だとさー。

変t……ケインさんから。
てなわけで一次創作更新しつつ(前回分はこちら、今回の分は続きを読むからどうぞ)、やってみる。
 
 
 
※注意
・指定者以外は絶対にだめNGいつ回ってくるかのバトンなので回してくれた人から貰った『指定』を『』に入れて答えること。(まあ今回に関しては当然「リリカルなのは」ですが)
 
お題:『リリカルなのは
 
1.最近思う『リリカルなのは
 公式関係については基本的にどれも楽しんでます。作品については。
 尤も、作品そのもの以外の部分でいろいろ思うところが多いというのが正直なところですが。
 
2.こんな『リリカルなのは』には感動
 某エロゲ雑誌での広告で一期のメインビジュアル見た際は完全に絵で惹かれたので実を言うとストーリー的なものは期待してなかった(エロゲ原作アニメに対して妙な偏見があったのも事実)、そんなン年前。いい方向に予想を裏切ってくれたあの一期の感動がすべてのはじまりでございました。

3.直感的な『リリカルなのは
 作品をとりまく周辺状況は無視してでも、作品それだけにどっぷりと浸かっていたい作品。

4.好きな『リリカルなのは
 公式には基本的に「作品として」嫌いなとこはどこにもないです。
 たぶんここまではまったのって某カードキャプターさんの漫画くらいじゃね?

5.こんな『リリカルなのは』は嫌だ
 いろいろ取り巻く周辺状況……かな。作品としても、同人の題材としても好きなだけに。

6.この世に『リリカルなのは』がなかったら
 サイトもったり同人活動やったりしなかったと思う。プロの作家目指すのももっと腰を上げるのが遅れていたんじゃなかろうか。現実になりたいものを目指し始めることができた。なかったらたぶん無理だった。
 が、と同時にアニメという業界に携わる人々(の一部)について現実を教えてくれたのも事実。よきにつけ、あしきにつけ。アニメはただ作品をみて余計なことを気にせず楽しむ、それが一番しあわせなことだと伝えていただきました。アニメ業界に対する幻想はほぼ完全になくなったんじゃないかな。なのはのおかげで。
 ほんと、よくも悪くも「現実に向き合わせてくれた」わけで。知りたかったことも知りたくなかったことも。なかったらこれまたよくも悪くも現実に向き合わずにいたんじゃなかろうか。

7.次に回す人。6人(『指定』つきで)
・時の番人さん
・ツタン仮面さん
・まるさん
・天波浅葱さん
・コンさん
・いつくさん
 
 
そんなかんじでヨロー。
うち何人かは見てるかどうかもわからんけども。
 
てなわけで続きから『sea and dust』どぞー。
 
↓↓↓↓
 
 
− − − −
 
 
 
 『sea and dust』3/ 異
 
 
「あら、緒方さんの」
 なんとなくで与えてしまっただろうと思い込んだ失礼の意識程度ならば、一晩ぐっすり眠れば希薄なものとなってくれる。戦終わりの日──すなわちこの島では同日に行われる盂蘭盆精霊流しに備えた買い出しの帰り、忘れていた私的な買い物を二点三点しに店へと戻った際、ほぼ一日ぶりの長黒髪の少女がかけてきた声に守はさほど身構えることなく振り返ることができた。
「早乙女さん」
 今日の彼女は、墓地から降りてきたときと同じ学校のセーラー服だった。手には白いビニール袋。透けて見える形状は蝋燭や、線香や。そういった類のものがひとつに、一缶百円もしない炭酸飲料の一番小さなサイズのスチール缶が無数に詰め込まれたものが更にもうひとつ。
 丁度、小さな商店街のアーケードへと店から出てきたところを、セーラー服の少女と出くわした。向いている進行方向はこれから守が戻ろうとしているのと同じ側。神社も学校も、守の居候先も同じ方角にあるのだから言わずもがなのことではあるのだが。
「買い出しですか?」
 そういうあなたも、と少女の両手のスーパー袋に率直に思う。袋の大きさも数も、膨らみ具合もどうみたって、彼女のほうが大きい。こちらは生活必需品の最低限に加えて、ないと口寂しい菓子類が少々といったところだ。
「随分、買い込んでるんですね」
「ええ、もうすぐ『みなさんが』帰ってくる日ですから」
 こうして、しっかり準備しておかないと。ジュースの缶が一杯に押し込まれた袋を、アリスは右手を震わせながら肩近くまで持ち上げて掲げる。踏ん張る瞬間表情が強張ったあたり、わりと渾身なのだろう。穏やかで物静かな外見どおり、さほど力のあるほうではないとみえる。
 彼女の言う『みなさん』というのが聖職の家の者ゆえの表現、具体的なだれかを指したようなものでないことはすぐにわかった。だが、神社とはいえ寺のように檀家がいるわけでもなし、参る者のいない墓に供えるにしてもこの量は少し買い込みすぎではないだろうか。場所が場所だけに、そういったことをやるべき宗教関連の施設が少ないのだろうか。
「大変ですね。家の手伝いなんてわざわざ」
「いえ、私が勝手にやっていることですから」
「勝手に……ってご両親は? 宮司なんでしょ? まさか早乙女さんにまかせっきりなんですか?」
 自分の勝手、というアリスの言葉に、守は首を傾げつつ訊き返した。そして直後、その行動を後悔する。
「うちの神社、私一人なんです。両親とも私が生まれてすぐに他界しちゃって。育ててくれたお祖母ちゃんも、三年前に」
「え?」
 ──無神経なことを、訊いていたものだ。背筋に、妙な。嫌な感覚が巡っていく。一人……そう言ったのか? そういえば昨日訪問したあの神社の居住スペースはそれなりに広かったけれど、彼女以外の人の気配というものはまるでなかった。
 あそこには、はじめから探すまでもなく、彼女のたった一人しかいなかった。そういうことになる。
「……そうだったんですか。すいません」
「あ、そんな。別に、もう三年も前のことですし、慣れました。気を回さないでください」
 悪いことをしたと軽く頭を下げて謝る守に、アリスは肩を竦めて苦笑した。
 孤独。独り。こちらが勝手にそんな言葉を用いて形容するのが憚られるほど、その困ったような笑顔は、自分の置かれた環境を苦と思っていないということを見る者に伝える表情をしていた。
「それに神社のほうは、役場で保全に協力してもらっていますし。今度の送り火だって青年団の皆さんが大変なところは手伝ってくれることになってるんです。だから、大丈夫ですよ」
 気丈な少女だ、と言ってしまうのもその彼女の顔を見ればむしろ逆に失礼な感想であるように思えた。
 だから代わりに、言葉は使わず手を伸ばす。彼女の手の下で重そうに揺れる、缶を満載したビニール袋へ。少々強引に、力任せにこちらに引き寄せる。
「持ちますよ」
「え、でも」
「大丈夫ですよ。これでも男ですから」
 理由になっていない理由を返して、そのまま奪い取った。男だとか女だとか関係なく、平均的な力の持ち主ならばビニール袋一杯分の缶ジュースなど、大したものではない。袋を引き離す際僅かに触れた彼女の肌は、殆ど肉というものが感じられず。華奢な、骨の感触がこちらの皮膚に感じられた。力仕事が苦手なはずだと、納得できる。
 彼女は数瞬戸惑いに目を瞬かせたあと、そっと瞼を伏せて。ありがとうではなく、すいません、おねがいしますとその口元を動かした。非力の自覚があるらしい。多少なりとコンプレックスであったのかもしれない。行き先は例のお墓の、石段のところです。続いた言葉に、守のほうも無言で頷く。
 海沿いの道を通って、二人歩いた。
「緒方さんは、ご家族は」
「いますよ、健在です。二人とも九州に」
「そうですか。……あの、緒方さんは、緒方さんの……ああ、えっと」
 二つ、同じ名前が続いたのを紛らわしいと感じたのだろう。言いよどんで、アリスはどうしたものかと僅かに低い身長のその視線から、上目遣いに守に視線を送ってくる。
 ふむ、と空いた左手で頬を掻き、どうしたものかと天を仰ぐ。まあ確かに同じ苗字が二人、ふたつというのもややこしいし、いいか。
「いいですよ、下の名前で」
 別に、気恥ずかしかったから戸惑ったというわけではない。むしろ、あずさからも若葉からも、逗留先の叔母からも下の名前で島についてからはずっと呼ばれつけていて、当然のこととなっていて。
 いちいちそうやって確認をとられたり、苗字でばかり呼ばれたりするということがこの島ではむしろ新鮮で、違和感を感じただけだ。
 不思議な、ものだ。この島にくるほんの一週間ほど前までは下の名前なんてフルネームの必要な書類でしか使うことのない、自分が自分を認識する際のガジェットでしかなかったというのに。日常では苗字ばかりが自分を表す記号として他人に発信されているのに比べ、この非日常は正反対だ。島民性というべきか、小さな島ゆえの、人と人との距離の近さのためか。ここでは名前が苗字よりもわかりやすい認識となる。
「それじゃあ、守さん。守さんは緒方さんとは、従兄妹なんですよね」
「ええ」
 ただ、彼女のほうはといえば学校という画一社会の中で形成された後輩への呼び名は、未だ捨て切れていないようである。……まあ、本人がいないところでいきなり下の名前に切り替えて呼び捨てにするというのも、失礼といえば失礼か。自分のほうが『守』で一本化された以上もう一方が緒方さんのままでもこれで意味は通るので問題はない。
「じゃあ、この島にはよく?」
「小さい頃は、長期休暇のたびにわりと。ただ高校に入ってからは受験のこともあって、こられなかったですけど」
 片方の呼ばれる名前が変わっただけで、会話の内容はとめどのないものからさして変化することはない。向かうべき先の山を前方に見ながら、潮風に吹かれ歩みは続く。満潮になりかかっている海の風は、季節柄もあってかそれなりに強く二人の頬を打ち、髪を掬い上げていく。
 暑さも、海の水の湿り気を帯びた涼の風にさほど、気にならない。
「──海って」
「え?」
 唐突な切り出し方だと、自分でも思った。でも歩いていて。海を眺めていて。率直に思ったことが、口から漏れ出ていた。
「海って、蒼くなんてないですよね」
 よく、蒼い海なんて美辞麗句を耳にするけれど。波は、白い。晴れていればという限定はあろうとも、空は青い。けれど海はそんな、綺麗なものじゃない。そう、それは守の実感だ。
 今こうして目の前で満ちた海水面を見ていても、透き通った美しい蒼さなどまるで感じはしない。波の泡立ちは、くすんだ白で。防波堤のすぐ下でそれが砕けた後に残るのは、岸壁に生えそろった藻の緑と浅い海底の色とが交じりあった、お世辞にも美しいとは言えない濁色だ。
 空は雲があっても、薄水色に蒼さを湛えているというのに。同じ蒼の象徴としてあるべきはずの海は守にとっては、常にこうだ。陸の上でも、船の上でも。最大限、彼の見た海の青とは蒼ではなく、よくて底の見えない灰色がかったコバルト色だった。
「え……でも。ほら、例えば地球の衛星写真だとやっぱり青いですし。それにオーストラリアとか。海外の写真や映像だと」
「そりゃ、そうかもしれませんけど。えと、なんていうのかな……実感として、味わうことのできる身近な場所に、蒼い海なんて本当に常在的にあり得るんだろうか」
 緑と灰の混ざった水面に、守は目を落とす。大方、突然何を言い出すんだこの男は、とでも思われていることだろう。だがこれは守にとっては紛れもない事実なのだ。生まれてからこの方、蒼い海の水などは水族館のブルーライトに照らされた、幻想と人工という矛盾を孕んだ淡い輝きのもとに満ちたものしか知ってはいないのだから。
 暗い通路に、蒼く浮き上がる水槽の海水。それはけっして今このような、照りつける太陽の、開かれたこの世界では実現なしえないものだと、守は思っている。
「……透明で。蒼くなければいけないんでしょうか」
 二人の足は、いつしか止まっていた。塩水の飛沫を間近に感じる堤防から海を眺め、本土がその先にあるはずの水平線に船を見る。
「きっと、海が透き通っていないとしたら。見ちゃいけない、見せちゃいけないものがそのどこかにあるんじゃないでしょうか」
「……見ちゃいけない、もの?」
「ええ……遺されたものとか。遺された、想いとか」
 行きましょう。あんまり道草を食べてると、日が暮れてしまいます。言ったアリスは、時計を持った白兎を追いかける、同名の童話の童女そっくりの動きでぴょん、と跳ねるようにして守の前に出て、振り向いた。
「ああ……そうですね」
「敬語」
「え?」
 相槌を打って歩みだそうと、守も足を持ち上げる。しかしその一歩は、眼前にそっと突き出された少女の指先によって阻害され、短い一言が、彼を動き出す前のその場へと一時的に押し留める。
「私のほうが、ひとつ年下なんですから。敬語、そこまで無理に使わなくていいですよ」
「そう、ですか?」
「ほら、また」
「……ありゃ」
 微妙な空気は、それで流れた。まさにしてやったり、といったところの穏やかなアリスの笑顔と、彼女に一本取られた感が満載の、守の苦笑とが交差する。
「さ。行きますか」
「ええ」
 堅苦しい敬語はなしで、とはいっても。砕けた口調というのは得てして、乱雑に敬体の言葉と常体の台詞とが交じり合っているものだ。元がさほど男性的な面を強調したような口調でない守だから、なおのことその傾向は顕著だ。
 結局のところは、年下の彼女に対しても敬語交じりの日常語に落ち着くことになるのだろう。
 今、何時くらいだろうかと、歩き出したアリスのあとに続きながら携帯電話の二つ折りを開ける。時刻としては夕方近い。ただ真夏のこの時期だからか日はまだ一向に、自重して水平線の向こうにお暇しようとする気配をみせてはくれない。
「……っと。失礼、家から電話だ」
 この場合の家とは、もちろん居候しているあずさの家──民宿を営んでいるほうの、緒方家のほうである。軽く頷いて立ち止まるアリスを尻目に、通話ボタンを押して電話に応じる。
 昨日の電話には相手が誰か確認して結局かけなおさなかったから、携帯『電話』といっても、この島で通話をするのはこれがはじめてだ。電話口には、叔母の声が出た。
「もしもし。どうしたの、叔母さん」
 随分ゆっくりと歩いてきたし、こちらは半分以上きた道を一度引き返しているから、時間差を考えればこんなものかとも思う。家に着いてから今度はあちらがなにか買い忘れたものを思い出しでもしたのだろうか。
 ……などと、呑気に考えて応対した。しかし、叔母の声はいくぶん余裕のない様子で、ひとつひとつの言葉を紡ぎ守に言い聞かせ始めて。
「え?」
 買い物にまた戻るのは億劫だな、などという考えは吹き飛んだ。あなたが心配することはないから、と前置きをされたところで、それをするなと言うほうが無理だった。
「一体、なにがあったんですか」
 いくら、静かで治安の良い、小さなこの島とはいえ。
「あずさが、でてったって」
 あずさひとり──年頃の女の子ひとりが親と衝突し家を飛び出していくなど、けっして穏やかなことではない。
 
 *
 
 今日はいつもと、少し違う。ラインの滲みが、ちょっとだけ早い。
 ああ。風が、気持ちいいな。いつも線を引くときはこんなに風を感じることはないし、海も見えない。飲んだ薬よりなにより、その心地よさがすべての気持ちを穏やかにしてくれる気がする。
 やわらかくて、涼しげで。太陽のむし暑さがちょっぴりうざったいけれど、私はまだ黒くなりきっていないオレンジ色の海を見ながら、ラインをひとつひとつ、こさえていくのだ。
 黒い海は、嫌いだから、見るなら今くらいが丁度いい。海の色は、黒以外の色じゃないといやだ。
 大きくて、四角い石の隣で。入ることは許されなくても、きっと来てくれている人たちが、きっとそこにいる。
「お父さん、勇樹────……?」
 暮れていく日の光が、不意に不自然な方向から反射した。石垣の間に、とっさに身を潜めて。その方角をこっそりと窺う。
「……あれ、は」
 二つの影が、階段の麓に見えた。沈む夕日に照らされるそれが誰と誰のものなのか、私はよく、知っていた。
 
 *
 
 若葉にも、初対面時に交換した番号を頼りに電話した。彼女と逐次そうやってメールやら通話やらで相談をしながら、それぞれの心当たりを回った。だがどこか、定期的に報告を入れていた相手の肝心の叔母からはというと、どこか今一歩つきつめた必死さを感じることができず。
 結局、あずさを見つけられぬままここまできてしまった。目ぼしい場所といえばあとはここだけ──山の中腹の、共同墓地へ。
 彼女の先輩にあたるセーラー服の少女も、捜索の間ずっと自分の用事があることも省みず、土地勘の不十分な守へと協力してくれていた。日も、暮れかけて。これ以上迷惑はかけられないというのと最後の心当たりをということで、共に山の墓地へと足を向けたのだ。
「すいません。手伝ってもらって」
 石段の上り口に着き、手にしていた清涼飲料水のビニール袋を渡すと彼女は律儀に頭を下げる。とんでもない。お礼を言わねばならない、謝らねばならないのはこちらのほうだというのに。
「こっちこそ。……なんか、申し訳ない。あっちこっち引き回して、時間とらせてしまって」
 こちらの言葉には、気にするなとばかりに彼女は首を横に振る。
「もうここで、いいです。緒方さん、見つかるといいですね」
 受け取ったビニール袋を抱え重そうに、長い石段を登るでもなくアリスは立ち並ぶ苔むした小さな墓たちの前に運んでいく。
 彼女が置いたところには木の桶と、柄杓と束子とが既に準備されている。
 まさか、今からこれらの墓をひとつひとつ掃除しては飾っていく気か。もう日暮れも近いというのに、一体どれほどの時間をかける気だろう。
「それ、今からやる気?」
「……ええ。ずっと、こんな状態でしたから。いい加減、綺麗にしてあげないと。……さ、守さんは緒方さんのことをはやく、捜しに行ってあげてください」
「けど」
 これはこれで、女の子一人──しかも特徴が非力ときている人物を残して、ほいほい別の場所へと後にしていけるような状況ではない。
 だが躊躇する緒方には目もくれず、半袖セーラー服の少女は側の水道の蛇口を捻り、桶に水を溜めていく。
「その緒方さんってひょっとして、私のこと?」
 と。石段の上のほうから、長く伸びた太陽が二人の丁度中間に差し込んだ。見上げた先にあった人物の顔は、光の加減のせいで最初、真っ黒一色に塗りつぶされたように見えて。
やがて次第に目が慣れるにつれ本来認識されるべき各所の色を取り戻していき、あずさのそれを二人分の計四つの目に確認させる。
「あずさ、お前……!」
「マモルくんも早乙女先輩も、こんなところで何してるの?」
 なんとなく、その両目がほのかに赤みを帯びているように見えたのは夕日の紅のせいだろうか。守とアリスという組み合わせを、意外そうに見比べて、彼女は石段を一段ずつ降りてくる。
 これで私服の男、一。制服の少女、一。私服の少女、一という構図が出来上がる。
「お前、飛び出してったって……どうしたんだ、一体」
「あー。もう、いいから。自己解決完了したから、気にしないで」
「気にしないで、って言われても……」
 こっちは心配してたんだぞ、という守に対してあずさは、随分とそっけなかった。溜息混じりに大丈夫だから、を繰り返すばかりで要領を得ない。
「まあ、心配かけたってのはそうなんだろうし、謝るよ。ごめんなさい」
 その一言を言わせるのが、やっとだった。あずさの向こう側でまあまあ、そのくらいに、といった仕草で無言にボディランゲージを送るアリスのこともあり、守もしぶしぶ引き下がる。
 まったく、一体こんなところで一人で、何をしていたのだろう。口に出さなかった疑問は、あずさから二人に向けられたものでもあった。そして。
「で。最初の質問」
「え?」
「だーかーら。二人ともこんなお墓の前で一体、何してたのってこと。私を捜してくれてたのはわかったけど、荷物とか見るにそれだけじゃないでしょ?」
 これが家を飛び出していった人間か、というくらいに、あずさは普段どおり──若干、投げやりな感じがするけれども、いつもの彼女とさして変わらない様子で二人に再び問う。
 お兄さ〜ん、良からぬことしようとしてたなら素直に白状したほうがいいよ〜、なんて冗談めかしつつ、軽いノリで。
「お墓の掃除を、はじめるところだったんです」
「へ、お墓? ……ひょっとしてここ、先輩の家の?」
 その質問は、一昨日だったかまだアリスの名前も知らなかった守が出くわした彼女へと向けた問いとは微妙に異なるものだ。
 そのとき返された答えは、なんだかとりとめのない曖昧なものだった。
「いいえ」
「え? じゃあなんで」
 そこから先が違ったのは単純に、自分とあずさの性格の違いだろうと、守は思った。
 守は、彼女が手を合わせていたその墓石たち、そのものについて問い。わずかなやりとりのみで終わった。しかし従妹の少女は一方、自分の先輩が親族のものでもない墓の掃除をしようとしているその具体について、首を傾げてみせたのだ。
 反応や言葉が違って、当然。ぽつりと、アリスは二人の耳に聞こえるように呟いた。
「このお墓は、誰のものと決まってるわけでもないんです」
 少女は、墓石をいとおしむように撫でる。その石の隣にまた石。続けて更に石と、一列に同じ形の墓石が続く。彼女の言う墓というのはきっと、ここに並んでいる全てを指す。
 彼女が全ての墓に参っているのを見た、守だから。自然にそう、受け取ることができる。
「誰のものでも、ないって。それ、どういう……?」
「無縁仏ってこと?」
「戦人たちの、お墓なんです」
 夕日のオレンジは、そろそろ紫色を帯び始めている。その薄い紫は次第に濃さを増し、やがては紺になり、最後には夜の黒へと変わるだろう。
「どこで、どうやって亡くなったかもわからない。あるいは、家族もいない。お墓を、作れない。そんな戦終わりの日を迎えることのできなかった人たちの……海に還ってしまった魂たちの、その象徴です」
 今日はもう、掃除はやめておいたほうがいい。守は自分のほうから、そう言うつもりだった。けれど、言えなかった。
 暗くなってきましたね、掃除は明日にします。結局抑揚なくそういって切り上げたのは、アリス本人の口からによってだった。
 帰りはもちろん、二人だけ。アリスとは行く方向自体違うのだから、自然石段の下で二手に分かれた。去り際に苗字で呼ぼうとしたアリスに対しあずさが自分も下の名前で呼んでくれていいです、と言い置いたのが、その日三人の間に交わされた最後のやりとりだった。
 白いリストバンドをした左手で髪を掻きあげながら、何度もあずさは遠ざかっていく、三人の別れたその場所へ、振り返っていた。
「兵隊さんのお墓、か」
 漏らしたその言葉は、家を飛び出した理由をどう問いただすべきかとタイミングを窺っていた守を、しばらくの間押し留めた。そこに含まれる感情は、声の色は、何故だか羨望と呼ばれるものであるように彼には思えて。何故自分がそのように感じたのか、どうしてあずさが死者たちを羨むのかが理解できなかった。
「いなくなった場所がわからなくても、家族がいなくっても。大切な人のいたこの島にああやってお墓を作ってもらえる。……なんか、いいよね」
 次の言葉は、声とは裏腹にむしろ、寂しげなものに聞こえた。言ったあずさは詰問の機を逃した守と、突然の自分の言葉に困惑するその表情とに気付いていたのだろう、取り繕うように二つ三つ、言葉を並べる。
「……探しにきてくれて、ありがと。でも、全然大したことじゃないから。……多分」
「今日が、はじめてじゃないし。お母さんも私も、わりと慣れっこ」
「だから、心配とかはいらないから。ほんとにもう、大丈夫だから」
 先手を打ってのいいわけのように、その言葉たちは隙間なく敷き詰められて守に割り込んで声を発するということをさせてくれなかった。
 心配しないで。大したことじゃない。考えをそれらに対し巡らすうちに、最後尾の言葉が締めくくった。
「私が、我が儘なだけ。この島から出たくないっていう、ただそれだけなんだ」
 帰るべき家は、もう既に見えていた。玄関口に立っていた叔母は、飛び出していった娘の姿を確認すると、駆け寄ってきて安堵に抱き寄せるでも、怒声を以って叱りつけるでもなく。守たち二人よりも一足先に、ひっかけたサンダルを鳴らしあっさりと、無言で玄関の中へ消えていった。
 ただいまとおかえりの応酬が、無味乾燥とした味気のないものに、守には感じられた。叱らなくていいんですか、と叔母に問いかけてもただ、貫く沈黙に首を横に振るだけ。あっさりとあずさは、靴を脱ぎ二人を置いていく。
 階段を上がっていく従妹を、守は追った。言い咎めるでもなくキッチンに戻り包丁の音を響かせ始めた叔母の、その親としての態度が無性にもどかしかった。
 あずさの左腕をつかみ、段下から頭上の彼女をひきとめる。手首の、半ばトレードマーク的な白いリストバンドの真上。一瞬、痛そうにした彼女に強く握りすぎたかと微々たる後悔を覚えつつ、言葉を投げた。
「あずさ」
「うん?」
「島から出たくないって、大学に行きたくないってことか?」
 瞬間、振り払われる。予期していなかったほど乱暴に、強い力で。危うく寸でのところでバランスを崩し、階段から落ちそうになり守は踏みとどまる。
 振り返っていた顔はもはや、こちらを見ていない。
 ──うん。よく、わかったね。正解。室内履きの柔らかいスリッパの音が、彼女の無声音を上から塗りつぶしていった。

 
(つづく)
 
− − − −