おめでとうございます。

 
若干新年早々アレな気分になる出来事があったりもしましたが、今年一年しっかりやっていけたらと思っております。
 
新年一発目は更新としては久々のユーなので更新。
全三話程度で、今回はその一話。コンパクトに纏めることを意識しつつ1月上旬での短期集中連載的に。
系列としてはnocturneのあとの時間軸となっていますが、読んでいなくても楽しめるよう書いているつもりです。
ユーノとなのはがくっついたあとの話という程度の認識で読んでいただければ問題ないかと。
 
それでは、どうぞ。
 
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 Nocturne 外伝『十年越しの、これから』1 〜ユーノの場合〜
 
 
 年末の道は、車で満ち溢れ渋滞していた。
 実家のある海鳴と違って大晦日やお正月なんて文化様式のないミッド、クラナガンではあるけれど、年の瀬に人の動きが活発になるのはやはり、どこの世界も変わらない。
 握ったハンドルを、軽く叩く。それは遅々として進まない、買出しの目的地である量販店に向かうけっして広くはない車内での気晴らしと暇つぶし。
 去年はとれなかった休暇も、今年は年末年明けと二日間ほどとることができた。新しく補佐官に入ってくれた、ティアナのおかげだ。だから帰省前──今日中に買い物を済ませて、新年を迎える準備をしておかなくてはならない。
「──ん」
 そうして、なかなか動き出さない愛車の運転席からふと歩道に、フェイトが目を遣ったときだった。
 人の量の多い道沿いには、いくつもの店が立ち並び。その中にひとつ、貴金属の店があった。元々あまり宝石やらで着飾るほうではないけれども、執務官という職業上、盛装をして折衝に赴かねばならぬこともあるフェイトも一度、急ぎ必要に迫られて利用した経験のある小さな店だ。
 その前に佇むひとつの後姿が、フェイトの目を惹いたのだった。
 ブラウンのコートに、黒に近い紺色のマフラーは温暖がちなミッドとはいえ冬の装いとしてはごくありがちで一般的といって差し支えのないもの。
 フェイトの視線が留まったのは、そこではない。
「ユーノ?」
 よく知った色の明度の薄いブロンドに、ちょうど信号停車で平行な位置取りとなった車のウインドウを開き声をかける。
 色彩の落ち着いたその髪は、それ以上に彼が彼であることを示すように襟足を──一度ばっさりと切り落とし、再び伸ばし始めたためにまだ以前よりは短く肩より少し下くらいの──、碧色の使い込まれたリボンでひとつに結いまとめられていた。
「やっぱり、ユーノだ」
 彼は数度、声のかけられた方向を探し周囲をきょろきょろと見回して。やがて背後の、車道からのものであるということに気付き振り返る。
「ああ、フェイト。お出かけ?」
「ユーノこそ。年明けからなのはとヴィヴィオと、温泉旅行じゃなかったっけ?」
 お客さん、どちらまで?
 ちょっと、そこまで。交わすのはそんな他愛のないやりとりだ。
 心なしかどこか元気のない風情を顔に浮かべていた彼は、その上に微笑を重ねてこちらに歩み寄ってくる。信号は、まだ大丈夫。ガードレールを最小限の動きで跨いだ青年の姿に、フェイトは愛車の助手席ドアのロックを外す。
 その彼に投げかけるのは、数日前──地球で言えばクリスマスの時期より少し前に、家へと遊びに行った際親友やその愛娘から聞かされていた彼女らと彼の年始の予定。
「ん……まあ、ね」
「?」
 ばたん。身を滑り込ませ、扉を閉めて。シートベルトに手を伸ばしながら彼は曖昧に頷いた。
「何、見てたの? あそこ、アクセサリーとか宝石のお店でしょ?」
 さて。彼があんなところ……ああいった店の前に立っているなんて予想だにしなかったくらい、珍しいことなわけだが。そもそも、並んでいる商品も女性向けのものが中心であったはずだし。
 ユーノのリアクションはリアクションとして置いておいて、フェイトは訊ね思案する。
「ひょっとして」
「──?」
 彼。女性ものの、アクセサリーのお店。彼女と、その娘と。三人で行く旅行……つまり、シチュエーションはばっちりの舞台。それらを繋ぎ合わせていくと、自然に言葉が生まれた。
「……ひょっとして、ようやくプロポーズする気になった、とか?」
「っ」
 びくり、と肩を竦めた彼の反応に、フェイトは図星だな、と判断する。
「そっか。やっと決めたんだね、ユーノも」
「いや、ええと。その」
 あれはいつだったか、そう。もはや今となっては懐かしくすら思える、JS事件解決後、解散前にして在りし日の機動六課での出来事。
 なのはに舞い込んだお見合い話と、ユーノの出身部族でのちょっとした揉め事と。二人それぞれの緊急事態が織り成した一連の出来事の中で、すったもんだの挙句、周囲のフェイトやはやてや皆をやきもきさせた彼と彼女は結ばれた。
 時間にすれば、もう十ヶ月弱ほどにもなろうとしている時の流れの速さが、なんだかあっという間のようにも感じられる。
 ──そうか、もうそんなになるのか。しみじみとしたあたたかな感覚が、ブーツの底でアクセルを踏むフェイトの心に満ちていく。
 十年越しの想いの結果。それは無論、二人を見守る側であったフェイトたちにとっても喜ばしいことであったからこそ。
「違うんだよ」
「ほんと、ようやくって感じっていうか──え?」
 ……違う? 何が。
 フェイトは、自分の予測を疑ってはいなかった。そりゃあ、恋愛経験のない自分の感覚に全幅の信頼を置いているわけでもないけれども。
 十ヶ月弱という交際期間はけっして短くはないだろうし、そもそも大体、その前の十年間からして、二人は恋人のごとく通じ合っていたも同然だったのだから。
「もう、済ませた」
 やっと、というか。今更と言ったっていいくらいだ。だから、彼がなのはにプロポーズしたとて驚かない。
 フェイトも。二人を知る他のみんなだって、きっと。
「断られたんだ、なのはに」
「……はっ?」
 だが、驚いた。思考の向いていた側と正反対に、彼の言葉が進んでいったから。耳を疑って、言葉に詰まった。
「先週──……こっちだと特別そういう日でもないけど、クリスマスに」
 言って、彼は自分の懐に手を遣る。
 取り出したのは、その名称がまさしく相応しいくらいに、掌にすっぽりと収まるほどの小さなサイズの、指輪や貴金属を収める小箱。
「それ」
 桜色をしたそれを、フェイトも知っている。見覚えがある。
 ティアナたちを伴って、あるいは一人でそこを訪れた際。
 無限書庫の彼の執務室で、執務机の上で。どれだけ雑然とうず高く資料が積み上げられていたとしても、一目でわかる、かつまるきり汚れなどない場所に、その箱はしっかりと置かれていた。
 開き、中身をフェイトへと見せる。無論そこに収められているのは、指輪がひとつ。
 銀を基調にした、太すぎず細すぎず派手な装飾のない、エンゲージ・リング。その中心には翡翠色をした宝石が美しいカットを施され、はめ込まれている。
 箱の色は、なのはの色で。心の臓にあたる部分の宝石は、ユーノの色。ふたりにぴったりだと、思うことが出来た。……少なくとも、フェイトには。
「断られたって……え? そんな」
「当分、そういうことはまだ考えられないし、決心がつかない、って。頭、下げられちゃったよ」
 愛車のドアを閉めたものに比べれば随分と大人しい音を付随させて、ユーノはフェイトに見せていた指輪の箱を閉じた。
「え……? え、え? ちょ、ちょっと?」
 それってつまり、別れたってこと?
 ユーノは、首を横に振る。別れたという、そういうことでもない。
「今はまだ、って。それだけらしいんだ」
 フェイトは一層混乱した。ますます、理屈がわからない。わからないまま、彼を乗せてさして遠くもない目的地への道を、いくぶん流れ始めた車の往来に従いハンドルを操る。
「一体、なに考えてるんだろう、なのは」
 理解、できない。ほんとうに、どうなっているのだろうか。
 思わず、口をついてそんな言葉が出た。無論出たところで、隣に揺られるユーノにわかるはずも、答えられるわけもない。
 車のスピードが乗ってくるにつれて、街並みが後ろへと走り去っていく。
 
 その風景の中に、件の彼女がいたことを二人は知らなかった。
 同じように休暇をとったエースオブエースが、自分たちの見逃したそれら両脇の街の一コマを形成する一部分となっていたことを。
 通う魔法学院の学友の家に御呼ばれした愛娘とは別行動の年の瀬を、フェイトの隣に座る青年の恋人は彼女自身またひとりでなく過ごしていたのだ。
 密かに休暇を申し合わせ合流した夜天の王──フェイト以外の、もう一人の親友とともに。
 
 つまり、高町なのはと、八神はやて。彼女らである。
 
 注文した温かいカフェオレと、トーストされたサンドイッチを前にして。二人、語らいながら。
 やはり彼女たちも同様に、自分たちの在する空調の効いた喫茶店で、親友と想い人とが、すぐ側を通り過ぎていくことに、気付きもせず。
 片方は走り去り。片方は、その場に座し語り合っていた。ともに、互いへと意識は向かなかった。
 そんな、すれ違い。 二人と二人の、交わらぬ日がそこにあった。
 
 
(つづく)
 
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