なのはssの時間だああああああ!!!!
はい、というわけで不定期連載、というか一話完結型の短編ではありますが超久々になのはssを更新します。
コンセプトは「リリカルなのはと(極力)アニメ以外のとある作品、あるいはなんらかの物語のなにげないクロスオーバー」。
別に世界が危機に瀕したりとかそういうことはないです。
多分、世界が交差してもとんでもない事態が起こるということもないです。
日常の中で起こった出来事としての、そんなクロスオーバー。気の向くまま、思いついた時に書いて更新といったところでしょうか。
毎回、交差する作品の出典について文末でいくぶんのフォローは入ると思います、はい。
一万字超えといて短編じゃねーだろそれとか言わないそこ
というわけで、一回目。続きを読むからどうぞ。
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気が付けば、そこにいた。──なぜだか、わからないまま。
見たことのない部屋、見たことのない風景。なのに、さも当然のように、フェイトはそこに、座っていた。
「……え?」
それは、黴臭い部屋だった。
六畳一間と言う表現以外、しようのない畳敷きの、けっして広くはない部屋。
その上に薬缶の載せられた、簡素な、錆だらけの古ぼけたガスコンロ。風呂はなく、トイレは和式。
畳の敷かれたその上、真ん中にはぽつんと、それこそ和風を好む義母の自室コレクションくらいでしか見たことのないような、小さな丸い卓袱台がひとつきり。
「ここは、……え? 何?」
くすんだカーテンが脇にまとめられた窓から差し込む夕日と、それに照らされる部屋の風景があまりに、レトロで。
むしろ、管理局の黒い制服姿のフェイトのほうが目の前の光景から浮いているほどだった。
「私、たしか」
ええと、たしか。本局に、いたはずで。そう、無限書庫に。
脳内を、困惑が駆け巡っていく。
──直後、甲高い、けたたましい音が背中から、やはり狭い玄関の土間から、聞こえてきて。
フェイトは振り返る。
外から、か? 脱いだ覚えもなかったパンプスに爪先を突っ込んで、錆の浮いた扉を押し開く。
最初は細く、やがて強い光が、扉の広がっていく隙間から視界を埋め尽くして、眩しさにフェイトは双眸を眇めて。
「……っ?」
空気の悪さに、思わず袖で口許を覆っていた。
目の前には、空があった。……光化学スモッグに煙った、綺麗とは呼べない、見たこともない色の空。
その空の下、眼下を、長く遠く線路がまっすぐに伸びている。
音の正体は、そこを走る列車。やっぱり、随分古びた、見たこともない型の列車が、見下ろすフェイトの足元を、線路に沿って走り去っていく。
魔法少女リリカルなのは If world
Case1
『その時代の子供たちにヒーローを見せたいと思った人たちがいた』
まったく、状況がわからなかった。
どうして、自分が今ここにいるのか。どうやって、ここにきたのか。なにひとつ、わからない。
頼れる相棒のバルディッシュも、なぜだかいくら話しかけても、うんともすんとも返事はなくて。一応の予備として持ち歩いている通信機も、まったく反応を失っている。
フェイトにわかることといえば、従ってせいぜい、ここがどうやら日本、東京であるということ。そして。
「せん……きゅうひゃく、ろくじゅう……ごね、ん……?」
1965年。
ふらふらと彷徨い歩いた街頭で見つけた、キヨスクのような店先の新聞から得たその、日付情報だけ。
それは、あり得ない日時。
フェイトが地球をはじめて訪れるどころか、生まれてすらいない──実母、プレシアですらどうだったろうかというような年代が、そこには印字されていて。
意味が、わからない。なぜ、どうして。そんな言葉ばかりで、頭がいっぱいになってくらくらした。
「っと。す、すいません」
店の、小窓の中からこちらを微笑して眺めている、店主と思しき老人に気付き、ついフェイトは頭を下げる。立ち読みだけなんて、あまりよくないよね。買わないと。財布を出そうと、懐をまさぐる。
「……う」
そして引っ張り出して、ふと気付く。
本局に──というかミッドにこのところずっといたから、ついぞ日本円なんて使った記憶がない。
どうしよう。持ち合わせ自体はあるにせよ、当然この時代、この国で次元を隔てた世界の通貨なんて使えるわけはないし。
はたと困りながら、それでも「ひょっとしたら、使い忘れたお札の一枚くらい」と、財布を開く。
別に、何枚もいらない。千円札の一枚でも残っていれば、それでいいのだ。
「──え?」
だが、両の親指で広げた財布から覗くのは、ミッドで普段使っている紙幣でもなければ、まして奇跡的に残っていた日本円でもなかった。
いや。たしかに、そこに印刷された字面や、デザインははっきりと日本円ではあるのだが──……、
「ご……ごひゃく、えん? ──なの? これ?」
それはフェイト自身、財布の中に入れた覚えなどまったくない、数種類の紙幣だった。
五百円。千円。五千円、そして一万円。
たしかにそう書かれてはいるけれど、いずれもまるきり、見覚えなどない。記憶にあるものとはまったく違う面々の顔が、そこには描かれている。
ええと。中学の頃、歴史の授業で習った。
聖徳太子と、伊藤博文と。……あと、だれだっけ?
「あ。その、これで、お願いできますか?」
戸惑いながらも、フェイトはそのうちから一枚、五百円と印字された紙幣を老人に渡す。
老人は頷くと、特になにを気にするでもなく、お釣りの小銭をフェイトへと返してくる。それらの小銭も、百円玉や五十円玉のデザインがやはり、フェイトの知るものと違っていた。
そのことを不審に思いながらも、いそいそとフェイトは踵を返す。
財布の中には、無数の、見知らぬお札と硬貨。そしてあり得ない、時代。一体これは、どうなっているのだ。
ひとまず、どこか落ち着ける場所で頭を整理したかった。
先ほどの部屋に戻るか、それとも。
日は、夕暮れを過ぎて暗くなり始めている。
ふと視線の先に、「喫茶」の文字を見た。小太りの、どこぞの喜劇王かと言いたくなるような格好の紳士がひょこひょこと、独特な歩き方をしてその前を横切っていく。
「……頭、冷やそうかな」
ひとまず、排気ガスに煤けた外の空気から逃れたかった。
黴臭いあそこよりは、いくぶん考えがまとまりそうではあった。
*
そうだ、たしか。私は、無限書庫にいて。
頼んだ資料が出来上がったから、取りに行って。ユーノと少し喋って、それから。
──それから、と。机上のブラックコーヒーをひと口嚥下して、記憶を更に手繰ろうとしたところで、喫茶店のドアベルが騒がしく鳴り響く。
「?」
そして、直後。がたんと、音を立てて、何かが開かれた扉から、店内に転げ入ってくる。続き、コーヒーと煙草の匂いに満ちた喫茶店の中に、ぷんと異質なアルコールの匂いが漂ってくる。
フェイトの座席の、すぐ近く。カウンターの内側でグラスを磨いていたマスターも、疎らに席へと散らばっている他の客たちも、その突然の闖入者に視線を集中させている。
──コーヒー。
悪びれるそぶりもなく、その男は絨毯の上にくずおれたままカウンターに向かい言う。
真っ赤に染まった赤ら顔といい、その酒臭さといい。どう見てもそれは酔っ払いに他ならず。
のろのろと立ち上がったその男は、おぼつかない千鳥足に任せるように、フェイトの座る席の近くへとよろけ歩きにやってくる。
「危ない!」
そしてまさしく隣を横切り、カウンターに腰を下ろそうかという直前で躓き、前につんのめる。
フェイトは思わず立ち上がり、彼の手を引いていた。そうしなければ危うく、その男はカウンターにおもいきり頭を打ち付けるところであっただろう。
酒臭いその男をカウンターの丸椅子に、どうにか座らせる。
一体私は、なにをやっているんだろう。そう思いながら、けれどどこかはらはらしながら、カウンターに突っ伏してしまった男を黙って見下ろしている。
「え?」
店主がふたつ、カウンターに水を置いた。ひとつは寝息を立てる男の前に、もうひとつは、フェイトの前に。
しかるのち、仕草で促す。お隣、どうぞ。そう、言っている。
「でも」
私はこの人とは別に、なんのかかわりもないわけで。マスターからの誘いに、フェイトは躊躇する。
──キンジョウさんはこうなると、長いから。
それまで無言だったマスターは口髭の下で囁くようにそう言うと、ドリップのネルへと満たされたコーヒー豆に、ゆっくりとポットのお湯を回し注いでいく。
──嫌でなければ、付き合ってやってもらえるかい。
付き合う、っていったって。既にキンジョウと呼ばれたその男は気持ちよさそうに、カウンターの上で腕枕を作って、寝言交じりに寝息を立て始めている。
──彼ね、映画をつくっててね。ちょっとしたスランプらしくってねぇ。
映画。──映画、ね。
その単語はフェイトにとっていくぶん、タイムリーな話題ではあった。ミッドではちょうど、自分たちの携わった映画がクランクアップしたばかりであったから。
そういう、奇妙なつながりの部分がもしかしたら、フェイトをそこに引き留めたのかもしれない。
「コーヒー。もう一杯、いただけますか」
青年が寝入っているその隣の丸椅子に、フェイトも腰を下ろす。
付き合うといっても、何をするでもない。隣で思索にふけるくらいのことでいいのなら、ということだ。
読んだことなどあるはずのない新聞を片手に、水をひと口、飲んで喉を潤していく。見れば、男の掌から、いくつかの硬貨がカウンターに転がり落ちていた。
フェイトにとって、日本で育ったその頃から見覚えがあるものもあれば──そうでないものも。
ただ、実感はさせられている。
財布の中の札。この、硬貨。フェイトが知る時代のものとはさまざまに程遠い、遥か古びた地球の技術レベル。それらが、示している。
自分がいる、ここは。昭和──過去なのだと。
「どんな、映画なんです?」
なんとはなしに、マスターへと訊ねていた。ひょっとしたら、名前くらいは聞いたことのある映画かもしれない。有名なものなら、サインのひとつももらって帰ればおもしろい、とも思った。
──なんでも、怪獣が出てくるんだと。テレビ映画っちゅうけど、どうにもそのアイディアに煮詰まってるらしくってなぁ。
怪獣、と言われて、フェイトの脳裏には幼い頃アリサの家で見た特撮映画が思い浮かぶ。
二本足で、街をその巨体に闊歩させ。背びれが光ったと思えば、口からは放射能をもった火を吐く。そして相対する怪獣と激闘を繰り広げる。
任務として大型の狂暴な野生動物とやりあうこともよくある身として、実際に体験したわけでもない地球の人々の想像力の豊かさと映像の作成能力とに、その本物さながらの迫力へと子ども心にただただ感心したのをよく覚えている。
「?」
その感慨を遮るように、ドアベルを鳴らしまたひとり、男が店内に入ってくる。
「ああ、いた。こんなところで潰れてたんですか、キンジョウさん」
その男性は、カウンターで眠りこける男よりもいくぶん、若い印象をフェイトに与えた。
キンジョウというその男の部下なのか、鳥打帽を被り、いびきをかく男の肩をしきりにゆすり、起こそうとする。
「ヌマリさんが、例のフルヤさんとアポとれたって。彼がいいって言ってたの、キンジョウさんじゃないですか。起きて下さいよ」
なんとなしに、じっとその様子を見つめていた。フェイトの向けたその視線に気付き、やってきたその青年はばつが悪そうに苦笑いを見せる。
「すいませんね。うるさくって」
「いいえ」
なんだか、どこかで見たような顔だな、と思った。なんだか、芸能人に似た人がいたような。
「マスターも、いつもいつもすいません」
いやいや。きみも大変だね。マスターが笑い、やがて男が夢うつつといった感じにむくりと顔をあげる。
これ幸いとばかり、やってきた鳥打帽の男は彼の右脇を抱え、立ち上がらせる。
ふらふらとあぶなっかしい足取りで、どうにか彼に支えられキンジョウは歩き出す。
「それじゃ。お騒がせしました」
行きますよ、ほら。カウンターのふたりへと会釈を投げて、そそくさとキンジョウを連れていく鳥打帽。連れられている側はというと気持ちよさそうになにやら、
──竜ヶ森湖。
寝言を呟いていった。
「何言ってんですか、キンジョウさん」
──あったかい……あったかい、石。
「寝ぼけてないで、行きますよ、さあ」
来たときと同じドアベルの音を残して、二人の男の姿はカフェの中から消えていった。
それら、寝言の響きが妙に──フェイトの耳に、残った。
*
相変わらず、バルディッシュはうんともすんとも言わない。
そろそろ店じまいだよ、と言われて、喫茶店のマスターに礼を言い、席を立って。夜風の涼しい中に、再び身を置いた。
どこに行くでもなく、どうするあてもなく、歩いた。
いい加減ヒールを履いた両脚が痛くなった頃、自分が街灯ひとつない、ここがどこかもわからない道に立っていることに気付いた。
「……しまった」
周囲には、民家すら疎ら。おまけにどこも明かりを消して、寝静まっている。バルディッシュさえ動いてくれれば、現在位置くらいはわかるのだけれど。──魔法を使って、ひとまず明るいところまでひとっとびしようか。いや、それにしたってこの時代、この夜中に果たしてまだ明るいところがどれほどあるか──……?
「もといたあの部屋も、どこをどう戻ったらいいかわかんないし……なあ」
はたと、困り果てる。少なくとももう、歩きたくない。いっそ、バリアジャケットに着替えてしまおうかとさえ思う。かといって、どうして自分がこの時代にいるのか、なぜこうなったかもわからず、帰る方法も謎のままとあっては魔力の無駄遣いはなるべくすべきではないし。
よく、SFなんかで「過去に干渉するのは色々拙い」なんて言うけれど、それが今の自分にも適用されるとしたら、うっかり誰かに見られるなんてことがあってもいけないし。
「……え?」
立ちつくし、考え込んでいると、不意に視界が白く染まる。遅れ、聞こえてくる車のエンジン音。砂利を踏みしめるタイヤの音。そして、排気ガスのつんとした匂い。
振り返れば、レトロなデザインをした一台の車がこちらに向かい、走ってくる。クラクションを鳴らし、フェイトの目の前に停まる。
警戒心は、一瞬。怪訝に思う気持も、一瞬。
開かれたウィンドウから覗いたのは、そんなものをあっさりと吹き飛ばしてしまいそうな、穏やかな老人の顔。
「おやおや。誰かと思えば、これはべっぴんさんだ。こんなところに外人のお嬢さんなんて、珍しいこともあるものだね」
眼鏡をかけた細面の、薄い頭の老人が、知的好奇心と活力に満ちた双眸でフェイトのことを、見返していた。
「このあたりには、当分もうなにもないよ。そこらの家も大概が空き家ばかりだ。よかったら、乗っていきなさい」
古き良き時代のおおらかさか、老人は言って、フェイトを車内から手招きした。
生憎と堅苦しい時代の生まれであるフェイトとしてはなぜだったのだろう、自分でも驚くくらい、素直に老人の言うその誘いに、さしたる疑問もなく従う気になっていた。
「すぐに街に、とは言えないが。明け方にはきっと戻れるだろうから」
老人が解除してくれたロックの音を耳にして、フェイトは車のドアを開けた。これも時代か、芳香剤などとは無縁の埃っぽい車内の匂いが、なぜだかあまり不快でなかった。
*
そうやって、乗り込んで。行き先も聞かなかった不用心な自分が不思議だった。
ただ黙って、助手席に揺られている。老人は運転をしながら、遠慮するそぶりもなく、すぱすぱ、煙草をふかしては紫煙に巻かれている。
「お嬢さん、お名前はなんて言うんだい」
やがて、老人が問うた。フェイトは、応じた。別に、隠す必要もあるまい。フェイト・テスタロッサ。──あまり長いと老人には覚えきれないかもしれないと、ハラオウンは省略して。
「やっぱり、外人さんか。日本には、どうして?」
「えっと、その。実家がこっちに」
嘘は言っていない。時代も場所も、大きく違うけれど。
砂利道に、がたがたと車が大きく前後左右、揺れる。舗装なんてされてない、ほぼオフロードといっていいような道だ。
「それにしても、あんなところに白人さんが立っているとはね。いや、実に今夜は面白いね」
「……え?」
「いや、なに。なんだか、呼ばれたような気がしてね」
不思議なことには、不思議なことが重なる。アンバランスゾーンとは、そういうところに生まれるのかもしれないね。
子どものような屈託のない笑みで、老人は自身の上着の内ポケットをまさぐる。
年老いた彼の取り出したのは──ひとつの、紅い宝石。
いや、宝石……というべきか。なにかの、鉱石のようなもの。
透き通っていて、原石のようにどこかでこぼこしていて。
ひとりでにそれは、光っていた。真ん中からおぼろげに、蛍のように柔らかく、淡く。老人の指先につまみあげられて、輝いている。
「それは?」
老人はその石を、フェイトへと差し出す。
受け取るよう促され、フェイトはそれを手に取る。……そしてそれは、暖かく。
「あったかい……? こんな、小さな鉱石なのに。地球にこんな石、あったっけ……?」
つい、率直な感想がぽろりと口から出ていた。自分の吐いた言葉に慌てて口を押さえるも、それはもうあとのまつりで。
なにが、『地球にこんな石』だって、まったく。自分がこの時代の、この地球の人間でないということがバレてしまうじゃないか。
自分を心中、責めながらフェイトはおそるおそる老人のほうを見る。
紅い光を放つその石を渡した老人は、眼を何度か瞬かせて。
「日本語、上手だねぇ。どこからきたんだい」
「え。ええ、と。その」
ペース乱されたフェイトは、とっさの回答に窮する。
「ひょっとして、異次元とか!」
「ええ……って、え? は、はいっ!?」
図星を突かれて、声が裏返る。煙草の煙を思いきり吸い込んでしまって、むせかえる。
咳き込みながら見る老人の顔は、これまた子どものような、いたずらっぽい輝きに満ち溢れていて。
「なあに、いたっておかしくないだろう、異次元人。私だって、金星人なんだから」
「き、金星……?」
その表情が、真顔に変わる。まるでその奇異な発言を、心底真剣に思い、言っているかのように。
「それはね、ウルトラの星って言うんだよ」
「……ウルトラの、星? ……?」
不意に、懐のバルディッシュを取り出してみる。見れば、AIユニットが完全に復活した、とまではいかないまでも、状態確認のための自己検査モードの光が淡く、彼の周囲に点滅している。
ほんの、ついさっきまではまったく機能を停止していたというのに。
まさか……この、ウルトラの星が?
やがて、車は止まる。一体どのくらい走っていたのか、気付けばまわりには鬱蒼と木々が生え、森林を成していて。
「遠い遠い友達からもらった、大切なものなんだよ」
木製の案内板が、ヘッドライトに照らし出されている。
それは矢印のかたちで、ここから進むべき先を指し示し──そこになにがあるのかを、見る者に伝える。
──『竜ヶ森湖』、と。
フェイトの目がその名を無言に読みあげたとき、大きな地響きとともに大地が揺れた。
*
「な……なに?」
そして、そいつが「いた」。天高く、聳え立っていた。
巨大な。爬虫類のような──恐竜を、何倍にも全辺、拡大したような、その醜悪な生き物が。
「な──巨大……生物……?」
老人とともに、唖然とフェイトはそれを見上げる。
ぐらりと、その身体が傾いていく。木々を倒しながら、そいつは大地に轟音を鳴らし、横転する。
その背後に、光るもの、三つ。
「!?」
片膝立ちからゆっくりと立ち上がるその姿はそう、巨人。
蒼と、紅と。銀色の、光り輝く巨人。
その双眸と、胸の宝石を夜空に煌めかせた、巨躯の人がそこに佇んでいる。……いや。起き上がった怪物に、向かっていく。
拳を、蹴りを。浴びせていく。
──これは一体、なんなんだ!?
フェイトの知る限り、こんな生物が地球にいるはずがない。怪物も、巨人も、どちらも。こんなものが現れたことがあったなんて、それも聞いたこともない。
「あっ!? ……おじいさん!?」
突然、フェイト同様呆然と両者の戦いを見上げていたはずの老人がその現場へ向かい、一目散に走り出す。
「戻ってください! 危険です!」
引き留めようとして、出遅れる。そういえば、老人の名前を訊いていなかった。こういうとき、とっさに名前を呼べないというのが痛い。
『Sir?』
「バルディッシュ? 機能が戻ったの?」
追いかけなければ。思ったところで、不意に胸元からの声に立ち止まる。ついさきほどまで機能を止めていた愛機が、何事もなかったかのように発した電子音声に、呼び止められて。
『Where is this? What had happened until now?(ここはどこですか? 一体、今までなにがあったのですか?』
今の今まで、停止状態だったのだから無理もない、冷静な性格の彼のAIも、困惑をしているようだった。
「っ!?」
と、再び響く轟音。
「ああっ!?」
巨人が、苦戦をしている。恐竜のような怪物に、両腕をとられ、羽交い絞めにされて。
その額から、怪物がなにかを吸い出していく。
光の流れを──エネルギーのようなものなのか、それが怪物の口の中に消えていくたび、巨人は苦しんでいく。
──いけない。とっさ、助けなければ、とフェイトは身構える。しかし彼女がどうこうするまでもなく、
「……!?」
紅い光が、怪物を撃った。
あれは。老人の持っていた……宝石。
「こ、今度は何っ!?」
その放つ光が、崩れ落ちる巨大な恐竜を尻目に、なにかを形作っていく。強靭な、手と、足と。やはりふたつの巨体に匹敵するほどの、巨躯を。
「ま、また……大きい……?」
いや。それだけじゃない。その姿を、フェイトは知っている。
まだ、地球に住んでいた頃。ごく当たり前に、一般的に誰でも知っている存在として。
赤と銀の肉体を発光させた、その光の巨人を、知っている。
あくまでも、空想の中の産物。物語上の存在として、だ。
「そんな。あれって……あれって?」
けっして、現実のものとしてではない。
けれど今こうして、目の前に本来あるべき大きさを遥かに超えてそれは屹立している。
静かにその巨人は、周囲を俯瞰している。
そして。目が、あった。フェイトと、『彼』は。そして『彼』は、小さく微かに頷いた。……ように、フェイトには思えた。
この世界は一体、どうなっているのか。そう思う暇は、あればこそ。
金色が銀色の首肯を認識したそのとき、周囲が白み始める。
フェイトの足元が、丸く。光り輝いて──視界を白く染めていく。
まわりのすべてを、白に溶かしていく。森の木々も、老人も。二体の巨人に、怪物に、それらすべて。
その中で、微かにフェイトが見たもの。
それはふたりの巨人が放った光。十字とL字の閃光。それから──声を遠くに、聞いた気がした。
あの、老人の万感の声。
──ヒーローが必要なんだよ。……ヒーローが必要なんだ、……キンジョウくん。
誰かに向かって、それは投げかけられていた。
*
誰かが、肩を揺すっていた。
「……ん……」
それが、フェイトの意識を目覚めさせていく。うっすらと、徐々に開けていく視界の中に、こちらを覗きこむ親友と、その恋人の姿があった。
「なの……は? ユーノ」
「おはよう。フェイトちゃん」
随分、ぐっすりと眠ってたね。友のその言葉に、突っ伏していた机から思わずがばりと、フェイトは身を起こす。
そこは、旧い時代でもなければ、木々生い茂る湖畔でもない。
老人も怪物も、巨人もいない。見慣れ、利用し慣れた、無限書庫の閲覧部屋。
「あ、れ?」
そこにいて当たり前の日常が目の前に広がったことに、フェイトは戸惑いを覚え辺りをきょろきょろと見回す。
……夢? そんな、単純なことだったのか?
「疲れてるんじゃない? ちょうど、僕もなのはもあがりだし。ヴィヴィオ、出かけてるんだろう? どう、一緒にご飯でも」
「ああ、え、ああ、うん」
納得しかねたまま、曖昧に頷き机上に目を落とす。
「──あ」
そこには、散乱した書類と。……広げられた、愛用の手帳。
はみ出ているのは、そのページに挿んでいた、実家から送られてきた甥っ子姪っ子らの写真。
「フェイトちゃん? どうしたの、笑って」
「……いいや。ちょっとね。なんでもない」
向けられたファインダーへと満面の笑みで応じる双子の手にはそれぞれ、ヒーロー番組の、おもちゃの人形がひとつずつ。
どちらもそれらは、あの巨人たちによく似ていて。
そっか。そういう夢か。──単純だな、私。
それが、フェイトを笑わせる。そんなことも、あるか。写真をきちんと手帳に挿んで、ぱたんと閉じる。
「なんでもないよ、行こう」
そういう単純な答えでも、いいと思える自分がいた。
今度地球に、実家に戻ることがあったら。また甥っ子たちに人形でも買って行ってやろう。そう、思った。
*
「痛っ」
こつんと、何かが頭のてっぺんに当たって、思わず声が出た。
「む。……なんだ?」
こういうときは、別に大して痛いわけでなくとも、そんな声がぽろりと出てしまうものだ。旋毛のあたりをさすりつつ、『王』は周囲を見回す。
「王。これではないかと」
「なんだ、宝石──か? これは」
臣下のひとりたる、寡黙な少女が床からつまみ上げたそれは、紅色の小さな宝石。原石なのか、なんだかでこぼこしていて。
掌に載せると、あたたかい。
「あー! 王様、それ! ボク、探してたんだー!」
「レヴィ、また貴様か」
更にもうひとり、元気な妹分がそれを見つけるや、ぱっと華やいだ声をあげる。
差し出してやると嬉しそうに、彼女はその宝石を受け取る。
「遺跡で見つけてさー、なんか変な声聞こえたと思ったらびゅーんって空飛んで、消えちゃって! なんだ、帰ってきたんだなー!」
「声?」
「うん、『しゅわっち』だとか、なんとか! 変な声だったなー」
「なんなんだ、それは」
はしゃぐ『雷刃』を尻目に、顔を見合わせる『王』と『星』。
まったく、また変なものを拾ってきたものだ。
「キリエたちが帰ってきたら、見てもらいましょう。……レヴィ、お茶は?」
「うん、飲む飲む!」
「夕食が近い、ほどほどにしておけよ」
空は、夕焼け色に染まっている。
その、遠い、遠い彼方に。
少女たちのもとにあるそれと同じ色の一番星が、瞬いていた。
それは、もしかすると。
遠い遠い、光の国の輝きかもしれなかった。
(了)
※出典:「ウルトラマンティガ」第49話 『ウルトラの星』
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