おお、責任が……

 
 重いことが実生活の中にちらほらと。ぐぬぬぅ。
 はい、前置きは手短にして、まどマギss三話でございます。
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 特にすることもない休日だった。
 ぐーすか寝ていて、マミに起こされて。だらだらしているのであれば教会までゆまを連れて、クッキーを届けてほしいと頼まれた。いや、命じられたというべきか。
 
「……蒼い光、ね。そんなのがあんのか」
 
 無論、ただで動く気は毛頭ない。あたしのぶんは。布団にくるまったまま言うと、予想していたようにため息を吐きながら、マミは小ぶりの巾着を杏子の鼻先で振って見せた。
 それで、ギブアンドテイク成立。ゆまを連れて、杏子は家を出た。
「そうだね。このところ、各地で噂になっている。なんでも危機に瀕した魔法少女を助ける蒼い光が、突然現れるんだとか」
「ふうん」
 星形のやつをひとつ、上に放ってぱくり。ゆまが口を大きく開けているから、その中にもひとつ入れてやる。
「なんでそんなこと、あたしに言う?」
「特に理由はないよ。どのみちほむらから聞くことだろうしね。手間を省いただけのことさ」
「ほむらのやつが? ……あいつ、まったく。どこまで出張ってそんな情報仕入れてくるんだか」
 ちっとは休んであたしらに任せろっつってんのに。またよその町まで出かけてって魔女狩り、やってんのか。
 マミの耳にもあとで入れておこう。内心、杏子はそう決める。
「ねーねー、キョーコ。きゅーべー」
「あん?」
 小走りに、ゆまが二人の前に歩み出て、くるりと振り返る。
「ゆまもキョーコたちのお手伝い、できないかなぁ?」
「お手伝い……って、魔法少女に、ってことか?」
「うん、そー」
 身振り手振りを交えて、ゆまは言う。
 たしかに、この子に魔法少女として優秀な適性はある。助けた際、キュウべえからそのことは聞いていた。だが。
 
「バーカ。いらねえよ、猫の手なんざ」
「ふえ? 猫さん?」
「チビっ子の手を借りなきゃなんねーほど困っちゃいねーってこと!」
 やらせるべきではない。人間としての肉体さえ単なる入れ物に変えてしまう、そんな存在に幼いこの子を、すべきではない。
 くしゃくしゃと乱雑にゆまの頭を撫でつつ、肩を竦めて杏子は目を伏せた。
「そうかい? 戦力はひとりでも多いほうが」
「べーつにっ。ほむらのやつが勝手やってひとりでヘトヘトんなってるだけだし?」
 そう言って切り捨てながら、杏子はゆまに向かい掌を差し出す。
 ゆまはぴょんと飛びつくように杏子の手を握り返し、そしてふたりは歩いていく。
 向こうに見え始めた、教会に。
 
 
魔法少女まどか☆まぎか 〜everyman,everywhere〜
 
第三話 たったひとりの、ともだちです

 
 
 もう、ダメだと思った。
 
 ひとりぼっちじゃ、絶対に無理。こんなにいっぱいの魔獣、倒せっこない。
 少女が──その魔法少女がそう思ったのは、周囲を無数の魔獣に囲まれていたそのときだった。
 まだ、ソウルジェムは濁りきったわけじゃない。でも、今までよりずっと、遥かに多いその数を相手にしながら回復を図るにはとてもじゃないけれど、不可能。
 それくらいの戦力差。撤退も許されないくらいの数。今まで戦ってきた個体よりも、ずっと強力。
 
 少女の知る限り、この町に魔法少女は自分ひとり。
 魔法少女はいつか円環の理に導かれ、旅立つ。それは知っている。しかしいつかくるそのときより先にたぶん、こいつらに殺される。
 そのことを認識し、理解し。その魔法少女は恐怖していた。
 
 だから。すべてを切り裂いていったその蒼い光はまさしく──救世主にも等しく映ったのだ。
 
「ゴメンね」
 
 蒼き騎士の剣が、目の前のどうしようもない状況から少女を、救ったのだから。
 
「ほんの少しだけ、記憶──消えちゃうと思うから」
 
 そう。
 すべてが終わったとき、少女が覚えていたのは「救われたこと」。
 語りかけるその声も、光の中から向けられた苦笑気味の表情も、かけらひとつ少女の認識の中には残っていなかった。
 ただ、蒼き光に自分は救われた。
 少女にとっての事実は、ただそれだけだったのだ。
 

 
 ああ、なるほど。これはたしかに似ているな。どこがどうというわけではなく、全体的な感じが──印象が。
 自分たちと同じくらいの年齢。教会の新参者だというその少女の放つ雰囲気に、杏子はひとり納得していた。
 ゆまが、「ほむらに似ている」と評したわけだ、と。
「えーっと。木影……絆木影、サンだっけ? 木影でいい? 下の名前でさ。あたしは杏子でいいからさ」
「はい、かまいません」
 眼鏡をかけたその少女は、手元の文庫本の活字を「左目だけで」追って、読み耽っていた。
 教会の庭。チビっ子たちが遊ぶ中、木蔭に置いたベンチに座り、監督役をやりながら。
 ゆまがこちらに手を振る。おー、と杏子も軽く右手を挙げて応じてやる。さすがにこの歳で混じって遊ぶようなことはしない。
「新入りなんだって? どうだい、この教会の居心地」
「素敵ですね。周りの皆さんは年下ばかりですが、どなたもいい子たちばかりですし」
「そ、っか。ま。そりゃそーだよな」
 杏子が捨てたあの教会が。あんなことのあった場所が。こんなに賑やかになっているんだもの。子どもたちのほうを見て、杏子は思う。
 
 この場所は、自分が一度壊した場所。
 誘われたけれど、戻るべきではないと思った。のこのこ、やってきていいのかなとさえ思う。
 だが。ただ、守ることはできる。
 ゆまたちのような、こうやってこの場所を居場所にしている存在たちを、見守ってはいける。
 それでいい。それが家を、家族を壊してしまった自分にできる、責任の取り方だと思うから。
「……あ」
「へっ?」
 不意に発せられた声に、どきりとして我に返る。
 一体何を、らしくもなくセンチになっていたんだろう。ちょっと、気恥ずかしい。
「このクッキー。おいしいです」
「そうかい、伝えとくよ」
 マミのことだ、そのうちまた作るだろうし。
「それと」
「うん?」
暁美ほむらさんとお会いしました」
 その言葉は、不意打ちに近かった。
 なんでこいつが、ほむらの名前を、存在を知っている? ゆまから聞いたのか? いや、それにしたってそもそも、なんでそのことを敢えて杏子に言う必要がある?
 矢継ぎ早に脳裏へと浮かぶ疑問が、思わず不審の表情を杏子の顔に浮かばせる。
 こいつ──……一体?
 
「ああ。お会いしました、というのは違いますね。わたしのほうから出向いて、伺ったのですから」
「……あんた、ひょっとして」
 
 木影は、ブラウスの胸元のを開いていく。
 一番上。二番目のボタンを開き、「それ」を杏子の前に晒す。
 
「──ソウルジェム
 
 ペンダントの鎖にひっかけられた宝石。杏子にも馴染み深い──いや、既にもう「自分自身」である宝石。杏子のそれが真紅であるのに対し、琥珀色をしたその物体が示す事実は、ただひとつ。
「ご想像の通りに、わたしは魔法少女です」
 とん、とん。合図をするように、正体を明かした彼女はその指先でテーブル上を叩く。
「!?」
「そして、この子は、『サイカ』。魔法少女となったわたしの──「一番のともだち」です」
 その音に応じ、己が影より滲み出るかのごとく現れたその生物を、彼女はそう呼んだ。
 まるで、蛙を何倍にも巨大化させたような。
 杏子にとっては知る由のないこと──ほむらの背後で、魔獣たちを「喰った」、疣と粘液とに全身を覆われ濡れ光る、その醜悪な生物を。
「けっしていなくならない……たったひとりの、ともだちです」
 少女は、いとおしむように平然と、撫でていたのだ。
 

 
「そいつが……ともだち、だ、って?」
「はい。あ、ご心配なく。魔法少女以外には、この子を見ることはできませんから」
 
 杏子が言いたいのは、そういうことじゃあない。
 眼前の少女はさも当然のように、ぬらりと濡れ光るその生物を肩の上に載せている。
 両生類とも、爬虫類ともつかない。魔法によって生み出されたその存在は、愛玩し傍に置くものとして考えるには、あまりに常識から外れて、グロテスクだった。
 
 大きなその眼──桜色と空色が疎らに混じりあい、濁った瞳が杏子を見ている。
 おもむろに開かれた口に、思わず身を強張らせる。
 だが、異形の生物の口から吐き出されたのは、壊れた弦楽器を擦るようなか細い鳴き声を伴った欠伸ひとつ。
「ああ、大丈夫ですよ。危害を加えようなどと思ってはいませんから」
「……なんであたしたちに会おうと思った?」
 特に、ほむらに。
暁美ほむらさんのことを、知りたいと思ったからです」
「なんだと?」
 ほむらの、こと? どういうことだ?
「あの方は、他の魔法少女と違うから。……キュウべえさんがわたしたちを放置していく際に、訳知り顔でそんなことを言っていたので」
 キュウべえのやつが、……ほむらをそのように評していた、だって。
 たしかに、そういう認識は杏子にもある。だから息を呑む。いいや、杏子だけじゃない。マミだって、知っている。気付いている。
 あいつは杏子たちには言わないなにかを、隠し持っている。知っているのは多分、本人とキュウべえだけのものを。
 それはいい。別に杏子の知ったことじゃない。
 魔法少女である理由だとか、戦う意味とか。そんなの、そいつの勝手だ。ほむらがどうあろうとも、敵対しないのならともに戦ってきた仲間である、あり続けるということに杏子にとって異存はない。
 
 だから逆に、少女の物言いが気になった。
「その理由を知りたいってか。知ってどうする」
「お聞きしたいんです」
 何を、と訊くよりはやく、彼女は続けた。
「円環の理のむこうにいる女の子のこと。──その子に寄り添っている、女の子のこと」
 長い髪と、短い髪のふたり。木影がそう言った瞬間、なぜだかちくりと頭痛がするのを、杏子は感じた。
 円環の、理。ぽつり呟いて、また痛みに顔をしかめる。──瞬間、まるでサブリミナル映像のように脳裏へとノイズじみた映像が混じる。耳で聞き、口で発したその単語がそれを誘発したかのようだった。
 
「──……え?」
 
 それは、ほむら。
 今となにも変わらない、魔法少女としての姿をしたほむらの一瞬。
 そう、違ってない。いつものあいつ。暗い色調の衣装に身を包んで、武器を構えて──……。
 
「……違う」
 
 いや。違ってないことが、違う。間違って、いる。当たり前のあいつと違うことに気付けないことが、おかしい。
 左右のこめかみを握った掌で押さえて、杏子は頭を振る。
 脳裏を駆け抜けていったイメージを、否定する。
「あいつは、違う」
 なんであいつが、あんな物騒なもの。──ゴツいマシンガンなんかで、戦ってるんだ。
 あいつがつけてるのはらしくないくらいかわいらしい、似合わない真っ赤なリボンであって、カチューシャなんかじゃない。そんなのをつけてるところなんて、見たことない。
「……!?」
 
 ほんとに、そうか?
 色々と、間違っている。おかしいと思っているはずなのに、同時に見覚えを感じている、既視感を覚えている自分がいる。
「あ……れ……?」
 おかしい。そんなこと、ないはずだ。
 だってあいつは、あのとき。さやかが消えていったあのときには、まだ。リボンなんて、していなかった。あれから。あのあとからじゃないか。あいつが、あのリボンをつけるようになったのは。
 
 ──なんで。なんで、最初からほむらが「あの姿であった」ように思っていた? 錯覚、していた? そうでないあいつを、おかしいと認識した?
 思わず杏子は立ち上がる。その様子に気付いたゆまが、きょとんと子どもたちの輪の中で足を止めて、こちらを見ていた。
「ぐっ」
 また、稲妻のような瞬間のイメージが実像に入り混じる。
 今度は、そう。……さやかの。
 
「なん、だよ。これ」
 
 血みどろになっている、姿。
 笑いながら、狂気じみた表情で肉塊となった物体に剣を叩きつけ続ける様。
 
 なんだよ、これは。
 なんでこんなのを、あたしは知ってるんだ。
 こんなさやかの姿──見たことなんて。ない、はずなのに。
 
「そう、だ」
 
 ──『まどか』。マドカ。……『円』。
 さやかを連れて行った、円環の理。ほむらはあのとき、そうやって知らないやつの名を呼んだ。あのリボンをそう言って、抱きしめていた。
 杏子はよろめくように、歩き出す。一歩一歩、その速度は早まっていく。
 気付けば、走り出していた。背中に、ゆまの声を聞きながら。
 すぐにあとで迎えに来る、だから遊んでろ。怒鳴りつつ、振り返ることなく、一心不乱に駆け出す。
 
 あいつなら、わかるのか。ほむらなら、知ってるのか。
 
 その、『まどか』ってやつのこと。この不快な白昼夢のこと。
 訊かなくちゃ。
 どうしてアタシの記憶に見たことのないさやかがいて、なんで『まどか』ってやつのこと、知らないのか。
 こんなにも、見覚えも──聞き覚えも、あるっていうのに。
 
(つづく)
 
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