一次創作で更新。

 
五月のコミティア、応募しようと想うのだけれどもこの作品にしようか電撃に送ったべつのやつにしようか考え中。
 
web拍手レスの下からどうぞー。前回分はこちら
 
>カーテンコール最新話キター!!ノーヴェがぁぁああ!!あと冒頭のなのはさんのシーンは今度は精神的に彼女が堕とされる前触れに見えて震えが止まりませんっ!!熱くてハードな、なのはSSいつもありがとうございますっ!!
いえいえー。うん、まあ堕とすけど。
 
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『Pulcherrima 〜妹と、異星人と〜』その4
 
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 液晶画面には、三つの顔が並んでいる。
 枕と。水月と。そして更に、穏やかな眦の、カチューシャで髪を飾った大人しそうな少女が一人。
『これが、リッカのお姉さん?』
『……に、なるのかな。うん。このあたしの隣にいるのが、令花ねーさん』
 そういうやりとりを、部屋に残った三人がしているのがわかった。そしてそこには、枕はいない。
 感覚が共有されているというのは、意外に役に立つのだなと思う。集中して耳を澄ませば、閉じた瞳の裏に、レイヤが見聞きしている出来事がよくできた体感ゲームのスクリーンのごとく映し出されるのだから。
(令花、姉さま)
 水月と、レイヤと。それから、無表情に覗き込むティオーネ。三人が、水月の携帯を取り囲んでいる。
『三人で一枚ずつ撮ったやつ。兄貴の携帯にも、たぶん残ってるはずだけど。すごく大人しくて、やさしい人だったよ』
 律花の瞼の裏は、レイヤの視界そのものだ。画面が、近付いて。水月でも枕でもない顔がアップになる。
「っ」
 目を背けようにも、背けるべき瞳はレイヤのそれを借りて見ているに過ぎない。
 だから、律花は下ろしていた瞼を開いた。
「っ……はぁ」
 消えうせた映像の代わりに視界へと入ってくるのは、湯気を昇らせながら揺れる水面。
 湯船と、タイルと。そこに張られたお湯。そして、その中へと身を沈める、自分自身の扁平な胸だ。
 昨日一昨日と借りた、枕の家の浴室。その辺をぶらついてくる、と言った枕は家を空けている。一方、先に入っちゃったら、と水月に勧められて、律花は洗面器の中のハンターとともに、こうして湯を編んでいる。
「令花姉さまと枕が、恋人同士」
 正確には、恋人同士──『だった』。
 もう、律花の双子の姉はこの世にはいない。同時に、枕の彼女であった人物は、生きてはいない。ゆえに、過去形。
「……」
 顔をほぼ半分近くまで、湯の中へと沈めて。瞳は、水面のゆるやかな波紋を見つめる。そこに重なる虚像は、姉の姿だった。
 自分のかつて触れた幼い日の姉と、ともに高校生活を送る『はずだった』、葬儀の席上掲げられていた遺影の、成長した彼女の容姿。
 動いて、笑って。触れ合う。そんな経験などない。律花が知る自分と同じ高校一年生の姉はただ、一枚の写真の中の微笑みの表情しかないのだ。それ以外、律花はなにも見ていない。
 彼女が見せていたであろう、喜怒哀楽のなにもかもを。幼い頃の記憶以上には、知り得ていなかった。
「……日、もうすっかり暮れたのか……」
 出て行くときの枕は、なんだか逃げるようだった。多分、それは律花が令花の妹であると、知ってしまったがゆえに。
 それは、律花のほうだって同じだ。彼を引き止めて話をすることも出来ずに、むしろ出て行って一旦距離を置いてくれたことに、ほっとして。なんとなく、どういう風に接してどういう話を切り出せばいいのか、よくわからなかった。
「あいつ、どこに行ったんだろ」
 天井近くの、換気用の擦りガラスの外はもう殆ど黒といっていい色に染まっていた。
 まあ、季節が季節だから凍えるなんてことはないだろうけれど。自分の家を空けていった彼のことが、気になった。
 ──また。それと同じく、きちんと話さなくてはならない、とも。
「っと? ハンター?」
 水面をゆらゆらと揺れて漂っていた洗面器から、小型龍が飛び立った。身体が濡れていて飛びにくいのかふらつきながらも、生まれたままの姿をしている律花の、素肌の胸元に降りてくる。
「どうした、ハンター」
 丸みを帯びたラインの身体の龍は、ただそうやって身体を摺り寄せてくるだけだった。喉の辺りを撫でてやると、猫のように鳴くのがまた可愛らしい。
 少し、そうしていることで元気が出てくるような気がした。
「……よしっ」
 どのみち、避けて通ってはいけないことだと思うから。
 早く、済ませよう。
 自分に懐いている、宇宙からきたその小さな生物の姿に、律花の気持ちは固まる。
「行くか、ハンター」
 律花の胸の中で、鳴き声をひとつハンターはあげる。
 まるでその様子は、律花の言葉をきちんと理解して肯定しているようで。一層、律花の気持ちは高まる。
 ざばりと、彼を抱え、湯船から腰を上げて。狭い脱衣場で自分と交互に身体を拭いてやり、身体に巻きつけたバスタオル一枚で下着もつけぬまま、火照った湯上りの身体でひとまず水月たちのほうへと戻る。……いや、ただ単純に間が抜けていて、入浴の際に着替えをボストンバッグの中から持ってくるのを忘れていただけなのだが。
水月、着替えのバッグとってくれるか。それと、わたしも──……」
 わたしも、ちょっと外に出てくるから。枕のこと、探しに。
 紡いだ言葉は、途中から大きく開かれた扉の音と、ただいまの声に重なり混ざって。
 律花は首をそちらに向ける。一同も、然り。
「──あ」
 帰ってきた枕の手には、人数分と思しき、かぐわしい匂いの漂ってくるファーストフード店の紙袋。
 けれど彼は、その袋を置くことさえもできなくて。
「え?」
「あ……」
 目と目が、合った。枕と、律花と。双方向からの視線が、一本に交わった。
 そして二人はそれぞれに男であり、女。かつ、律花はバスタオル一枚の殆ど裸同然の姿ときている。
「ば、ばばばばば馬鹿っ! いきなり入ってくるなっ! こっちは風呂からあがったばっかなんだぞっ!」
「わ、悪い。でもほら、夕飯にハンバーガー買って……」
「い、いいからとっとと後ろ向くなり外出るなりしろっ! この馬鹿っ!」
 へたりこんで背中を向けた律花は、ハンターを抱えたまま怒鳴り散らす。彼女に云われてようやく、枕は回れ右。
「み、水月っ。着替え、着替えっ」
「へーい」
「えー。夜、ハンバーガー?」
 先ほどまでの神妙な心境など、続きようもない。
 偏にお互い、タイミングが悪すぎる。
「まー。基本的に二人とも仲はいいみたいだし、細部は本人たちに詰めさせればいいんじゃないかなあ」
 涙目で、身体からめくれ落ちたバスタオルもそこそこにボストンバッグの中身をひっかきまわす律花には、見えなかったし聞こえなかった。
 その、尖らせた口から発せられたレイヤの呆れたような呟きも。頷いた、水月とティオーネの、仕草も。
 

 
 ティオーネは、自分もこの部屋に残ると言って聞かなかった。また、その場合にはこの家の家事は、自分がやるとも。
 我侭というよりも、それはむしろ、頑固といった様子で、戻るよう、帰るよう求め諭すレイヤの言葉にただただ首を横に振り続けた。
 背中合わせの、三角座り。二人残された部屋で、律花はその光景を思い出す。
「……なにか、ないのかよ。枕」
 結果。多少狭苦しくはなるものの、ミニサイズのレイヤを除いた男女三人が寝泊りするのは不可能ではない、という物理的な観点からも家主である枕の許可が下りたことによって、彼女の要求は通ることになる。
 男女がひとつ屋根の下で、なんて今更だし、彼女はレイヤを連れ戻すためにきているのだ。レイヤが帰らないのであれば戻っても、意味がない。
もともと反対していたのはレイヤ一人、そのレイヤも決め手となる根拠がこうもなくては、最終的には折れざるを得なかった。
「人の裸を、見ておいて」
 だから今、ティオーネはレイヤとともに、これから帰るという水月の案内で近所のスーパーまでの道を教えてもらっている。
そのまま買い物をしてきて──宇宙人である彼女がどのようにそのための代金を手に入れたのかは知らないが──、早速明日から厨房に立つとのことだ。レイヤのぶんと律花のぶんの洗濯も、やってくれるらしい。
「それはその……悪かった」
「……ふん」
 曖昧な言い回しの、枕の謝罪。時計の、六時を指すように正反対を向いた、くっつけあった背中の向こうで、その声が聞こえた。
 こうなるまで、二人の間には少々というにはやや長い時間が必要だった。
 何を言っても返事のない枕。うまい話の切り出し方を知らない、律花。彼女の一言が浪費され、虚空に散っていくたびに、その届かないボールの距離を埋めるように、二人の間は少しずつ縮まっていき。
「なあ」
「……ん」
 デニムのショートパンツに、袖が余りがちの大きめなTシャツだけ。その胸に、やっぱり律花はハンターを抱える。
 風呂に入って眠くなったのか、丸くなって腕の中に寝息を立てる小さな龍を時折撫でてやりながら、ようやくの枕からの問いかけに、肩に一本の三つ編みにして垂らした髪を揺らし生返事を返す。
「令花って、小さい頃どんなやつだったんだ?」
「……え」
 背中の向こうの、背中が動く。立てていた膝を、胡坐にでも組みなおしたか。
 奇妙なことを訊くものだと、律花は思う。
「変なやつだな。言っただろ、三歳の頃に両親が離婚したって。そんないくつも覚えているもんか」
 ──そう。両親の、お互いが納得するための離婚。律花は父から、そう聞いている。
 ある程度の養育費は出ていたとはいえ、女手ひとつで姉を育てねばならなかった母。それとは対照的に資産家として名の知れたオーナー社長である父へと、律花は引き取られた。
 父は、間もなく再婚し。新しくやってきた継母は子供の産めない体質であったこともあるのだろう、律花を本当の娘のように可愛がってくれて。──突然、姉からかかってきた電話を取り次いでくれたのも、同じ高校に通いたいという希望を父に後押ししてくれたのも、その継母だった。
「わたしのほうこそ、訊きたいよ。……姉さま、どんな人だった」
 抱えたハンターを、崩した正座の両膝へと下ろす。起こしてしまわないよう、そっと気をつけつつ。
 両手を床に置いて、体重を枕の背中へ預け訊ねてみる。離れていた、背骨を重ねて。
「うちの実家、ベランダが広くてさ。よく、あいつと二人でこうやって背中くっつけて、星を見てた」
「え……」
 それはまた、すぐに跳ね上がった心臓の鼓動に、それを引き起こした彼の言葉に離れてしまうけれど。
 上昇した心拍数と、体温を感じながら。恐る恐る、ゆっくりと律花は自分の背中を、彼の背にもう一度委ねていく。
 大きく吸って、深呼吸をひとつ。無意識に、そうしていた。肺の空気を吐き出し終えた頃、再び彼は口を開いた。
「俺には、もったいないくらいの子だった」
「……そっか」
 もったいない、くらいの子。
 その彼の一言は、きっと。彼にとってこの上ないくらいの、最上級を姉に対し言い表すための言葉。
 妹冥利に尽きることを言ってくれる、と律花は思う。
「責めないのか」
「──え?」
「だって、そうだろう」
 令花に、推薦入学を譲ったのは俺で。そのせいで令花はあの日。あの時。あの交差点にいた。学校へと向かっていた。そして命を落としたのだから。
 先ほどとは打って変わった、苦渋と自責に満ちたそんな枕の声を、律花は全身で受け取ることとなった。
「俺が彼女を、死なせたようなもんじゃないか」
「違う」
「違わない」
 意固地な、言い分だった。どちらかといえばそうやって聞く耳を持たないのは、本来自分のほうではないかと律花が思えるほどに。
「違う。それなら、わたしだって同じだ。わたしが姉さまを止めなかったから。止めようと、しなかった」
 姉と、同じ高校に通える。ただそのことに浮かれていた。十数年ぶりの姉との共同生活に心躍るばかりで、他のことなんて。──こんなことになるだなんて、まるで考えもしなかったから。
 学力とか、互いの家のこととか。引っ込み思案な姉だったなら、いくらでも押し止める方法はあったはずなのに。
 天井を、振り仰ぐ。彼の首筋に、後頭部が触れた。体温を持ったそこは、ひどく熱かった。
「そんなこと」
「お前が言ってることって、そういうことだろう?」
「それは……」
「わたしもこの一年、こういう風にずっと思ってきたから。だから、わかるよ。わたしにも」
 もう、令花姉さまはいないんだ。
 いくら理由付けをしても、いくら責めても。その現実を変える力にはたりえない。なのに、そうせずにはおれない。自分も、枕も。
 己と同じように思う者が、すぐ背後にいる。律花は、枕に対し安心にも似た、奇妙なシンパシーを覚える自分がいることに気付いた。
 高校に通えない、通わないのも。高校に、ただ通うしかないのも。多分、その根っこにある昇華できぬ気持ちは同じ。
 同じ、なのだ。
「っ」
 ふと手を動かすと、彼が床に投げ出した指先に掌が触れる。びくりとして。一瞬、その手を引っ込めかけて。
 戻そうとしたその手首を、枕の掌が包み握り締めた。
「ま、枕っ?」
「……ごめん、な」
「え……?」
 そのまま、床に二人分の掌が降りていく。カーペットへと、重なった指先が落ち着いた。
「きみの、姉さんのこと。令花のこと」
「っ……なに、謝ってるんだよ」
 きちんと男の人の手を触るのなんて、律花にははじめてのことだった。
それまでの『お前』や『あんた』ではなく、律花のことを『きみ』と呼んだ枕のその手は、体格的にはさほどそこまで大きいほうでもないにもかかわらず、想像していたよりずっと分厚くて、しっかりと筋肉がついていて。
その手をかつて握っていたのであろう、姉のことを律花は想起する。
彼と、ともに手と手取り合っていたそのとき、彼女がどんな想いを抱いていたか。彼女が幸福であれたのかを、考えさせられる。
「言ったろ。わたしだって、同じなんだって」
 謝られることなんて、なにもない。あんな事故も、姉の死も。誰も予想なんて、できやしなかった。彼にとって令花がどれだけ大切だったかは、律花にだって今までの言動だけでも、十二分にわかる。でも。
 いくら大切だからって、できることとできないことはある。いつだって。誰にだって。誰に、対してだって。
「なあ、枕」
「……ん」
「枕は、行ったことあるのか。あの、交差点に」
 それと同時に、気持ちひとつでできることだってある。
「……いや。あの事故のあとは、一度も」
「そっか。わたしも、だ。わたしもあれから、あそこには行ったことない」
 そうしようと思った理由は、自分の中でもまだ充分に反芻できてはいなかった。
 けれど何故だろう、今なら。ひとりでない、今なら。彼となら行ける。行ってもいい。そう思えた。
「明日。行かないか」
「律花」
「あの、交差点に。わたしは枕に、一緒に行ってほしい」
 アルバイトがあるとか、彼の都合だって考えなくてはいけない。もちろんそんなことはわかっている。わかった上で律花は枕に言う。求める。
「律花……」
 背中にあった広い感触が、離れていった。振り向けば、こちらを向いた枕の姿を律花は確認する。自分も、向き直って。膝の上にハンターを載せたまま、もう一度問う。
「駄目か」
 背の小さな律花では、座ってもやっぱり、少しあちらを見上げ気味になってしまう。
 その、下から向けた目線で、まっすぐと少年の瞳を律花は見つめ、返事を待った。
「……明日、か?」
「ああ。なるべく早く。でも、いますぐにとは言わない」
 だから、明日。
自分なりの精一杯の誠意を込めて、要求の言葉を律花は吐き出す。
「……」
 今度は、彼が天井を仰いだ。見ているのはそこにある染みなのか、それとももっと上に広がっている、星々の空か。
「バイト、休まなきゃな。……連絡入れるのは、朝でいいか」
 そして、呟くように言った。
 溜息混じりに──降参だとばかりに、肩を竦めて。身を乗り出して、ぽんぽんと律花の頭を軽く二度叩く。
「あ……!」
「ちょうどいい、タイミングなのかもしれないしな」
 言って、枕の目は座卓上に置かれた位牌のほうを見た。
 一周忌には間に合わなかったけれど、令花の妹である律花と、彼氏であった枕とが出会って。二人で行く。
 偶然には違いなくとも、偶然にしては出来すぎているこの状況は、彼の言葉のとおりたしかに、タイミングとしてはこれ以上ないものなのかもしれない。
「……ひょっとして、レイヤ様様ってことなのかな」
「かも、な」
 その二人の生活を半ば強引にとはいえ、繋げたのはある日やってきた、宇宙人の小さな少女なのだから。今は、感謝しておくべきだろうか。──いや、しておこう。本人も、いないことだし。こっそり。
「に、しても。さっきがはじめてだぞ、お前のことが同い年だって思えたの」
「なっ」
 ようやくそこで笑った彼の掌は、未だ律花の頭の上に載せられている。
 そして、律花は気付く。撫でられている自分と、撫でている枕の、この姿勢の対比に、だ。
これは──明らかに、子ども扱いされてないか?
「お、お前っ! ば、馬鹿にするなよっ! 一体何度……!」
「わーかってる。わかってるって」
 喚く、律花。その声と、じたばたと暴れる両手足とに、驚いたハンターが飛び起きてその膝から転げ落ちる。
「少し、令花と話してるみたいに感じた。……なんか懐かしくて、嬉しかった」
「あ……」
 ぐしぐしと。押さえつけるように、もう一度彼の手がやや乱暴に、頭を撫でていった。
「明日、寝坊するなよ」
「だから、子ども扱いするなったら!」
 

 
 ティオーネの提げたスーパーの袋が、風に揺れて音を立てている。
「盗み聞きというのは、やはりあまり感心できませんが」
「だまらっしゃい。みんなの携帯電話を改造してまで私の話を聞いてた口でそれを言うか」
 集中しているんだから、そこ。邪魔をしない。というか、苦言を呈した彼女自身、水月の携帯に耳を寄せて澄ませているし。
 三人、スーパーの駐輪場に停めた水月の自転車の周りに集まって、じっと耳を傾ける。
 律花と繋がった、レイヤが拾う室内でのやりとりの声に。
「レイヤさまさまねー、なかなかいいこと言うじゃない、二人とも。よくわかってておねーさんは嬉しいぞう」
「……」
「……なんか、ちょっと安心した、かも」
 浮かれるレイヤ、無言のティオーネ、ほっとしたような表情を見せる水月。その中で、前者二人の視線が、水月のほうへと向けられる。
「あ、えっと、さ。ひょっとすると、二人っきりになって大いに揉めるんじゃないか、とか思ってさ」
 少し、心配だったわけですよ。妹として。だから、何事もなく二人の間で解決して安心した。そういう意味。
 なるほどと頷く二人に、ぽりぽりと後頭部を掻きながら水月は言う。
「ふむ」
「なーに? どうしたの、ティオーネ」
「いえ。妹……ですか」
 そしてその言葉に、ティオーネが考えるような仕草を見せる。
「なんだか、似てらっしゃいますね」
 ──似ている? 誰と、誰が。問い返すように、残る二人の視線が同時にティオーネの顔へと注がれる。
 だが、彼女は動じない。二人に見据えられたまま、静かに、淡々と思ったことを遠慮なく口にする。
「お嬢様と、水月さまたちお三方が、それぞれにです。少しずつ、ですが。似通った部分がおありになるように感じたのですが」
「へ」
「アタシたち……が?」
 一方で、彼女の発言に残る二人の視線は、顔は動く。ティオーネから、互いの顔へと。見合わせるように。
 少し考えると──確かに、言われてみれば、とも思えることがちらほら。
 学校をドロップアウトした者同士だったり、ノリが近かったり。妹同士だったり。──とある誰かを中心にした、関係性だったりで、確かに。
「……なるほど」
「それも、そうかもね」
 だったら。
「ひょっとしたらレイヤがリッちゃんと融合しちゃったのも、何かの運命的なものだったりして」
「まっさかぁ」
 冗談めかした互いの言葉に、それらは流れていく。
 偶然なのか、必然なのか、結果から導き出されるのは推測だけ。『もしかしたら』という、単なる想像。実際にその境界線は、誰にもわかりはしないのだから。
 いくら、レイヤやティオーネが地球より遥かに科学力の進んだ星、進んだ世界からやってきたとしても、無理というもの。そこまでいけば既に人の、この世に生きる者としての能力の範疇を超えている。
「なーんか、二人の話聞いててさ。いつかは私も出会えるときがくるのかな、ってちょっと思っちゃった」
「なにが」
「まるで綺麗ごとみたいに、どっちかが死んでもずっと想い続けてくれる、そんな人。不謹慎だとは、わかってるけどね」
 枕と出会えた、リッカのおねーさんが、少し羨ましいなって。
「でしたら、お嬢様」
「いんや。パパのとこにはまだ帰んない。それはそれ、これはこれ。リッカと分離ができるようになっても、しっかりけじめはつけてからじゃないと」
 自転車の、ベルの上に腰掛けて。レイヤは自分の従者である少女に方針を告げる。
 夜空が、彼女たちを見下ろしていた。時が来れば二人がやがて戻るべき、紺と黒の混ざり合った星空が。
 そろそろ帰る、と二人に水月が告げた頃。
 細く。長く。流星が、その黒のキャンバス上を一筋に駆けていった。
 真新しい、新学期の黒板を。悪戯小僧や御転婆少女の引いたチョークが、まっすぐに走りラインを引いていくように。無遠慮に、はっきりと流れて、そこにまったく正反対の色を刻んでいった。
 
<6/以降に続く>
 
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