投げ返す。
というわけでfearlesshawkのケインさんから投げられたリレー小説、出来上がったのでまた投げ返します。
前回分はこちら。前々回(つまりうちの前回分)はこちらになってます。
例によってケインさんとこのオリキャラよく知らないとか、オリキャラ全般苦手という方には少々つらいかもしれませんのでご注意ください。そしてあいかわらず英語は適当。
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ひとりになっていたいときくらい、ある。
誰にも、顔を合わせたくなくって。話をしたくなくて、ひとりでぼうっとしていたいときくらい。
そりゃあ、あるさ。
「あー、いたいた。ノーヴェー」
公式な、訓練場の使用記録の上においては模擬戦の試合結果は、相手の戦意喪失、試合放棄。……つまるところ、ノーヴェの勝利と記述されている。
けれど、その実情はまるで正反対。言いたいことを、言いたい放題言われて、痛いところを散々に指摘されて。
おもいっきりの一撃も、いともたやすく防御もなしに耐えられた。そして体重の乗った一発を返されて、叩き伏せられて。あっさりとその場に捨て置かれた。
相手が、自分を戦うに値しない、模擬戦の対戦者として向き合うレベルにないと判断し興味を失ったがゆえの試合放棄、それにより転がり込んできた勝利。
なんの意味もない。それこそ、負けに等しい──いや、本来敗北以外のなにものでもない、書類の上だけでの勝ちにすぎないものだった。
だから、ノーヴェは。本日、二度目のシャワーを浴びて。模擬戦の後から一言も声を発さない愛機・サイクロンキャ
リバーを整備のマリエル技官に預けたまま、とうに調整も済
んでいる頃合いのこの時間になってもただじっと屋上から、
ぼんやりと空を見ている。
「ノーヴェー」
「……」
とめどのない思考には、明確な順序もなにも、あったものではなかった。
通じなかった、自分の技。結局は、姉たちの言うことをよりきつく、言いたい放題に言い換えられただけのように思えてくる、吐き捨てられた言葉。
悔しいとか、腹が立つとかでもない。いらつきとも違う。
全否定。そう、ただ自分が全否定されとりつく島もなかったという現実はひたすらに、空虚だった。
「ノーヴェったら」
「……」
「おーい、まいしすたー」
「……」
そんな中に、声が割り込んでくる。無視しても、無視して。。
能天気で、お気楽な。自称、姉の声だ。
「……っせーな。聞こえてるよ」
自分とよく似たその声に、ごろりと寝返りを打つようにして。まっすぐ見上げていた夜空から視線をはずしノーヴェは背を向けた。
「どーんと落ち込んじゃってる? アストラさん、遠慮しないからねぇ」
「やかましい、あっちいけ」
「ひとりでそーやってて、なんか解決した?」
「聞けよ!! 人の言うこと!!」
ノーヴェの拒絶を、相手は無視する。思わずがばりと起きあがって怒鳴ったそこにあったのは──余裕たっぷりの笑顔。
「聞くよ。今から、ノーヴェの気が済むまでちゃーんと」
笑顔のままに、スバルは膝を屈めて。ノーヴェの頭に手を置いた。
「あたしは、ノーヴェのお姉ちゃんだからね。言いたいこととか、吐き出したいこととか。全部聞くよ」
そして、そのまま撫でていった。
湯上りの水分が残った赤毛が、姉の掌の動きにあわせて、その形を変えていく。
アストラとノーヴェ アンスウェラーとサイクロンキャリバー
これでも、一応実働部隊の隊長である。たとえ宝の持ち腐れでも、豚に真珠でも。一般隊員より一回り大きな、独立したそこそこ立派な執務机をアストラも与えられている。
「で、なんで俺は今監禁されてるんだ? ギンガ」
「こうでもしないと書類を終わらせてくれないからです」
その執務机の周囲には、ギンガの魔力光と同じ色の半球状のフィールドがあった。
それは、なにものもけっして外へは通さない堅牢な壁。
人。
物。
そして──電波さえも。
相手の行動と通信とを阻害するその薄くも頑丈な膜は、魔導師適正を持つ捜査官の必須スキルの一つである、捕獲結界の一種。
「ロボットアニメなんかにうつつを抜かしてもらってる暇はあいにくないんです。とっとと仕事終わらせてください」
「なんか、だとぉ? 俺にとってあれは魂の……」
「終わらせてからにしてください」
この中にいる限り、回線は使えない。つまり仕事をするふりをして回線を経由したサボり行為に走ることはできない。というより、使われては──走られては困るのだ。わざわざ結界まで持ち出してきた、ギンガとしては。
なにしろ、副官のギンガがある程度片付けてなおどっさりと、このデスクワークの壊滅的な実働部隊隊長の青年には積み残した書類仕事が山ほど残っているのだから。
今日こそは、きちんと全部終わらせてもらう。ギンガのその意志を読み取ったか、苦手な交渉ではなく強行突破を、青年は試みる。
「く!! アンスウェラー!!」
『Adjutant Ginga's overtime hours this month have greatly exceeded regulations of the bureau. To our regret, I cannot help also taking the standpoint of the agreement seeing with her. Please work as her superior.(ギンガ副官の今月の残業時間は既に局の規定を大きくオーバーしています。残念ながら私も彼女と同意見の立場をとらざるをえません。彼女の上司として、仕事をしてください)』
「なにぃっ!?」
『Master,because work for your doing to exceed is a cause, it might be natural.(マスター、あなたの仕事の積み残しが原因なのですから当然でしょう)』
……が、試み構えようとした彼の愛機は、冷淡に青年へと指令への服従を拒んだ。
彼を見る、一人と一機の意志は同じ。
つべこべ言わずに、とっとと働け。その一言につきる。
「そ、そこをなんとか。アンスウェラー」
『No, It is necessary to give priority to work.(ダメです。仕事を優先すべきです)』
「ギンガ。いや、(ギム・)ギンガ(ナム)様」
「つべこべ言ってるとお尻の穴から(リボルバー)ギムレットつっこんで奥歯がたがた言わせますよ?」
応えるギンガの顔は、微笑んでいた。でも、言っていることは全然笑えない。声も、笑っていない。おそらくは、笑顔によって細められた瞼の奥の、両の瞳も。……ひょっとすると、戦闘機人モードの金色に染まってすらいるかもしれない。
突破を。懐柔を不可能と悟った青年はのたうちまわる。けっして広くはない結界の中を右へ左へ。勇者が、勇者がー、なんてぶつくさ漏らしながら。
「あの三十分間がない人生なんて……!!」
『Please stop the act of unbecoming and existing only in the uselessness at meaningless and time.(みっともない上に無意味かつ時間の無駄でしかない行為はやめてください』』
「終わらせたら、いくらでも見てくれてかまいませんから。私だってアストラ隊長の書類仕事が終わるまで、あがれないんですよ?」
だが、青年はやめない。拗ねたように、むしろ絶望したように。転がる。膝を抱えて床の上をごろごろと。
正直、見ていて鬱陶しいことこの上ない。仮にも二十歳を超えた、大の大人が。
「……まったく」
そんなアストラの様子に、ギンガは溜息をつく。
副官だから。余計に。
「ノーヴェに言って聞かせてくれたときは、少しは見直しもしたんですけどね……はぁ」
「あん? 言って聞かせる? なんのことだ?」
そしてそのギンガが言った言葉にぴたりと彼の動きは止まり、九十度倒れた体育座りの姿勢のまま、呟くように問いを投げかけてくる。
なんのことだもなにもないだろう。ギンガは机上のアンスウェラーと顔を、機体を見合わせて、応じる。
「だから。ノーヴェとの模擬戦のときに色々、教えてくれてたじゃないですか。あの子の足りない部分とか、心構えの部分とかについて」
「あ? なにいってんだお前。あんなもん思ったことただぶちまけただけだぞ? 洟垂れその3がどうしたって?」
「なっ」
いい加減、その格好はやめろとも思ったけれど。それより面を食らった感情のほうが先に来た。だが愛機と副官の愕然を尻目に、おさまりがいいのか再び青年はぶつぶつやりながら結界の中を転がりまわる。
「……そうだったの? アンスウェラー」
『……I thought that that was guidance.(さあ……私はてっきり、ノーヴェ訓練生への指導であるとばかり)』
心境としては、絶句に近かった。
この男。如何せん、人の想像の斜め上を行き過ぎる。
もちろん、悪い意味で。いや──いい意味、なのか?
『Sir,I hear that there was a communication in the Armaments service Supreme Air Force "Aggressor".(サー。本局航空戦技教導隊より、部隊オフィスに通信が入っているとのことです)』
と。それまで無言を貫いていたギンガの愛機、キャリバーズのうちで最も寡黙な機体であるブリッツキャリバーが、彼女の胸元で明滅し言葉を発する。
『A short-term, special teaching from tomorrow to confirm the time of arrival and the number of men finally(明日からの短期特別教導について、到着時刻や人員について最終確認をしたいと)』
「あ、ああ。そうね、今行くわ。その旨、オフィスに連絡を」
雷電の剣の、報告。正規の終業時刻も近づく中で陸士108部隊へと入った通信。それらが一人と一機を、どうにか我へと返す。
とりあえずの脱力感を振り払って、ギンガは転げまわる上官に背を向けた。
『ひとまず、仕事にかかってください。マスター』
アンスウェラーの、そんな呟きを背後に聞きながら。
* * *
背中と背中を、あわせていた。ぴったり、対称ではなく。ノーヴェはねっころがってスバルに背を向けて。スバルは腰を下ろしたその背中を、ノーヴェの背中へと預けて。
夜空の下、夜風に吹かれている。
「……ニセモノ?」
妹のつかった言い回しを、スバルは鸚鵡返しに繰り返した。
「そーだよ。どーせアタシの腕も実力も全部、くだらない。ニセモノだったんだよ」
おやおや。凹んでいるのかと思ったら、どちらかというと自暴自棄になっているといったほうが近い。
思ったより、沈み具合は深そうだ。言ってなお丸まるように縮こまろうとする妹の様子に、スバルは夜空に目を戻しつつ頬を掻く。
さて、どうしたものか。
「撫でるなよっ」
やや髪質の硬い、腰のある赤毛を右手に収めかきまわす。
抗議の声とともに、ノーヴェは頭をゆすってスバルの手を振り払う。
なんだか、懐かしい。六課にいたころ、よくなのはさんとヴィータ副隊長がこんなやりとりをしていたっけ。
かつての師、二人の面影が記憶の中に舞い戻ってくる。
「ほっとけよ。あっちいけよ。もう、なんだかよくわかんねーんだよっ」
「……そう」
だけど。
「だけど、ほっとかない」
「っ……なんだよっ!!」
今度は、ヒステリックに叫んで少女は起き上がる。そしてスバルを睨みつける。
その頬は憤りに上気し、感情的に潤んだ瞳を二つ載せた表情は細かく、全身を揺らすものと同種の震えに細動している。
「もういいだろっ!! 結局あのポンコツはいうこと聞かないまんまだったし、変なヤローには説教されるし!! 勝てねーし!! もうわけわかんねーよ!!」
もともと、感情の処理が不得手で不器用な子だ。ノーヴェがまくし立てて息をつくまで、スバルは待った。
「……そっか」
それから。“意図的に無視して”、妹の頭に手を伸ばす。当然、ノーヴェはその掌を振り払う。
予想通りの反応に大仰に肩を竦めて見せて、今度はより強く、振り払う彼女の手に流されないようしっかりと妹の頭を掌中に収める。
がしがしと。少し痛いだろうかというくらいの力で、乱暴に彼女を撫でた。
「いってーな!! なにすん……」
「痛いでしょ?」
続けて、抗議の声を上げたノーヴェの額にでこぴん一発。
「でもさ、一緒に戦っててるとこんな風に痛いのって、ノーヴェだけじゃないんだよね。それ、わかるかな」
「……え?」
こちらの言葉に、面を食らったような顔。それを上から押さえて、スバルは彼女に言葉を向ける。
「はじめて会った頃のこと、憶えてる?」
「はじめてって……陸上本部でのこと、か?」
首を縦に振って、頷く。
それは二人が──いや。ナンバーズの皆と、スバルたちがまだ敵同士であった頃のこと。
「忘れるわけないだろ。お前はチンク姉を大怪我させて──……アタシたちはギン姉にひどいことをした。でも、それがなんなんだよ」
おあいこ、といえばそれで片付くことでもない。たとえ当の本人たちがもう気にしていない、皆が皆、当時の状況を理解し既に納得しているにしても。
けっして、思い出したい記憶ではない。もちろんノーヴェにとってがそうであるように、スバルにとっても。
姉妹のことを大切に思うからこそ、なおさら。
「あのとき、ね。あたし、自分が一人で戦ってるわけじゃないってこと、すっかり忘れちゃって」
「え?」
「相棒の限界とか、一緒に戦ってくれてる相手のこと、なにもかも見境なくなって、全部どこかにふっとんじゃってさ」
肩を竦めて、苦笑を見せる。
「無理させて、破損させて。機能停止までさせちゃったんだ、マッハキャリバーを」
「!?」
返ってくるのは、驚きの表情。想像通りの反応に、スバルは妹の頭から右手を離す。
かわりに、懐をまさぐる。無言で自分とノーヴェのやりとりを見守っていた愛機を、そこから取り出す。
「お前が? ……マッハキャリバーを? うそ、だろ?」
「倒したい相手のことだけで、頭がいっぱいで。一緒に戦ってくれてる相棒のことなんてなにも考えてなかったから。当然の結果だったのかもしれないけど」
たぶん、今のノーヴェもそう。目的だけで頭がいっぱいになっている。
信じて、相棒と二人で目指す目標ではなく。ひとりよがりに、ただがむしゃらに突き進む先の願望しか見えていないがために。
「ノーヴェは戦ってるとき……模擬戦とか、組み手とか。そのとき、どんなことを考えてる? その考えの中にひとかけらでも、サイクロンキャリバーはいる?」
「あ……」
痛いところをつかれたというように、ノーヴェが視線を落とす。
応えに、迷っている。なぜならばきっとそれは、今スバルが言ったことが彼女にとって、図星であるからこそ。
「べつに、考えなきゃいけないってことじゃない。現にあたしだって最近はもう、任務中も戦闘中もマッハキャリバーのことは殆ど考えずに動いてる」
「……? どういう、ことだよ、それ」
「知ってるから、だよ」
そう。知っているからこそ、身体で覚えているからこそそれはできること。
お互いの、限界を。自分が出来ることと、相棒の出来ること。その二つが発揮できる、最大限の範囲を。
ここまでならば、自分の無茶に相棒は追従してくれる。
相棒はこのくらいの出力であれば自分の無茶についていけることを知っている。
互いが互いを理解し知っていなければ、けっしてできない芸当。
ブレーキをかけて能力を制限するのではない。それは互いが、互いの限界に応えるべく。知った相手の限界を超えるよう、高めあっていく行為だ。
スバルは立ち上がり、問いかける。
「相棒を……知る……?」
「そういうこと。ノーヴェは、サイクロンキャリバーをどのくらい知ってる? 逆に、どのくらい自分のことをサイクロンに知ってもらおうとしてた?」
苛立ち交じりの言葉は、既に彼女の口からは発せられてはいなかった。
替わりに、熟考。見下ろすスバルに目を向けることもなく、落とした目線で俯いて、きっとノーヴェは過去の自分を反芻し考え込んでいる。
「そりゃ、サイクロンキャリバーも意地っ張りで素直じゃないってのもわかるけどね。アンスウェラーが言ってたように、ノーヴェのほうから大人になって近づいてみるのもいいんじゃない?」
ノーヴェは、返事をしなかった。ただ俯いて、ひたすらに考える。そんな妹の姿に、スバルは思う。
大いに、悩めばいい。考えればいい。時間は何も、限られているわけではないのだから。
(……ちょっとはお姉ちゃんらしいこと、言えたかな?)
ノーヴェに、聞かれないように。念話を愛機の通信回線に送って、スバルは彼女に問うた。
ほどなく、念話のチャンネルに音速の剣の言葉が返ってくる。期待通りの、ごく短い電子音声で。
『Don’t worry.(いいんじゃないでしょうか)』──と。
(つづく)
ケインさんあとよろしく(猛ダッシュ)
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