ケインさんとこの日記見て。

 
アストラとノーヴェの六話を短編保管庫に入れてなかったので。
こちらからどうぞ。
 
  
んで、更新のほうはというと短期集中連載のユーなの、第二話。次かその次で多分完結。
今回はなのはが中心。前回分はこちら
 
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「──はいよ、こちら湾港特別救助隊
 通信を繋いだ相手の男は、この時分においてはまだ副司令という立場にあった。彼が上司の定年に伴い司令へと昇格するのは、これより更に一年ほどの後のこと。
 ……まったくもって、現在進むべき物語とは別問題の閑話でしかない事実ではあるが、一応の補足はなされるべきであろう。
「……っと、ナカジマ姉か。悪いな、今スバルのやつは外してる」
 今度開園するでっかいテーマパークがあってな。そこの避難設備や安全確認に行ってもらってる。
 そうやって多少無作法に煙草を燻らせながらその彼は、開かれた回線に向かい言葉を投げる。
「あん? 部隊名義からじゃなく陸曹長どのの個人名でかかってくる通信なんざ、妹に用があって送ってきてるに決まってんだろ、ちっとばかし考えればわかる。んで、新年早々にどうした」
 ざっくばらんな言い様に、何度聴いても馴れないのだろう、一〇八部隊所属の陸曹長は戸惑いがちな表情を見せる。
 
「言伝があるなら聴いとくぜ?」
『いえ、ちょっとあの子が今手空きなら、と思って連絡を入れてみただけですから。お気遣い感謝します、ヴォルツ副司令』
「?」
 彼女の言い回しに彼は眉を顰め、首を傾げる。
 咥え煙草の灰が長くなって、落ちそうになっていた。どうせもう残りも少ない、すっぱりとそこで口から離して、灰皿に押し付ける。
「なんか、あったのかい?」
『ええ、まあ。うちの部隊長──父に、来客がありまして』
「ほう、ナカジマの旦那に?」
 話題はヴォルツにとってもそれなりに面識のある相手であり、通信の向こうにいる彼女の父について。しかし画面には妹を想う姉の顔が、柔らかに綻んでいた。
『来てるのが、スバルの先生なんです。だからよかったらどうかな、って』
 沿岸特別救助隊フォワードトップ、スバル・ナカジマ、その師。
 つまるところそれは航空武装隊戦技教導隊所属、高町なのは一等空尉、その人のこと。
 言われたヴォルツの脳裏にはスバルのスカウトの際繰り返し目を通した周辺情報の資料から得たそれら事実と、局内でも有名人であるエースオブエースの異名持つ女性の姿とが浮かび上がった。
 同時に、本局教導官が部隊長クラスと直接面会とは一体どういうことだろうかと、若干の疑問に首を捻りながら。
「そうか」
 ただ、任務でも打ち合わせでもなんでもなく、その目的がごく私的なものであるというところにまでは彼もまたギンガ同様に、そこまで思い至りはできなかった。
 帰ってきたらスバルに一応伝えておく旨、その姉である捜査官に伝えて。
 
 
Nocturne 外伝『十年越しの、これから』 2 〜なのはの場合〜
 
 
 親友の呆れかえったような表情が、彼の落胆の表情と交互に脳裏に再生される。
 
 前者が発した言葉は、「何を迷う必要があるん?」──問い。
 後者に発した言葉は、「ごめんなさい」──拒絶、拒否。
 
 事の起こった順番は、後者が先で、前者が後で。
 行きの道中、彼の運転する車内でも、やっぱりなんとなくぎくしゃくしていた。気まずさをヴィヴィオに気取られてしまわないよう、強引に封じ込めていたがゆえの避けられぬ副作用といってもいい。
 そうしてしまった責任が自分にあることは、重々承知の上。
「──ふう」
 石造りの湯船に、身を沈めると溜息が降りた。
 はしゃぐヴィヴィオの姿も、濛々と立ち込める湯気の中に些か霞んで見えるほど。なのはの視界一面に広がるのは、まさしく露天風呂だった。
 溜息の中身は、やるせなさと、温泉のあたたかさとが同居している。
 流石は風呂好き、温泉好きのシグナムが勧めてくれただけのことはある、ミッドでは珍しい日本式の露天風呂の居心地は悪くないものという程度どころでなく、素晴らしい。
 なんでも、過去この世界に移り住んできた──言ってみればスバルの家柄や、今のなのはと同じように──血縁の経営者が、代々この旅館を受け継ぎ切り盛りしているのだとか。
「ママー、みてみて。ヴィヴィオ、こんなに泳げるんだよー」
 ……そう、スバルの家柄。はやてから相談をしてみるよう促され一〇八部隊をなのはが訪れたのも、偏にそれに拠る。
 彼女の父、ゲンヤ・ナカジマと。今は亡き母、クイント・ナカジマ。その二人の間にあった出来事、想いをただ、聴くために。
「ママってばー」
 こーら。湯船の中で泳がないの。
 知る人ぞ知る、というやつなのだろう、今でこそ自分たち以外誰もいない露天風呂の中で粗相を見せる娘を軽く叱りながら、思う。
 ゲンヤ・ナカジマ三等陸佐から聴いた話。その中年男性から受けた励まし。それ以前に断った、ユーノからのプロポーズの、それぞれを思い起こしていく。
「わたしが、意気地なしなだけなのかな」
 口元までお湯に沈める前に、そう呟いてみる。
 聞く者はいない。唯一のこの場の同行者であるヴィヴィオも、広々とした露天風呂や脇の岩の上から枝垂れる木々の落葉に意識が向いていて、母の呟きは耳に入っていなかった。
 年末にどこからききつけたのか、フェイトから何度か問いただす旨の連絡が入っていたこともある。責めるでもなく、ただ──どうして、と。
 自分がユーノを受け入れていながら拒絶したこと。その、矛盾について。
 
(──ただ、不安だったんだ)
 
 愛する人に、あんな顔させたくはなかった。プロポーズの言葉を言われたときはもちろん、嬉しかった。その感情が大部分を占めていた。
 けれど、同時に。それよりは少なくとも、確かなものがなのはの心のうちにはあった。
 それは不安とか。恐れとか。自分自身の臆病さを、きっとひたすらに肥大化させたもので。
 ヴィヴィオをゆりかごから助け出したあとの、後遺症を伴った入院期間。あるいは八年前の、事故のこと。そのどちらのときもベッドの脇から見下ろしてきていた彼のやさしい、安堵に満ち満ちた視線が脳裏を過ぎったのだ。
 安堵とはつまり、心配が心配までに留まったからこそ、生まれ得る感情だ。だが──その心配がもしも心配で済むことなく、絶望や失意に変わってしまう結果が、待っていたとしたら?
 
 ヴィヴィオに父親をつくってあげたいという、『母親』としての望みもある。
 無論、愛する者とひとつになり、永久にともに歩んでいきたいという、本能的な『女性』としての想いだって溢れそうなくらいに。
 それらに歯止めを掛けたのは、『エースオブエース』。『空戦魔導師』。それら記号を自分が備えてしまっているという、なのは自身の自覚だった。
 先の二度だって、一歩まかり間違えれば、心配はそれ以上のものに変わっていたかもしれない。彼は──ユーノはそのどちらにも立ち会ってきた。いや、立ち会ってきてくれた。
 一度、墜ちたときも。未だ完全には癒えきってない傷跡を、娘の代償としてなのはが背負ったときも。
 自分が『そういう人間である』という認識が、なのはに彼からの求婚へと、首を縦に振らせなかったのだ。
 受け入れて。そして一線を退くという選択肢も、もちろんある。だがきっと彼の持っているやさしさが、なのはに好きなことをさせようとしてくれる。支えになってくれようとするに、決まっている。
 ゆくゆくはいつしか前線から退くにしても、なのは自身が納得のいくまで。今までの彼がそうだったように、これからも。
 だからこそ、思うのだ。
 今までは、それも許されたかもしれない。かけた心配は心配として、それだけで済んだ。
 だが二人がひとつになったそのとき、果たしてそれが適正な関係性と呼べるのだろうか、と。なのはは、考えずにはいられない。
 共に歩む。それは互いが互いを引き上げ、与え合い続ける行為ではないのだろうか。
 今までどおりであっても。覚悟があったとしても。
 彼に背負わせるだけ背負わせ続けて、その挙句にもし万一、ヴィヴィオも彼も遺すようなことになってしまったら。
 
 今のままのほうがそうなったとき、背負わせるものは軽くて済むのではないか。
 近くても、今ならまだ、他人同士だからこそ。
 こんなことに例をだしたくはないが、それこそスバルの父親である、ゲンヤ・ナカジマ三佐……そして彼が失った妻、クイント・ナカジマのように。
 彼女の死を、娘たちが。夫が悼んだように。深い悲しみは確実に訪れるのだから。
 
 ──『後悔なんざ、してないさ。アイツを愛したことには、これっぽっちもな』
 
 誇らしげに、三等陸佐は言っていた。
 けれどそうやって心から思い、笑えるようになるまでかの先人は、一体どれほどの時を必要としたのだろうか。けっして、一朝一夕ではないはずだ。──少なくとも、自分だったら無理だと思う。
 一方的に、想い人へと背負わせ続けること。
 それがなのはは、怖かった。ただ、怖かった。
 あたたかな安らぎを運ぶ石造りの湯船の中にあってなお、身震いをするほどに。だからどうする、どうすればいいというあてもなく。現状維持に甘え続けるわけにいかないということが、わかっていたとしても。
 
 竹の柵で仕切られた向こう側から、からからと引き戸の開けられる音が聞こえた。
 思い悩みながら、そのあとに続いたかけ湯を流す音を、なのははぼんやりと聴いていた。
 ああ、裏は男湯なんだ、と。
 ただそのくらいの感覚でしかなかった。
 入ってきたのは誰かなあ、とか。そこまですら、思考は達しなかった。
 
 
(つづく)
 
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