色々わけわかめ。

 
 いや、つーかこれ絶対編集者の読書内容偏りまくりの趣味出まくりだろ、とか(つか文章力評価で五点中一点とかはじめてもらったよ(´・ω・`)そりゃ自分が文章超絶上手いとかは思わないけどさHJやら電撃では安定して平均以上いただいてたもんでびっくりさ)。
 評価項目逐一眺めて行って「いや、新人相手に注文大杉ww つーかこれ実際にきちんとできてばっちり売れてんのっておたくの作家でも榊くらいじゃ(ry」とか。
 不要なエピソードがあるかないかって項目、そもそも50ページの短編で入れてたら話終わらんだろーしこれ項目として必要か? とか。
 
 思うところいろいろありまくりで、自分の未熟は当然あるにしても(ワナビで未デビューなんだからそれは前提。否定のしようがない)、GAとはやっぱり根本的にあわないなと思った次第。
 まあ、人間合う合わないってあるからね(´・ω・`)とりあえず電撃の結果待ち(GA前期テーマの改稿だからあまり期待はできませんが)と、秋のHJに向けて。あとメフィスト用に『sea and dust』の加筆やってたり……っていいんかな、加筆したの送って。応募要項に「未発表の書き下ろし」ってあるんだが(´・ω・`)
 
……まあ、どこか出版社から刊行されたもんでもないしいいだろう。おそらく。たぶん。きっと。だめなら弾かれるだけだしねっ!!(ぉ
 
 
>サテライトシステム>な、なんだっt(ry 恐るべし聖王教会…。でも2と4の悪役ぶりにちょっとワクワクしてきたぞw そしてまさかの一般文芸に転向ですか?といっても、純文学、歴史物、アクション、SF…色々ジャンルがありますが、どの辺を考えているんですかい?とりあえず、640氏の書いたものを見る限り、児童文学向きではないことは確かな気がしますけれどw  
上記のとおり、メフィストのようなエンタメ系や、すばるのような純文学系もラノベと並行してやっていこうかな、と。ん? ポプラ社賞? 冗談言うないあんなトチ狂った賞金額のとこ、こんな青二才が恐れ多くて出せるかい(2000まんえん)。や、これでもいちお土台は児童文学なんですけどねー。「ガンバ」シリーズとか、井伏鱒二訳の「ドリトル先生」シリーズとか。
 
てなわけで今日は『sea and dust』での更新です。
前回はこちら。どぞー。
 
 

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『sea and dust』7/ 交
 
 
  
 朝、守は出て行った。出がけに夜の海霊祭にはどうかと誘ってみたけれど、如何せん曖昧な、気のない返事だけが残された。昨晩の出来事があったからこそ、そういう反応を返されるとそれが原因となってしまったように感じてしまう。
 あのあと少し母と顔を合わせて、軽い食事だけを摂って再びあずさも床に就いた。
 もう何度目かわからないくらいだったけれど、自傷のあとで顔を合わせたときの母の表情はいつも、そこにあるはずの意思を読み取れない。守に母へと知られたくないと言ったのは嘘偽りのない自分の思いだし、自分の自傷を気付かれてはいないという、変な言い方ではあるが自信もある。けれど実際のところがどうなのかは、わからない。母は気付いているのか、いないのか。わからないからこそ探るようになってしまうし、気まずい感覚も覚える。曖昧な母の表情に、耐え難いものを感じる。
「それ、あたし似たようなことを守さんからも聞いたんだけど」
 ひとりで家にいたい気分ではなかった。だから着替えてリストバンドを手首に通すと、昼過ぎには足が神社へと向いた。守とその社の主──学校の先輩であるところの早乙女アリスが親しくなっていることは知っているが、あずさ自身はというとそうでもない。干渉材的な役割を期待して、若葉も呼んだ。絵が飾られるところを見に行こうとか、そんな風に適当に理由をつけて呼び出した。
 そうして踏み込んだ境内の、送り火の櫓は既に組みあがり、あとは炎が燃え上がるのを待つだけとなっていた。夜になれば交互に訪れるであろう参拝の人々の姿もまだ見えず、昼にもならない時間の神社はひっそりとあずさたちの視界の中に広がっていた。
 砂利と石畳の上に竹箒をかける巫女装束の姿が、ひとつ。
「あずささん、若葉」
「こんにちは、アリス先輩」
「ちわー」
 そういえばこの人とマモルくんを抜きにして話すのははじめてだったかな、と今更思い出し二の句をどうするべきか思案する。接点らしい接点も今までさほどなかった相手だ、そういったものさえもなかなか見つけるのは難しい。
「どうしたの、今日は二人そろって」
 あちらもそうなのだろう。案の定というべきか、若葉を対話相手の主体として見定めて、巫女装束を着た先輩は会話の口火を切る。若葉もさして考えるわけもなく、ごく自然に絵の運び出し・飾り付け作業を見に来たと他意なく返す──呼び出したあずさがそう言ったのだから、そのように受け答えするのも当然といえば当然だが。
 若葉が、きょとんとした顔で言ったのは一体どういう流れでそうなったんだったっけ。お茶でも淹れるから、と来客に対する模範そのもののアリスからの言葉を受け、応接間へと女三人寄って姦しい会話の場所を移して。お茶請けと、麦茶とを肴に弾んだ他愛のない雑談がいつしか、三人にとって等しく共通に知っている男──すなわち守に関することへとシフトしていったはずだ。
 そうやって会話の最中にこの島にきてからの守を思い返していって、ひとつ気付いたことがあった。それは、家族のことについて殆どまったく話そうとしないこと。伯父も伯母も健在、夏休みともなれば帰省も休暇プランのひとつとして当然浮上するはずの立場であるはずの大学生が、だ(これにはあずさの『大学生』という未知の存在に対する偏見も幾分かには含まれているけれど)。
 守がやってきたその日、あずさだって実家に戻らなくていいのか彼に訪ねた。一人っ子の長男がこの時期にふらふらしていていいのかと。しかし守はそのときも曖昧な返事で、煙に巻くばかりで話を逸らして。
 ──そうだ。それで。それを持ち出して、彼と家族の関係が今どうなっているか知らないと、自分が言ったのだ。若干の愚痴混じりに、昨日の出来事を隠すべきところは隠すよう気をつけながら、かいつまんだ形に二人へと相談するのにあわせて。そして呼応するように親友は守から似たようなことを聞いたと、こちらに返してきた。
「あずさ?」
「マモルくんが、言ってたの?」
「うん。ね、先輩」
「ええ、あずささんのお父さんのことは自分もよく知らないって。花火の最中に言ってました」
 この際だから教えてよ、などと馴れ馴れしくしてくる親友と先輩でないのは幸いだった。言われてみて自分と守とを比較するための、心中へと埋没する時間を二人は邪魔しようとはしない。
「実際、今の話、聞いてみて似てると思ったよ。あたしだってあずさからおじさんの話とか、聞いたことないもん」
 ただ、事実を言うだけ。責めるでもない。こういう若葉だからこそ、あずさは彼女と親友をやっていられるのだと思う。
 先輩であるアリスにしても、遠慮がそこに一因としてあるにせよ深い追及はしない。若葉を交えての三人という形ではあるが、直接しっかりと話してみて、ひとつ年上の彼女に対して嫌いであるという感情はいまのところ湧いてこない。考えが。やっていることが自分と従兄とが似ているのであれば、彼と彼女の波長が合うというのにも、なんだか納得がいった。
「似てる、か」
 口にしたのは、単なる鸚鵡返しではない。似ている。似ているといえば、自分と守だけではなかった。
 自分と、優樹と、守。対応するのは、目の前にいる先輩の、祖父母とその兄。向けた視線に、巫女の衣装の彼女はあずさの気持ちを察したようだった。彼女は優樹のことはきっと、聞いていない。ただ同じ『蒼い海』を求める男女として、即ちあずさたちが三人同士で過去と今の男女を意識しているのに対し彼女は二人同士の違う時代の似たもの同士としてあずさたちと自分の祖父母を捉えている。
 それでも、同じく似ていると感じている。奇妙なシンパシーを覚える。
 似た者同士、か。そういうものはほんとうに、ちょっとしたきっかけで気付くものだし、意識するものなのだ、きっと。ほんの、些細なことで。
「それをいったら、なんとなく先輩とマモルくんも似てるかな」
「私、ですか?」
 そりゃあもう。ついでにいえば自分と守とが似た者同士であるからには、同様に自分と彼女の間にも『≒』の記号が成り立つ。
 海に、固執する理由があるところとか。あまりしゃべるほうでないといったちょっとしたところから、肝心な物事に関しては決め手のないめったなことでは他人には明かさないというところまで。
「ええ。すごーく似てると思います」
 いろいろな意味をこめてあずさは口元に笑みを浮かべ、頷いた。
 話は、守のことだけには止まらない。若葉が今度は、思い出したように海霊祭のことについて持ち出し、他愛のない色を三人の間に強めて。
 自分たちがこうやって女同士しゃべっている今、守はなにをしているだろうとあずさはふと考えた。交通手段は田舎故に価格競争もなく割高なタクシーか、本数の極まって少ない乗り合いバスかくらいしかないこの小さな島で、ここから正反対……島の裏側まで行くとなると少なからぬ時間が必要となる。自家用車という第三の選択肢は生憎と、家のガレージに残された国産車が否定している。学生さんはお金がない、などというよく耳にするキャッチフレーズを信じるならば、一層時間のかかる料金の安いバスを、守は足として選び揺られていったことだろう。
 彼はそろそろ、辿り着けただろうか。青浜と呼ばれるその場所が記憶の中にある海と同じものかどうかを確かめることはできただろうか。
 多分違うだろう、と彼は予想していた。なんとなく、あずさも違うと思う。根拠はないけれど、そんな大層な名前はあの日見た海には似合わない。他人に似ていると評価されるほど感覚の似通った従兄妹同士の二人がともにそう感じたのならば、それも立派な根拠といえるのかもしれないけれど。
 会話は弾む。守と一緒のときとは、違った穏やかな気分があずさの心中には満ちていく。
 こんなに気さくで、こんなに穏やかな人なのに。若葉と笑いあう先輩の姿に、学校で男子や噂好きの口さがない女子たちの言う近寄り難い、高嶺の花といったような雰囲気はまるで感じない。似た者同士であるという感覚が、あずさのアリスに対する意識をより穏やかなものにしていた。同属ゆえの嫌悪か。同属ゆえの同調か。どちらかと訊かれればまぎれもなく後者が、彼女には感じられた。
 海霊祭の話は、着ていく浴衣の話となり。そういえば夜の海は苦手なんだよねと、若葉が話をこちらに振る。戦終わりの精霊流し──大きな川のない、小さなこの島ではそれは、供物を直接海に流すことによって行われる。
「よかったら、ご一緒しませんか。役場の方が夕方からの一陣は代理してくれるおかげで、夜まで少しなら時間がとれるんです」
「あ、でも」
「私も、夜の海苦手だから。苦手同士で一緒にいませんか」
 こちらに気を遣って合わせているとか、そういう感じではなかった。若葉のほうを見ると、ごめんと両手を大袈裟に顔の前で合わせて頭を下げてくる。若葉のところは毎年、一家でこの日を過ごしている。つまり、その場には同席できないということだ。
 守は、どうするだろう。出がけの曖昧な、気のない返事。彼は行くのだろうか。
「そうですね」
 ひとまずあずさは、思案顔を返事として返した。時刻はまだ午後の三時にもなっていない。炎すら櫓に放たれていないのだ。
 二人でも、問題ないとは思った。そこに守が加わってくれれば、もっといいとも。だが同時に、浴衣を出しておくのを忘れていたことも思い出した。今からだと戻っても少々、防虫剤の匂いが抜けきれるかどうかに自信がない。
 思考の方向性は、非常に曖昧に流れようとしていた。受けてもいいし、浴衣のことを理由に断ってもいいと思える程度に。夜の海は嫌いだ。けれど誘ってくれているこの先輩も、守も嫌いではない。その中途半端な矛盾が、自分がどちらでもいいと感じられる原因といえば原因なのだろう。
「でも、浴衣が──……」
「浴衣だったら、お貸しします。幸い、何着かはあるので」
 ひとまず言ってみて。それ以上拒否する理由は、他には思いつかなかった。ならばと、頷いた自分をあずさは認識した。首を一度、縦に振るだけ。たった、それだけ。嫌悪感を覚えるもの──夜の海に対し自ら歩み寄っていくに等しい行為であるはずなのに、あずさにとってそれはなんでもない動作であり同様に、自分でも可笑しくなるくらい、容易すぎる選択でもあった。
 

 
 結論からいえば、島の反対側まで繰り出していったあとに残ったのは疲労感と挫折感のふたつだけだった。青浜の青は、青菜や青葉の青。つまるところは海岸線にしては緑が多いとかそんな意味でしかなく。ほぼ丸一日を費やしたあとに結実するものがなにもなかったということが疲労に加えて徒労を増幅する。
 あずさは、出かけていた。ごろりと寝転がってしまえばすることもなく、なにかをする気力というのもこれといって生まれてはこない。
 これで、蒼い海を捜す道筋は手詰まりになった。小さな島とはいえ、人ひとりが闇雲に動き回ってどうこうできるほど狭くはないし、また大学生の夏休みというものも期間が限られている。他に打てる手があるにはあるが、それに手を出したいとは思わない。
 敷きっぱなしの布団によって部屋の隅に追いやられた座卓の上に、一枚の書き置き。あずさだ。たった一言、神社に行ってくるとだけ丸っこい字がそこに躍っている。
 ……なにも自分に対して書かずとも、と思う。むしろこういうのは外出先を告げるためのものなのだから、心配をかけないようにと気遣うのであればなによりも、親のために書き残していくべきだろう。
 親と、子。そこまで考えて思わずため息が出た。自分が人に言えることか、と。言えるような立場ではなかったからこそお前はあずさのあの有様を前にして傍にいてやるしかできなかったのではないか。自嘲の中、携帯電話をジーンズのポケットから引っ張り出し着信履歴を開く。
 応対に出なかったもののほうが、圧倒的に多い名前の羅列。いくつかは、知人。いくつかはあずさ。いくつかはこの家からの着信。それらには基本的に自分は応じている。会話を交わした記憶がある。けれど。
 最も多い発信者の名前。それは母であり、父であった。この数日間、メールも電話も一度や二度とはいわず守の下へと電波となり送られ、携帯電話を震わせている。守はそういった家族からの連絡に対し、一切の通話ボタンを押さず同時に、メールの開封もしていない。
 とん、とん、とん、と。洗濯物をしまいにでもいくのだろう、叔母の足音が夕方前の部屋に、階段のほうから響いてくる。自分にはあずさと彼女の母子関係に口出しできるような立場も根拠もない。人の振りについてどうこう言う前に、といったほうが正しいくらいなのだから。
 今年の、春だ。試験に受かった大学は、ふたつあった。ひとつは、それなりに地元では名も知れていて、やはり地元ではそれなりに出来もいいことで知られる地元の、そこそこの国公立大学
 もう一方は今守が通っている、地元からは遠く離れた大学。距離的には一人暮らしが絶対条件であり実家を出ることは間違いなく、しかし自分のやりたいことをやるならば設備も講師も揃っている、その点に関しては学び舎の意味を果たすならばまさにうってつけの私立大学だった。
 歴史が、日本史が好きだった。だからそれを学ぼうと思っていた。けれど両親は反対した。受験したのが経済学部であった地元の大学も、進学するか否かは別として家族の希望を取り入れ、それに沿ってのものだった。
 自分の希望と、家族の希望。二つの間で守は悩んだ。どちらか一方でも受験に失敗していたならば、ふんぎりもついたのかもしれない。けれど幸か不幸か守は双方に合格し、選択を迫られることになってしまった。
 崩れたのは、売り言葉に買い言葉のような流れであったように記憶している。実家から通える地元の大学の利点、経済を修めることでの将来的な有用さ。サラリーマン家庭であった両親は自らの実体験を交えて、切々と繰り返し守に説いた。それはいい。家族ゆえの、自分の将来を案じての言葉だと、同じような発言を繰り返す両親に苛立ちながらも理解はしていた。
 止めとなった明確なキーワードがあったわけではない。顔を合わせるたび、居間に一家が集まるたびに繰り返される水掛け論に──それが続いてしまったのはさほど明確でなかった、ただ単純に歴史が好きだからという理由で家を出て一人暮らしをすることを選ぼうとしていた、守自身の強く出るということのやりきれなかった曖昧な態度にも原因があるのだけれど──徐々に感情の手綱が擦り切れていったのだ。家計とか、そういう切実な問題もひょっとするとあったのかもしれない。だがそのとき守の目にはそんなもの、入っておらず。ただ、蓄積した苛立ちが暴発して。
 それまでにないくらい、親とはぶつかった。当り散らした。母も泣かせた。結果的に自分の希望を貫くことは出来たけれど、その日以来家を出るまで両親とは微妙な空気が続き、終始気まずい雰囲気を維持したままだった。
 もちろん、それからまったく連絡をとりあっていないというわけではない。必要なことがあった際にはあちらから連絡はあったし、日常生活の中においては守もそれに対し素直に応じた。
 だが大学が夏休みとなり帰省すべきか否かという問題が目の前に提示されるようになって、守は行き場を実家でなくこの島へと求めた。この島でなければいけなかったということはまるでなく、実家でさえなければどこでもよかったという後ろ向きにもほどがある発想・思考によって。
 だからこの島にいる間くらいは、親のことは考えたくはなかった。かかってくる、帰省を促すためであろう電話をとらないのも、そのためだ。逃げているだけだということは承知している。大袈裟に考えすぎなのかもしれない。けれど十分に言葉を重ねずになし崩しに実家を後にしてきたという事実は守にとって今なお直視し難い、喉から抜けない小骨となっている。それもまた、事実。
 ほんとうに、あずさの逃避行動を人のことだなどといって笑えやしない。よっぽど自分のほうが軟弱だ。
 とん、とん、とん、と。やはり。足音が階段を踏みしめてあがってくる。玄関の開く音は聞こえなかったから、あずさが帰ってきたのではない。おおかた叔母が洗濯物でも持ってきたのだろうと予想して襖のほうを見ていると案の定、その旨が向こう側から声となって伝えられる。
「これ。あずさからです」
 たたみ重ねられた数枚のタオルやらTシャツやらを置いて膝を曲げた叔母に、守はあずさの書き置きを差し出す。受け取った紙片を叔母は軽く眺め、やがて二つに折って再び立ち上がった。動作と同時に、あれからあずさはどうか、とか。変わりはないかとか、同じ家にいるのに何を言っているんだと訊かれる側としては思ってしまうような、そんな感じの言葉を守に問いながら。
「あれから、って?」
 探るようにして、守は問い返した。あのとき──あずさが沈みきっていたとき、彼女も見ていたはずだ。見た上で、親としてなにも対処をしてはくれなかった。あのときのリアルタイムにおいては生まれなかったそんな叔母に対する腹立たしさが僅かに、彼女の物言いにより守の心中に燻り始める。なにも知らないとはいえ、娘があそこまで落ち込んでいるときになにもせず自分に任せておきながら。本人のいない今になって、こちらに訊ねてくるなんて。相手が穏やかで差し障りのない、受動的な性格の人物だと知ってはいてもこの対応の後手すぎるやりかたには感心できなかった。
 だが直後、その上昇した血圧の生んだ感情は消える。プラス方向とも、マイナス方向ともつかぬ側から吹き付けてきた、そっけない言葉という風によって。
 一昨日、薬を飲んで。リストカットをしたでしょう、あの子。その言い方が娘を案じたものにしてはあまりにも……他人事過ぎたから。おかげで、次の言葉がとっさには、出てこなかった。
「……知ってたんですか? あずさの手首のこととか、薬のこととか」
 子が隠し通せていると思っているものでも、案外親は気付いているものだから。包括した言葉で、叔母はやっと守の搾り出したその問いを肯定する。
 瞬間、守は呆れた。知っていながらこの人物は、自分の娘のことを放置したのだ。腹立たしいとか、もはやそういうレベルではない。
「知ってたなら、止めてあげてくださいよ。あずさは叔母さんの娘でしょう」
 自分では当然の意見を言っているつもりだった。実際、一般論として捉えるならば親が子供のことを守るべきという価値観に立脚した守の考えはけっして間違ってはいないだろう。
 しかし、叔母は頭を振ってその選択肢を否定した。できるわけがない、と。
 自分が原因で娘がそうなってしまったというのに、止められる権利も資格もあるわけがない。自分が元凶であるくせにやめろなんて言えるわけがない。守のロジックに真っ向から対立し、だがそれでいて否定のしようのない反論を、彼女は紡いだ。
「きっかけは、些細なことだったの。あの人が単身赴任同然の生活を続けるようになって、生活がすれ違い始めて」
 そのときようやく、守はこの島に来てはじめて、叔母の生々しい感情に溢れた声を聞いた気がした。
それまでの絶え間のない微笑の中から紡がれていたのは人に対して向けられていたものではなく、自分以外の『世界』に向けての彼女なりの当たり障りのない言葉であったのだと、おぼろげに理解する。そこにある感情は、後悔だとか、悔恨だとか。そういったネガティブなものではあったけれど確かに、ただ甥に対しよくしてくれていただけの叔母からは聞けなかった、そんな生物的な声をしていた。
「娘に言われたことは、私だってやろうとしました。でもできなかった。するわけにはいかなかった」
 どうして、と守は問う。叔母は、短く応える。
 自分と死んだ二人とが、既にもう家族ではなかったから。二人には別の悲しんでくれる人たちがいて、自分やあずさが出て行くということがその人々の悲しみを余計に煽ることになるということがわかっていたから。
「でも──でも、家族だったじゃないですか。そんな些細なこと気にして、遠慮なんてしなくても……っ」
「そうね。単純に天秤にかければそうなると思う。自分の気持ちを優先するなら、すごく些細なことなのかもしれない」
 でもね、守君。いい。人間っていうのは往々にして、そういったなんでもないような『些細なこと』に縛られて、振り回されるものよ。──あなたにも、そういう覚えがないわけじゃないでしょう。
 言われて守は思わず鼻白み、言葉を詰まらせる。
「他人から見れば些細な、なんてことのない拘りであっても。それがその人間にとってどういう価値を持っているかなんて、本人の価値観次第なのよ」
 叔母さんはね、その価値観のとおりに動いた。動かないということを、行動に移した。けれど、そこにあった価値観はあずさのものとは違ってね。そのせいであの子はああなってしまった。だから今更、やめろだなんてこちらからは言えやしない。すまないと思うことしか、できやしない。
 叔母の口ぶりは、自分の言っている言葉が結果に対しての言い訳にすぎないことを重々承知しているかのように低く、ぽつぽつとしたものだった。価値観に娘を従わせてしまったが故に傷つけてしまった親。自分の価値観に従って親と衝突し、その衝突に拘り続ける守に、それを非難することなどできはしない。
 ほんの、些細なこと。自分のこの拘りももしかすると他人から見ればごくごくくだらない、些細な縛りに過ぎないのだろうか。
 動かずにいて、後悔を強いられることになった叔母。動く理由と動かない理由で、動かない理由を選びそれを悔いている。動かなかったというよりはむしろ、理由ゆえに動くことができなかった。
 自分は、どうだろう。今動こうとせずにいる自分は一体なんなのだ。些細な拘りに縛られながらも、動くだけの理由はたしかに存在するはずなのに。
 襖を閉じて、叔母が部屋を後にする。木枠と木枠とが軽い音で接触して、耳障りに鼓膜を打つ。
 とうの昔に意識の外にはずれていた携帯電話を、守は握り締めたままだった。開いていた液晶をいつ閉じたのかも覚えていない。つまりはそのことすらも、認識の眼中に守は捉えていなかったといっていい。
 いつもならぞんざいに、乱暴に片手の手首のスナップだけで軽く開ける小さな通信用携帯端末。胸元に引き寄せてしっかりともう一方の手で掴み、守はゆっくり二つ折りのそれを開く。
 ブラックアウトしていた液晶に光が灯り、待ち受け画面が守を出迎える。数ヶ月前インターネットをしている最中に偶然見つけて気に入りそのまま保存して使っている、三匹の子猫の戯れている写真だ。
 躊躇せずボタンを操作し、メニューを呼び出して子猫たちを画素の向こう側に追いやる。選ぶのは、電話帳。目指す登録名は、決まっている。
 発信ボタンを押すとき、無意識に息を止めていた。心臓の鼓動が大きく、はやく。殆どそれ以外はなにも聞こえないほどに鼓膜の内側へ直に響いている。けれど指先は、震えてはいなかった。
 呼び出しの電子音が、鳴り続ける。待っている間、守はアリスから借りた机上の古い日記を手に取った。きちんと掴んだつもりのそれは、うっかり守の指先を外れ、掌を滑り畳の上に落下していく。
 あっ、という間もなく、ばさりと本は広がった。古いものであるから、破れていやしないかと冷やりとした。膝を曲げて拾い上げる際に、一枚の紙片がページとページの間から舞い落ちる。
 それもまた、ひどく古かった。くすんだ色をしたそれは、再び膝を曲げた守の目には便箋のように見えた。
 電子音が、ぶつりと切れて耳の中から抜けていった。代わりに耳穴を埋めるのはつくられたものでない、ざらついた生の音。
 もしもしのひとことを発するその声を、守はずいぶん久しぶりに聞いたように思えた。
 この数ヶ月、その四文字を言う側になるのはいつもならば、電話を受ける身の自分のほうであったものだから。
 
  
(つづく)
 
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