がんがんいこう。

 
実質の生産量自体は落ちてるんだけども。
てなわけでカーテンコール更新ー。たぶん今回がどん底
次の更新はユーなの短編ラスト。アストラとノーヴェを楽しみにしてくださってる方(いるのか?)はしばしおまちを。いやね、辞書下巻の改稿もはじめて、これ以上戦闘描写考える容量が脳みそに残ってな(ry
・・・とりあえず更新ー。前回はこちら
 
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 深い紅の輝きを持つはずの双眸は、包帯という名の白に包み隠されている。

『恥ずかしいところを、見せちゃったかな』
 
 目、だけではない。腕も、額も。そこかしこもモニターの向こうにある彼女の身体は、白いその包帯たちに巻かれ、覆われている。
 
 彼女の肉体が傷を負った、そのために。
 操られし漆黒の神竜と、音速の戦闘機人。それらとの、戦いの末によって。
 守るべき非戦闘者たちと、部下たちを庇いながらの戦は、深いその爪痕を金髪執務官の肉体に刻み込み残していったのだ。
 
「フェイトさん……っ、その、怪我……っ」
 今の彼女は、盲目だった。光は、ない。一筋の白が、本来それが二つ瞬いているべき場所には、ある。
『大丈夫。……完全に見えなくなったわけじゃない』
「で、でもっ……」
 光を失ったのは今だけ。失明こそ、していない。
 だけれど身体も両目も、そこに負った傷はけっして強がりでどうにかできるレベルを、他人からの視点においても一目に理解できるほどに超えていて。
 
 エリオが、呻くように声を絞り出した。キャロが、絶句していた。
 
『……ごめんね、力になれなくて』
 
 返す彼女らの義母は、言いつつもシーツの上の拳を握り締めていた。
 穏やかなその口調とは裏腹に、強く、強く。
 
 逆に、愕然と。スバルの全身からは力が抜け落ちていく。ひんやりとした床に、ぺたん、と。尻餅が落ちる。腰が抜けたように、そこから一歩も動けない。
 通信が切れるまで、スバルはそうしていた。
 短くも確かな時の中にあって、ずっと。
 潰えたように、感じられた。ヴェールにも似た遮断の色に塗りつぶされていくように、思えた。
 縋ろうとしていた雷光の輝き、その眩しいくらいの希望がすべて、絶望に。
 
 そう、希望。それが、ない。存在しない。
 金髪の執務官と違いたとえ目が開いていても、その二文字は今のスバルが己へと見出せるものではなかった。
 
 星が墜ち、頼りとなるはずだった雷の霧散した今。彼女らに及ばぬ自分に一体、なにができるというのだろう。
 その思い、ばかりだった。
 
 
魔法少女リリカルなのはstrikers 〜Curtain call〜
 
第二十二話 無様の時
 
 
「──……オ、なら……っ」
 
 それでも。
 自分以外の希望へと、スバルは手を伸ばそうとした。その点でいえば、まだ彼女は諦めてはいなかった。
 だったら、と思った。他を探さなきゃ、とも。目まぐるしく移る捜索の意識が見つけたものへと、手当たり次第にするかのように心中の自身が持つ指先を、伸ばし掴み取る。
 
 星と対をなす雷が、駄目なら。まだ。
 聖なる王に、対応する者がいる。──今度はスバルの思考は、それに縋ろうとした。
 
「え?」
 通信の切れた、静まり返ったブリーフィングルームにて。項垂れていた自分を見下ろす沈痛な面持ちの一同に、囲まれて。
 自分を不信する彼女は、言葉を紡ぐ。
 
「ほ、ほら。それでも、ヴィヴィオなら……聖王の、力なら……」
 彼女の目は床から持ち上がり、眼鏡の青年へと向いていた。
「スバル、あんた」
 
 まるで悪さをした子供が、苦し紛れの言い訳をしながら自然追い詰められていくように。言葉を重ねるたび、彼女の声は逼迫していく。
 その諦めの悪さは、必死ではありながらも。往生際をわきまえない、そんな色彩を大分に含み見る者すべてへと伝える。
 
「れ、レリックのひとつくらい、緊急事態なんだしどうにか……それに相手は聖王だから……だ、だからっ」
 
 すなわちそれは、けっして口にしてはならぬことだった。かの親子のことを知るスバルゆえに、なおさら。
 人工的に生み出された聖王であるという現実。その事実を最も辛い出来事としてわが身に与えられ、一時はそれに飲み込まれかけた経験を持つのは今まさにスバルが縋ろうとしている、ヴィヴィオ自身なのだから。
 
「おい、てめえ……っ」
 その過去を、掘り起こす。蒸し返す。また言ってみればそれは同時に、ノーヴェやディエチたち、姉妹らのJS事件後に歩んできた道へと冷や水を浴びせることにも等しい。
ヴィヴィオなら、なのはさん……っ、助け、られるよ……だって、聖王なんだもん、アタシなんかとは違って、きっと……」
 愛する姉妹たちへ、スバル自らの手でそういった行為に及ぶ。必死の余り、おそらくは自覚もないままに。それはさながら認識外の、うわ言のようなもの。
 
「ノーヴェ、やめなさい」
 歯噛みをして、ノーヴェが掴みかかろうとした。彼女のその行動が実行される前に、ティアナがそれを制した。
 スバルの前に立ったまま。一喝し彼女の歩みを押し止めた。
「それと」
 次にするのは、胸倉を掴むこと。目の前のスバルの、入院着をぐいと引き寄せること。
 
「スバル。──……歯あぁ、食いしばんなさいっ!!」
 
 左手で、掴み寄せて。そして、彼女は右腕を振りぬいた。
 
 握り固めたその拳で、遠慮も手加減もなく、おもいきり。
 
 ゆりかごでの、最初の失敗の少し前。なのはの左手に一番はじめに打たれた側と、正反対の彼女の頬を力いっぱい打ち抜く。
 頑丈な戦闘機人でありながら、無抵抗にスバルはその殴打に壁まで飛ばされ、叩きつけられる。殴った側のティアナもまた、自らの興奮を抑えつけるがごとく大きく肩で息をしていた。
 
「──え……?」
 ノーヴェを彼女がそうしたのとは違い、止める間もなかった。
 というより、予想だにしていなかった。故にスバルの両脇に控えていた、ディエチやディードたちでさえ動くことが出来なかった。
 硬い壁に背中からぶつかって蹲るスバルに、追って事態を認識することができた程度。
 
「ティ、ティアナ」
「ティアナ姉さま、暴力は」
「いい。……これくらい、この大馬鹿には必要よ」
 
 壁沿いに崩折れたまま、微動だにしないスバルにティアナはそう言い捨てた。けれど無論、それだけにしてはおかない。
 かつてのパートナーとして。同じ師の教えを受け、学んだ者として。
 そのような不甲斐なさを表している彼女を、ティアナはそのまま放置してはいなかった。
 
「……立ちなさい、まだ終わってない」
 つかつかと歩み寄り、引き起こし、頬を張る。今度は幾分、ゆるやかに。それでも甲高い音が、室内の空気を劈いていく。
 
「あ……ティ、ア……?」
「何も見えてないくせに、情けないことばっか口走るんじゃないわよ……!! あんたが頑張らなくて、他人アテにして、どうすんのよ……っ!!」
 平手の往復に、ようやくスバルは我へと返る。呆けたように愕然としていたのは肉体的なショックによるものでなく、理解の範疇を超えた出来事による、あくまでも精神的なもの。
 
 殴り飛ばした。無理矢理引き起こした。ティアナが。
 殴り飛ばされた。無理矢理引き起こされた。自分が。
 無様なくらいに。みっともないくらいに。
 
 殴られたことそのものではなく、なによりも今の自分の言動、それぞれ全てがあまりにもみじめであり失意に包み込まれたものであることも認識できぬまま、おぼろげに自身に起こった状況をスバルは把握する。
 
 親友の姿が、かつての出来事の中の苛烈な上司の姿に重なった。まるで自分はそのときの、彼女のようだとスバルには思えた。思いながら、口を衝いて出るのは震える声。
 
「だ、だって……っ」
 
 言い訳にしかすぎないその口走る言葉が、一層親友の神経を逆撫でにしていくということに、スバルは気付く余裕もない。
 おろおろと──ただ、思いつくままに。正当化の言葉を、見る者聴く者からは支離滅裂に思える調子で並べ立てるだけだったのだ。
 
 自分の失敗のせいで、なのはさんが。
 なのはさんが、ああなってしまった。
 それを取り戻せなくて。
 助けられなくて。倒れるだけだった。
 それに万全のときのなのはさんですら二年前、聖王となったヴィヴィオには苦戦したほどで。
 もしあの聖王が同じ力を持っていたら、自分にはとても。
 なのはさんよりずっと弱くて。なのはさんにとどけなかった自分は。
 それで──……。
 
「だって、じゃないっ!! 一度ミスして一度取り返し損ねて!! 全部たかが一度だけでしょうが!! たったそんだけで諦めるなんて、腑抜けてるんじゃないわよっ!!」
「けど……っ!!」
「くどいって言ってるのよっ!!」
 語るうち。言葉を浴び向かいあううち。スバルの口調も昂ぶっていく。
 ティアナが彼女に対する憤りからそうなったのならば、彼女の場合は自分自身への無力感と、やるせなさと、怒りゆえに。
「あたしのせいなんだ……あたしには……あたしには、もう無理だよっ……!!」
「この、いい加減に……!!」
 激昂する者と、悲嘆に暮れる者。その言葉は、通じ合う者たちでありながら平行線を辿っていた。
 割り込む──いや、割り込める者はなく。
 実姉たるギンガや、父ゲンヤ。同じくエースの教えを受けたエリオたち二人でさえ。
 まくし立てぶるぶると震える右手で揺さぶるティアナと、泣き喚くように首を左右に振りたくるスバルの間には、入っていけない。
 
「──違う。スバルだけのせいじゃない」
 
 だからただ、彼女たちが自ら止まっただけだ。
 呟くように発せられたディエチのその一言に、思わず。
 
なのはさんが最初に怪我をしたのは──砲撃を防ぎきれなかったのは。リミッターをかけなくちゃいけなかったのは、あたしのせいなんだ」
 
 戦闘機人の姉妹たちの中で唯一、白を基調とした制服に袖を通すその姿が、二人の首が向けられた先にあった。
 彼女もまた今はスバルたちと同じく、エースのもとで学ぶ者。
 正式な社会復帰前の仮の配属という形は他の姉妹たちと同じながら、その白服が明確に彼女の志す先と、教えを受ける相手とが特殊であることを示している。
 
「あたしが、ここにいるから」
 
*   *   *
 
「ディエ、チ……?」
 
 彼女は、俯いていた。そちらに意識が行ったおかげで、二人の間のやりとりは小康を迎える。
 スバルの胸倉にあったティアナの右手からは怒気を孕んだ力が抜け、支えとしての効力は失われる。
 とすんと、そのままスバルは下半身から床に落着し、数刻前とほぼ同じ格好となって、姉妹を見つめる形となった。
 
「リミッターって……どういうこと?」
 スバルはその姿勢から彼女に問いかけ、ディエチは懐から一枚のIDカードを取り出す。
 無論それはディエチ自身の顔写真が記載された、彼女本人の身分を示すもの。それを、彼女は指先でもてあそび、言葉を発する。
 
「……魔導師ランクの認定を、申請してみたんだ。この任務に志願する、少し前に」
 
 もちろん当初はほんの軽い気持ちだった。魔力の扱い方を、少しずつ教わって。自分が今どのくらいのところにいるのだろうかという、興味本位で。
 
「あたしにはまだ砲撃以外できないし、ISを使用したそれに比べれば威力も運用技術も全然足りない。なのはさんみたいに空だって飛べるわけじゃない」
 
 それでもやはり、明確な位置づけというものは魅力的に感じられた。
 未だ保護観察中の身とあって暫定的なものでしかそれは与えられなくとも、そのランク付けされた資格を自分が持っていれば、多少なりと自分を含めた姉妹たちの、今後の社会的立場にも有効なものになるのではないかと思えたのだ。
 幸い、彼女の研修先であった航空武装隊──特例中の特例ながらも訓練生として身を寄せる戦技教導隊には予備役とはいえ、そういったデータを収集する設備には事欠かなかった。
なのはさんも、喜んでくれて。IS技能の上積みも能力評価の一部に入れてもらうことが出来て」
 
 暫定措置──正式のものでなく便宜上の、仮のものではあるとはいえランク的にはAに比肩する評価が、彼女のそのIDカードには今記載されている。分類はやはり便宜上、総合。
 
「でも……こんなことになるなんて、思わなかった」
 師に誘われ、二つ返事をした今回の任務。望んで得たはずのその評価が、指揮を執る彼女を縛る原因となってしまった。
「……部隊の所属魔導師の、保有ランク規制」
 ティアナの呟きに、ディエチは頷く。
「当初の予定では、なにも問題なくなのはさんは全開のS+ランク魔導師として戦えてたんだ。緊急編成である程度融通もつけられてたし──でもあたしが直前になって、そういう評価をもらってしまったから」
 指揮者はS+ではなく、AAとして参加することを余儀なくされた。
「孤立して一人になってからはそうも言ってられなくなって、解除したんだろうけど……なのはさんがエクシードじゃなくアグレッサーモードを使っていたのは、そういう理由」
 
 知っていたのは、あたしと、ギン姉と。裏切ったセドリック准尉だけ。
 
 スバルやティアナのそれとは違い訥々と、静かな調子でありながらもやはりそこには、師を、上官を窮地へと追いやってしまったことに対する負い目による苦渋が滲み出る。
「だから、なのはさんがあんなことになった理由を探すなら。まずは、あたしが責められるべきなんだ」
 
 彼女の肩は、一瞬怒り。そして力なく落ちた。
 スバルとティアナの衝突が、なんの意味もなさないように。
 彼女の独白もまた無為なる後悔、懺悔以上のなにものにもならないということを、自身わかりきっていたからこそ。
 
「──違う」
 
 ゆえにスバルにとっても、彼女の言葉はなんの救いにもなりえず。
 やわやわと振る首と言葉とには、ディエチに輪をかけて力なく。
 
 リミッターなど、関係ない。
 自分が、師を傷つけてしまったということには、なんら変わりはなかった。
 否定してくれた、ディエチへの。否定を返す自分の声が、あまりにも空しくスバルの耳には聞こえた。
 
「違う、よ……あたしが」
 
 あたしが、駄目だったからなんだ。
 
 その意識は、和らぎも消えもしない。理由の一旦を知ったとして、結果を招いたのが自分であるという思考は、スバルの中で動きようもない。
 どれも一度。けれどあわせれば二度。自分は、なのはさんの期待に応えられなかったのだ。
 
「……っ」
 
 辛うじて視界の隅に、ティアナの爪先が見えていた。そしてそれは小さな舌打ちとともに、足音を残しそこから消える。
 
「お、おいティアナ」
「……いくわよ、ディード」
 
 遠ざかる気配、足音。薄い影法師。
 スライドドアの開閉音にも、スバルの目線は力を取り戻さず、親友の背を追うこともなかった。呼び止める声など、無論出るわけもない。
 だから、わからない。知る由もない。
 
 彼女の後姿にこもっていた怒りや苛立ちが、ただ立ち上がろうとしない自分の不甲斐なさに向けられただけのものであったのか。
 心から尊敬する相手を、自らが傷つけた。自分と彼女との間にそんな無様な共通項が生まれてしまったがゆえなのか、果たして。
 
 気付ける要素からして、スバルにはまるでなかったのである。
 
 
(つづく)
 
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