こっちもおろそかにしないように。
続きを読むからどうぞー。
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辛うじて追えていたのは、もう過去のこと。今あるのは三対一でありながら一方的な──姉から妹たちに対しての、虐待に過ぎず。
肋骨が。その部位に相当する金属製のフレームが、やられた。その実感は痛みの中に認識されている。
拳が、蹴りが、息つく間もなく降り注いでいるから。そうなる。防ぐこともできない。避けるなど、夢のまた夢。
音速の、まさに衝撃の一瞬に無数に繰り出されるそれらを、浴びる、浴びる、浴びる。
「……」
止んだ直後に立っている者は、三人のうちにはいなかった。
致命傷ではない、急所は外れているにしろ胸を縦一文字に大きく切り裂かれ、朱に染めたノーヴェと──そして、散らばりそれぞれに倒れ転がる、ウェンディと、ディードと。三様に、満身創痍をゆりかごの装甲に横たえる。
「ぐ……く……」
本気を出されただけで、これか。完全にもう、圧倒されている。
「トーレ……姉ぇ……っ」
ノーヴェら三人を寄せ付けず、そこに仁王立ちする姉の姿が、その四肢より伸びるかつてより肥大化した四対の光の羽根が。
掠れ声とともに見上げる彼女の瞳には、破壊を誘う堕天使のそれであるようにすら、見えていた。
魔法少女リリカルなのはstrikers 〜Curtain call〜
第三十四話 Guilty
行きなさい、スバル。
その声は錯覚ではない。魔力という風に吹かれスバルの内側へと届けられた、念話によって紡ぎだされた言葉。
追ってきていると、思っていた。なのにその言葉は、更に短く続いて。
すぐに、追いつく。大丈夫。先に、行って。そう、心中に友の声を以って木霊する。次第に掻き消えていきながらも、確かな響きとして。
「ティア!?」
瓦礫に埋もれ塞がれた、広間の扉の向こう側から、だ。
構造材と土煙の先に、既に友の姿は見えない。思わずあげた自身の声のみが残響する。
走らせていた両足の車輪を停止させ、反転する。同じように追従してきていた姉・ギンガも一旦追い抜いた後異変に気付き、同様の動作を見せてはともに崩壊の残り香へと視線を注ぐ。
「どうして……?」
歩み寄ろうとする。戻ろうと、足が前に出そうになる。これから目指すべき方角とは、正反対の方向に。
「スバル」
姉の利き腕が肩を掴んで、それを押しとどめる。
「どうして、一人で」
心配だとか、そういうわけじゃない。今は違っていても長年行動をともにしたパートナーの実力をスバルは知っているし、信頼してもいる。いかになのはさんを罠に嵌めた相手とはいえ、真っ向からの勝負であれば一対一でティアナが負けるはずがないということも。
だが、それゆえに。彼女が一人あの場に残ったというのがむしろ逆に、不可解だった。十分に対処可能な相手であるならばなおさら、エリオたちとは二手に分かれる必要があったにせよ、自分たちまで離れ対策として壁になる必要性はなかった。ともに前に進めばそれで、なにも。
「たぶん、お兄さんの──ティーダさんのことを訊くために」
頭を振りながら静かに発せられるギンガの言葉が、耳を打つ。
ハッとするのは無論、スバルのほうだ。そう──スバルはそのことをまだ、聞いてはいない。ギンガの口調のひとつひとつに、知らされる。
次第に身体は姉のほうを向いていて。全てを聞き終えて再び、友の消えたそちらに戻る。
知らせなかったギンガやティアナが悪いのではない。今知らされたのはつまり、彼女らの間にその情報があった際、知ることのできぬ状態に沈みきっていた自分に原因があるのだから。
だから──スバルは、目線を俯けない。
「そう……なん、だ」
だったら。
「だったら……任せるしかない、よね」
姉に、頷く。踵は百八十度に、方向を入れ替える。
お兄さんのこと。訊かなくてはならないこと。ティアナにとってそれらは必要なこと。そして、彼女自身がこの戦闘の最中にあって十分に任務と両立できると判断したであろうことだから。
ティアナは大丈夫。きっと過信や、焦りや。そういうことを前提に動いたりしない。もうすぐ。きっともうすぐ、執務官になるんだから。身勝手な無茶をやるべき任務に持ち込んだり、するものか。だから、大丈夫。
振り向かない。走り去る。
先に行かせてもらった自分たちの足踏みは、余計だ。なにより行かせてくれた彼女と、この任務にとって。
* * *
その色に埋め尽くされた視界のうちで、白がのたうちまわる。
取り付いた二人を振りほどき、払い落とさんとただ一心に、不快なそれらを拒む、本能に従い。
たとえ自分がそうやって拒絶する両者が、己が本来の主であったとしても。
野生のみで動く白竜に今それは、関係がない。
「ぐ……こん、なに……っ!!」
こんなにも、戦うとなると厄介な相手だったのか。──今このときだって、いつ振り落とされるか。
しがみつきながらエリオは内心、フリードのその全身から漲り溢れ出るパワーに、舌を巻いていた。また、願わくばそれが今自分たちに向けられるような状況には、陥りたくなどなかった。
フリードは無茶苦茶な軌道を描き、暴れ飛び回っている。あちこち、ぶつからないのが不思議なほどその動きは乱れ、彼の身体に取り付いたライトニングの二人を上下左右といわず揺さぶった。
最初は、キャロのアルケミックチェーンを引き剥がさんために。そして解除後には、今度は二人を振り払わんために。
『エリオくん……っ!!』
もう、上昇は終わっている。それでもどの方角に行くかもしれない以上、一瞬たりと気は抜けずまた、うかつに口も開けようはずもない。舌を噛む。自然、エリオとキャロの間の交信は念話に限定される。
だが、その念話に反映されるキャロの声にエリオは疲労を聞いてとった。無理もない。バックスの彼女にこのスリリングかつアクロバットすぎる飛行を、しかも対象にしがみついた無理矢理な体勢でというのはいかに魔導師とはいえ負担が大きいに決まっている。
『キャロ、アルケミックチェーンは使える?』
あまり長くこうしているというわけにもいかない。負担があるのは同時に、エリオにとっても言えること。また、二人が今ここにいる目的はフリードに?まっていることじゃない。彼を、取り戻すこと。そして先行したスバルたちに、一秒でも早く追いつきこのゆりかごを止めることだ。
手を打たないと。しかし発したエリオの言葉に対し、キャロは肯定の意は返せず。
『この状態じゃ、召喚のための力場が固定できなくて……。せめて、両手が使えたら……』
──無理もない。が、この方法はつまり、駄目であるということ。
なら、どうする。エリオは考えを巡らせる。
拘束によって動きを止める。これはできない。なら。──なら。
『……閉じ込める?』
幸い、今ここは広くはあっても一本道の通路。前後さえ、結界で塞いでしまえば、一応の行動制限はやれる。問題は、やはり。
『閉じ込めるって……それにはやっぱり、ある程度……んぅっ!! ……ある、程度……きちんと準備しないと、フリードに破られない程度の強度で、この広さは……っ』
そう。バックスがバックスとして。フルバックのキャロがきちんと能力を発揮できる環境に持ち込まなくては、強固な檻は生まれない。少なくとも、上下左右、天地関係なく激しく振り乱され、それに耐えることに集中せねばならないこのような状況では、到底。
『……キャロは一旦、離れて』
『え?』
だが、それをやらねばならない。結界を作るのがキャロの仕事なら、そのための状況は、自分が作る。
そういうことだ。瞬時思考して、そしてエリオの意は決まっていた。
『一旦フリードから離れて。フローターフィールドですぐに着地、結界の形成を!! 少しだけ……僕が食い止める!!』
ちょうどエリオが今いるのは、フリードの右後ろ足。一方のキャロは肩に程近い場所だった。
キャロを、先に下ろして。ベストは多分数秒後。キャロが準備をはじめられて、かつ『フリードがどう動いても』キャロに影響のない距離が開いてから。
『……わかった!! ケリュケイオン、タイミングをお願い!!』
『Yes,mam.』
『ストラーダ!! 同じタイミングで、カウントを!!』
『yes,sir』
どうやって、とキャロは訊かなかった。ただ、エリオのプランに従って。
『『3』』
そして、愛機らのカウントダウンに従って。
『『2』』
身構える。エリオも、そのときを待つ。
『『1』』
──ゼロの瞬間、視界の端に桜色の外套が掠めていったのが見えた。
「ストラーダ!! カートリッジ、フルロード!!」
フリードの身体にしがみつくべく一時的に待機形態に戻していたストラーダを、再び手にする。
利き腕の、右手に。左腕一本でどうにか、フリードと一体であることを維持しながら、魔力をストラーダの穂先、その一点に集中させていく。
もとより、エリオの保有する魔法にフリードを止めるような束縛を可能にするものは存在しない。
縛ることが不可能なら。滅茶苦茶な軌道でも前に進むのを、止められないなら。
前後を、不覚にしてやればいい。『痛み』で。
「ごめん……フリード!!」
無理な体勢。斬ったり、振り下ろしたりはできない。だが、のこされたやれること。それはまさしく、槍という武器にとってうってつけ。
そうだ。突く。突き立てる。一直線に──白い、その皮膚へと!!
「紫電──……砕牙ッ!!」
師の得意技にあやかった名のもとに。
突き破り、噴出させるために。
白から、赤を。白竜の全身に通う痛覚に、まさしくエリオからの電撃を届けるために。
* * *
「お美しい友情ですねぇ」
「あん?」
苛立ちは。感情は隠しきれない。戦闘には持ち込まない、影響させない──そう、意識していても、けっして。
「師であるエースオブエースを助けるために、自分ひとり残って戦闘機人の姉妹を先に行かせる。凡人の出来る精一杯、自己犠牲とは、いやはやなんとも素晴らしい」
それが相手によって煽られるのであれば、なおさら。
睨む眼にも、力が篭もろうというもの。持ち上げ狙い定める銃口をおろす気など、さらさら起きるものではない。
「……あんた、あたしを怒らせたいの」
「いえいえ、まさか。褒めているのですよ、その凡人のいじらしさを」
「それが……馬鹿にしてるって言ってんのよっ!!」
引き金は、いともたやすく引かれた。まったくの、躊躇を省いて。
もちろん、当てない。大丈夫だ。あくまでまだ脅しであると割り切れる自分はちゃんと、ここにいる。
「さっきから、凡人凡人言ってることは別にどうでもいい。……そんなことより、あんたには訊きたいことがある。あたしが残ったのは単にそういう理由よ」
「訊きたいこと?」
「そうよ」
答えて、もらう。沈黙は許さない。そのときはそれこそ、今度こそ──当てる。
八神二等陸佐からもたらされた情報の、疑惑の真偽を問い質さなくてはならない。寄り道だと分かっていても、だからこそ自分はここに残ったのだから。
兄の、死について。もしも目の前の男が何か知っているのなら、そして関係があるというのならば。万一それが長年そう思ってきた、単なる『殉職』と異なる事実を導き出すものであったとしたら。
「ティーダ・ランスターという名に覚えは」
「……?」
不思議な高揚と、緊張とが、兄の名を吐き出す瞬間には存在していた。
男は、その名に考える素振りを見せ。そして沈思の様子を戦闘の最中にあるこの場所でティアナへと晒す。
十秒。十五秒。おそらくはほんのその程度でしかなかった、間となった時の空白がもどかしく、また彼女を苛立たせる。
「……いいえ。覚えがありませんねぇ」
「あたしの、兄よ。執務官を目指していてそして、八年前あんたの捕らえた犯人をはじめ、追っていた。その最中に、殺された」
最後の一言は、言えた自分が嫌になった。積極的に、口に出したくなんて、なかった。いくら確かめる必要のために、明確化しなければならない言い回しがここになくてはならなかったにせよ。
「ティーダ……ああ、そういえば」
「知っているの」
だが、おかげで。反応はあった。
「ええ、まあ──凡人として彼も最低限、役には立ったのではないですか?」
「……どういう意味?」
同情的な言葉、言い様が癇に障る。
男の顔には一瞬の、判明ゆえの納得が浮かんだ直後やはり今まで同様の薄笑いが張り付いている。つまり、自分より下に見ている者たちへの、侮蔑と。自己満足的な優越のふんだんに含まれた、嘲笑の顔色が。
それが今、ティアナだけでなく。亡き兄に対してまで向けられているという事が、決定的な言葉を耳にするそのときより先に、ティアナの感覚には認識されていた。
「いや、なに。凡人は凡人なりに、天才の役には立ったということですよ。つまり私が昇りつめるために、かのレジアス・ゲイズ中将の眼に留まりその深い信頼を得るための第一段階として──……」
……──彼の安い命も、無駄ではなかったということです。
独善的に。傲慢に言い放たれた言葉が、すべてを物語る。
聴いた瞬間は、感情も何も生まれない。ただ、鼓膜に繰り返し、実際の音でない残響を重ねるばかりで。
理解が追いつくのは、それから。
「……そう」
激情が、ふつふつと煮えたぎり始める。目も眩みそうなほどのそれを、実際に両目を伏せることによって、爆発させることなくティアナは堪える。抑え、全身に漲らせる。
「そう、なのね」
知ろうとしたのは、自分だ。ここで爆発させて、何になる。目的はひとつ、達したのだ。冷静を、続けろ。冷静に、冷酷に──、
「だったらあんた、潰すわ」
叩き潰す。
この男だけは、自分が。その、決意だけでいい。完膚なきまでに、容赦なく。そのためにひたすら、充填しろ。暴発はいらない。
「できますか? 兄同様凡人のあなたに」
やるにきまっている、もちろん。
この、男。目の前の「マイア・セドリック」という名の自称天才に弄ばれた二人の分も、たっぷりと。自身の怒りだけでなく振り下ろす。
嵌められた師、高町なのはと。
命を吸われた兄、ティーダ・ランスターのため。そして──自分自身の、感情を満足させ、改めて任務に向かい合うために。
ティアナ・ランスターが、やる。やるのだ。
(つづく)
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