こんぷりーと。
あとは24日までに忘れず送るだけっと。
てなわけでティアナとディードの話更新しときますー。いちお今回でこの話はひと段落。
続きの話書くかもしれないし、書かないかもしれない。
そんなとこ。
過去分はこちらの短編保管庫から。前回分はこちら。
てわけでどぞー
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数匹の亀が、のそのそと、けれどそれでいて人間臭いほどどこか慌てているように、不似合いなプールサイドの上を急いでいた。
なぜ? 無論、逃げるために。
捕食者からではないにしろ、野生のそれらと同じく彼らは──逃亡者なのだから。
その目前に、深紅の刃が交差し舞い降りる。行く手を阻むがごとく、タイルの地面に突き刺さる。それに続いて、一人の少女の体躯が彼らの前に聳え立つ。
「逃がしません」
少女は刃を引き抜いて、切っ先を小動物の姿をした彼らへと向けた。
亀の姿をしていて。けれど人間以外のなにものでもない、その者たちを、射竦めるように。
「時空管理局です。変身魔法を、解いてください」
更に彼女の眼光は、その犯罪者たちを貫いていた。
「あなたたちを、捕縛します」
上空でその様を見下ろしていた執務官が満足げに頷いていたことを、彼女たちは知らない。
ディードと、ティアナ。きちんと仕事をこなして帰ってくる二人にお疲れ様と労い迎え入れるべく、そんな上司が微笑の表情で踵を返し、飛び去っていったということについても、同様に。
『双銃の弾道・双剣の軌跡〜ある執務官補佐の日誌から〜』
SideA. Chapter6 海鳴の日(6)── 完
久しぶりに戻ってきたミッドは、雨上がりで。踏み出した爪先が、時折地面に残った水溜りを、路面をふ歩く中で叩いていった。
待ち合わせの場所に着いたのは、十分前。オーバーニーソックスの黒に覆われた自分の両足を包む、やはり黒い紐靴をなんとなく見下ろし眺めていた顔をあげたとき、歩いてくる彼女を──いや、彼を、視界の中に見つけた。
「オットー」
あちらも、ディードのことを確認できたらしい。遠目でも、微かに彼の口元が柔らかく緩んだのが見てとれた。
直接会うのは、それこそ数ヶ月前まで遡る。実際、ディードに至ってはミッドにいること自体がここひと月ほどはなかったのだから、そのくらいは間が空いて当然といえる。
彼のそういう表情は、あまり記憶にない。しかし今はディードも第一に、久しぶりに会えたことが、素直に嬉しい。
長い黒髪を揺らし、手にしたトートバッグも揺らして。足を踏み出す。歩いてくるオットーへと、こちらからも小走りに寄っていく。
するとなんだか、なぜだか彼は一瞬足を止めかけた。
顔は少し、意外そうに。けれどそれはごくごく、瞬きするほどの間のこと。
「……久しぶり」
その表情を見せていたときも、そう言った瞬間も。彼があたたかな表情をしていたのは変わらなかった。
もちろん、ディードだっておなじだ。
「管理外世界でのお仕事、お疲れ様」
彼と久しぶりに会えたことが。直接そうやって労いの言葉をかけてもらえたことが。
なによりも今、得がたく嬉しいものと感じられているのだから。
海鳴で経験した様々な、大切な出来事や思い出と、等しく。
* * *
三日ほど、前のことだった。そのときはまだディードは、ティアナとともに海鳴にいた。
無事に任務は終了、撤収の指示を受けて。あとはミッドへと戻るばかりという、そんな状況で。
一ヶ月に満たない間の──本当に。本当に短かった、学校に通うという経験の、その終わりの日。
その日、ディードは同じクラスの面々たちに囲まれていた。どこからか、それきりでお別れになってしまうことを聞きつけた、彼ら彼女らによって。
男子も、女子も。授業開始のたびに教師たちからの注意を受けては散っていき。また次の休息時間にはぞろぞろと列を成してディードの座る席へと戻ってきた。
「……そう。で、何回呼び出されたわけ?」
そしてどうやら、それは別学年、別クラスに異邦人であるという身分を偽って在籍していた執務官補にとっても同様の状況が繰り広げられていたようであり。
「5,6回ほど……です。クラスの、男子の方たち、何人かから」
「そう、そっちもだったのね」
苗字にと借りさせてもらっている、ナカジマの姓で呼び出された。
体育館裏とか、屋上とか。その折々で、時と場合に応じて。その点についても彼女とディードは同じであったらしい。
「で、なんだって? 付き合ってくれって言われた?」
尤も、今は二人、ともにそういう状況からは離れているけれど。
「よく……わからなかったです」
表されたのは、好意を示す言葉。
向かった先に待っていた面々、それぞれがある程度似通った言い回しで告げてきた。
けれどディードには、その行為そのものがよく理解、できなかった。
好意を持ってもらえるのは、なんだか心が暖かくなる。素直に、嬉しいと思うけれど。直接言葉として向けられるその状況に対応する方法が、まだ彼女には習得し切れてはいない。
ありがとうと、そして翌日には出立せねばならないことだけを告げて頭を下げたその対応は、果たして正しかったのか、と自信が持てないでいる。
だからティアナの質問に彼女は首を縦に振りつつ──否定とも肯定ともつかぬ言葉を返す。
「ま、それもそうか。あんたにはたしかに、ちょっと早いかもね──っていうか」
それら出来事が全て終わった、夕方の正門前。そこで二人は、実習最終日を終えて出てくるはずのアリサとすずかを待っている。
「第一、あんたにはオットーがいるんだものね」
「──え?」
「そうすると、別にわかんなくても済むかもしんないわね。ひょっとしたら」
一番になってほしいとか、それ以前の問題で。世界で一番、っていうその席が既に埋まってるんだから。まったく、羨ましいというかなんというか。
肩を竦めて微笑交じりにぼやく先任執務官補の言は、これまたディードにはよく理解できないもので。
どうしてここでミッドにいるオットーのことがでてくるのだろうかと、首を傾げる。
確かに双子の姉妹──オットーの存在がとても大切であるというのは、ディードにとって隠す必要もない、紛うことなき事実ではあるのだけれども。
一体、どういうことを言いたいのだろう、彼女は。
「いいのよ。わからないならわからないで、まだ。焦ることなんかないわ」
「……」
遠くからの気配に二人、顔を上げる。
鞄と紙袋とを下げたアリサたち二人が、夕焼けに長い影法師を伸ばしながら、校庭をこちらに歩いてきていた。
「「?」」
その紙袋からは書類などではなく、なにやら桐の箱と思しき、四角い物体を覗かせて。
それが、最後の日に起こった出来事。
* * *
「それで、渡されたっていうのがこの写真の?」
──クラナガンの、喫茶店。カジュアルな服装に身を包んだオットーと入ったそこで、ディードは彼の前に写真や、おそらくはもう使うこともないであろう、自身の携帯電話を広げている。
肝心のオットーが手にしているのは、それらのうちの一枚。
「相応しい季節には、大分早かったらしくて。でもせっかくだから、ってリンディ総務官が仰って下さって」
ディードとティアナと、執務官と執務官補。そこに写った四人のうち前者二人は、ミッドではまず見ることのないデザインの、写真を眺めるオットーからすればおそらく風変わりに思えるであろうゆったりとした襟元や袖の服に身を包んでいる。
色はそれぞれ、ティアナが橙。ディードが緋。散りばめられた模様は種類こそ違えどともに花。
「浴衣……そう呼ぶらしいの」
「ユカタ?」
こくり。鸚鵡返しへと、更にディードは頷き返す。
いつの間にか、二着のそれらは用意されていた。
半分は、アリサとすずかの懐から。残る半分は、二人が短くも一員である時を確かに過ごした、互いのクラスの面々が集めた予算で。
知らぬうちに、同じ日に実習を終える二人の口から、ディードたちがその日去ることが伝わっていたらしい。結果、餞別としてその着衣が二人に贈られた。
「……いい、人たちなんだ」
「ええ、とっても」
もう、そうそう会える機会はない。そんな別れに際しての贈り物は、ディードにとっては想像もつかなかった、あまりにも不意の出来事であり。
別れが、寂しい。名残惜しい。その想いを、心の底から湧き上がってくるその感情を、ディードは知った。
オットーや他の姉妹たちのように、こうして会おうと思えばそれなりの頻度で顔をあわせることができる性質のものとも、少しそれは違っていて。
双子であるオットーとのひと時の別れの際には、半身を失うがごとき不安が強かった。
けれど海鳴を離れる際に抱いたのは、どちらかといえば急に世界が静かに思えるような、寂寞感だった。
「ねえ、オットー」
「……うん?」
「いつか。一緒に行きましょう? きちんと、私たちの落ち着ける場所が定まって、そこから自由に出かけていけるようになったら」
今はまだ、だめだ。
お互いに、やらなければならないこと。知らなければならないことがうんとたくさん、ありすぎる。それを果たしやり遂げるということは、罪人である自分たちにとっての責任でもあるのだから。
やりなおす機会を──人として生きる道を提示してくれた多くの人たちに対してそれを全うしてから、それからの話だ。
「どう、かな」
オットーは曖昧に笑いつつ、ちょっと拗ねたようにそう言った。
今はそれでも、ディードもかまわなかった。
彼にその顔をさせた、かつて知りえなかった感情──それは、ほんの小さな妬きもちとか、嫉妬とかいう言葉で表されるものであったけれど。
ディードも、オットーも。まだそれを言葉として明確に認識できてはいない。
ただなんとなく双子の見せた態度を、ディードも微笑ましく感じただけだ。
彼と二人で、いつか。
また、行こう。そう、思うだけでよかった。
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