一次。

 
というわけで載せてきました一次創作『Pulcherrima 〜妹と、異星人と〜』、ラストでございます。
反省点や、自分なりに思うところなどは次回更新時にでも。
 
前回分はこちら
 
それでは、どうぞ
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 『Pulcherrima 〜妹と、異星人と〜』Last/
 
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 軽い。
 体が、軽い。
 今自分の肉体がどうなっていて、どういう姿形をしているのかすらも見えないというのに、生まれてから一度も経験したことがないくらいにとにかく、軽い。
 これが、ひとつになるということ。
 レイヤと、自分とが。二人分の命を、ひとつの体で濃縮し肥大化させるということなのだろう。
 爽快感、その三文字が抑えきれず、状況にも左右されることなく、かつてなく機敏に、自然に動く四肢の感覚より湧き上がってくる。
 その力で、飛ぶ。飛んでいく。飛翔する。左右の掌に、確かな感触を感じながら。
 ひとつは、けっして逃がさぬよう。
 そしてもうひとつは──前者よりも、遥かに。もっともっと、大事なもの。
 そちらは、けっして離さぬよう。落としたりなんて、してしまわないように。
 それぞれ、握り締める。大きくなった掌の中に、あるいは容赦なく、あるいは傷つけてしまわぬようやさしく。
 浮かれてばかり、いられるわけではない。
 警鐘をそうやって鳴らすのは、レイヤ。彼女の声が耳でなく、感覚の内側に響き聞こえてくる。
 ああ。わかっているよ。
 自分自身見えていない首を、縦に振る。
 そうして、ひとつになった二人は、天を駆ける。
 大きな、光の姿のままに。
 飛んでいく。
 

 
 その日。枕は、令花に会った。
 まるでどこなのかも、よくわからない場所だ。ただ、星がきれいで。すごく星がきれいで。
 すぐそこにいるはずなのに、その遥か遠くも美しい星空と、彼女という組み合わせに、何故だか枕は涙が出そうになった。
『駄目です、枕くん。枕くんには、律のことをお願いしなきゃなんだから。しっかり、してください』
 なんだか、違う口調の彼女をつい最近、見たばかりのような気がしたから。
 彼女の吐いたその言葉に、ひどく安堵を覚えた。
 ああ、これが俺の知っている令花なんだ。この令花で、間違いない。そう、安心することができた。
 ただ同時に、それが現実でないということも、わかってしまった。
 これは、夢なのだと。
『枕くんは、お兄ちゃんの経験が豊富だから。お姉ちゃんができなかったわたしからの、お願いです』
 夢の中の令花に、枕は頷いた。ただただ、頷いた。
『あの子のこと、できたらこれからも守ってあげてくださいね』
 もちろん、かまわない。ただ、あと少し。もうしばらく、ここにいてもいいか。ここに、いてくれるか。
『大切に、してあげてください』
 枕の問いに、令花もまた、頷いた。
 いい夢だ。心から、思った。
 ほんとうに、いい夢だ。
 

 
 ──その夢が覚めると、白一色の病室が枕を待っていた。
「はよーっす」
「……レイヤ」
 天井と、開いた瞳の間に小さな身体の見慣れた顔。
 しかし、その挨拶のわりに──明らかに周囲は薄暗いのだが。
「今、何時」
「八時ね。もうすぐ面会時間終了」
「……さよか」
 起き上がろうとした。幸い、力が入らなかったり、身体が痛くて動かないということはない。が、違和感を感じ踏みとどまる。主に、二箇所ほど。
 ひとつは、左腕。それは見ずともすぐにわかった。点滴だ。ぽつぽつと、ビニールのパックから滴り落ちて、チューブを通じ枕の腕に繋がっている。
 しかし、もうひとつは実際に首を曲げて視線を向けなければそれがなにか、とっさには思いつかなかった。
「律花」
 レイヤほどではないにしろ。日本人の同年代女子の平均身長からすればひどく小柄な身体が、ちょうど膝の上くらいだろうか、頭を預けシーツの上に突っ伏して、寝息を立てている。
 熟睡しているのだろう、その顔は非常に安らかに睡眠を貪っていた。
そしてその脇には、猫のように丸くなった小さな龍も同じく、呼吸に背中を上下させて穏やかに眠っている。
「そっとしときなさい、疲れてるんだから」
「……みたいだな」
 上半身だけ、ゆっくりと起こす。
 サイドテーブルに、カレンダーが立ててあった。日付的には、ほぼ丸三日経過といったところ。
「そんなに大変だったのか」
「事後が、ね。解決だけはあっさりだったけど。あんた、死んじゃうかもってとこだったのよ」
「……だろうな」
 相槌を、短く返す。そして、説明を待つ。
 流石にこの状況は、きちんと把握している人間に説明してもらわないことには完全には掴めない。
 寝ていた自分についても、眠っている律花についても。
「ま、結論から言うと、あのカーネルって男はとっ捕まえてティオーネに放り出させたわ」
「放り出す……って、どこに?」
「ん? あいつが今まで売りさばいてた中に、うちのパパが買い取って現地住民に返還した星があったから。そこに、両手足完全にふん縛って、能力もがっちり制限かけて。あとはみなさんどうぞご自由にー、って。そんな感じ」
 今はその関係で、彼女は本星に戻っている、とのこと。
 なんというか、うん。──……ひでえ。えぐい。
「それもこれも、ハンターがいてくれたおかげなんだけどね。あいつを野放しにせずに済んだのも、あんたがこうやって今無事に生きてるのも」
「ハンターが?」
 レイヤが告げる話によると。全ては、ハンターがその体内に蓄積していた高純度の膨大なエネルギー、それによって解決することができたのだという。
「どーも、ティオーネは知ってた臭いんだけど。ハーティリー・ビースト……つまり、ハンターの生物としての種族名ね。なんでも、餓えや緊急時に供えて生き抜くためのエネルギーを体内に溜め込んでおく習性があるんだって」
 この星にも、『ラクダ』っているでしょ? あんな感じ。
 そう言うレイヤの例えは、地球人である枕にも非常にわかりやすいものであり。おぼろげながら、彼女の言わんとしていることが理解できるように思えた。
「あのとき、ハンターも怪我してたから。多分その傷のせいで溜め込んでたエネルギーが漏れちゃったのね」
「それを、利用した?」
 こくり、と。レイヤは頷く。
「あんたの傷、けっこうやばかったのよ? ティオーネに言って医療用ナノマシン注入したはいいけど、活性化まで持ちそうになかったくらい」
「そんなにか」
 それはたしかに、三日も眠り続けるのも頷けると思った。撃たれた辺りと思しき、胸元を撫でてみる。無論今は、なにもそこに違和感は感じないけれども。
 ──だが。
「あー。ちゃうちゃう。傷は殆ど、ハンターのエネルギーで無理矢理ナノマシン活性化させたからそのときに治ってる」
「は?」
 じゃあ、なんで。──出血が多すぎた、とか?
 訊ねてみるものの、レイヤの表情は半分正解、五十点といったところ。間違いではないがそれだけでもないといった様子で。
「……加減ミスって、活性化させすぎちゃってね」
「はあ?」
「その急なナノマシンの活動に、血を出しすぎて弱ってたあんたの身体が逆にダメージ受けちゃってさぁ」
 ……おい。
 つまるところ、いわゆる一種の医療ミス。いや、もちろん医師でもなんでもない、素人のレイヤたちの施した手当てにその言葉が正しいのかどうかはわからないが。
 もう少し、悪びれろよ。
「ったく」
「まあまあ。そんであんたが全然目覚めないもんだから、リッカってば代わりにバイトに出るって言い出して」
「律花が?」
「そ。んでもって、慣れない仕事を一日中こなさなきゃならない上に終わったら終わったで面会終了までずっとあんたについててさ。そりゃ三日でこうもなるって感じ」
 言って、眠る律花のほうへレイヤは振り返る。
 お嬢様育ちで寮暮らしだった身には、アルバイトなんてまるきり未経験だったろうに。
 きっと今、律花は彼女自身の意思というよりも、肉体の意志で睡眠を求めている。あの安らかな寝顔は、多分そういうことだ。
「ま、大体こんなとこかな」
「そうか。……あ、そうだ」
 レイヤの説明に、枕は概ね納得した。理解もできた。
 その上で一点、気になることがまだ、残っていた。
「律花とは、うまくひとつになれたのか?」
 二人で、ひとつの身体となって。彼女は律花とともに、正義のスーパーヒロインになれたのだろうか。
 訊ねられたレイヤは、一瞬きょとんとして、それから目をぱちくり数度瞬かせて。
 やがて、
「──ん!」
 にっこりと親指を立てたサムズアップを、枕へと返してきた。
 二人がひとつになったその姿を見ることが出来なかったのが、悔しく思えてくるくらい、それはとびっきりの笑顔だった。
 

 
 誰かと誰かが、話しているような気がする。
 これからどうするんだ、とか。もうしばらくこの星にいる、とか。
 けれどそれは現実のようでいて、半分夢見心地で。混然と、はっきりとはしなくって。
 その世界に留まること。身体が求めている睡眠へと沈み込むことで、律花の深層意識もまた、好意的にその要求へと応えようとしていた。
 おぼろげな程度にしか覚醒していない思考回路では、些かその心身より望まれている流れに逆らうのは、困難なことであった。
『律。大きくなったね』
 そして、今現在律花の意識があるこの世界を、より魅力的なものに見せているのは偏に、笑顔を見せる姉の姿があるからこそ。
 手を伸ばすと、姉は握り返してくれる。笑いかけてくれる。
『好きになってくれて、いいよ』
 枕もまた彼女の夢を見ていたことを知っていれば、律花は驚いただろうか。
 偶然か。それとも運命的なものか、一体どちらにその意味を捉えただろう。
 口調の違いは、接する相手の違い。妹と、恋人と。それぞれに向けて放たれる言葉。
『わたしは、二人とも大好きだから』
 宇宙人が、いたんだから。
 幽霊だっていたっていいではないか。
『だから、彼のこと。好きになってくれていいから』
 誰に対してそう反論するでもなく、律花は姉の姿にそう思った。夢であろうと、かまわない。少なくともそれは、律花にとっては、宇宙人の見せた幻影のような、紛い物ではけっしてないのだから。
 あいつはそろそろ目覚めているかな、と律花はふと、思った。
 こんな、うちの姉に甘えてばかりいるような世界にずっと入り浸っているようなら、ひっぱたいてでもしっかりさせないと。
(それはきっと、わたしの役目だ)
 もし、自分が目覚めて。あいつが起きていなかったら、そうしよう。
 先にあっちが起きていたら──それでも、文句の一つや二つ、言ってやろう。
 姉は、許可の言葉をくれたのだ。
(まずは……そうだ)
 不思議な浮揚感が、律花の身体を包み込む。それはまるで、レイヤとひとつになって空を駆けた、あのときのようで。
 枕を、助ける。救う。それらの切迫がないぶん、その感覚は一層心地良い。
 
 ──まずは、写真をもらおう。誰よりも姉が大好きだった、あのきれいな星の収められた写真を。
 
 その星の名前は、『最も美しいもの』。それを言い表す異国の言葉を、その二重星は自身の呼称として授けられている。
 
 枕の声が。おやすみの一言が、たしかに聞こえた。どうやら、写真は明日になりそうだ。明日で──いいんじゃないか。
 彼とレイヤの呼んだ水月の背中で、静かに寝息を立てながら。
 律花もまた、彼に対し返礼のおやすみを、呟いた。
 
 
 
 Fin.
 
 
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