた。直接通話の、通信だ。
 相手は、基地の司令部から。こちらはあくまで間借りしている身、申し送り事項の不備か何か、無礼についての呼び出しだろうかと、一瞬身構える。
「……え?」
 そして、彼女の目は見開かれる。
 ほぼ同時に自動ドアがスライドし、肩で息をしたディエチが室内へと姿を見せる。
 
「すいません、遅くなりました……っ」
「ディエチ」
「あ……ユーノ先生……?」
 なのはの現在の愛弟子である彼女もまた、当然のごとく青年とは旧知。しかし彼ら、彼女らのやりとりに目を遣ることもなく、他の者のところまでは届かない音声通話に耳を傾けながら、この部屋に備え付けのブリーフィング用大型モニターのコンソールへと向かう。
 
「……ギンガ姉さま?」
 
 ディードの、怪訝な顔。他の皆も、ギンガの行動が飲み込めない様子で彼女と同じようにそちらへ視線を注ぐ。
 
 彼女が呼び出すのは、ミッドチルダにおいての公共の放送電波。最初のゆりかご発見地点──スプールスであったならばそれも、受信は不可能であったろう。
 どこかの基地でも、連絡が必要な相手でもなく。ごく一般の家庭でも当たり前のように流れているそれにギンガは周波をあわせていく。
 
 やがて本来は他愛のない番組が流れているだろうそこに、『それ』は姿を現した。
 ミッドチルダ全土に中継される、その電波のもと。
 
「これは……」
「まさか?」
 
 その画面に出現したのは放映スタジオの様子でも、中継カメラの映し出す和やかな映像でもない。
 
ミッドチルダ全域、並びに聖王教会、聖王へとその信仰の心を持つ全ての民へと告げます』
 
 それは広く大きな、玉座。その上に座する、座のサイズには不釣合いなほどに小柄な少女の光景。
『我々は、正統なる聖王の血を頂に祀る者。神聖なる王に信仰心在りし者たちよ、我らに従え』
 話しているのは、その幼き少女ではない。
 王の余裕か、はたまた演出か──少女はただ響き渡る声の中、悠然と自らの玉座に腰を下ろし微笑の表情を見る者たちに向けるばかり。
 
「……マイア・セドリック」
「それに……聖王……!!」
 語るのは、裏切り者たるあの男だった。そして少女の顔は、あの日。あのとき。ゆりかごとともに連れ去られた高町なのはを、撃墜した人物のそれそのもの。
 
『我ら“エル・グランド”は布告する。管理局及び、ミッドチルダ政府へと。正統なる──聖王の時代の、復活を!!』
 
 陳腐なアジテーターのごとき大仰な身振りを交え、男は言い放つ。
 けっして上品な類のものでない、歪んだ自信に満ち溢れた笑みがその表情からは滲み出している。
 
「こいつぁ、まるで……」
「宣戦布告……?」
 
 補佐役を務める、魔導師と妹の呟きがそれぞれに、ギンガの耳にスピーカーからの音を追うようにして木霊した。
 
「ああ、どうやらそうみてぇだな。ったく、とんでもない事件ってのは続くもんだ」
「!?」
「父さんっ!?」
 
 続いたのは、聞きなれた声。同時にしばらく、聞いていなかった親しき相手の放った言葉だった。
 一同が振り向いたそこに、陸佐の制服へと身を包んだ白髪の中年男性が聳えるように立っている。
「どうしてここにっ!?」
「なぁに。八神のやつのたっての頼みでな。艦長さんからの提案でもあるらしいんだが……勝手知った連中の指揮を……艦長代行をやってくれとさ」
 
 勝手知ったるとは無論、ギンガたちに他ならない。ゲンヤ・ナカジマ──ギンガらの父親たる彼が、こうして出向いてきたということは。
「基地司令と艦長さんのとこに先に挨拶に行ってたら遅くなっちまってな。ところで、スバルはどうした。ノーヴェとウェンディは走ってくのが司令部の窓から見えたんだが、怪我はそんなに悪いのか」
 そして父親である彼は、娘のことを一同に尋ねる。
 同じく娘である少女たちや、同じこの部隊の仲間である面々へと。
 
「それ、は」
 身体はもう、時を置けば問題ない。しかし、心が。
 ギンガよりもずっと父に近い位置のディエチが、ここ数日スバルの世話をしている彼女ゆえの表情で俯いた。
 
 そのやりとりの中にあっても、絶えずモニター上の映像は。
 聖王を名乗る者たちからの布告の情景を、ミッド全域、管理局管理下の全ての世界に住む者たちの視覚と聴覚へとひたすらに、訴え続けていた。
 
*   *   *
 
 だから、不思議ではない。
 
 レイジングハートとともにメンテナンスルームを訪れたノーヴェも、マリーたちのいるその場所で、画面上繰り広げられる演説を睨みつけていた。
 ウェンディだってそう。ヴィヴィオと遊んでいた基地内の広場で、局員たちの群がる携帯端末に何事かと彼女の手を引いて、野次馬根性に近付いていった。──もちろん内容を知ればすぐにヴィヴィオには聞かせぬよう、その場は離れたけれど。
 エリオやキャロも、レクリエーションルームのモニターで偶然に見ていた。
 
 だから、なにも不思議なことはないのだ。
 
 トイレにと病室を出た先で、スバルがそれを目にしても。
 強迫観念にも似た、言い知れぬ渦を巻く感情に衝き動かされるように、ふらつきながらも姉妹や仲間たちのもとへと縺れる足を進めても。
 ブリーフィングルームにいるからという、ディエチの言い残した一言に縋ったとて、今自分が何を出来るというわけでもないのに。
 
 ただ、入院着に銀色の上着を肩から羽織り、よろよろとスバルは歩いた。
 意味の有無すらわからぬまま、ただ師を奪っていった者たちの演説に、吸い寄せられるように。
 向かう先に、それら敵がいるというわけでもないにもかかわらず。
 
 意味など、ないかもしれない。けれどたぶん、その行動の拠り所は、意味という部分にはなかったのかもしれない。
 
 ──“なのは、さん。”
 
 唇から漏れた小さなその呟きが相手を欲しない、誰に向けられたものでもない言葉であるのと、等しく。
 
 
(つづく)
 
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