GA文庫のテーマ大賞。

 一次審査で弾かれました(´・ω・`)
 まあ、前回送られてきた評価シートにプッツンして完全に編集部に喧嘩売るような作品(テーマが「○○デレ」→じゃあまったくデレられない子でノンデレ・敬遠されがちなラノベ作家志望主人公のお話・勢いだけで書きなぐった自分の普段の「小説」のスタイルとはまるきりの別物)だったのであまり期待はしていなかったので予定調和っちゃー予定調和やね。
 ケインさんは通ってるんで喜ばしくはあるんですが、知り合いは通って自分は落ちるってなんかリアルに凹むね(´・ω・`)
 しかもかなり。とっても。
 とりあえず時間はかかるでしょうけども切り替えていこうと思います。もともと勝っても負けてもGAは水が合わないみたいだから(どーもコテコテのキャラクター小説を求めてるくさい、俺はでも「小説」書きたい)これで最後のつもりでしたし。あ、自分の腕が未熟なのは織り込み済みの上でこれ言ってますよー。
 当面は前回一次落ちにもかかわらずえらい好評価してくれた秋のHJ、それと作品読んでてわりと空気は合いそうな一迅社を目標にしていきたいと思います。
 
 例によってラノベらしくない題材・ストーリーで(ぉ
 
 
 そんなわけで今日はうさばらし的に一次更新ー。次回(気力戻ってれば)カーテンコール更新します。
 前回分はこちら
 
 続きを読むからどうぞー。
 
 ↓↓↓↓
 
 
 
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『sea and dust』6/ 拒
 
 
 
「蒼い海の場所、ですか」
「ああ、なんでもいい。この神社、歴史もだいぶん古いんだろ? なにかそれらしい手がかりのようなもの、ないかなって」
 訪れた神社で、守ははじめてアリスの巫女装束姿を見た。神社の娘であることをなるほどと頷かせる純白の着物に、赤の袴。じつに典型的な巫女としての服装に、彼女は身を包んでいる。
 蒼い海を。あの日の空よりも蒼かった海を、もう一度探してみようと思った。あずさは昨日の薬の影響か、部屋でぐっすり眠っている。彼女が寝つくまで、守は傍にいて手を握ってやっていた。寝息を立て始めた従妹の掌の感触は、未だに右手に残っている。叔母には神社に行ってくるとだけ言い置いて、出てきた。
「……」
 自分が郷愁を感じている以上に、あずさにはそれが必要であるように思えたから。
 記憶を掘り起こして、見つけられるものならば見つけたい。そして二人で、あの日見た光景をもう一度見たいと思ったのだ。そのためにも、少しでも手がかりとなるようなものが欲しかった。実家の父に以前のことを問うことも考えたが、それは自分があまり好ましいと思える手段ではなかった。あまり、実家に連絡をしたくはない。また、そうすれば同時にあずさのことも知られてしまう可能性がある。親戚に知られれば、気まずい思いをするかもしれない。ほかの誰でもない、あずさと叔母が。それは避けたかった。連絡した挙句にあずさの状態が知られるわ、父が当時の出来事を覚えていないわということにでもなれば踏んだり蹴ったりだ。
 だから島でまず、できることをしようと考えた。結果、戦終わりの日を目前に控えたアリスの神社へと、守の足は向いていた。
 送り火を燃やすべく、太い木たちが作業にやってきた、タンクトップにニッカーボッカーの男たちによって運び積み上げられ、組まれていく。アリスは境内に出て、その光景を見守っていた。守も彼女の隣に立ち、手際のいい作業員たちの様子に視線を注ぐ。
「なにか、ないかな。古い地図とか、なんでもいい」
「蒼い海の手がかり、って言われても……。どうしたんですか? 急に」
「それは……いや、その」
「あずささんとあれからなにか、あったとか?」
 図星を突かれて、守は口ごもる。なによりそれが雄弁な回答であるということを、自覚していながらも。
 彼の様子に、アリスがひとつため息をついた。質問に対する応えは、イエス。しかし具体的にどういうものであるかはやすやすと口に出せることではない。そのことを巫女装束の少女も、察したのだろう。
「……わかりました。いいです」
「あずさと、もう一度……って、え?」
「いいです、って言ったんです」
 アリスは作業を進める男たちに向かい、この場を任せる旨、二言三言言葉を交わし踵を返す。
 ついてこい、と。意訳するならばそんな言葉で背中が呼んでいる。
「あずささんのこと、大切なんですね」
 白い足袋の下の草履が砂利を噛む。守も、それを追いかける。
「どうかな」
「そうやって当たり前に思えるくらいに、守さんにとっては大切なんですよ、きっと」
 嫌いじゃないですから、そういうの。鍵のかかっていない玄関の引き戸を引いて、少女は守を招きいれた。足を踏み入れるのは、守にとっては二度目だ。先にあがったアリスは居間に行っていてくださいと告げて、廊下をそそくさと歩いていってしまった。
 言葉と裏腹に、妙に態度がそっけない。これといって今までの会話に相手の機嫌を損ねるような心当たりもさしてなく、守は首を傾げざるをえなかった。
 
 *
 
 蒼い、海。ただ、蒼いだけではない。大切なひとと共に見た、蒼い海。大切な人とともに再び待ち望む、蒼い海。
「どうぞ」
 アリスが差し出したのは、古びたセピア色の地図と──一冊の、それ以上に古く、表紙も所々欠けてしまった、日記帳。桐箪笥や、テレビや。家具たちのならぶ応接間を兼ねた居間に待っていた守の眼前に、そっと差し出され座卓の上に置かれる。
 地図は、わかる。ぐるりと、濃い輪郭に描かれているのは島の外周だ。地名、村名、町名が躍り、間違いなくこの島のものであるということをはっきりと提示している。
「お祖母ちゃんの、日記帳です。……たった一冊、これしか残ってませんけど。よかったら、開けてみてください」
 だが説明の言葉を受けてなお、後者の日記が差し出されたことに対する意図は守には掴めなかった。静かな、しかしそれでいて有無を言わさぬ色のアリスの声に促されるようにして、守は革張りの日記帳を開く。
 軽いぱりぱりとした手触り、開き心地が壊さぬよう、注意をするよう告げている。ゆっくり、そっとページを開く。
 見開きの最初にあったのは、二枚の写真だ。左右のページに一枚ずつ。モノクロのそれらにはそれぞれ、三人組の男女が写っている。右は、子供たち。左には、大人。
 二枚とも、中心は少女、あるいは女性。ともに白黒写真においても一目でそれと見てわかる、外国人──白人の顔立ち、肌の色をしている。
「真ん中にいるのが、お祖母ちゃんです。子供の頃と、大きくなってから」
 あっ、と。声を一瞬、あげそうになった。たしかに、似ている。アリスの声が言うとおりだったのだ。そう。白人の少女も女性も、肌の色にこそ多少の差異はあれ、彼女とよく似た顔立ちで、カメラのファインダーか、あるいは撮影者の顔へと向けて微笑みの表情をつくりシャッターの押されるときを待っている。
 アリスのもつ、日本人離れした黄色人種らしからぬといえる容姿。感じたその印象の理由に、ようやくに守は合点がいった。
 日本語が上手──なるほど。ああいう言い回しに、なるわけだ。
「こっちが、お祖父ちゃん。こっちが、お祖父ちゃんのお兄さんだった人」
「だった?」
「……はい。そして、私のお祖父ちゃんになっていたかもしれない人です」
 写真も、写真の中にいる三人もまた、古かった。白人の少女・女性は飾り気のない着物に袖を通し、それを左右から挟むようにして立っている二人の少年・青年はいずれも五厘刈りの古きよき時代を感じさせる髪型をしている。
 アリスは話をはじめた。祖母のこと。よくは知らない、祖父のこと。祖母がよく読んで聞かせていた母の大好きな『アリス』の話。その主人公の名前そのものが、自分の名前の由来となっていること。その祖母を祖父と同じくらいに愛し、将来を誓いあっていたひとりの男性のことを。
「お祖母ちゃんが、床に伏せる前にこんなことを言っていました」
 また、天国に行けば三人で蒼い海が見れるね、と。蒼い海──その単語は無論、彼女の言葉の中にあって守には最も、目立ったものとして耳につく。
 三人というのはアリスの祖父母と、当然のことながらそこに写真の青年とを加えた人数であり。
「戦で喪った人は、帰ってきませんから。だから、お祖母ちゃんは大切な人を喪って。お祖父ちゃんがずっと、お祖母ちゃんを死ぬまで支えてくれたんだと」
 アリスの口調は、祖母を懐かしみ、思い返しているように聞く側の守には思えた。祖母、祖父。他人に対し身内を説明する際のそんな言葉遊び的なマナーよりなにより、彼女がそのような言い回しをするのは祖母を。祖母の愛した祖父を大切に思っているから。
 そのお兄さんは、戦そのものは無事に生き延びたらしい。ただ、長く連絡がつかず。戦終わりの日を迎え過ぎてもなおようとしてしれなかった安否に心身を傷つけられていく祖母を、アリスの祖父はまず支えることになった。
「二年後か、三年後か。戦終わりの日がそう呼ばれるようになったその頃、ようやく届いたお兄さんからの帰ってくるよ、という手紙に一緒になって喜んで。おめでとうを言ってくれて。その帰還の船が機雷に当たって沈んだという報せがあったときも、常にそばにいて支え続けてくれたやさしい人なんだって、お祖母ちゃんは言ってました」
 略奪だとか、そういうやましいことでは絶対になかった。未だ墓にも入らず社に安置されている祖母の遺骨が、なによりの証拠。また彼女の骨と同じくして、それよりも以前から祀られている祖父の骨も同様に三人の最後の一人を待ち続けている。
 いつの日かを、待っている。三人がともに死者となった今、一足先に旅立っていった者の遺品が、そこに並ぶことを。
「だからお祖母ちゃんは、お墓にはまだ入れないでくれと言い残したんです」
 三人が並べば、かつてに戻ることが出来る。肉体はもうなく、愛した者たちからは既にその存在を認識できることがなくとも、三人は共にいられるのだ。
 共に、在りし日に見た蒼い海ももう一度見に行ける。そうやって三人が同じ時間に戻ってこられる日を願いながら、アリスの祖母は現の世を去っていった。
「蒼い海のことを、私も知ってたんです。この日記を、読んでいたから」
 だから守さんから聞いたときは、非恋愛的な意味ですけど、ちょっとどきっとしちゃいました。冗談めかした言い方で言って、アリスは肩を竦める。
「この日記と地図、お貸しします。なにかの役に立つかもしれません。ただ、ひとつだけ。条件をつけさせてもらえますか」
「……ああ。俺に出来ることなら」
「私も、連れて行って欲しいんです。お祖母ちゃんとお祖父ちゃんに、その蒼い海をもう一度見せてあげたい」
 日記の上に置かれたアリスの掌が、滑らかな摩擦音を立てて表紙を撫でていく。
「今じゃなくてもいい。見つけたらその場所を教えてくれるだけでもいいです。ただ、それだけで。遺骨や遺品はなくてもきっと、戦終わりの日にはお祖父ちゃんのお兄さんもこの島には、帰ってくると思うから。そのとき連れて行ってあげられるように、知っておきたいんです」
 なにもやってくるまで残りの日数のない、今年の戦終わりの日には間に合わなくてもいい。少女の首が、垂れる。身を引き腰を曲げて、両手を畳みの上について、深々とした正式の一礼だ。
 守の首も、上下に揺れた。彼女が右手を載せていた日記の表紙に、反対側から同じようにして掌を置く。人肌のぬくもりがほんの少し、そこには移っているようにも感じられた。
「……見つけられるかどうか、確約は出来ないよ?」
 ぽつりと言った守に、アリスがそれも織り込み済みだと言わんばかりの、前途の多難さを承知した微笑を返してくる。この島に住んで十八年……彼女だって、探したことがまったくないわけが、ないではないか。おそらくは自分たちが見たのは半ば以上に、偶然の産物以外のなにものでもないだろう。
「全力を、尽くすよ」
 掌に力を込めて、引き寄せた。古い紙面が放つ燻製じみた濃い匂いが、二人の間の座卓の上を舞った。
 
 *
 
 そうやって偉そうにも見栄を、切ってしまったものの。
「それらしい砂浜。きちんと地名があるのは全部で三箇所、か」
 シャープペンシルの背中を、かちかちとノックして芯を先端に呼び出す。座卓の机上にあるのは神社からの帰り道すがら、角にある農協の店に寄って隅のコピー機で複数枚出力してきたアリスからの地図の複写だ。
 地図の地名には、コピーをとる前の原版の時点からいくつか薄く、ペケが引かれている。おそらくやったのは、アリスだろう。心当たりとしては一番有力ともいえる三箇所の砂浜についても一箇所、既に交差した線が読むのを阻害しない程度に、文字を潰している。
 白浜、青浜、華浜。除外されるのは、華浜。この家からでは、一番近い場所に位置する海岸だ。昨日海水浴をした、あそこだ。時期的なものもあるのかもしれないがただの海にしか見えなかったし、さすがにここまで近いと逆になしとみていい。
 残るはあと二つだが、そのうちのひとつも多分、白浜は消えることになるだろう。この島に到着した際フェリーの停泊した波止場の名前が、たしか白浜港だった。位置的にも地図とほぼ合致するし、あのあたりは守の記憶している限りでは護岸工事がほぼ完璧に終わっていて、砂浜などといった海岸線そのままを残したものは乗ったバスの窓からもほんの少しとて見えはしなかった。浜というもの自体が完全に、地図上の状態を逸脱し消滅してしまったと考えたほうがいい。
「……だけど、なあ」
 残ったものはよりにもよって、青浜。ならばここで間違いないとも、短絡的に言うわけにはいかない。
 ──なんというか、直球すぎる。もしもここが正解であったとするならば、あまりにもその、ネーミングセンスが。それほど簡単に、探し物が見つかるものだろうか。
「入って、いい?」
 外はもう暗い。住人が目覚めたのだろう襖の向こうに明かりが灯り、白い蛍光灯の色が隙間から漏れ出てくるとともに、従妹の声が聞こえた。
「大丈夫か?」
「うん。まだ少し、ぼんやりするけど」
 言外に許諾をすれば、部屋同士を分けていた襖を引いて、パジャマ姿のあずさがこちらに入ってくる。一瞬躓きかけたのは薬がまだ残っているせいだろう。支えようと腰を座卓の前から僅かに浮かせた守を制しながら、膝をついて彼女は座る。
「気分は?」
「悪くないよ。起きてみて時計見たら丸一日経ってて、ちょっとびっくりした」
 あずさのリストバンドは、守の座る座卓の上に置いてある。それを視線の先にして、一瞬目を伏せて。きれいに巻かれ留められた左手の包帯を、パジャマの袖をまくりあずさは露にする。流れ出た血の跡も。生々しくかさぶたの出来始めているであろう赤黒い傷口も。真っ白の清潔な包帯は外部に見せることなく、覆い隠してくれている。
「ありがとね。これって、マモルくんがやってくれたんでしょ。私、こんなにきれいに包帯巻いた覚えないもの」
「……別に」
 面と向かって礼を言われると、親しい間柄なだけに無性に気恥ずかしい。すっとぼけるようにして、シャープペンの背で机上を叩きつつ頭を掻く。
「長袖、暑くないか?」
「ううん、冷房だって入ってるし。それによく言うじゃない。女の子は身体冷やしちゃだめだって。ま、そういうわけだから、平気平気」
 袖を戻して、伸びをうーんとひとつ。たしかに言うように、彼女は床に就く前に比べ随分と落ち着いているようだった。
「何してるの? それ、この島の地図でしょ」
「ん? ああ。ちょっとね」
 地図上のペケを、あずさの両目が移ろっていく。言っても、大丈夫だろうか。少し逡巡し、守は意を決し口を開いた。
「あの海を、捜そうと思うんだ」
 その一言だけしか、言えなかった。発した短い言葉だけを残して、従妹の反応を待つ。取り乱したりは、しないだろうか。敢えて嘘を吐くような類のことではないとは思ったけれど、それが気がかりで二の句を継ぐのを守は自分の意思でストップさせている。
 軽く息を呑んで、あずさは守を見た。それからゆっくりと、謝罪を口にした。
「……ごめん」
 謝られるようなことじゃないと、思った。
「別に。捜そうと思ったから、捜してるだけだよ。俺も、あの海をもう一度いっしょに見たくなった。ただそれだけだから気にしなくていい」
「けど」
「たまには年上の言うこと、聞く」
 昨日と同じように、ぽふりと頭に手を載せる。ただし、リアクションは違う。そのまま撫でると、くすぐったそうにあずさは頬を緩め、かつ棘のない声に口を尖らせた。
「ずるいよ、こういうときだけお兄ちゃんぶって」
「でも事実じゃん」
 うりうり。しつこく頭を撫で続ける。首を振ることもなく、頬を赤らめたあずさは大人しくしていた。
「……ま、それに。この地図を借りるに当たって、俺たち三人だけの問題でもなくなったし」
「え?」
 頭に手を載せたまま言った守の言葉に、あずさは目線を上げた。かいつまんでではあるが、アリスの側から聞いた事情も説明する。自分たち以前に同じ場所をもう一度集まり見たいと望んだ、三人の男女についての話。今と過去──そして、過去と遠い過去。
 なんか、不思議だね。驚きと、慙愧の表情のあとにそう言い表したあずさのその感想も、ある程度なんとなく想像していた範囲内のものだった。男女三人、蒼い海。欠けた一人と、残った二人。よく似た部分が、今と過去の三人組二つには、いくつもある。
「でも、そっか。じゃあ、また見に行くときは三人なんだね」
「海が見つかれば、いいけどな」
「そういうこと言わないの」
 苦笑して、机上にあずさは身を乗り出してくる。首尾は?と訊ねるその様子に、昨日の痛々しい雰囲気は殆ど皆無といっていい。数箇所を指し示して、ひとまずの目星のようなものを彼女に伝えていく。
 第一の候補として残された、青浜。その名を告げるとやはり、あずさからもそこまでわかりやすすぎることがあるだろうかという疑義が挟まれる。
「そっちの日記のほうはどうなの?」
 守の手元に置かれた、古い冊子を指差す。そちらも既に、ぱらぱらと大雑把にではあるが一通り守は目を通し終えていた。もともと日記の一部に青い海へと関連した記述が残っている程度であり、これといって特筆して目を見張るようなものは見当たらず、断片的な情報しかそこからは読み取ることはできなかったというのが正直なところである。アリスがこれを自分たちに託したのはおそらく、第三者の目から見ての新しい発見を期待してという面もあったのだろうが、残念ながらそれも空振りに終わってしまったようだ。
「ひとまずは、明日の午前中にでもこの青浜ってとこに行ってみるかな。それで当たりなら結果オーライだし」
「うーん……あ、そうだ」
 守の言ったとりあえずの方向性にぴんとこなかったのだろう、あずさは曖昧に首を傾げていた。守だって、すっきりしない方針だとは自覚している。当面できることといえばこのくらいしか思いつかないからこそ、それを採用しているに過ぎないのだ。
 傾げた首を戻した頃、デフォルメされた表現ならばおそらく顔の横に豆電球が灯っているような、そんないいことを思いついた、といった表情であずさがぽんと手を叩く。
「おじさんに、訊けないかな。昔のこと。あのとき私たちを連れてってくれたの、おじさんだよね。もしかしたら場所覚えて……」
「だめだ」
 自分でも、わかる。きつく強張った声が、あずさの言葉を遮っていた。しまったと、思わず口を押さえて顔を背ける。
「マモルくん?」
「……悪い。とにかく、それは駄目なんだ」
 やってしまった。つい、感情的な部分がぽろりと出てしまった。忸怩たる思いが、守に心中での舌打ちをさせる。あずさは、なにも間違ったことは言っていない。ある意味では辿り着いて当然の選択肢のひとつを、守に対し提示しただけなのだから。父。実家。そういったものに対して冷静になりきれなかった自分が、今は悪かった。
 不思議そうな困惑の眼差しを、守は直視できなかった。
「私のことが知れたらとか心配してるなら、平気だよ? もう、私だけの問題じゃなくなってきてるんだし。お母さんにばれちゃうのは少し、怖いけど……地図や日記を貸してくれた先輩のためにも、出来ることはやっておこうよ」
「そうじゃない。……ただ、駄目だってだけだ」
「それじゃあ、わかんないったら」
「……」
 自分から気まずい空気を作ってしまう羽目になるとは、思ってもみなかった。だが、やはり言いたくはない。あまり……話題に出したいことでは、ない。自分の恥部。自分の家庭の、いざこざというものは。
 あずさのようには、言えない。その点では自分はこの子よりも弱く、不甲斐ないと思う。
 シャープペンを、机上に放り出す。伸ばしっぱなしだった芯が欠けて、黒い粉を散らした。それから対照的な白の眩しいリストバンドを入れ替わりに手にして、あずさの前に突き出した。戸惑いながら受け取ったあずさはしばらく守のほうを見て、やがて──……、
「今日は、このくらいにしとこう。叔母さん、心配してたぞ。降りてって、ちゃんと顔見せてこいな。ご飯も食べてくるといい、一日なにも食べてないだろ」
 一ミリか二ミリ開きかけた彼女の口を、守は動かさせなかった。一息に、まくしたてた。躊躇し眉を顰める従妹に俺はもう寝るからといって退出を促し、つくった微笑でやんわりと急かした。
 まだ成人もしていない守であったが、自分のやっていることがどういうことかは認識している。
 何食わぬ顔で大事なことを煙に巻いて逃げる、卑怯な大人のやり方だ。守にそうさせている理由は、部屋の片隅にコンセントへと繋がれて転がされている。
 あずさの前でそれを手にとるということを、守はしなかった。リストバンドで包帯を隠し、何度も後ろ髪を引かれるようにしながらこちらを振り返り振り返り襖の向こうに立ち去っていく少女に、その根源にあるものさえなにも告げずに。
 彼女の姿が足音とともに階段の下に消えていってはじめて、ほんのひとときの視線が、充電中のランプの灯った携帯電話に向けられるだけにとどまった。
 従妹が、言いかけて。自分が言わせなかった言葉がなにか、守は知っている。わかっている。そんなもの、ひとつしかない。
 ──おじさんやおばさんと、なにかあったの? おじさんたちと、話したくないの?
 勘のいい彼女だから、あのままいけばそんなことを言っていたに違いない。自分はそれを彼女に強引に、飲み込ませた。何故ならば、図星であったから。図星でない言葉を無理やりに遮る必要もない。
 冷房が低く唸っている。その風に、カレンダーが揺れている。明日はもう、戦終わりの日だ。
 もう一日二日あるとどこか楽観視していた自分が、守にはひどく間抜けであるように思えた。午前中、浜に行くとして。神社の仕事に追われるアリスを日中連れ出していくのは、正直難しいかもしれない。
「なんだ。なんにもないじゃないか」
 能力も、時間も。器量にしたってそうだ。海という広大すぎる対象に対し、捜そうとしている自分はあまりに無であり。まるでちっぽけな、塵も同然。
 携帯電話と同じく、守もまた畳の上へころりと転がった。
 
 
(つづく)
 
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