はじめます。

 
テーマは「ゼストの一回忌が近付いてしょぼくれるシグナム」。
てわけで(?)、ストーリー上この話 に連なってる話でもあったり。
 軽くベッドシーンあるけど気にしない。だいじょーぶムツゴロウさんだって中学校の図書館におかれるような文庫本でもっと濃密に書いてるんだからあのじいちゃん。
 
 
てなわけでどうぞー。
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 後輩たちの挙動を示す光点が、モニターに表示されたグラフ画面上を行き交い、四方へと絶え間のない移動を繰り返していく。
 それで、いい。足を止めるのは命取りだ。彼らのポジションはフォワード……しかも最前線を固めるべき、フロントの役目として配属された面々なのだから。
 
 自分のような後方からの狙撃手とは違う──だから、それが正解。
 薄暗い指揮車両内部の、数少ない光源である画面を見守りながら、ヴァイス・グランセニックはそのように思う。
 
「──これで全部ですかい? 秋期の連中でうちに配属される新入りたちは」
 
 モニターを見守る双眸は、彼のほかに二人分。
 
「いや。もう一人、二人……クラナガンへの便が遅れていると連絡があった。エリオたちもそうらしいからな。天候の問題だ、仕方あるまい」
 
 鮮やかな暖色の長い髪を、ひとくくりに背中に垂らした彼の上官。
 クラナガン首都防衛隊第一小隊隊長こと、シグナムがその片方であり。
 
「あれ。あのチビどもこっちに出てくるんですかい、シグナム姐さん」
 
 多少の驚きと予想外を含んだヴァイスの声に、彼女にかわり返答の言葉を放つその愛機──融合騎・烈火の剣精、アギトが最後の一人ということになる。
 
「バーカ、このあいだ言っただろ。ルールーとお母さんがこっちに出てくるんだよ。それにあわせてあいつらも遊びに来るから、シグナムに稽古見てほしいんだとさ」
「あー」
 
 そういえば、そんなことも言っていたような。
 真面目とは言いがたいことを自覚する脳内の記憶をひっくり返しながら、ヴァイスはどうも先輩局員としての尊敬を向けられていない気のする赤毛の融合騎へと、頷き返す。
 
 シグナムの相棒は、アタシ。アタシのロードはシグナム。だからシグナムの部下のお前はアタシよりも下っ端。そのように認識されているように思えてならないのは、気のせいだろうか。
 
「ん? てことはシグナム姐さんもアギトも早上がりってことで? 今日は」
「いんや、ひとまずアタシだけ。エリオたちは今日はフェイト執務官のとこ泊まるって話だし。ただ明後日はアタシら二人休みもらうから、そこんとこよろしく」
 
「あん? なんで」
 
 JS事件からほぼ一年、秋期採用の武装隊員としてはあの混乱後初の第一期生となる部下の新人たちの訓練に目を注いでいた上官の肩が、一瞬ぴくりと反応する。
 無言のまま。わずかなそのリアクションを、気取られまいとするかのように、だ。
 
「姐さん?」
「……ああ、えっと、だな」
 
 コンソール上に置いた拳を握ったまま、無表情を貫くロードとヴァイスとを見比べ、困ったように頬を掻くアギト。
 どうしたものかといった風情に、暫し迷った後、彼女はヴァイスの袖を通したパイロットジャケットの肩を引っ張る。
 
「ヴァイス、ちょっと」
「?」
 
 引っ張って、指揮車両の自動扉まで導いていき、外に連れ出す。
 
 天気は快晴、訓練に利用している未開発区画の頭上には、新人たちの戦闘破壊音をBGMに雲ひとつない青空が広がっている。管理外世界や他次元はともかく、少なくとも今ここだけは文句のつけようのない天候だとヴァイスには見える。
 
「なんだよ、シグナム姐さんもお前も不景気な面して」
 
 だから、ギャップが激しい。烈火の将と渾名される上官の、らしからぬあの無表情や。気まずそうな、曖昧な仕草のこのユニゾンバイスの少女の様子と比べるにつけ。
 
「ルールーやお母さんがこっちに出てくるのって……命日だからなんだよ、もうすぐ」
「え?」
 
 その理由を説明するために、彼女が自分を外に連れ出したのだということをヴァイスは知る。そして、聞かされる。
 
「明後日で、ちょうど一年。ゼストの旦那を、シグナムが斬って……送り出してから。ぴったり、一年なんだ」
 
 ゼスト・グランガイツ
 既に死者であった彼を烈火の将が騎士として討ったその日からは既に、それほどの時間が経とうとしている。
 
 
二度殺された男を、想う者たちへ 〜思考という、カナリアの箱の中から〜
 
第一話  グランガイツという名
 
 
「……はい。はい、シグナム姐さんのことですからすぐ酔いも冷めると思いますし。ええ、起き次第、送っていきますんで」
 
 音声通話モードにしていた、通信機を切る。
 
 こんな光景、とても誰かに見せられるものか。
 深く息をつくヴァイスは、自室のベッドの中にいた。
 服など、着ていない。シーツが直接、自分でもそこそこ鍛えているつもりの裸の胸に、直に触れている。
 
「……」
 
 また、彼は一人ではなかった。
 彼の隣には、長い桜色の髪が散っている。
 普段なら持ち主の生真面目な性格を体現するかのようにかっちりと、ひとつに纏め上げられたそれは花開くようにシーツの海に広がり、事後の無造作さゆえにそのままにされている。
 
「──姐さん。シグナム姐さん。水でも、飲みます?」
「ん……」
 
 隣で布団に包まる肩を、下着だけ身につけてからヴァイスは軽く揺すった。
 アルコールの匂いが、ぷんと鼻を衝く。まだ、抜けてはいないようだ。
 
「もしくは、コーヒーくらいだったら淹れますよ」
「……いい」
 
 ヴァイスにとってまったく趣味じゃない、勝手にやってきて勝手に掃除していった実妹のチョイスである白一色のシーツからは、横たわる女性の肌色がうっすらと透けて見える。
 そう──彼女もまた、ヴァイスと同じく、一糸纏わぬ姿で、ベッド上にいる。
端的に言えば。この状況を説明するならば。
 
 ヴァイスは長年慕い、憬れ続けていた女性を今夜抱いた、ということになる。
 
「……すまない、ヴァイス……」
 
 一足先に業務から上がったアギトを送り出して。一杯どうですか、とシグナムを酒の席に誘ったのは、ヴァイスのほうだった。
 昼間に聞いた事情を、少しでも気晴らしが出来ればと思った。
 だが気晴らしにと誘ったぶん、いつになく上官はグラスを空けるペースが速くて、深酒を気がつけばしていて。
 店を出る頃には、彼女にしては珍しく前後が不覚になり、足元も定まらないほどにアルコール漬けになっていた。
 
 さすがにこのまま帰すわけにはと彼女を背負ったヴァイスが自室に戻ってきたのが、日付の変わる少し前。
 そして。こうなってしまったのは、どうにかして慰めたかった、元気付けたかったという想いからベッド上で寄りかかられながら話を聞いていて、ふらりと立ち上がった彼女が倒れこんできた──事故という部分もある。
 
 けれどやはり大人同士、そこに酒の勢いというものが大分にあったことは否めない。
 ヴァイスにとってそれは、二度目の交歓。
 あの誤射事件のあとにあった出来事から数えれば──随分、時が空いたものだと思う。
 
「やっぱり……まだ、吹っ切ってなかったんスね」
「……」
 
 水も、コーヒーもいらない。言った彼女はベッド上で背を向けていた。なにも身につけていない首筋と肩のラインが、シーツから見え隠れする。
 
「……本質的には、姐さんはすごく優しい人間だと思いますけどね、俺」
 
 ちょっと考えて、ヴァイスもまたベッドへ戻った。さすがに下着一枚は、深夜には冷える。
熱を帯びた行為のあとに、今更ではあるが。触れそうなほどの距離に、彼女の体温が近い。
 
「騎士として。あのときの選択は今も間違っていないと思う」
 
 布団にもぐりこんだとき、十年近い付き合いの上官はそう呟くように言った。
 
「だが……今になって。勝手だとわかっていながら、思う。アギトの家族として──ロードとして。他の選択肢が──……っ!?」
 
 けれど、そこから先はない。……ヴァイスが、言わせなかった。
 
「らしくないッスよ、シグナム姐さん。六課にいた頃も、言ったことあると思いますけど」
 
 彼女の背中を抱き寄せて、裸の肌と肌とを密着させたから。
 まだまだ後輩、子供としか見られていないことは理解していても、それでも──すっぽりと、上司のその身体はヴァイスの腕の中に納まっていた。
 
 自分のように、己を責める行為を、彼女にはしてほしくなかったから。
 一人の、惚れた相手のいる男として。その相手に届くことができずにいる存在として。
 形はどうあれ──その意味合いはどうあれ、彼女に深い爪痕を残していった男を、ヴァイスはいささか恨めしく思った。
 気高き、強き人物だったのだろうと、アギトやシグナムの口ぶりからは理解していても。
 ゼスト・グランガイツという男を、ヴァイスは敬愛する女性を抱きしめながら、少しばかりは呪わずにはおれなかった。
 酒という勢いがなければこのような形でさえ力になることのできない自分に対しては、なおさらだった。
 
 グランガイツでなく。グランセニックが。前者を塗りつぶせてしまうくらい影響力が強ければ、どんなによかったろう。
 密着した、丸まった背中に。心から、思った。
 
*   *   *

 時刻は、それから少し戻ることになる。
 
 金髪の女性が──義母と慕う彼女が。人の行き交うターミナルの中手を振っているのが見えた。
 
「エリオー!! キャロー!!」
 
 着替えや、日用品や。荷物を詰めたバッグを揺らし、二人頷きあい、確認したその姿の元へ急ぐ。自然、足取りがはやくなる。
 
「フェイトさんっ!!」
 
 手と手とりあった二人の少年少女が向かう先、私服姿でその人が待っているから。距離はすぐに縮まっていく。
 
「よくきたね、二人とも。疲れたでしょう?」
 
 キャロを、先に。自分たちと義母の間がゼロになる寸前、エリオは繋いだ手をひっぱってやる。ピンクの柔らかい髪質の少女が前に出る形になり、そして彼自身はやや後ろにまわる。
 彼女を抱きとめた金髪の執務官は、成長から大きさや質量を増した二人に多少の驚きを含んだ表情で、追いついたエリオも含め二人の頭をやさしく撫でていく。
 
「大丈夫です!! ちょっと天候の問題とかで便が飛ばなくって、遅くなっちゃいましたけど……このくらい、どうってことないです」
「そっか。それにしても、二人とも背、伸びたね。びっくりしたよ」
 
 二人の肩を抱き寄せて、心から嬉しそうにフェイトは笑う。
 とにもかくにも、旅の疲れは多少なりともあるだろうと、エリオたちに夕食は何が食べたいか訊ねながら。
 本来は夕方前には到着予定だったのだ。しかし既に外はすっかりと暗い。もう、食事にもいい時間だ。
 
「あの……」
「?」
 
 これからの予定を算段するフェイトと、おおまかに明日、ルーテシアたちとの合流までの流れを伝える二人。
 家族の風景に、遠慮がちに割り込んでくる声が、更にそこには加わって。
 
「はい?」
 
 むしろそれは自分たちに向けられた声だったのだろうか。
 フェイトはそこすら疑問に思いながらも、きょろきょろと一瞬の声のした方角を探す。一方、子供たちは──そういえばそうだった、といった風に、合点のいった様子に彼女の身体を左右から方向転換させる。
 
「──?」
「今度、首都防衛隊に配属されるそうです。たまたま、座席が隣で。ストラーダと話してたらデバイスに興味があるようだったので、声を掛けてみたんです」
 
 見た光景より。そこにいた少女の印象より。エリオの口から出た、フェイトにとって長年の友人が現在隊長を務める部隊の名が、一番心に残った。
 背格好は、大柄でなく。また表情も非常に柔和なその相手からは、昔のキャロや、それこそ幼い頃、出会ったばかりの頃の魔法と出会いたてのなのは以上に『魔導師』の三文字は連想されなかった。
 
「マーサさん、っていうんだそうです。近代ベルカで騎士登録、Cランクを取得したばかりだとか」
 
 キャロたちより、いくぶん上──身近なところで言うとかつての部下のスバルと、ひとつふたつ下程度の年恰好といったところか。
 その抱かされた印象はいずれも、ぺこりと小さく頭を下げた少女、エリオやキャロがそう説明した相手そのものに立脚するものではない。
 失礼だとわかっていながら、わが子たちの説明以上のイメージが、フェイトの今見ている少女にはひたすら希薄だった。
 
 だがそんな少女に、なぜかフェイトは既視感を覚えた。
 彼女自身でなく、やはりそれもまた彼女を取り巻く服装や、雰囲気の『どこか』に。
 
「はじめまして。本局執務官の方だとお伺いしたのでご挨拶だけでもと思いまして。マーサ・グラ──……いえ。マーサと申します。本日付を以って、陸上本部首都防衛隊に配属となります」
 
 敬礼ではなく。もう一度、今度は深々と少女はフェイトたちに折り目正しいお辞儀をしてみせた。
 悪い子ではなさそうだ、と。素直にフェイトは思った。
 
「こちらこそ。大変だったね、新人さんが一人でクラナガンまで。エリオたちが世話になったみたいで」
「いえ」
 
 勝手がわからず助けてもらったのはこちらです、と。
 三度頭を下げる少女と言葉を交わしながら、せっかくだし彼女も一緒に夕食に誘おうか、と行くつもりにしていた店の混み具合をフェイトは脳裏にシミュレーションしてみる。
 なに、大丈夫だろう。三人も四人も変わらない。
 
「この時間なら、陸上本部に顔を出すのは明日でも大丈夫でしょう? よかったらこれから、時間あるかな」
 
 既視感の正体にフェイトが気付いたのは、そう言って実際に誘うということを行動に移したその真っ最中。
 少女の白く細い指先に輝く銀色の指輪のデザインに、目が留まった。
 それはありふれたシンプルなものではあったけれど、まったく同じイメージ、形状のものをどこかで見たように思えた。
 
 はて。どこだっけ。
 
 そこからの動作は、記憶をまさぐりながら。
 それがかつて、副官と上官の関係にあった際重要参考資料として十年来の友から見せられた、彼女がJS事件の最中打ち倒した騎士よりもたらされたもの──貴重なデータを満載したそのデバイスと同じ形状をしていたことにフェイトが気付いたのは、少女を伴ったエリオやキャロとともに、愛車に乗り込んでからのことであった。
 
 だから、どうというわけでもない。
 あくまでそういう偶然もあるか、といった程度のことであったのだけれど。
 彼女の伝えなかった苗字を、深く聞こうとしなかったからこそ。
 
 
(つづく)
 
 
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