まどマギssです。

 
 まあこれ更新したらお仕事原稿にすぐ戻るけどね!
 
 てなわけで続きを読むからどうぞー。
 
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 その魔法少女は、言った。
 
 困ったように笑う少女が、いること。
 円環の理──その向こう側から、なにかを恐れるように、桜色の少女がそうやって訴えかけている、と。
 
「あなたには、見えているの。あの子が、どこにいるか。あの子を──……まどかを、知っているの」
 
 聞き捨てられることではなかった。
 穏やかに聞き流して余裕たっぷりに言葉を返せることでも、なかった。
 円環の理、すなわちこの世界の向こう側。けっして交わらぬ、概念の向こうの、向こう側。そちらの側に、行ってしまった少女。そこにいる、桜色の女の子。それの意味するところが誰であるかをなにより一番よく理解する、ほむらにとって。
 
「その生き物は。その口の中のモノは、なに」

 かつての自身の力を宿した円盤が、なぜ現存している。どうして、その生き物の口蓋内に収まっているのだ。疑問と困惑は、尽きることなく。
 投げかけた問いはしかし、たったひとつ回答を示されただけ。
「わたしには、聞こえているだけです。そしておぼろげに、見えているだけ」
「──答えなさい!! ……まどかがどうして、あなたに見えているのか。まどかが、なんと言っているのか……っ!!」
 苛立ちとともに向けた弓の穂先にも、その琥珀色の魔法少女は動じなかった。
 少女は静かに目を伏せて、やがて吐き出す。
  
 まず、ひと言。
 
「『自分を、諦めないで』」
 そして。
「『夜はきっと、明けるから』」
 
 それらはあまりに、抽象的で。
 
 
魔法少女まどか☆マギカ 〜everyman,everywhere〜
 
第四話 世界最強の魔法少女
 
 
 頬に当たる西日を感じて、そのときようやく、ほむらは自分が眠りに落ちていたことに気付いた。
 目を擦りながら身を起こすと、見慣れた風景と自身の身体にかけられていたブランケットとが視界に入ってくる。
「よく、眠っていたわ。やっぱり疲れてたのね」
「……マミ、さん」
 そう、巴マミと、佐倉杏子の住む家。なぜ自分がここにいるのか、記憶になかった。
 家主の差し出す、インスタントのポタージュスープのカップを受け取って。この場にいる自分にほむらは戸惑う。
「ドア開けるなりいきなり倒れるんですもの。びっくりしたわ」
「……すいません」
「頑張るのもいいけれど、ほどほどにね。あなたは、ひとりじゃないんだから」
 
 私も、杏子ちゃんもいるのだから。
 
 言いながら、マミはテレビの電源を入れる。ニュース番組が、季節外れの台風のことを伝えていた。
 風と、雲だけ。雨は殆ど伴わないけれど強烈な規模の、不思議な気圧だとか、どうとか。
「訊きたいことはいくつもあるし、あなたにも隠し事はいろいろあると思う。でも、今は訊かない。だから無理だけは、しないで」
「……はい」
 美樹さんのときのようなことは、なるべくあまり見たくはないから。
 画面を見つめたまま言うマミに、ほむらは気付く。
 
 ああ、この人も──美樹さやかの喪失に心を痛めているのだ。杏子が友を失くした悲しみを背負うように、この人もまた後輩であった魔法少女の消え失せた喪失感を、噛みしめている。
 
 年長者として、先達として極力表に出さないようつとめながらも。
 インキュベーターへと伝えたように、彼女や杏子にも言うべきだろうか。かつて、あったこと。ほむらの経験してきたそれらの出来事を。
 マミが席を立ち、洗濯物を取り入れにベランダへと出ていく。
 サンダルの音を耳にしながら、しかし自分の思考にほむらは首を振る。
 言って、何になる。インキュベーターでさえ、半信半疑以上の反応を返さなかったこと。
 困惑させるだけだ、彼女たちを。まどかのことなんて、言ったところで。
 彼女たちは、覚えていない。いや。はじめから彼女たちの中には存在、していないのだから。
 
「きゃっ!? ……って、誰かと思えば」
「?」
 
 と、ベランダのほうでマミが上げた声に、ほむらは思考から現実へ呼び戻される。
「どうしたの、そんなに慌てて。玄関から入ってくればいいのに、グリーフシードだってただじゃないんだから──……」
 ベランダの、縁の上。杏子がそこに降り立っていた。
 光の粒子を散らし変身を解いたばかりの彼女は、そのままマミの横を通り過ぎる。
「ゆまちゃんはどうしたの? まさかはぐれたとか──……」
「置いてきた」
「な……ちょっと。置いてきたって、どういう」
「あとで迎えに行く。教会にいるよう言ってある」
 靴を乱雑に脱ぎ捨てると、杏子はほむらを見下ろし立ちふさがる。
 じっと見据える両の瞳が強い意志を湛えながらも、なぜだか困惑しているように揺らいでいる。
 
「『まどか』って、誰なんだ」
 
 そしてその言葉が、ほむらと、マミと。双方に息を呑ませる。
「お前の、友だちなんだろ。もしかして……さやかのやつと。──そいつ、知り合いだったのか」
 

 
 どうして。
 
 ほむらの脳裏に浮かんだのはただただ、その四文字ばかりしかなかった。
「さやかが消えてから……ずっと。変、なんだよ。なんか、違うんだ」
 杏子の拳は、硬く握られている。肩が、きつく竦められていた。
「木影とかいう魔法少女に会った。で、そいつが言ってた」
 まどかってやつが、円環の理のむこうにいるって。そいつには、それが見えるって。
「聞いた瞬間、もっと変になった。見たことないくらい、さやかが傷ついてた。血だらけになりながら、無茶苦茶に戦ってた。あんなこと、なかったはずなのに」
「それは」
「言えよ」
 それは命令でなく、懇願。
 拳震わせながら吐き出される、苦渋に満ちた杏子の願い。
「まどかって、誰なんだ。お前は、なにを知ってる。あたしたちは──なにを忘れてるんだ」
 ぱさりと、音がした。
 たった今、とりこもうとしていたシーツをマミが、足許へ投げ出したのだ。自身の二の腕を抱き寄せ、彼女もまたほむらに真剣な眼差しを向けている。訊きたいことというのは、マミもまた……同じ。
「あたしにはまどかってやつがどういうやつなのかも、どんな顔してたのかもわかんねえ。知らない。でも、ほむら。あんたなら、知ってんだろ」
 なんでその名前を聞くとさやかを思い出すのか。わかるんじゃないのか。
「──杏子」
 ほむらは、目を伏せる。
 どうすべきか決めるまで、幾許かの間が必要だった。
 
「到底、信じられないことよ」
「知るか。信じるかどうかはあたしが決める」
 
 そう言うだろうと、思った。
 
「……マミさん」
「右に同じ。言うまでもないでしょう?」
 
 違いない。
 勇気を出さなくてはならないのか。肚を、くくる必要がある。ほむらは深く呼吸をして、観念をした。
「まどかと美樹さやかは、親友だった」
 そう。ほむらの知る、ずっと前から。
 なれそめはよくは知らない。どちらが先か、あるいはどちらか一方だけが。魔法少女となる時期も、順番もてんでばらばらであったように思う。
 あるときはまどかが先に、あるときはさやかが先。そしてまたあるときは、双方がともに。
「ばらばら……って」
「まるで、何度も見てきたようね」
 言い方が、ひっかかったのだろう。しかし、それが正しい表現なのだ。
「数え切れないくらいに、ね」
 幾度となく、ほむらはふたりが魔法少女である世界を、魔法少女となる世界を。ならずに死んでいく世界を目にしてきたのだから。
「マミさん。あなたは、まどかにとっても先輩でした」
「え?」
 魔法少女という存在を教え、魔法少女の悲劇を教えた存在だった。
 巴マミは、鹿目まどかにとって。そして──最初のほむらにとっても。
「杏子。あなたはまどかとともに、魔女になった美樹さやかを救おうとしたこともあった」
「……『魔女』?」
 
 そう。この世界に、もう魔女はいない。だから、杏子が眉根を寄せるのは当然だ。
 
 誰も魔女にならないよう、まどかが変えた。
 あの子のそうした世界に、今自分たちはいる。
 ワルプルギスの夜は、もうこない。
 
「『魔女』。『ワルプルギスの夜』。あなたはそれを、知っているの? それがいったい、何?」
「つまり──なんなんだよ、その『まどか』ってやつは。魔法少女だったんだろ?」
「ええ」
 誰よりも強い、魔法少女だった。
「間違いなく、世界最強の魔法少女であったと思う」
 ほむらが、そうさせてしまった。
 
「私たちが今いるのは、あの子が望んだ世界」
 
 あの子の、変えた世界。
 まどかのつくった新たな秩序に守られた、魔法少女が魔女へとならずに済む世界に、私たちはいる。
 

 
魔法少女が、魔女になっていた。いや、ならなければいけない世界がかつて、たしかにあったのよ」
 そして、ほむらの知る限り少なくとも数度以上──美樹さやかはその闇に呑まれていった。
 己の抱えきれぬ穢れに、引き裂かれて。
「そんな……じゃあ、あたしが見たのは……っ?」
「事実、ということ。最低でも、この世界とは違う時間軸の、どこかにおいては」
 美樹さやかは、魔女であった。
 人のための祈りを望み、人のために尽くし。与えられぬ見返りへの渇望を無視し続けた結果としてそうならざるを得なかった。
「なんで……なんでだよ! ……なんであたしは、そんなことっ!!」
 そんな大事なことを忘れてるんだよ。言葉にならなかったその声を、ほむらは心中で補足し、理解する。
 かつてあったはずのこと。ましてや友の最期に、かかわること。それを知らない。知らないということを、知らなかったのだ。その歯痒さは杏子だけでなくおそらくマミとても、同じはずであり。
「すべての世界から、まどかが魔女を消し去ったから」
 だから、矛盾は忘れ去られねばならなかった。
 どんなに強引で、無理矢理でも。魔女が存在したということ、その記憶そのものからしてすべて。
「さやかが……『魔女』になったってこと自体、消えなくちゃいけなかった……?」
「そう。忘れたんじゃない。あなたのせいじゃない。繰り返しから解き放たれたこの世界では、それははじめから起こっていないのだから」
 さやかは、魔女になって死ぬのではなく、消え失せた。まどかの力が、それを成した。
「私が積み上げてしまった、因果の数。私が繰り返せば繰り返すほど蓄積していったその力で、まどかがそれを望んだから」
 
「ふむ、例の『まどか』っていう魔法少女の話かい?」
キュウべえ……あなた」
 
 まだ、マミや杏子の顔にはほむらを信じきれぬ色があった。
 だからだろう、次にマミは訊ねた。
 自身より、ほむらより魔法少女について詳しいはずの相手、音もなく現れたその存在──キュウべえに。
 ほむらの言うようなことが、あり得るのか。実際にそれが、ここではないいつかの世界で、起こったことなのか。
「実際に証明のしようがない以上、仮説でしかないことだけれど……あり得なくはないだろうね」
 あり得るもなにも、それが事実なのだ。内心、ほむらは息を吐く。
 誰にも信じられなくてもいい。それでかまわない。
 他の誰が忘れようとも、私は覚えている。まどかのことを知っている──だから護る。それだけでいい。
「ただし。その力の源が無数に絡みついた因果の糸であったというのならひとつだけ、不思議な部分があるように思えるけどね」
「……不思議?」
「そうとも」
 それは、気付きもしなかった。ほむらには考えもしなかったこと。
 感情というフィルターの存在しない、事象をただそのものとして認識し評価するキュウべえゆえ、思い至った問いだったのだろうか。
 
「ほむら。キミの因果は、どこにいったんだい?」
「──え?」
「鹿目、まどか。その魔法少女が自分の因果、そのすべてを使って世界を変えたのなら。彼女にそれだけの因果を重ねていったきみの、キミ自身の因果はなぜどこにも見当たらないのか。納得できる説明はあるのかい?」
 
 私の……因果?
 
「キミにかつて、時を繰り返す力があった。それでキミは繰り返し続けた。それが事実だとして。そして生まれた因果の矛先が鹿目まどかという少女であったならば、その発端は常にキミであったはずだろう?」
「それは、まどかが」
「いや、それはあり得ないよ。同じように時を重ねてきたならば、その因果はともに巨大なものになっていただろう。キミの因果ともしも打ち消しあったのならば、相殺によってプラスマイナスはほぼゼロになっていたはず。キミの言う世界を変えるほどの力なんて残りようがない」
 
 それは、考えもしなかったこと。
 まどかをこの世から消してしまったのは、自分だ。彼女にそうなってしまうだけの力を与えたのは、ほむらが無限の時間を繰り返し続けたから。
 
 この世界があるのも、この世界にまどかが存在しないのも。
 ほむらがまどかに力を与えてしまったから。そう思っていた。
 けれど、私の力については、そんなことは考えたこともなかった。。
 時を渡る能力を失い、かつてのまどかのような能力へと変質したことは実感として認識していたけれど──とくにそれ以外、強大になっただとか、膨れ上がっていくような実感を抱いたことはない。
「ほんとうにそうかい?」
 むしろ、無力感ばかりだった。自分にも因果が降り積もっていただなんて、そんなことあるはずがない。
 
「「「!?」」」
 
 ほむらを包むのは、困惑。その彼女ごと、杏子と、マミと。三人の周囲に広がる風景が一変する。
「ここ……砂漠?」
「っつっても、暑くもなんともねーけど。映像か?」
「そう。ほんの、二週間ほど前のね」
 マミの部屋から移り変わったそこには、乾燥しきった広い砂漠のような世界が広がっている。
 ところどころ、廃墟が顔を覗かせ。
 空からは灼熱の太陽が、大地を焼いているのが見える。
「映像というべきか。これは『ノイズ』といったほうがいい」
「……ノイズ?」
 言っただろう。二週間前だ、と。
「ボクらの集合意識の中に、その頃からこの映像がどこからか混じるようになった。ほむら、実に興味深いものが見れるよ」
「興味……深い、もの?」
 砂塵の世界には、なにひとつ生ける者の影は見えなかった。
 不意に、その連中が姿を見せるまで。
 
「魔獣!」
 
 杏子が、声をあげる。
 廃墟から、砂の大地から。湧き出るように姿を現していく無数の魔獣たち。十や、二十。三十ではない。もっと、ずっと。たくさん。
 乾いた世界に、滲み出たオイルのように溢れる瘴気の群れは、ひとりの少女と相対する。
  
 それは、他の誰でもない。
 
「おい、あれ」
「……私、なの?」
 
 ほむら自身が半信半疑に息を呑んだその姿は、彼女以外の何者でもなかった。
 
 暗色の戦闘服。手にした弓。赤いリボン。
 こんな場所、行った覚えも、見た記憶もないのに。
 ほむら自身がそこに佇んでいる。そして。
「何──この、黒い光」
 ほむらの足元から、漆黒の光が輝き広がる。
 瘴気すら、それは押し潰していく。やがて光は、彼女の背中に歪な二枚の羽根となって収束する。
「そんな。ありえない」
 
 あとはもう、一方的な蹂躙だった。
 特にどんな攻撃をするでもない。
 
 ほむらはただ、その背の黒翼で舞うだけ。
 軌道を描き、群れの只中を駆け抜ける。たったそれだけのことで、彼女を包む力の噴流が魔獣を結晶体へと変えていく。
 より、禍々しいその力が。より深き闇が呑み込んでいくように。
「こんなの、知らない──私、こんなもの、知らない!!」
 よろよろと立ち上がった、映像を『見ている』側のほむらの足元がもつれる。
 震えが、込み上げてくる。マミの両腕に支えられていても、吐き気に似た嫌悪感がおさまらない。立っていられない。
 
 なにか。自分は見てはいけないものを見てしまった。
 知るべきではないものを知ってしまった──本能的に、ほむらはそれを理解する。
 
 そして、映像は砕け散った。静かなマミの部屋に、再び三人は戻される。
 直後、三者が同様に感じ取る。
 見やるのは、灰色に曇った窓の外の大空。
 そこに、「いる」。
 
「まさ……かっ!?」
 
 たった今見た、ほむらの知らない「ほむら」を包んでいた力。
 空の彼方より近付いてくるそれに、同じ鼓動を感じて。
 窓を開き、サンダルをひっかけてマミがベランダに出ていく。そのあとに、杏子。
「あれ、は」
 ほむらの行使していたものと同質でありながら、遥かに強大で濃密なその気配に、彼女たちは空を見上げている。
 雲を割って、ゆっくりと降りてくる『モノ』。
 
 マミも、杏子も知らないモノ。
 ほむらは何度だって、見てきたモノ。消え去ったはずの、モノ。
 
「──『ワルプルギスの夜』。なん、で」
 
 なんであれが、まだあるのだ。
 
「なんでっ!!」
 
 ワルプルギスの、夜。
 どうして、消え去ったはずの魔女が──自分たちの目の前に、いる。
 
(つづく)
 
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