それと、一次創作ー

 
 いやね、電撃に送ったのよ。一次創作を。今年も。
 具体的にどういうのかっていうと、・・・まあやっぱラノベ向けには遠いものだったわけですけども。
 メインヒロイン、片方猫だし(擬人化もトークもせずただ猫)。
 無事に夏コミの入稿も終わったことだし、まあ個人的にこのまま放置ももったいないしでこのタイミングで数回にわけて載せてみようかな、と想いまして。
 んであわせて夏コミ情報をば正式に告知っすー。
 

 
 夏コミ、当方R-640は委託にての参加になりますー。
 
 三日目 東ヨ−24a Recovery&Reload
 
 さんにて、新刊『Curtain call』の委託を行います。部数は150部、価格はいまのところ600円の予定です。当日は自分もスペースにて売り子のお手伝い中とおもわれ。
 そんな感じでよろしくですー。
 
 でわでわ、web拍手レスー。
 
M:tGかしらん…ミラージュ〜4版の頃のヘボプレイヤーです。細かいルールが覚えられなかったので土地破壊デッキ組んでました(笑)あ、なのはではウーノ姐さんと双子が好きです。
さああの予告の中に仕込んだネタ、いくつわかったかな?(ぉ
 
>・・・「ゼロと魔砲使い」クラスの傑作になることを祈ろう。
んー、名前は聞いたことあるんですが読んでないんですよねー←お前ほんとにss畑の人間か?ってレベルでss読まない人
 
 
さて、では「続きを読む」から一次創作「千夜一夜」、第一回スタートです。
↓↓↓↓
 
 
 
 
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千夜一夜
 
 第一回
 
1/
 
 千夜一夜物語、という名と。
 アラビアン・ナイトという呼称が、同じ物語の集まりを言い表すものであると聞かされたとき、ヒワは不思議でならなかった。
 なぜ同じものにつけられた名がこうも違うのだろう。どうして、人々はそう呼ぶのだろう。不思議であると同時に、奇妙な興奮に胸が高鳴ったのがもはや、懐かしく感じられる。
 あれは、ヒワがまだ幼かった頃のことだ。
 家の職業柄預けられていた保育所で、ヒワはその物語の存在を知った。その話をしてくれる人が、いた。
 もちろんそれは、保育士のひとりで。毎日のお昼寝のあとや、読み聞かせ──……お話の時間がやってくるたびに、若いその男の口から、二つの名持つ物語は語られたものだった。そうやって、その名の物語を構成するひとつひとつの寓話は、ヒワをはじめとして彼を取り囲む、幼い子供たちの耳へと届けられたのだ。
 毎回添えられる、青年の謙遜とともに。
 自分のやっているのは、ほんの真似事だと。枕詞のように決まり文句として、男自身から前置きがなされた上で、だ。
「今日もそろそろ、はじまりそうですよ。彼」
 猫のルドルフが日光浴中の窓辺でそう言っているのを耳にして、ヒワ・シェルダン・リプリーはそんな昔を回顧せずにはいられない。
 シェルダン邸の庭は広い。家屋自体もまた然り。現在の家族構成である祖父と二人では、三代前からのペット兼ご意見番であるルドルフを含めて計算したとしても、部屋の数からして余るほどに、代々の持ち家として受け継がれてきたそれは十分すぎる。
 感じているのはノスタルジックな気分と、既視感だった。毎度、毎度。庭へとその光景を見るたびに。やる側もやる側だが、そのように飽きもせず同じ感情を抱いてしまう自分もよほど、変わり者で物好きだなと思う。
 ヒワにとって既視感を感じる原因は、その永き時の庭の中心に座っている。そしてどこからかヒワの隣へとやってきた祖父が同じように椅子に腰を下ろし、白髪眉毛の下の瞳を、同じように彼女の見る方角に注ぐ。
 芝生には、両手では足りないほど大勢の子供たち。はじめはひとり、ふたりだったおれはほんのひと月ほどの間に、こんなにも膨れ上がった。
 まるでかつて、ヒワがそうであったように。
 期待に胸高鳴らせた幼い子供たちは、取り囲んでいる。
 話をしてくれる、その男を。本来は厨房に立つことが仕事であるはずの、その調理師として祖父が雇った、『社員』の、その青年を、取り巻いている。
「そんなに気になっているのなら、あなたも聴きに行けばいいじゃないですか。今日のお勤めだってもう、終了しているのですから、リップお嬢さま──……」
「ルドルフ」
「……失礼、社長」
 つまりは、『シェルダン・ランチボックス・サービス』──祖父一人孫一人、つまり会長一人社長一人の、家業である駅弁当納品業の、料理人として本来は雇われた青年。
 住み込みで働いている居候が、庭で子供たちの中心にいるのだから。
 朝の納品も無事に終え本日の業務も終了した、夕方の頃合いに、毎度決まって彼はそうしている。
 首都近くの環状線にあるごくごく小さな駅に納入するだけだから、納品数は全部合わせても二〇〇にも満たない。個人経営だからこのくらいがちょうどいい。ゆえにちょうど暇ができる時間帯。
 気がつけば、青年は社屋の──社屋兼、社宅兼、調理場兼経営者自宅の──庭で、物語をはじめていた。気がつけば、聴く子供たちも増えていた。
 その光景が、肩口までの髪を風に任せるヒワへと、懐古を呼び起こす。
あの、『千夜一夜物語』を。
幼き日の『アラビアン・ナイト』を。
二つの名持つ、そこでしか聞かされたことのない、駅前の本屋ですらまるきり見たことのないその物語に対する経験を、だ。
東に傾いた太陽のもと。あれ以来、ヒワはかつて出会った物語と再会していない。
少しざわついていた子供たちが、やにわに静けさに満ちる。
そろそろみたいね、とヒワは察した。
 夜までにはまだ、時間がある。太陽はまだ、がんばってくれそうだ。
 自身の座している出窓の窓枠を、ルドルフが前脚でそっと押す。少しだけ隙間を空けていた硝子は慣性で、芝生のさざめきと子供たちの着衣の衣擦れだけだった侵入者の他に、心地よい夕方の風を呼び込んだ。
 シェルダン家の喋る古老猫は身体に吹きつけてくる風の清涼感に目を細めて、それを歓迎している。
「……タツ
 多くの人々がそれぞれに違う形で、同じ時間を過ごす。当たり前だけれど誰にでもやってくる、そんな夕刻。ヒワはふと、庭の中心に座る青年の名を口にしてみた。
 それぞれという中でも特に、このような形で迎えるケースはこの家くらいだろうな、と思いながら。
 やわらかい、この世界の──『グリム』の茜色の夕空が見下ろす中、彼女はそうやって過ごしている。
青年の物語のはじまりを、待っている。この位置からでも、十分に聞こえるから。
 その日からはじまったそれは子猫が主役であった、彼の話を。
 

 
2/
 
 その猫の名前は、ミミといった。兄弟姉妹は知る限り五匹、つまり五人いて、ミミはその中の末っ子だった。
 尤も、全員が長くずっと、家族ともにあれたわけではない。分別や自我といったものごころの類が、彼女につくかつかないかの頃、兄も姉も皆、それぞれの里親のもとにもらわれていき、離れ離れとなった。
 もちろん、それはミミも同じことで、彼女がそうなったのは三番目、つまり一番上の兄とひとつ上の姉が彼女らの家であったバスケットから持ち上げられ連れて行かれた、そのあとということになる。
 母と、離れ離れになる。ほぼ同じに、けれど順番に生まれた兄弟姉妹たちと、引き離される。
 みゃあみゃあと、ミミは啼いた。けれど無論、母の飼い主であるところの男性は子猫の微々たる抵抗などさして意に介することもなく、彼の自宅を訪れていた、これからミミの里親となるべき一家の待つ居間へと連れて行く。
 持ち運び用の籠に押し込まれる際、ミミははじめて人間を噛んだ。しかし生後間もない彼女の顎の力では、硬く節ばった、分厚い皮の男の手には甘噛み程度の認識しか与えるものではなかった。
 聞こえるはずがないにもかかわらず、また聞こえないこともわからず──ミミは母に、上のきょうだい達に啼き叫び、呼びかける。
 しかし、瞬間は無慈悲だった。父と、母と、娘と。ミミの入れられた籠を受け取った一家は、大黒柱にして長である男の、鼻歌交じりに伸ばしてきた右手に彼女を提げて、ミミの生家をあとにする。
「名前、なんてつけようか」
 ひどく勝手なことを、幼い、十にもまだ満たないであろう娘が両親へと言っているのが聞こえた。また、帰ってからね、と返すその母親の、ミミに対してはひどくぞんざいな仕打ちであるともいえる言葉が、耳に入ってきた。
 かりかりと、プラスティック製の籠の内側をひっかきながら。
 喉がかれるほど、にゃあにゃあと家族のことを呼びながら。
 その日、ミミは家族と引き離されたのである。
 自家用車の運転席には一家の父親が、助手席には母親が座った。そして後部座席にどっかとミミの籠がつみこまれ、その隣に娘がちょこんと腰を下ろした。
 まだ、ミミは啼いていた。車のエンジンがかかり、走り出すと後ろ足だけで立っていたミミはバランスを崩し、籠の中に転げた。
「あ、かわいい」
 またも勝手な、また無責任な声が、それを見ている娘のほうから投げられた。見ている側はほんとうに、気楽なものだ。
 ミミの生家は少し郊外にある。道も少しでこぼこしている。だから、走る車も子猫の体格からすれば、ひどくといっていいレベルに、揺れる。
 大人の猫であったならばともかく、足腰なんて、まだまだしっかりはしていない。
 ころころと。ころころと。揺れるたび、狭い籠の中を転がされ、ミミは半ばぐるぐると目を回し、パニックになっていた。
 おとうさん。もう少しおとなしく運転してあげないと猫ちゃんがかわいそうよ。
「そうかぁ? 俺はいつも安全運転だぞ」
 母親のほうが気付いたようで、ハンドルを握る父親へとそのように言ってくれた。けれどさしてミミにとっては周囲の状況が変わるものではなかった。
 結局のところ、人間と猫、特に子猫では身体のサイズと、それに伴う感覚が違いすぎる。
 やはり、ころころと。転がるたびにそれを見る娘のほうはきゃっきゃと、楽しそうに、面白そうに声を上げている。
「そうだ。ねえ、お母さん。この子、コロちゃんにしようよ。この子の名前」
 とんでもない、とミミは思った。
 自分はミミ以外の、なんでもない。これはお母さんがつけてくれた、とっても大事な名前なのに。それを勝手に、こちらの許可もなしに変えようだなんて。人間はいったい猫のことを、何だと思っているのだろう。
 それに、コロ。コロだって。猫の言葉でそれは『中年太り』なんて、よきに転ぶことなんてまずない意味を指す単語だというのに。それを自分に名付ける気か。
 無論ペット、だなんてもっともすぎる答えに、ミミは思い至らない。ただ理不尽さに憤慨して、転がりながらもみゃあみゃあと抗議の声をあげるばかりで。当然猫の言葉で放たれるそれが、人間にただの鳴き声以上のものとして理解されるはずもなく。
「そうねぇ」
 ころころ、ころころ。転がり続ける。ミミと人間の一家を乗せた車は、走り続ける。
 単純にできた猫の頭の中は、たちまちこの状況のことだけでいっぱいになっていく。遠ざかる生家のことも、母の名を呼び鳴き続けることも、入れ違いにいつの間にか、どこかにいってしまった。
「帰ってから、決めましょう。なるべくカーペットを汚さない、お行儀のいい子だといいのだけれど」
「それは大丈夫だろう、ミハラは猫を飼って長いんだし。躾けもしてあるさ」

 連れて行かれた家での生活に──『コロ』としての生活にミミが馴染むまで、そう時間はかからなかった。
 この人間たちにとって、自分は『コロ』なのだ。そうか、そうか。到達した納得には大分に、猫として生来持っているそののんびりとした性分も影響していただろう。
 たまに干渉の度が過ぎていてうるさいけれど、環境そのものに不満がないのであれば生き物というのはそれに慣れ、受け容れてしまえるものだ。
 食事は魚や、缶詰めがきちんと毎食与えられていたし。それもたくさん、それも過剰に。
 住まいとしての家は広く、暖かく。運動にも寛ぐにも申し分のない場所。
 幼いミミが、『コロ』として甘えてしまいたくなるのも当然である。猫であったという以上に、それだけミミはまだ、独り立ちには程遠い子供だったのだから。
 家人たちはよく、写真をとった。そのときには決まって、一人娘がミミの……いや、『コロ』のことを抱き上げたがった。
 尤も、ミミには写真というのが何なのか、よくわかりはしなかったけれども。一家の父親がそう言うのを聞いて、ああまたか、と思うようになっただけに過ぎない。時折、紙のように薄く平べったい水槽の中に、一家と、また自分とそっくりな三人と一匹とが入っているのを見せられて誰かしらこの猫は、と思うに留まった。
 そうしていつしか、ミミはコロになった。与えられる贅沢な食事のおかげでまさしく、ころころと太っていくのに比例するように。
「コロちゃん、お夕飯だよ」──その呼び声にもにゃん、と愛想よく返事して、一家の一員と化していた。コロの成長はすくすくと順調で、一家の娘ともたびたび、その母親から冗談交じりに比べられるほどだった。
 コロとして起きて、トイレを済ませる。
 コロと白く書きつけられたお気に入りの赤い食器で、栄養たっぷりのごはんをゆっくりと食べる。
 外に出ることは少なかったけれど、家は広く、その外とはいっても芝生の生えた広い庭があり、それだけで別に十分でもあった。むしろ冬場なんかは特に、出る気もしない。
 コロにとってコロとしての毎日は、充実そのものといえた。爪とぎを一度柱でしていてひどく怒られたけれども、そのくらい。植木や花瓶などには、もともと興味のない性質だった。
 快適な生活である。だから自然、若く単純なコロの思考は、それだけに埋め尽くされていく。
 そこにいるのはもう完全にコロであり、『ミミ』ではなくなっていた。
 洗脳といえばそれは快楽による洗脳であったのだろう。しかし、人間も猫も享楽的であるという点に、変わりはない。むしろそこはコロにとっての、楽園だったと呼べるのかもしれない。
 流される。誰だってそうだ。猫だって。
 食べては寝て、起きては遊んで。
 ころころと、ころころとコロは膨れていく。
 猫の成長はただでさえ人間のそれよりはずっと早い。いつの間にか、それこそあっという間に、家の幼い一人娘には、コロのことを抱き上げるということが不可能になって。
 少しダイエットでもしたほうがいいのかしら、と口だけの心配を、家主の奥方が時折漏らしはじめて、けれど甘やかし、文字通りの猫かわいがりを続けることに変わりはなく。
 もはやコロの体躯は子猫のものというには程遠くなっていた。しかしコロは、かつてミミであった頃の自分と、現在の自分の体重の間にある差異を、自覚できずにいた。
 自分自身のことには、なにより自分が気付けない。一番わかっているようでいて、その反面。
 気付けない。これも、誰だってそう。人も、猫も。
「コロちゃん、おっきい」
 飼い主の少女が吐いたそんな言葉も、コロにはさしたる興味もなく。気まぐれ気ままな猫の性分ゆえに、住まう家という閉鎖空間において、自分以外の他者からも、コロは肥満の二文字に気付く要素はなかったのである。
「最近、塀が高くなったな」とか。
「炬燵の中が狭くなったな」くらいに、自分ではなく世間一般が変化したようにしか、
感じてはいなかった。
 明確に提示する他者が、いなかったから。
「いや。しかしキミは少々、名で体を表しすぎているようだね」
 彼女自身がのぼれなくなったコンクリート塀の上から、こちらを俯瞰しそう言う、細面の猫が現れるまでは。
 ありふれた茶色の毛並みのコロに対し、その毛並みは銀色に照り返す灰の一色。
「前々から、見ていたが。目方が随分と不相応なように感じられる」
 コロであったならば、きっと「どすん」だったろう。とん、と軽い滑らかな音を残し眼前へと降り立ったその猫は、お気に入りの縁側でおやつの真っ最中だったコロに、微笑混じりに目を流した。
 コロはきょとんと、口の周りに食べかすをくっつけてその猫の動向を、見つめていた。
 両者の意識の枠外──愛用の食器の中では、食べかけの秋刀魚が白く焼かれた瞳で、コロのことを見上げていた。
 後に名乗る『フィガロ』という彼の──その猫は雄猫だった──名を、コロはまだ、知らなかった。

「前提が、ありえないのですよ。おとぎ話とはそういうものだ、と理解してはいますが。第一、あれではまるで、猫が喋れないみたいではないですか」
 彼の物語が、暮れかけた夕日によって「続きは明日」とお開きになってから。ルドルフは、憤慨しているようだった。
 ルドルフは、今は亡き先代──つまり先々代、祖父の息子であるヒワの父親の代から、この家にいる。もう随分とお歳を召している、落ち着いた猫だというのに珍しく。
「……まあ。たしかに、ね」
「大体。秋刀魚なんて小骨が多いばかりですり身にするより利用のない魚ではありませんか。よほど食べ物のないときだってあんなもの、私たちは食べませんよ」
 そのヒワの両親は、もうずっと昔からいない。順番的にはまず母が、そして父が。ヒワにものごころのつくより先に、この世を去っていった。残されたのは祖父と、ヒワと。家の飼い猫であるルドルフだけ。だからヒワにとってはこの老猫が時折話してくれる両親の情報がそのすべてでもあった。
「あの人の出身地では、なにかおいしい食べ方とかあるのかもよ?」
 親のことを聞かせてくれる、一種親代わりでもある猫をそうやってヒワはなだめる。
 苦しい弁護だなぁ、とは思いつつも同時に、そういえばルドルフを憤慨させている彼の出身地ってどこだっけ、と思い起こしながら。
「どうでしょう。そうは思えませんが」
 直接面接したのは、お祖父ちゃんだからなぁ。
 ルドルフの相手をしつつ、明日の納品数をノートにチェックしていく。旬の茸を使った新商品、そろそろ今年も本格的に検討する時期かもしれない。
「うーん、パンとライスの納品数、少し割合変えてみよっか」
 行楽シーズンだとむしろ、手軽に摘めるサンドイッチだとかを多めに用意しておくのだけれども。今の時期はどちらも中途半端。先週はライスを主食にしたものが、今週はパンがそれぞれ少しずつ売れ残っている。
「いいのではないですか。ああ、そういえば駅の方がこの間、ベジタリアン食は用意できないか、みたいなことを言っていましたが」
「んー……予算と、あと納品数をどのくらいに設定するかが、なあ」
 あくまでも個人経営の、小さな弁当屋である以上そのあたりの計算はシビアにならざるを得ない。人手も設備も、どうしたって最小限しかないのだから。博打よりは堅実。削れる部分は削って、身の丈にあった範囲での背伸びをやっていくべきだろう。
 若き社長はいろいろと考えなくちゃいけない。大変なのだ、これが。
 ──と。
「あ、お祖父ちゃん。おかえりなさい、どこ行ってたの?」
 青年の話が終わっていつしか出かけていた祖父が戻り、その玄関を開く、がらがらという引き戸の音にヒワは顔を向けた。
 ちょっと知人のところに、頼まれものでね、と祖父は言った。
 その手には、この国ではごく一般的に荷物の持ち運びに使われている、ほどよいサイズの網袋があった。祖父愛用のそれが、ちょうど重めの漬け物石くらいの大きさにぽっこりと膨れ上がっている。
 ヒワの座る側の向かいへと置くとその外見どおりの、どすん、という音が、ノートや帳簿の散乱するテーブル上を振動させた。
「なに、なに?」
 彼から、見つけてきてほしいと言われたんだよ。もしかすると新メニューができるかもしれない、とか。──祖父の言うその「彼」というのがこの弁当屋、唯一の従業員である青年を指していることはすぐに、ヒワにも認識できた。新メニュー? 彼がつくるというのか?
 そうやって頼まれた品を、知人の伝手から祖父が入手してきたということか。一体、中には何が入っているのだろう?
 まず、祖父が袋の中に手を差し入れる。……取り出されるのは、無色透明な、一見水のようにも見える液体の入った、申し訳程度の小瓶。そして。
「わっ」
 その小瓶を置き、袋から放したもう一方の手を、側の棚にあった籠へと伸ばし、祖父はそこに網袋をひっくり返し、ぶちまける。
「これは……豆、ですか?」
「みたい、ね」
 籠へと雪崩れ落ちていくのは、乳白色の小さな粒、粒、粒。よくよく見れば少しそれらは、黄色みがかっているようにも見える。袋の中にあったのはあとはみんな、それだけ。
 ダイズというらしい、と。かいつまんで祖父はそれら、ヒワには見たこともない真珠のような豆粒のことを教えた。
「ダイズ?」
 祖父は頷く。変な液体と、変な豆。青年が祖父に依頼したものとは、ほんとうにこれで全部なのだろうか?
「いやはや。こんなもの一体、どうしようというのか」
「さあ……」
 訊かれたって、ヒワにもわかるはずがない。
 おそらく食用だと仮定した上で考えるなら、豆といえばせいぜい、煮るか炒るか、ライスと一緒に炊くかくらいしかないと思うけれど。それにしてもこの小さなサイズでは、あまり水分も吸収しないだろうし炒ったところでつまみ程度にしかならなそうだ。
 と、なると。
「色合い、よくなさそうだなあ」
 白と白だもの。
 最後に残った、ライスに混ぜ込み炊く、という方法を考えてみて、正直な言葉が口から思わず出ていた。
 グリーンピースなんかの鮮やかな緑に比べて、明らかに色が地味すぎる。炊き上がりを想像するだに、食欲があまりそそられるようには思えない。味がもし、いいにしても売り物として目玉に置くには、アピールがあまりに弱いのではないか。
「その水を使うのでは?」
「いや、うーん……これ、水なの? 調味料?」
「さあ? それこそリップお嬢さまが言うように、彼にとっての『おいしい食べ方』に必要なのかもしれませんよ?」
「むー……」
 小瓶を持ち上げたヒワの耳に、とん、とん、とん、とん、と、社員一同の寝室となっている二階から階段を下りてくる足音が聞こえてくる。
「ああ。お届けものですよ、食の探求者さん」
 秋刀魚といい、この豆といい。皮肉なのだろう、冗談めかしたルドルフの声が、ほどなく姿を見せた青年へと投げられる。意に介した様子もなく、老猫とヒワと、老人とに会釈を返して、彼はテーブル上の白い粒たちに右手をつっこむ。
「食べられるの? それ」
 もちろん、というように青年は頷いた。続けて、透明な液体の小瓶を手に取り、眺め回しやがて、蓋を開けてみて匂いも確認する。
 満足そうに、頷きをひとつ。そんな青年に、ルドルフが怪訝な目を向ける。
「一体なんなのですか、その液体は」
 そこではじめて、青年はいたずらっぽく笑った。
 ──『ニガリ』。どうやらそれが、彼の手にしているその液体の名前らしかった。
 苦そうな名前だな。ヒワは、思った。

 フィガロは、ひと言で言うと不思議な猫だった。
「それを言うと、きみだって随分と不思議なものだがね。よくもまあ、カロリーというものを消費しきれなかったものだ」
 彼は常に斜に構えていた。所謂、皮肉屋というやつだ。そしていつも、塀の上から現れては、目の前に降りてくる。
 タイミングも、寸分の狂いなく家人たちの目の届かぬ折をぴたり見計らって。おそらくは野良と飼い猫とが交わることを嫌う人間の手前勝手な習性を、熟知していたのかもしれない。
 だからいつも、会うときはコロとフィガロのふたりきり。降りてくる彼は何するでもなく、大抵はコロの食事の様子を眺めたり、口笛を吹いたりしているだけで気がつくとまた塀の上にいて、去っていく。
「それじゃあ、また」
 彼の去り際に残す文句は常にそのひと言で、一定だった。
 変なの。コロからの彼に対する評価は、そこに終始していたといっていい。
「きみは外の世界には興味がないのかね? ミス・コロ」
 その日も、彼はコロの側に佇んでいた。そして不意に、そう言った。
 お昼として食べていたのは、いわゆる猫まんま。豆腐の味噌汁をかけたごはんに、目刺しが二匹載っている。がっつくのを一旦止めて、コロは顔を上げる。
「──外?」
「そうだとも。ついぞきみはこの庭から外に、出た様子がないようだけれども」
 銜えているカラスノエンドウが、喋るたびに彼の口許で揺れる。
 人間たちが吸う、タバコのように。ちょいちょい動くそれを自然、コロの目線は追う。
「コロ?」
「え──ええ。そうね。別に、出る必要もないし」
「ふむ」
 考えるように言うと、フィガロは自分のひげを撫でた。
「それは少し、勿体無いんじゃないのかね」
「勿体無い?」
「ニンゲンたちも言っている──『井の中の蛙』というやつだよ」
「?」
 聞いたことのない言葉だった。カワズってなあに、と問い返すとフィガロは、カエルのことさ、とこともなげに言う。
「きみはほんとうに、この庭だけしかしらない、小さな井戸の中のカエルだね」
 心も、そのころころとした身体も。吐き出されるそれら言葉を、いつものとおりの彼の皮肉だと、コロは聞き流し再び、残っていた猫まんまへととりかかろうとする。
「よく、わからないわ。井戸だって、深くって怖いところよ」
「そうかもしれないが、ね」
 あん、と口を開けて。下半身だけになった一匹目の目刺しを銜える。あぐ、あぐ。小魚を米や豆腐と一緒に、咀嚼する。
そしてそれを、思わず喉に詰まらせそうになった。
「自分のいるところだけが世界だとは、むなしく思わないかね」
 それまでだって、自分にはずっと手の届かない彼の身軽さはいつも見て、目にしていたつもりだったけれども。
 今までのようにひょい、と軽く。立ち去るときがそうであるのと同じように、こともなげに彼が次の瞬間、姿勢すら崩さず遥か高い塀の上に、飛び乗っていたから。
 あの両脚には、バネでも入っているのかしら? 目刺しの小骨にむせそうになりながらも、コロは思わざるを得ない。
「この外を、きみは知らないだろう?」
 フィガロはそう言って、笑った。笑って、やがて塀の向こうへと消えていった。
 ぽかんとコロはただ、彼の去っていった余韻を塀の上に、見上げるだけだった。
 遠くのほうで、物干し竿の移動販売の声が、彼女の呆然には無関係にノイズ混じりのアナウンスで、木霊していた。
 はじめてフィガロの去り際に、コロは縁側から腰を浮かせた。
 重い、重い。自分自身の体重が四本の足にのしかかる。その歩みで、彼の消えた塀のある庭の突き当たり、コロにとっての「世界」の境界へと進んでみる。
 いまだかつて、碌に近寄ろうともしなかったそのコンクリート塀は思いのほかずっと高く、圧倒的に聳え立っていた。
 ふと思い立ち、コロは跳んでみた。
 その場で、おもいきり。フィガロがそうしていた挙動を、自分自身に重ね脳裏へと思い浮かべて。
 ──痛かった。
 フィガロのようには、当然いくわけがなく。塀の半分にすら、跳躍の到達点は届かない。
 待っていたのは、どすんという音。
 したたかに打ちつけた尻餅の痛みに、コロは思わず嘶いた。
 コロ自身が言った言葉のとおり、井戸の中の小さな世界とその外の世界とを隔てる壁は深く、また高いものだった。
 少なくとも、今のコロにとっては。
 一つの世界から他の世界に抜け出すなど当たり前に、望もうと望むまいと土台無理な話でしかなかった。
 
 
(つづく)
 
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感想などいただけたらコレ幸い。